第25話 NO女神《YESドラゴン》
寒いですね。
私は唇がカサカサで、笑うたびに出血して上手く笑えません。
今日も、読んでくれるであろうあなたに感謝を……
ありがとうございます。
ブルーマウンテンゴリラの襲撃から一夜明け、ラッツ村の村長、ギルバートの家には三人の人物の姿があった。
端から見れば、爺さんの家に遊びに来た息子と孫娘のようにも見えるのではないか。その内の一人、騎士隊長ディーノは、美味しそうに茶菓子を頬張る幼女を見て思う。
実際彼には、ハルートと年の変わらない娘がいる。彼にとっては、この世の何よりも大切な娘だ。
この幼女も見た目だけなら、彼の娘と大して変わりはしない。
しかし……
「おかげで助かったよ、騎士殿……村人が死にまくっていたら、話が少し面倒になっていた」
中身はまるで別物だ。
「さすがに、君達に任せきりという訳にもいかんからな。まあ、我々には時間稼ぎくらいしかできなかったが……」
ステインからの連絡で彼らが近くにいるのは分かっていたが、間に合うかどうかは微妙だった。彼らが来るまで持ちこたえられたのは、村人達が一カ所に集まって抗戦してくれたからだ。
「いや、あなた方がいなければ、村が壊滅していてもおかしくなかった。うちの連中も人間に対しては色々と思うところがあるからな、動くまでに時間がかかってしまったのだ」
「カロッツァの獣人達か……それは、当然だろう」
カロッツァの獣人狩りの噂は聞いている。きっと、彼らの人間に対する憎しみは相当に深いはずだ。
「まあ、それも昨日までだ。今はすすんで森の見張りや、復旧の手伝いをしているよ」
「わだかまりが消えたと?」
「いや、線引きが出来たのだ……同胞を殺した者達と彼らは同じではないとね」
「そう簡単に憎しみが消えるとは思えんが……」
「消えはせんさ、今まで人間という種族全体へと向けられていたものが、薄まる事なくカロッツァに向けられるだけだ」
「君の予定通りにかい?」
彼女の戦闘力ならば、一人で先行して状況を変えることも可能だったはずだ。そうしなかったのは、その方が彼女にとって都合が良いからだろう。
「予定ではなく……願望だよ。自分達以外を拒絶して生きるのは侘しいからな。まあ、うちの連中の事だから、女、子供の泣き顔を見たらじっとしていられなくなるだろうとは思っていたがな」
そこは予想通りだ、と言って幼女は笑っている。
彼女にとってこの村は、獣人達の意識を変える為の道具でしかなかったのだろうか。
幼女の可愛らしい笑顔に、ディーノは心に慄然とするものを感じていた。
「足らんな……」
幼女は最後の茶菓子を食べ終わると、お茶を一口啜って呟く。
その声と同時に、彼女の後ろの扉が開いた。
「待たせてしまって、申し訳ない」
二人に頭を下げるとギルバートが席に着く。手には、追加の茶菓子を持っている。
「フフ、気が利くな……老人」
「君達がいなければ全部ゴリラの腹の中だったのだ。好きなだけ食ってくれ」
「では、遠慮なく……」
そして、本当に遠慮の無い幼女のモグモグ音と共に、爺とオッサンと幼女の奇妙な三者会談が始まる。
「我々からすれば、得しかない話だが……いいのか?」
ギルバートが幼女に尋ねる。
幼女からの提案は、ラッツ村にとって益のあるものばかりであった。
「構わん、こちらも損がある訳ではない。いくら素材が手に入っても取引き出来る相手がハーンズ卿しかいないのでは、色々と不便なのだ」
ディルハムは遠いからな、と幼女は言う。
「それに、領主側との取引きとなると現金での支払いになる。しかしな、獣人がいくら金を持っても使う場所がないんだよ」
「確かに、獣人が街で買い物というのは難しいな……」
幼女の言葉に、ディーノが申し訳なさそうな顔をする。
カロッツァほどではないにしろ、ハーンズにも獣人に対する差別や偏見はある。簡単に街への出入りは出来ないし、トラブルになる可能性もある。
「そういう事だ。小麦や野菜、あとは酒だな。連中バカみたいに食うから、いくらでも金を使うぞ。金銭にもまったく執着しないしな」
「しかも、今回みたいな事があれば、直ぐさま駆けつけてくれる……か」
ギルバートは、昨日の獣人達の戦い振りを思い出し、考える。
狩人である彼らは毎日森に入る。その変化にも敏感だろう……そして何より、彼らは強い。全員が腕利きのハンターのようなものだ。
これほど頼りになる兵士はいない。
「ここが潰れたらパンも野菜も食えなくなる。何より酒が飲めなくなるとなれば必死で守るさ。一応、北部守備隊の役目でもあるしな」
「一応とか言わないでくれ……領主直属の部隊なんだから」
