第36話 祭りの後《幼女と聖女》
今回は会話中心になっています。
それが良いのか、悪いのかはわかりませんが、会話が多めなのは間違いないと思います。
更新速度をあげていきたのですが、なかなかうまくいきません。
困ったものです。
では、今日も読んでくれるあなたに感謝を……
ありがとうございます。
「少し、お時間いただけるかしら」
ギルバートとマテオが立ち去るのを待って、シャロンは幼女に声をかけた。
「聖女か、てっきり帰ったものだと思っていたが……」
幼女はシャロンを一瞥すると、近くの樽にひょいと腰を下ろす。背中には、さっきまで使っていたあの楽器を背負っている。
「最初は、そのつもりだったんだけど……」
アレクシアから受けた命令については、すでに結果を出している。他の聖者や密偵達をだし抜いて、彼女を見つける事が出来たのだ。これは、大きな手柄といえるだろう。
このまま教会塔に戻れば、お褒めの言葉と一緒に、金一封くらいは貰えるかもしれない。
でも……
「それは、無責任すぎると思ったの」
シャロンは苦笑し、広場の方角へと視線を移す。広場では獣人達が屋台の片付けを始めていた。大人も子供も皆、充実した表情を浮かべている。
彼らには、この子が必要なのよね……
教会塔に連れて行くのはまだしも、教会塔の人間に殺されでもしたら、さすがに寝覚めが悪すぎる。
小さなため息を一つ吐いて、シャロンは再び幼女に向き合う。
「今から話すことは、素敵な歌と演奏のお礼だと思って欲しい」
そう言うとシャロンは、首にかけていた聖者のメダルを鞄の中にしまい込んだ。
「女神様に聞かれると不味いからね……」
樽の上で足をプラプラさせている幼女に笑いかけ、シャロンは静かに語り始める。
マルティナの暴走により始まった、破壊の聖女を巡る聖者達の話を……
「クク、アハハハ! 笑える! ファリスの聖者は、全員頭がハッピーセットなのか? このキ○ガイどもめ!」
シャロンの話を聞いた、幼女の第一声がこれである。
ある意味この騒動の一番の被害者であるわけだが、不安な様子はまるで見受けられない。
「笑いごとではないわ……あとキチ○イって言わないの」
シャロンは金色の髪をかきあげ、幼女を軽く叱る。
「メンゴ、メンゴ、生まれる前から口が悪くてね。しかし、聖者といえばファルティナ教の象徴みたいなものだろう。そんな調子で大丈夫なのか、顔も知らん子供を担いで分裂なんて、正気の沙汰とは思えんぞ」
「世間知らずが多いの、狭い世界で生きてるから……」
ハルート派を名乗る者の多くは、理想に燃えた若者達だと聞いている。
アレクシアおろしを画策している連中が扇動しているのだろうが、さすがに乗せられすぎだ。聖者の本質は、個人の意思とは無関係のところにあるというのに。
「ただ、きっかけがマルティナというのが腑に落ちないのよね」
彼女はシャロンの知る限り、最も聖女らしくない聖女だ。
アレが涙を流して、聖者の在り方を説くなんてちょっと想像できない。
「そのマルティナだけどな、実はワタクシ、会ったことがございませーん」
ケラケラと笑う幼女の顔は可愛らしくも憎らしい。
「え、ウソでしょ……」
「いいえ、本気です」
本気と書いてマジである、幼女がニッコリスマイルでシャロンの呟きに応じる。
「あのバカ、何を考えているのよ」
「野心か、保身か、あるいは破滅主義者なのかもな」
幼女が楽しそうに言う。
「保身はない……と思う。マルティナは要職に就いていた訳でもないし、失踪騒ぎにしても、そんなに厳しい罰は与えられなかったはず」
むしろ、あの騒ぎを起こしたせいで、彼女は短い期間だが牢獄で暮らす羽目になったのだ。
「権力を欲しがるタイプでもないのよね……破滅主義なんてのは考えたくもないけど」
「そいつとは親しいのか?」
「聖女に選ばれたのが同じ時期だったの、幼馴染みみたいなものね」
親友と呼ぶには、彼女はどうにも不誠実すぎる。昔も今もそれは変わらない。
「そうか、ならば良いことを教えてやろう。もしかしたら、そいつの真意も見えてくるかもしれん」
幼女は真剣な表情でシャロンを見据え、話を続ける。
「その聖女……色々と情報を隠しているぞ」
「え……?」
「かなり正確に私の足取りを追っていたようだな……シリングタウンにペンス村、そしてカロッツァ……」
幼女の話にシャロンが頷く、それらの地域での調査内容はマルティナの報告書にも確かに記載されていた。
「特にペンス村からカロッツァへの動きだ……これを辿れるということは、コイツはおそらくだが、私の治癒以外の力も知っているんじゃないかな」
幼女の言葉にシャロンは首をかしげる。
「治癒以外のチカラ? ああ、青い雷の話なら聞いているわよ、でもそれは獣――」
「青い雷……何だそれは?」
幼女が、シャロンの言葉を遮る。
「何って、マナト村の近くであなたが潰した盗賊団でしょう」
