第30話 破戒《聖者は語る》
こんにちは。
今回は少し、違う感じで書いてみました。
久しぶりにパソコンをつかって書いたので、文章の密度もかわっているかもしれません。
不自然に感じる方もいるかもしれませんが、試しに読んでみてください。
では、今日も読んでくれるあなたに、心から感謝を……
ありがとうございます。
「……そっちか」
呟く幼女の顔は羞恥のためか、少しだけ赤くなっていた。
結局ミカは、半ばハルートに脅される形ですべてを告白した。
彼女が笹山美歌として暮らしていた世界の事、この世界に来てからの事、そして、二階堂から聞いた転移者や転生者の話について……
「一つだけ、確認しておく……」
ミカの話を黙って聞いていた幼女が口を開く。
「お前の行動に、ファルティナは介入していないのだな」
「無いよ、二階堂さんは聖者だけど、私には女神様の声なんて聞こえないもの」
幼女の問いに頷くミカの表情は、どことなくすっきりしているように見えた。
「分かった」
幼女は呟くと、ミカに背を向け銅像の方へと歩いて行く。
「ハルートちゃん、私のこと許してくれるの?」
ミカが幼女の背中に問いかける。
「許すも何も、お前は何の悪さもしていないだろう」
「でも、色々隠してたし……」
「隠し事なんて誰にでもある。私が知りたかったのは、お前に敵意があるかどうかだけだ」
「あるわけないじゃん、私、ハルートちゃんのこと大好きなんだから」
「なら、問題ないさ、この話はこれで終わりだ」
そう言うと幼女は銅像を軽々と持ち上げ、ひょいと頭の上に乗せた。一メートル程度の身長しかない幼女の頭の上に、威厳たっぷりの巨大な竜が乗っかってる様は何ともシュールである。
「うん、わかったよ、ありがとうハルートちゃん」
幼女の言葉にミカが笑顔を見せる。
「じゃあ、さっさとこれを広場に持って行くぞ、ミカ、お前も来い」
頭に竜を乗せたまま幼女がスタスタと歩いて行く。
ミカは走って彼女に追いつくと、来た時と同じように銅像の後ろに左手を添えた。
「左手はそえるだけ……」
ミカが笑顔で呟く。
「シュートの基本だな」
そう答える幼女の声を聞いて、ミカは思う。
彼女は間違いなく向こうの世界を知っている。
おそらくは、自分や二階堂と同じ国の人間だったと思うのだが、一体どんな人物だったのだろうか……彼女の考え方、倫理観やモラルセンスは、向こうの世界の常識とあまりにもかけ離れている。
「ねえ、ハルートちゃんは向こうでどんな人だったの?」
好奇心のままにミカが幼女に尋ねる。
「私の記憶は虫食いでな、自分のことはあまり憶えていないのだ。まあ、なんとなくではあるが、身長以外は今と大して変わらんような気はするな」
ミカの問いに幼女が答える。実際、幼女には自分に関する記憶がほとんどない。なぜかどうでもいい知識や記憶は随分と残っているようだが……。
「そうなんだ……でも、今とあんまり変わらないってことは、職業は犯罪者かマフィアだね、間違いない。もしくは殺し屋か殺人鬼」
ミカが大きな胸を張って、自信たっぷりに言う。
その中には、正しい意味での職業は一つもありません。
みんな、犯罪者です。
「貴様……いい度胸だ」
その日……クローナ村の広場には、見たことのない巨大な魔物の銅像と、その前に生贄のように横たわる尻を丸出しにした黒髪の女の姿があったという。
聖者の塔、あるいは教会塔とも呼ばれる円柱状の建造物……ファリス大聖堂の一室で、マルティナは胡座をかいて座っていた。
たまにお尻を掻きながら、しかめ面で黙り込んでいる姿は、とても聖女とは思えない。
ペンス村を後にしたマルティナとライラの二人は、ハルートの足跡を辿ってカロッツァ領へと向かっていた。
しかし、その道中で彼女達は、戦死者の弔いのために呼び寄せられた教会の神父達と、彼らに帯同していた聖騎士隊に遭遇してしまう。
行方不明の父親を探す美人姉妹のフリ、でやり過ごそうとしたマルティナ達であったが、騎士隊の中にライラの上司ヴィゴールがいた事で作戦は失敗に終わる。
ライラの事をお姉ちゃんと呼ぶマルティナの姿は、彼女達を知るヴィゴールの目にはさぞかし滑稽に映ったことだろう。
そして現在、彼らによって教会塔へと連れ戻された彼女達は、別々の場所で監禁状態に置かれていた。
「ライラは大丈夫かしら」
酷い目にあってなければいいが……マルティナは、巻き込んでしまった友人の身を案じる。
教会塔に連れ戻された時点で、彼女は自らの死を覚悟していた。
教会の教義上、聖女の責務を放棄した者が、聖女であり続けることには問題がある。
本来なら、女神により聖者の資格……つまり、聖者の力を剥奪されるはずなのだが、困ったことにマルティナの聖女の力はいまだ消えてはいない。
