第35話 感謝祭《後編》
また少し間が空いてしまいました。
今回は、区切りがつけにくかったので、少し長めです。
面倒なところは飛ばしてもいいので、読んでくれると嬉しいです。
週末お疲れでしょうが、それでも読んでくれるあなたに感謝を……
ありがとうございます。
美しい歌声を響かせて、幼女が舞台を降りて行く……
白銀の髪に、抜けるような白い肌、優しげな光りを湛えた瞳は、青く輝いている。
最初ぼんやりと見えていた背中の翼は、次第にその形をはっきりとさせていき、やがて美しい白光の翼となった。
「……女神の翼」
誰かが呟く。
幼女はその翼をゆっくりはためかせると、幾人かの頭上をふわりと飛び越え、怪我人達の中心に舞い降りた。
「天使様……」
彼らは跪き、縋るような目で幼女を見つめている。
幼女は目を閉じ、両手を天にかざす。エンジェルボイスによる歌声が止み、辺りを静寂が包んだ。
「オラの元気を分けてやろう……」
幼女の真上に光が集まり、大きな球体へと変化していく。
「太陽が二つになった!」
どこからか、子供の叫び声が聞こえてくる。
幼女はニヤリと笑みを浮かべると、ピアノの鍵盤を叩くように、両手を一気に振り下ろした。
そして……
199X年、広場は幼女の炎に包まれた!
海は枯れ、地は裂け、あらゆる生命体は絶滅したかに見えた。
だが……それは気のせいだったようだ。
「痛みが、傷が……消えていく」
「奇跡だ……」
広場に歓喜の声が広がっていく。
足を引きずっていた者が元気に飛び跳ね、顔に包帯を巻いていた少女が、手鏡を見て涙を流している。
「ありがとうございます……ハルート様」
少女の隣にいた男が、涙を流して幼女に礼を言う。
コルナ村の村長、エリックである。
彼の娘は『火山キノコ』に襲われて、顔に酷い火傷を負っていた。
だが、その顔も幼女のリバース元気玉によって、すっかり元に戻っている。
「ああ、まさしく奇跡だ……これが女神の御業なのですね」
エリックは恍惚とした表情を浮かべて、天を見上げる。
「ファルティナは関係ない、これは私の力だぞい」
飛ぶ練習をしているのだろうか、幼女は背中の羽根をパタパタさせて、浮いたり、沈んだりしている。
「そうなのですか?」
「そうなのだ。私は聖女風幼女であって、聖女ではないのだ」
「なるほど……つまり、ディルハム風サラダみたいなものですね」
エリックはよく分からない思考の果てに、自分だけの答えを導き出した。
明らかに間違った答えなのだが、満足そうに頷くエリックの顔には満面の笑みが浮かんでいる。
シャロンはその光景を呆然と眺めていた。
彼女の前に現れた破壊の聖女……ハルートは想像よりもずっと幼かった。
五、六歳くらいだろうか、少女というよりはむしろ、幼女といったほうがしっくりくる。
そして、その幼女の力はシャロンの想像を遥かに超えていた……。
「あなたは、聖女ではないの……?」
呑気に笑っているエリックの後ろで、フードを目深に被ったシャロンが呟く。
小声になったのは、声の震えを悟られたくないからだ。
「いえす、あいむのっと、せいじょ」
飛行幼女はホバリング状態を保ちつつ、シャロンの問いに頷く。
「しかし、先ほどの力……あれは女神の加護でしょう」
アレクシアさえ比較にならないほどの凄まじさだったが、『癒しの力』であることに変わりはない。
飛んでいるのは……お酒のせいで幻覚を見ている可能性もあるし、気にしないことにしよう。
「阿呆らしい、貴様の言う加護とは、ファルティナとの繋がりのことだろう。そんなものはとうの昔に切れているし、元々私には不要なものだ。それに、私が聖女かどうかは……貴様なら感じることができるのではないか?」
「え? なにをいって……」
「まあ、治癒のコツというか、やり方をパクったのは否定せんがな」
幼女は微笑み、空中からシャロンを見下ろしている。
なんて綺麗で、恐ろしい瞳だろう……
澄み切っている幼女の青眼に、シャロンは心の中を見透かされているような感覚を覚えた。
気づかれている……か。
それは、幼女の言葉からも明らかだった。
彼女は、聖女の存在を感じることができるのかもしれない。正直意味が分からないが、あの幼女ならそれくらいできても不思議ではない。
怪物め……。
「これは、私の手には負えないな」
シャロンはフードを脱ぎ去り、右手に持っていた酒を一気に飲み干した。
「聖女でないのなら、あなたは一体何者なの?」
できるだけ多くの情報を持ち帰る……私にできるのはそれだけだ。
開き直った酔いどれ聖女が、幼女に尋ねる。
「私はハルート……偉大なる竜の末裔にして、女神の横に並ぶ者だ」
女神に並ぶ……?
