第34話 感謝祭《フェスティバル》
久しぶりの更新となりました。
年度末で大変忙しかったのです。
四月になれば落ち着きますので、ペースも元に戻ると思います。
今回の話は、前編、中編、後編で雰囲気が違う感じです。
随分と間があきましたが、それでも読んでくれるあなたに、心から感謝を……
ありがとうございます。
「おい、あの家を見てみろ」
「道もえらく綺麗じゃないか」
キール村の住民達は、驚きの声を上げている。
ハーンズ北部の小村群、その中でも魔物の生息域に近いクローナ村は、どこよりも貧しかった。
しかし、今のクローナにその頃の面影はない。
ハルートと獣人達がクローナ村に住むようになって数ヶ月、かつての廃村は、劇的なビフォーアフターを遂げていた。
住居は美しく改築され、村の中央を走る道には石畳が敷かれている。
これも、クローナの妖精の仕業か……
祭りの会場へと向かう道中、マテオは目の前の光景に溜息を漏らした。
立ち並ぶ家々はみな立派で、隙間風の吹くようなものは一つもない。
小さな広場には、木材を組み合わせて作った遊具のようなものが置いてあり、その周りには、子供達の持ち物らしい木製の剣や盾が転がっている。
「まるで知らない村だ」
その景色を眺めながら、マテオは小さく呟く。
彼の記憶にあるクローナ村は、暗く寂しい村だった。
魔物に怯え、飢えに怯え、未来を見る余裕などない、そんな村だったはずだ。
マテオは悔しいような、恥ずかしいような気持ちを感じていた。
彼の父親でもあるキールの長は、今日ここには来ていない。
獣人などと親しくするつもりはない、と招待に応じなかったのだ。
この村は、これからも発展し続けるのだろう……
聞こえ始めた歓声に足を速めつつ、マテオは故郷の村を思う。
暗く寂しい村だ。魔物に怯え、飢えに怯え……未来を思う余裕はない。
キールは変わらねばならない……
その為に、父の反対を押し切ってまでやってきたのだ。
石畳の道の先に、広場の入り口が見えてきた。
「やっと会えるな」
「やっと会えるわ」
呟くマテオの声に、若い女の声が重なった。
フードを被ったその少女と並んで、マテオは入り口のアーチをくぐっていった。
綺麗に飾りつけられたアーチには、『ようこそクローナ村へ』という文字が書かれている。
シャロンはそれをくぐると、周囲をぐるりと見渡した。
広場には、すでに多くの人が集まっていた。
催し物でもするのだろうか、奥の方には大きなステージが作られている。
広場を縁取るように並べられた屋台では、獣人達が大きな声で客引きをしていて、店の前には客の列が出来始めていた。
祭り独特の浮かれた雰囲気が辺りを包み、屋台からは芳しい香りが漂ってくる。
シャロンは「ふう」と溜息をつくと、肩から提げたバックの中身を手で探った。
彼女の指先に、聖者のメダルの感触が伝わってくる。
これは重要な任務なのだ……
シャロンは目を閉じ、心の中で女神に祈る。
指先から感じるメダルの冷たさは、課せられた使命の重さを彼女に思い出させてくれた。
広場では獣人の子供達が、飲み物やお菓子を配り歩いている。
トレイの上に飲み物を乗せて、クルクルと動き回る姿はとても可愛らしい。
「お酒とジュース、どっちにしますか、どちらも無料ですよ」
駆け寄ってきた猫耳の少女が、シャロンに尋ねる。
「え……タダなの」
しかし、今は任務中だ……猫娘の誘惑にシャロンの心が揺らぐ。
そして、シャロンは思案の末……酒を選んだ。
お酒をチビチビ飲みながら歩いていると、シャロンの目に奇妙な一団が映った。
皆、包帯を巻いているところを見ると、怪我人だろうか。
祭りの賑やかさに似合わない悲愴な表情を浮かべて、広場の端に集まっている。
「少し気になるけど……」
屋台の香りほどではないな。
聖女は、酒に合う食べ物以外には興味を無くしていた。
「何これ! 滅茶苦茶ウマイ!」
何を食べようか、とフラフラしていたシャロンの耳に、若者の大きな声が響く。
その店の看板には、デスワームボールと書いてあった。
「デスワーム……人食いミミズか、興味深いわね」
ゲテモノもいけるらしい聖女様が、たこ焼きモドキに興味を示す。
デスワームボールは、タコ焼きのタコの代わりに人食いミミズを入れたものである。
調理用のたこ焼き器は、ハルートが作ったものだ。
「これを一つと、あとそっちのも下さい!」
シャロンは、屋台の獣人に大声で注文すると、肩から提げたバックの中身を手で探る。
「チッ……」
