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幼女オブトゥモロー  作者: オーロラソース
28/47

第28話 異世界《ワンダフルワールド》

最初の予想では、彼女の話は、この半分くらいの長さになる予定でした。


長くなったのは、もう少し先にする予定だった話もくっつけたからです。


今回の話は、今までの全話の中で一番真面目に書いた気がします。


そんな28話、読んでくれるあなたに、心から感謝を……


ありがとうございます。


 結果的に、勇者に頼らなかったのは正解だったのだろう……ミカは自宅でアランの帰りを待ちながら、カサンドラの話を思い出す。


 勇者がどんな人物にしろ、そこに権力が絡めば、個人の意思とは無関係に物事は進んでしまう……そんなのは絶対に御免だ。


 ポケットから黄色いクマのストラップを取り出すと、美歌はこの世界での日々を思い返す。


 笹山ささやま美歌みかがこの世界にやって来たのは六年前、彼女が十六才の時だ。


 部活の帰り道……視界がブラックアウトしたと思った瞬間、彼女はもう……この世界にいた。

 なんて雑な展開だろうか。おかげで、ここはあの世かもしれない……という疑念が未だにミカの中には残っている。


 訳も分からずに放り込まれた異世界……当然、彼女は戸惑い、途方に暮れる。平和な日本で生まれ育った十六才の少女には、特別な知識も、サバイバルの経験もありはしない。


 そして、彼女には勇者のような力も与えられてはいなかった。


 帰る方法を探さないと……ここが異世界だと認識して、泣くことにも飽きたミカは、疑問と不満の言葉をぼやきながら、フラフラと荒野を歩いていた。


 その時、彼女を襲った男達が、野盗だったのか、ただの村民だったのかは分からない。


 それを知る間も無く、彼らは斬り伏せられたからだ。


 ミカを救ったのは、女のハンターがリーダーを務める『つき星屑ほしくず』というパーティだった。


 リーダーの女が月で、取り巻きが星屑ということらしいが、実際は肉眼で見る事のできる星屑の方が月よりも遙かに大きい。

 もちろん、この世界の宇宙が見せかけだけのプラネタリウムでなければ……だが。


 男達に襲われた恐怖と、目の前の殺人に呆然としているミカに、リーダーの女は剣を手渡し何かを言う。

 言語は理解できなかったが、言いたい事はなんとなく分かった。


 トドメを刺せ、お前が殺せ……


 彼女は、傷を負い苦しむ男をミカの前に引きってくると、大声で怒鳴った。


 さあ……やれ! 殺せ……と


 何か理由があるのかもしれない。この世界のしきたりのような物が……最初は拒んでいたミカも、その迫力の前に躊躇ためらいながらも剣を握った。



 ハンター達は、何事もなかったように酒を飲みながら、雑談に興じている。

 ミカは、手元にある血のついた剣をぼんやりと眺めていた。彼女に返そうとしたが、いらないと突き返されたのだ。


 ミカの手には、男を突き刺した時の感覚がまだ残っている。


「なんて世界だ……」

 ここは、サンペドロスーラか……異世界の荒廃ぶりに、ミカは絶望する。


 ハンター達は酔いが回ってきたのか、歌ったり、全裸になったりしている。


 人が死んでんねんで! 服を着ろ! 

 ミカは心の中で叫ぶ。


 ハンターの一人が千鳥足で近づいてくると、何かを呟いて酒の入ったコップをミカに手渡した。


「なるほど……これが、飲まなきゃやってらんないって奴か……」

 女子高生の心は、残業続きのサラリーマンのようにすさんでいた。


 ミカの視界の先には、男達の死体が物のように転がっている。

 彼女はそれを一瞥いちべつすると、コップの中身を一気に飲み干す。


 それを見たハンター達から歓声があがる。


 少女はその日、初めて酒を飲み……初めて人を殺した。


 女子高生は思う。

 案外ぐっすり眠れたのは、きっとお酒のせいに違いないと……。



 その日から、ミカは彼女達『月と星屑』と行動を共にする。


 後で知ったことだが……彼女がミカに男を殺させたのは、しきたりなどではなく、お前が殺したそうな顔をしていたから……だそうだ。


 馬鹿らしい……そんな顔はしていない……はずだ。


 ミカは彼女から、言葉と戦い方、そしてこの世界での生き方を学んだ。


 しかし、その彼女もハンター同士の揉め事で、呆気あっけなく命を落としてしまう。


 本当に命の軽い世界だ、とミカは思う。


 月と星屑は解散し、ミカもハンターとして各地の支部を転々としながら何とか食いつないでいた。勇者の話を聞いたのは、そんな時だった。


 勇者は、異界からの召還者である。名はキリューと言うらしい。


 キリュー……桐生……?

