第31話 竜《記憶》
今回は、短めです。
若干、繋がりに違和感を感じますが、今回の話はオマケ見たいなものなので、あまり気にしないで下さい。
今日も読んでくれるあなたに、心から感謝を……
ありがとうございます。
暗闇の中、幼女がひとり眠っている。
スヤスヤと寝息をたてながら、気持ちよさそうに眠っている。
その肌は雪のように白く、髪は白銀、そして……全裸だ。
少し離れた場所には、黒い魔狼の死骸がある。死骸といっても毛皮と骨だけだ、残りは幼女の腹の中なのだろう。そのお腹は、ぷっくりと膨らんでいる。
ここは、黒の樹海……魔物達の楽園、古の聖地、魔境である。
本来、幼い少女……いや、人間がスヤスヤと安眠できるような場所ではないのだが……この幼女は人ではない。
彼女は竜である。
神さえ殺す、最強種族である。
その熟睡中の幼女に向かって、何者かが近づいてくる。
幼女のニオイを辿っているのだろうか、鼻をブヒブヒと鳴らしながら、彼女の元へと真っ直ぐに向かってくる。
「見つけたぞ! 白い悪魔!」
木々をなぎ倒し、憤怒の雄叫びと共に姿を現したそれは……豚であった。
いや、豚っぽい人のような……人っぽい豚……ではなくて、つまり、マッスル豚である。
異様に発達した、大胸筋、広背筋、三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、大腿四頭筋……人の形をしたマッスルボディの上に豚面が乗っている。服は……着ていない。
「立て、白い悪魔」
手に持った棍棒と、股間のひのきの棒を揺らしながら、マッスル豚が幼女へと近づいて行く。
もうほんと酷い、変態的な光景である。
だが、幼女に目覚める様子はない。
「舐めているのか……ならば、寝たまま死ぬがいい!」
眠ったままの幼女に向かって、マッスル豚の巨大な棍棒が振り下ろされる……股間の棒はすごく揺れた挙句、一回転した。
「なにっ……!」
渾身の力で振り下ろされた棍棒は、眼を瞑ったままの幼女の右手によって受け止められた。
驚愕の声と共に、マッスル豚は後ずさる。
「うるさい……」
幼女は、目をこすりながらゆっくりと立ち上がると、マッスル豚を睨む。
目を擦り過ぎたのか、瞳は赤く充血しているようだ。
「白い悪魔……貴様はなぜ、我らの同胞ばかりをつけ狙い、殺し続けた……答えろ!」
眠たそうに欠伸をしている幼女に向かって、マッスル豚が吠える。
「え? 美味しかったからだけど……」
幼女が寝癖をなおしながら答える。
煮て良し、焼いて良し、揚げて良し、さすが豚肉、素晴らしい食材である。
「貴様、殺してやる!」
マッスル豚の怒声が響く。
マッスル豚は棍棒を投げ捨て、フロントダブルバイセプスのポージングを決めると、雄叫びをあげながら幼女に殴りかかる。
「へへっ……」
幼女が笑う。
「あしたのために、その1」
ボクサーのような構えをとると、幼女は静かに呟く。
「攻撃の突破口をひらくため、あるいは敵の出足をとめるため、左パンチを小刻みに打つこと、この際、肘を左わきの下から離さぬ心がまえで、やや内角を狙い、抉りこむように打つべし……」
幼女の高速の左ジャブが、マッスル豚のボディに連続でヒットする。
「ブヒィッ!」
豚は血ヘドを吐きながら、腹を押さえて屈みこんだ。
苦痛に、マッスル豚の頭が下がる。
「あしたのために、その2」
幼女は呟くと、下へと下がったマッスル豚の顔面に狙いを定める。
「左ジャブで敵の体勢をくずし、突破口を見いだせば、すかさず右ストレートを打つべし。これ、拳闘の攻撃における基本なり。右ストレートは右拳に全体重をのせ、まっすぐ目標をぶちぬくように打つべし……」
幼女の右ストレートが炸裂する。
マッスル豚の頭は、粉々に飛び散った。