最初に聞いた時は「そんなオカルトありえません」と思ったけど、彼女が獣人を従えていたなら、それほど驚くことではない。
「マナト……ハーンズのか? 時期はいつ頃だ?」
幼女は考えこむような顔をして、シャロンに尋ねる。
「確か、大侵攻の前だったと思うけど……あなたがやったのでしょう?」
「さて、どうだったかな……記憶にございません」
シャロンの問いに、幼女がとぼけた様子で答える。
その様子にシャロンはふと、違和感を覚えた。
一体どうしたのだろう……食いついたかと思ったら、急にどうでもいいような態度に変わった。盗賊とはいえ、人を傷つけたことに心を痛めているのだろうか。この幼女が、そんな繊細な性格とも思えないが……
「……心配しなくても、相手は悪名高い盗賊団なんだから、罪には問われないわよ」
役人につかまる心配をしているのかもしれない、とシャロンはさりげなくフォローを入れる。
「それは、良かった。しかしな、私が言ってるのは、そいつらのことじゃない。ウンコ聖女のマルティナちゃんは、私がペンス村を離れた理由とカロッツァを訪れた理由について、なにか言ってなかったか?」
幼女の問いかけに、シャロンは首を横に振る。
破壊の聖女がペンス村にいたという情報は、マルティナの報告の中にもあった。でも、そこを離れた理由やその後の行動については、彼女は何も伝えていない。そもそもマルティナの報告や証言には、具体的な情報が少なすぎるのだ。
「大したタマだな」
シャロンの様子を伺っていた幼女が、ポツリと呟く。
「どういうこと?」
「意図的に隠しているのだ……都合のいい破壊の聖女像を作り上げるためにな」
そう話す幼女の顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。
「分からない……」
幼女の言葉にシャロンは混乱する。
破壊の聖女は確かに存在した。
そして、その力はマルティナの賛辞さえ霞むほどだった。問題があるとすれば、青い雷や夜の向こう側の件だろうが、そういう規格外なところも含めて、彼女は聖者たちに求められているのだ。
ならば、何を隠す必要があるのか。
シャロンはこれまで得た情報を頭の中で整理する。
そして彼女は一つの答えを導き出した。
「謎はすべて解けたわ、あなたは私に”自分は聖女じゃない”といった……それが関係しているのね」
シャロンは得意げに幼女を指さし、探偵っぽい台詞をのたまう。
考えてみれば簡単な話だ、彼女がいかに素晴らしい人物であっても、聖女でなければ教会塔には関われない。
それを証明する何かが、えーと、カロッツァとかペンス村あたりにあるのではないかな?
色々考えているうちに、シャロンの頭はおかしなことになっていた。
「それよりお前、今日の宿はどうするつもりだ。ウチに泊まるか」
「は? いや、あの、答え合わせ……しよ?」
幼女の唐突な話題チェンジに、シャロンの挙動がおかしくなる。
「謎はすべて解けたんだろう。それでいいじゃないか、ちなみに私とワンニャン達は、今から祭りの打ち上げだ。朝まで飲みまくるぞ」
なんだこれは……散々思わせぶりなことを言っておいて、飽きたのか?
しかも、飲みまくるってあなたは幼女でしょう。
「その打ち上げ、私も参加していいかしら?」
逃がしはしない、彼女にはまだ聞きたいことがある。
冷静さの仮面を取り繕い、シャロンはすまし顔で打ち上げへの参加を希望する。
「いいよ、眠くなったら私の家を使うといい。場所が分からんだろうから、今のうちに案内させる」
「あ、ありがとう……」
幼女の意外な優しさにシャロンは感動を覚えるが、同時に奇妙な不自然さも感じていた。
「イオニア! ちょっときてくれ!」
幼女の声に応えて、猫耳の少女が元気に駆けてくる。
案内を頼まれた少女は、シャロンにペコリと頭を下げると「こっちです!」と右手の方角を指さし歩き出した。
シャロンは早足で歩く猫娘を追いかけて、幼女の元を離れていく。しばらく歩いた先で、少女はふと立ち止まりその可愛い鼻をクンクンとさせはじめた。
「どうしたの?」
「ん? このニオイやっぱり嫌いだなって思って……」
シャロンの問いかけに少女はしかめ面で答える。
「ニオイ?」
「うん、血のニオイ……」
少女は一度だけ後ろを振り返ると、再び歩き出す。
西の空に太陽が沈み落ち、辺りに夕闇が広がっていく……シャロンの視線の先では猫娘の可愛いしっぽがフルフルと揺れていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
最近書くペースが遅くなっています。
今週中にせめてもう一話更新したいと思ってますが、どうなるかはわかりません。
更新が止まることはないと思いますので、暇なときにでものぞいてくれたら嬉しいです。
では、また近いうちに。