同格だとでもいうの。
幼女の返答にシャロンは激しく動揺したが、彼女のプライドはそれを表に出すことを許さない。
「私はシャロン……窮屈なる教会塔の聖女にして、アレクシアの使い走りよ」
堂々たる下っ端宣言である。
「ファリスの犬が、こんな辺境に何の用だ」
幼女の気配が変わり、静かなプレッシャーがシャロンに向けられる。
「祭り好きなのよ、大陸中のお祭りを制覇したいと思っているの」
圧力を受け流し、シャロンがすまし顔で答える。
「フフ、ならばこのクローナの祭り、存分に堪能していくがいい」
そう言うと幼女は、ステージに向かってフワフワ飛んでいく。
白いドレスに包まれた可愛いお尻が、ゆっくりと遠ざかる。シャロンはそれを眺めながら、これからどうすべきか考えていた。
アレクシアというカリスマによって保たれてきた教会塔の秩序と安定は、リアナとローデン、そしてマルティナの暴走により崩れつつある。
この状況で、あの幼女モンスターの扱いを誤れば、教会塔はさらなる混乱に陥るだろう。
一刻も早く戻らなければ……
シャロンは、前もって購入していたマッスル豚の腸詰めを一口囓ると、ステージに背を向け歩き出す。
群衆をかき分け、出口へと向かうシャロンの後ろから、幼女の声が聞こえてくる。
「さあ、これからが祭りの本番だ! 子羊達よ! 私の歌を聴くがいい!」
歌か……そういえばさっきの歌はすごかったな。
シャロンは足を止め、後ろを振り返る。
ステージの中央、幼女が見たことのない楽器をかき鳴らし、叫ぶ。
「音楽は境界を超えた! 貴様らに異世界サウンドを聴かせてやる!」
マイク不要のドラゴンボイスとギターサウンドが融合し、異世界ヒットメドレーが開幕する。
三億枚を売り上げたグループも、ギターの神様も、この世界ではデビューしていない。どんな名曲であっても、誰も知らない初めて聴く曲なのだ。
「すごい……」
この音、この声、この曲……。
旋律が戦慄に変わる。
初めて女神の声を聞いた時以上の衝撃をシャロンは感じていた。
鼓動が早まり、足の先から震えが上がってくる。
いい……すごくいい……この音……この感じ……
すき……わたしこれ……大好きだ。
「ハルートちゃん、最高!」
気がつけばシャロンは、最前列で絶叫していた。興奮と熱気の中、他の観客たちと一緒に大きな歓声をあげている。
それに応えるように、幼女のギターパフォーマンスも冴えわたる。左手はせわしなく動き、右手が弦を激しくかき鳴らす。
「むっちゃギター叩いてる! 押尾コ○タローみたい!」
叫んだのは、もちろんミカである。
「さあ、踊れ! 今日だけは、痛みも苦悩も忘れて踊り狂うのだ!」
幼女が叫び、祭りの盛り上がりは最高潮に達する。
シャロンは、もう何杯目か分からない果実酒に口をつけた。視線の先では、アンコールまで歌い切った幼女が、ステージの袖へと消えていく。
「任務、完全に忘れてたな……」
シャロンは地面に座り込み、聖者のメダルをバッグから取り出した。地平に近づく太陽が、白銀のメダルを赤く照らす。
夕暮れと共に、祭りの終わりが近づいていた。
「素晴らしかった……本当に素晴らしかった……」
ギルバートが幼女の手を握り、笑いかける。彼にしては珍しく、随分と興奮しているようだ。
「爺さんが皆を集めてくれたおかげだよ。店もステージも、客がいなければ成り立たなかった」
「美味い飯に、美味い酒、それにあんなにも素晴らしい歌が聴けたのだ。皆も心から喜んでいる。コルナ村のエリックなどは、感動で泣きっぱなしだった。声を掛けた俺の株も上がったさ」