「朝食ゲット……なんか少し、筋っぽそう」
豚の死体を一瞥すると、幼女は再び寝床へと向かう。毛布代わりにするつもりなのか、手には黒狼の毛皮が握られている。
「これは……」
眠そうにフラフラと歩いていた幼女が、不意に立ち止まる。
「母上が……逝った」
足を止め、ふと星空を見上げた幼女の瞳に、一筋の流星が映る。
彼女は口の中で何かを小さく呟くと、天に向かって祈りを捧げた。
そして、幼女は静かに目を閉じる。
「流れ込んでくる……これは、母上の……いや、竜の記憶……そうか、これが竜の……でも、これは……私が消えて……」
窓から差し込む朝日の光と、朝食の匂いに、幼女は目を覚ました。
「おはようございます、ハルート」
エプロン姿のエルフが、幼女に声をかける。
普段は下ろしている髪を後ろで結んで、エプロンをしている姿は、まるで新妻のようだ。
「おはヨーグルト、カサンドラ……今日の朝食は何かな?」
ベッドからずり落ちるように抜け出ると、幼女はカサンドラに尋ねる。
匂いで予想がついているのか、幼女はご機嫌な様子だ。
「フフ、マッスル豚のソテーですよ、あっ……パイナップルのせます?」
「イエス、マッスル! ノー、パイナップル!」
幼女は叫ぶ、酢豚にも絶対入れてはならない……と。
獣人達が狩りに出かけた後、母の像の前に幼女はひとり佇んでいた。
「思わぬ収穫だったな……」
これも、母上のおかげかも知れん。
幼女は母竜の像を軽く撫でると、その腕に頬を寄せる。
元々、このファルティナの白竜像は、竜の知名度アップのためにとハルートが作っていた物である。
ミカの不審な言動から、彼女が異世界人である可能性を感じたハルートは、この世界での竜の知名度の低さを利用して、彼女の正体を突き止める方法を思いつく。
まんまと誘導されたミカは、自分の素性と手持ちの情報をハルートに告白した。
正直なところハルートは、ミカに対して警戒心を抱いてはいなかった。
たとえミカが異世界人であったとしても、彼女の本質が変わるわけではないし、元々この世界には、向こうの世界の住人が関わっていると思われる痕跡がいくつも見受けられる。
つまり、そう多くはないにしても、ミカやハルートのような人間は昔から存在しているのである。
ならば、ミカという異世界人が及ぼす影響というのは、そう警戒するほどではないだろう、というのがハルートの考えだったのだ。
唯一の懸念は、同じ異世界人である勇者や、その飼い主であるファルティナとの繋がりであったが、これに関しても、以前のミカとカサンドラのやりとりからその可能性は薄いだろうとハルートは感じていた。
今回の件は、ミカを驚かせてやろう、というハルートの悪戯心こそが一番の動機だったといえるかもしれない。
だが……結果としてハルートは、彼女も全く予想していなかった貴重な情報を得ることになる。
ハルートは母竜の足元に座り込んで、ひとり静かに思案に耽る。
ミカが、正確には二階堂が得た情報、その中に紛れていた些細な話、もしそれが真実であるならば……つまり、そういうことなのだ。
おそらく、気づけたのは私だけだろう。ミカは当然として、二階堂にも分かるはずがない。
だが、そう考えれば、あのやり方も理解できる。
私の記憶との違和感にも納得がいく。
私の知るアイツは、もういないのだ。
「ククク……」
幼女が笑う。
もうしばらく待っていろ……。
幼女の瞳が僅かに揺らめく、その瞳は彼女が見つめる蒼穹と同じ色をしていた。
最初は3話か4話で終わると思っていたのですが、気づけば30話を超えていました。
誰かが読んでくれているというのは、思った以上に励みになるようです。
次は週末になるかと思います。
では、今回もありがとうございました。