メダルが邪魔で財布が取り出せない。
デカすぎる……あと、デザインがダサい。
シャロンは、心の中で聖者のメダルを罵倒する。
指先から感じる感触にイライラしながら、聖女はソレをバックの端に押し込んだ。
マッスル焼きそばに人面リンゴ飴、そしてデスワームボール……シャロンは、魔物素材で作られたお祭り料理を満喫していた。
「どれも、珍しくて美味しい……」
屋台の獣人は「全部ハルート様が考えた」と言っていた。
破壊の聖女は、料理も得意なのか……人面リンゴ飴をペロペロ舐めつつ、シャロンはステージへと向かう。
どうせなら近くでみたい……
あの舞台が飾りということはないだろう。
広場にはいないようだし、挨拶とかするかもしれない。
幸い、他の来客達は屋台に群がっていて、ステージの周りにはほとんど人がいなかった。
シャロンは、ステージの正面に座り込み、彼女の事を考える。
聖女アレクシア並の力を持つ少女、子供という話だから、十代前半くらいだろうか……盗賊団を壊滅させるほどに強くて、料理上手、獣人達にも随分と慕われてるようだ。
でも、彼女は多分、自分を聖女だとは思っていないだろう。
シャロンは俯き、小さく溜息をついた。
獣人と暮らしているのもそうだし、何よりこの広場には、本来あるべきものが見当たらない。
「女神像……」
これだけの規模のお祭りなら、なければおかしいのだ。
マルティナは、彼女こそが聖者を導く存在だ、と言ったそうだけれど、獣人と暮らし、女神に祈らないものを聖者と呼べるのだろうか……それ以前に、本当に彼女は聖者の力、女神の加護を持っているのだろうか。
彼女に会えば分かるのかな……
シャロンが顔を上げると同時に、ステージの裏側から誰かが出てきてキョロキョロと辺りを見回している。
「あ、エルフ……ってあの人! カサンドラ!」
間違いない、勇者と一緒にいた死んだ魚みたいな目をしたエルフだ。
「なんで、こんなところに……」
混乱するシャロンをよそに、ステージに上がったカサンドラは、出来る限りの大声で、来客達に呼びかける。
「みなさーん! ステージのところに集まってくださーい!」
広い会場で騒いでいる来客達にはまったく聞こえていないのだが、ステージの上であたふたしている美女というのは、やはり目を引くのだろう、来客達はゾロゾロとステージの周りに集まってきた。
「これより、第一回クローナ村大感謝祭を執り行います! まずは主催者である、クローナ村村長、ハルートちゃんの挨拶です!」
カサンドラが祭りの始まりを告げ、ハルートちゃんが姿を現す。
「レディースアンドジェントルメン! アーンドおとっつぁん、おっかさん! 我が輩が偉大なる竜の末裔ハルートちゃんである!」
幼女のドラゴンボイスによる自己紹介が、広場中に響き渡る。
その凄まじい大音声に大気は揺れ、集まった辺境民達は、ト○ー谷とデーモン○暮の幻影を幼女の後ろに見た。
「んー、景気良く開会の挨拶を済ませたいところだが……なにやら、辛気臭いのがいるなあ」
幼女は舞台俳優のような口振りで、怪我人の集まりを指差す。
「お前らちょっと前の方に……出てこいや!」
幼女の高田っぽい脅迫に、怪我人達がゾロゾロと前にでてくる。
幼女の迫力が凄いのか、辺境民達の意志が薄弱なのか、不安になるほど言いなりである。
「今日は祭りだからな! 特別にリクエストに応えてやるぞ! おい、貴様!」
怪我人の一人を幼女が指差し、指名された男はビクビクッとした。
「派手なのと簡単なの、あと聖女っぽいの、どれが良い?」
「じゃあ……3番の聖女っぽいのでお願いします!」
案外、図々しい男は、ウキウキしながら幼女の選択肢に答える。
「ウム、よかろう……では、ちょっと失礼しますね」
そう言うと、幼女はステージの裏に引っ込み、十秒ほどたって再び姿を現した。
「こんにチワワ、子羊達よ……」
幼女の衣装が法被から、白くてヒラヒラしたドレスに変わっている。
あと、口調もちょっと変わっているようだ。
獣人達は、商売をほったらかしにして、可愛くなった幼女に声援を送っている。
「では……いきます」
幼女は呟き、静かに目を閉じた。
眩い閃光と共に、幼女の背中に光りの翼が現れる。
そして……
幼女のアメージン○グレイスが広場に響き渡った。
あまり長くなるのもどうかと思い、中途半端な切り方をしてしまいました。
今日のうちに、もう1話くらい書ければなあと思っています。
それでは、ありがとうございました。