ディーノが溜息をつく。
「フフフ……我らは、自由を旨とする部隊だからな、気まぐれなのだ」
幼女は楽しそうに笑っている。
実際、クローナ獣人部隊はハルートの私兵である。
獣人達が彼女以外に従うことはありえない。
「あと、私も定期的に顔を出すから、怪我人なんかはその時に治してやるよ」
「おお……それは助かる。しかし、本当に至れり尽くせりだな」
「受け入れてくれるなら、損はさせんよ」
幼女がウインクをする。
「ふむ……断る理由は何も無いな。我らラッツ村は、クローナの獣人達を歓迎する」
「いいのか? 村長一人で決めて」
「問題無い。恩人をないがしろにするような奴は、俺の村にはいないからな」
「トラブルを起こすかもしれんぞ?」
幼女が念を押すように尋ねる。
「伊達に長生きはしていない。どういう連中かは見れば分かる……彼らは信用できるよ」
分かりやすいほどにお人好しな連中だ。この幼女が率いる事でバランスがとれているのだろう。
「そうか……ならば我らもラッツ村の住民を友と認めよう」
「いいのか? 勝手に決めて」
今度はギルバートがハルートに尋ねる。
「問題無い、私は獣人達の女神様だからな」
そういうと幼女は、ペタンコの胸を張った。
「フフッ、ではこれからよろしく頼むよ、女神様」
ギルバートが笑って手を差し出す。
「こちらこそだ……」
その皺だらけの大きな手を幼女の小さな手が強く握った。
話し合いの後、幼女とディーノは外の様子を見て回っていた。
「しかし、なぜこのような場所で魔王種が生まれたのだろうか」
ディーノがブルゴリの死体を見て呟く。
魔物の多い森ではあるが、魔王種が生まれるほどではないはずだ。
「生まれたわけでない……流れてきたのだ」
幼女が言う。
「流れてきた?」
「ああ、あれは元々黒の樹海にいた奴だ。それが、外に出てきたのだ」
「なぜ、そんなことが分かる」
「樹海で弟を殺された、といっていたからな。仇を探しているうちに、この森に辿り着いたのだろう」
泣かせる話だ、と幼女は涙を拭う仕草をしてみせる。もちろん涙は流れていない。
「魔物が……仇討ち?」
ディーノは首をかしげる。
魔王種には知恵がある、という話は良く聞くが、身内の仇を討つ為に旅をするなど信じられない。
「別に驚く事ではないよ。魔王種、あるいは樹海の魔物には、知性や理性が備わっている者も結構いるからな」
「君はなぜそのような事を知っている。君は一体何者だ?」
「何者か……だと?」
ディーノの言葉に幼女の瞳がキラリと光る。
「フフ……ある時は可愛い幼女ハルートちゃん、またある時は優しい聖女ハルート様、そして、またまたある時は、デキる村長ハルートさん……しかしてその実体は! 竜の末裔……ハルートちゃんさ!」
幼女は、よく分からない決めポーズをしている。
ディーノは驚きの表情を浮かべると、何かを考え込むように目を閉じる。
そして、その目をゆっくりと開き、静かに呟いた。
「ハルート殿……竜……ってなに?」
幼女がブルゴリの死体を蹴飛ばして、山積みにしていく。
まさしくブルーマウンテンである。
「クソがッ! 何でこの世界の連中は、誰も竜を知らんのだ!」
幼女はイライラしていた。
だいたいアイツは何だ!
男塾三号生みたいな名前しやがって!
どこの地獄の魔術師だ!
男爵でもないくせにディーノとか名乗りやがって、死ねや!
幼女は荒れていた……理由は竜の知名度の低さである。
貴族のレオンも、長命なエルフのカサンドラも、騎士のディーノも、誰も竜の存在を知らなかった。
知っていたのは、あのパンダだけだ。
「さては、ファルティナの情報封鎖か!」
許せん……あの女ぶん殴ってやる。
幼女の怒りは激しい。
「何にしろ、このままでは駄目だ。私の……いや、我ら一族の沽券に関わる」
私は竜がいかに強く賢く格好いいかを世界中に知らしめなければならない。
これは、私の使命だ。
あと、あの女神は殴る。
これも使命にしよう。
幼女の決意は固い。
「よし、ドラゴン知名度アップ大作戦を実行に移すぞ」
幼女は一人、決意表明をおこなう。
「スローガンは、FUCKファルティナ! VIVAドラゴン! だ!」
ラッツ村の外れ、ブルゴリの死体の山から呪いの言葉が響く……
「ファックファルティナ、ビバドラゴン……ファックファルティナ、ビバドラゴン……」
ラッツ村の村人達は、地獄の底から響くようなその声に恐れおののいていた。
できれば明日も更新したいと思っています。
まだ1文字も書いてませんが、外出の予定もないのでいけるでしょう。
では、ありがとうございました。