 同じ境遇……もしかしたら、帰る方法を知っているかもしれない。


 そう考えて、ミカはふと思う。


 帰ってどうする……

 ミカの体は、この世界にきてからも成長していた、おっぱいとか随分大きくなったと思う。

 つまり……時間が経っているのだ。元の世界に戻ったところで、全部が元に戻るとは思えない。この二年以上の間、私は行方不明になっているはずだ。


「高校は無理かな」

 家族は、たぶん受け入れてくれる。

 でも、それ以前に私は……


「とりあえず勇者に会ってみるか」

 何かしら情報は得られるだろうし、仲良くなって損は無いだろう。


 そして彼女は王都へ向かう。


 しかし、結局、彼女が勇者に会うことは無かった。


 勇者に取り入るために、異世界人を語る者が続出している。その余りの多さに、王都の役人は大した調べもせずに牢獄送りにしているらしい。

 そんな噂を耳にしたからだ。


 これでは、例え本物であっても牢屋に入れられる可能性が高い。


 目的を見失ったミカは、王都周辺でハンターとして活動を続けていた。


 そして、その任務の最中に彼女は彼と出会う。


 ミカがハチミツ好きの熊のストラップを眺めていると、家の扉が勢いよく開いた。


「ただいま!」

 アランの声にミカは立ち上がり、彼に駆け寄る。


「おかえりなさい、怪我とかしてない?」


「したけど、ハルートに治してもらったよ。しかし、あの獣人ども頭おかしいぞ……命知らずなんてもんじゃない。アンデッドみたいな戦い方しやがる」

 アランが獣人と魔物の戦闘の様子をミカに伝える。


「アランはあんまり無茶したらダメだよ。ハルートちゃんだって死人を生き返らせる事は出来ないんだから……」

 ミカが心配そうな顔で言う。


「分かってるよ……まあ、俺はしぶといのが取り柄だからな。簡単にくたばりはしないさ」


「フフッ、ゴキブリアラン……だもんね」

 ミカが笑ってアランのあだ名を呼ぶ。悪口では無い……はずだ。


「それは廃止だ、廃止。まったく誰がゴキブリだ。ここでは、鉄のアランとかダイヤモンドアランとか格好良いのを広めていく予定なんだから……」


「ダイヤモンドユ○イみたい……」

 ミカがクスッとする。


「ユカイじゃない、アランだ。そういえばミカ、それ前から大事にしてるよな。なんか珍しい形だけど高価なもんなのか?」

 アランがストラップを指さし尋ねる。


「高価ではないかな。大事ではあるけど……」


「え? そ、それ、自分で買ったの?」

 ミカの思わせぶりな態度に、アランが動揺する。


「ううん……違う、貰い物だよ……私が王都にいた頃に貰ったの」

 ミカは指先でストラップを弄りながら、遠くを見つめている。


「王都って、俺に会う前か……も、元カレですかね?」

 アランの動揺は激しい。


「フフッ……内緒」

 ミカが笑う。


「いいよ、別に気にしないから……でも俺が騎士になったら、もっと凄いの買ってやるよ。別に対抗する訳じゃないけど、凄いの買ってやるからな、別に元カレとか気にしないけど……」