そのエリックは、先ほど幼女の元を訪れて、「コルナ村もクローナとの交流を持ちたい」と申し出てくれた。幼女もそれを快諾し、近日中に物資の取引や、村の防衛についての話し合いを行うことが決まっていた。
「そういえば、キールからも人が来ていたようだが、あそこはウチと関わらないといってなかったか?」
幼女がギルバートに尋ねる。キール村の村長は、獣人と友誼を結ぶことなどできない、と祭りへの招待を断っていたはずだ。
「うむ、そのことだがな……マテオ、ちょっと来い!」
ギルバートは少し困った顔をして、離れた場所にいた若者に声をかける。若者は「はい!」と大きな声で応えると、幼女達の元へと駆け寄ってきた。
「初めまして、ハルート村長。私はキール村村長ナカイマの息子で、マテオという者です」
真面目そうな若者が、緊張の面持ちで幼女に名前を告げる。まだ二十代前半といったところだろうか、なかなか美形な若者である。
「お嬢ちゃん……キールの連中を連れてきたのはコイツなんだ」
マテオと彼に賛同する者達は、村長の反対を押し切って、クローナの祭りに参加したらしい。
「ちょ、マテオ!」
「ひっ! すいません!」
幼女の突然のモノマネ(キム○ク)に、マテオはビクッとした。
「まあ、いいよ、今日の祭りは誰でも参加オーケーだからな……それで、ちょ、マテオはアレなの? ナカイマ君と不仲なの? どうなの?」
幼女がニヤニヤしながらマテオに問いかける。マイクのつもりか、右手に持った棒切れをマテオの顔にグリグリ押し付けている。
「イタイ! イタイ! 不仲という訳ではありません。ただ、考え方の違いというか……父は獣人の村というだけでクローナを拒絶しています。獣人を魔物の仲間だと思って怖れているのです。こんな辺境で孤立しては、村に未来などないというのに……」
「それで、ちょ、マテオはどうしたいの? やっぱり解散?」
「解散というのはよく分かりませんが、クローナは素晴らしい村だと思います。豊かで、活気があって……獣人達も皆、陽気で親切でした」
ちょ、マテオは真剣な表情で幼女に向き合う、幼女はそんな彼を容赦なく棒でつついている。
「少しだけ時間を下さい。私が父を説得します。獣人に対する誤解を解いて、クローナの豊かさを伝えます。だから……」
キールを見限らないでほしい、とマテオは頭を下げた。
「分かった……交流を持ちたいというのなら、話し合いにはいつでも応じよう。関わるな、というなら干渉もしない」
「ありがとうござい――」
礼を言おうとしたマテオの言葉を幼女が遮る。
「――ただし、貴様らがもし、我らに敵意を向け、ワンニャン達に危害を加えることがあれば……その時は、容赦はしない」
幼女の冷たい視線がマテオを射抜く。
「嫌うのも、怖れるのも構わん。だが、それを悪意や敵意に変えることは許さない……父親にもそう伝えておけ」
「はい……わかり……ました」
幼女の異様な迫力に、マテオは少しだけおしっこを漏らした。
マテオがお漏らししたちょうどその頃、ハーンズ領主レオンの元には、レナード領に放っていた間者からの報せが届いていた。
遂にきたか……
「ディーノ、レナードが動いた。至急ステインを彼女の元に走らせてくれ」
レオンは最も信頼する騎士に指示をだすと、以前幼女が置いていったハルートちゃんドールの尻に祈る。
お願いします、ハルートさん……どうかハーンズを守ってくれ。
そんな主を見つめるマチルダの目は、氷のように冷たかった。
年度末も終わり、少し落ち着いてきました。
少しペースをあげて更新できれば、と思っています。
では、ありがとうございました。