ならば、教会にとっての正しい聖者の姿を守るために、自分は人知れず殺されるのではないか。
マルティナはそう考えたのだ。
しかし、一方で教会は、今回の件をそれほど深刻な問題だとは考えていなかった。若い聖者が厳しい規律に耐えかねて逃げ出す、というのはそう珍しい事ではないからだ。
はっきり言えば、よくある聖者の失踪騒ぎくらいにしか思っていなかったのである。
マルティナが幼い子供でない以上、何かしらの罰は与えねばならないが、精々、一ヶ月程度の謹慎と奉仕活動……それくらいで妥当だろうというのがアレクシアや他の聖者達の考えだった。
無論、ライラに関しても似たようなものである。
そう……これは本来、その程度の話だったのだ。
後に、聖者オズワルドは述懐する。
すべての原因は、彼女の教会に対する強すぎる不信感だろうと。
身の危険を感じ、追い詰められた彼女は、自らの行動を正当化するために、破壊の聖女を利用しようと考えた。
教会塔の聖者達による査問の場で、彼女……マルティナは、破壊の聖女に関する幾つかの重要な情報を隠蔽したまま、彼女の起こした奇跡を大仰に語り、涙を流しながら彼女を讃えた。周囲の制止も聞かず、ただひたすらに……その美しさを、気高さを、優しさを、聡明さを、讃え続けたのだ。
実際、その時点で彼女は、破壊の聖女と呼ばれる人物に会った事さえなかったのだが、私を含めた教会塔の聖者達には、それを知る術はなかった。
そして、彼女はその場で、聖女アレクシアや我々教会塔の聖者達を痛烈に批判したのである。
塔の中に引きこもり、王侯貴族に尻尾を振る女神の伝書鳩……無能の聖者達だと、聖女ハルートこそが、我々聖者を導く指導者に相応しいのだと……。
「我々の信仰は権力に捧げた訳ではない! 志ある聖者達よ、聖女ハルートの元に集い、世界のために力を尽くすのです」
取り押さえられ、退出させられようとしたマルティナが叫んだ言葉は、今も私の心に刻まれている。
本来、お説教と謹慎と反省文で済むはずだった若き聖女は、女神と聖者達を侮辱した罪で、投獄される事となる。
普通ならば、この色々と哀れな聖女の話はこれでお終い、となるところだが、この聖女の暴走には続きがある。
きっかけは、シリングタウンのコルネール神父と、狂気の修道士と呼ばれるジェンソン氏が彼女の支持を表明した事にある。
これを好機とみた、現体制に不満を持つ聖者達が彼らに便乗し、さらに、聖女マルティナの「我々の信仰は権力に捧げた訳ではない! 志ある聖者達よ、聖女ハルートの元に集い、世界のために力を尽くすのです」という言葉に乗せられた、私のような志ある聖者がマルティナを支持したのだ。
そう……つい、やってしまったのだ。
結果として、聖者達は、聖女アレクシアを中心とするアレクシア派と、聖女マルティナを中心とするハルート派に分裂することとなる。
恐ろしいことに、女神ファルティナも、そして、聖女ハルートも知らぬ間に……である。
聖者という少数でありながら、強い影響力をもった存在だからこそできたことであろう。
余談ではあるが、後の調査で、マルティナの査問の際の報告には、多くの虚偽があったことも判明している。
報告によると、破壊の聖女が、ハーンズ領のマナト村周辺で、悪名高い盗賊団、『青い雷』を討伐したとなっているが、彼女は同じ日に、レナード領のペンス村にいたという確かな証言が取れている。
逆にレナード領において、村を荒らしていた傭兵団、『夜の向こう側』が彼女に壊滅させられた日にも、デュラン領で魔物に襲われた商隊が彼女に助けられている。
他にも似たような事例がいくつかあるが、報告した本人は、彼女の足は馬の何倍も速いんだから、それくらいは余裕に決まっているでしょう、と開き直っている。
本当に気分が悪い。なんで私はこんな女に……。
「オズワルド、何ブツブツ言ってんのよ。早くしないと死ぬわよ」
「黙れ! 全部お前のせいだ。このウンコ聖女め!」
「子供じゃあるまいし、自分の判断を人のせいにするんじゃないわよ」
「二人とも急いでください、早く彼女達に合流しないと……」
「おのれ、詐欺師め……」
残念だが、今の私には、これ以上を語る事はできないようだ。
なぜなら、色々と余裕がないからだ。
もし私が生き延びることができたなら、この経験を書物にして、若者達に読んでもらいたいと思っている。
タイトルは、『女の涙は全部嘘』にしようと思う。
本当は、もう少し続きがあったのですが、文字数が多すぎる気がしたので次話にまわしました。
明日か明後日にでも、更新出来ればと思います。
では、ありがとうございました。