 ダイヤモンドアラン……小さい男である。


「本当? じゃあ楽しみにしてるね!」


「おうよ! 任せとけ!」

 そして単純である。


「じゃあ、俺、着替えてくるから」


 部屋を出て行くアランに手を振ると、ミカはストラップに目をやる。


「ちゃんと生きてるかな……二階堂さん」


 ミカは、この世界で賢者と呼ばれる男の事を思い出す。


「ハルートちゃんとも話さないと……でも二階堂さん、あっちはヤバイって言ってたなあ」


 アフリカ、ナイジェリア……たぶん間違いないだろう。


「困ったな……」


 そういうミカの顔には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。


 まったく滅茶苦茶な世界だ。

 不便で、いい加減で、人が簡単に死ぬ世界。

 怪獣みたいな幼女もいるし……。


「笹山君……条件は色々とあるが、元の世界に戻る事は可能だと思う。だから、しっかりと考えて決断して欲しい」


 賢者の言葉が頭に浮かぶ。


「簡単な事だよ。君がこの世界に残ることで失うもの、君が元の世界に帰る事で失うもの、それを比べればいいんだ」


「残って失うもの……家族、昔の友達、平穏な日々と未来……あと便利な生活」


 毎日のお風呂もかな……これは、重要。


「帰って失うもの……この感情、燃える様な血のたぎり、生の実感、想像もつかない未来、そこそこ貯まったお金、この剣と技、それを振るう対象、気に食わない奴らを殺す予定、何故か嫌いになれない魔物達、それに……ブレンダの仇討ち」


 あと、漬物つけてる! 白菜魔人の頭漬け!


「笹山君……それ比べる意味ないな。最初の一つ目で結果が出てる。それと、白菜魔人の頭は肉だよ、肉と脳味噌。白菜みたいな見た目だけど、野菜じゃないからね」


「二階堂さん……私の感情がわかるの?」


「君はすぐ顔に出るからね。君はさ、楽しいんだよ、今の生活が。大好きで仕方ないんだ……この出鱈目でたらめな世界の事が。つまり、僕と一緒だな」


 そういうと彼は笑っていた。



 ミカは黄色いクマのストラップをポケットにしまう。


 確かに彼の言う通りだ、私はこの世界が嫌いじゃない。

 きっと……好きなんだろう。

 

「それに……」


 今は、帰れない理由があの時よりも増えている。


「帰って失うもの……大好きな人」


 小さく呟くミカの視界に、変な服を着たアランが姿を現す。


「ミカ、この服どうかな? ハルートには、糞ダサい、マッスル豚よりダサいって言われたんだけど……マッスル豚は全裸だよな」

 裸の方がマシって事かな、とアランが悲しげに呟く。


「フフフ、アハハハッ! マッスル豚! マッスル豚って!」

 ミカが笑い転げる。


「笑いすぎだよ! これ、結構高かったのに……服屋に騙されたかなあ」

 アランは泣きそうになっている。


「ゴメン、ゴメン……ちょっと笑いすぎた」


「いいよ、もう……飯にしようぜ、腹ペコで死にそうだ」


 アランはふて腐れた顔をしたまま、夕食の支度をするミカを見つめていた。


 ふと、テーブルに皿を並べていたミカが、アランの前で一瞬、動きを止める。


 二人の顔が正面で向き合い、アランを見つめるミカの表情がかすかにほころんだ。


「どうした……?」

 尋ねるアランの顔は、わずかにあかい。


 ミカは、アランから視線を外さないまま、手に持った白い皿で顔の下半分を隠すと、吐息のような声でささやいた。


「愛してるぜ、アラン……」


「え……? ちょ……なに急に」

 アランは、女子に告白された中学生男子のような反応をした後、一つ咳払いをしてミカに向き合い……彼女に応える。


「ああ……俺も……愛してますよ。すごく……ね」


 そして、ミカは思う……ああ、なんて素晴らしい世界だろう。



 この二人、今夜は熱い夜になりそうだ。



 一方、その頃……幼女は一人、工房の中で熱い夜を過ごしていた。


「ヒート……エンドだ」


 幼女のゴッデスフィンガーが、最後の仕上げを終える。


「完璧だ……」


 その作品の仕上がりに、幼女は満足げな笑みを浮かべている。


「これで、二つの問題を同時に解決できるはずだ」


 幼女は作品に布を被せると、脱いでいたコートを羽織る。


 色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚めのメルトン生地……フロントにはトグル。


 工房の中には、ダッフル幼女の高笑いが響いていた。




話が続いてくると、タイトルにも気をつかうようになりました。


油断すると、タイトルがネタバレっぽくなるからです。


最初から、1話、2話、みたいにしておけば……と思ったりしました。


今回、初登場した人は、以前カタカナで名前が出てた人です。


確か、9話の最初の方だったと記憶しています。


では、ありがとうございました。

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