第23話 決戦《前編》
少し文章が長くなったので、二つに区切りました。
つづきは明日か明後日に投稿できればと思っています。
読んで下さる皆さんに、今回も心から感謝を……
ありがとうございます。
「なあ、ハルート様……」
ガラードが幼女に話しかける。カサンドラ人形が手元に無いせいか、黒狼の表情は暗い。
「どうした、人形遣い……暗いぞ」
さっきまで世紀末のモヒカンみたいなテンションだったくせに、不安定な奴め。人形プレイといい、カウンセリングが必要かもしれんな。
幼女は心のメモ帳に″ガラード躁鬱の気あり″と書きとめる。
「俺達は、人間を守らなきゃならないんだよな……」
人形プレイヤーが真剣な表情で幼女に尋ねる。
「不満か?」
やっとこの話題がきたか……今まで誰も口にしなかったのは、私への忠誠心の高さ故だろう。
「……人間は、好かんからな」
ぶっきらぼうに答える黒狼の瞳には、哀しみの色が見える。
獣人達はカロッツァにおいて、苛烈な迫害に晒されてきた。
家族や友人、恋人……彼らが失ったものは、あまりに大きい。
「別に守らんでもいいぞ、連中はゴリラどもをおびき出す為の餌みたいなものだ。無理して守る必要はない。その腕章も都合がいいから使うだけだ」
幼女はウサギの腕章を指さすと、意外そうな顔をするガラードの背中に飛びついた。
「おお……たかい!」
「軽いなハルート様は……でも、いいのか? 領主と約束したんじゃないのか、人間を守るって」
「何人か死んだとしても、ブルゴリを潰せば文句は言わんさ」
そう言うと、幼女はその大きな背中からひょいと飛び降りる。
「分かった! 他の連中にも伝えてくる。みんな人間を守るのは嫌だっていってたからな……きっと喜ぶぞ!」
ガラードが明るく返事をする。
黒狼は、躁状態にチェンジしたようだ。
「ガラードよ、守りたくなったら守ってもいいからな。判断はお前達に任せる」
自主性が大事なのだ……守るにしろ、見捨てるにしろ、自分で決めて行動したなら、その結果には逃れようの無い責任が生じる。
「それはないな、絶対助けない!」
「フフ……そうか」
ガラードに向けられる幼女の眼差しは、我が子を見つめる母親のように優しい。
「こちらから人間に危害を加えたりはするなよ」
「そんな格好悪いことは誰もしないさ。我らは誇り高き不死の獣軍、ハルート様の使徒だからな」
そう答えると、ガラードは他の獣人達の元へと走って行った。
それを格好悪いと思うなら、結果はもう見えたかな……
「しかしサラよ、使徒とはなんだ? ガラードめ、人形だけでなく宗教にも嵌まっているのか」
なんて面倒な奴だ、幼女は困惑の表情でサラに尋ねる。
「え? 知らなかったのですか? ハルート様は我らの女神様……人間達の女神など遠く及ばぬ、偉大な幼女神です」
幼女の問いにサラが真顔で答える。
どうやら、獣人はみんなハルート教徒らしい。
「それ、神は知らなかったです……」
神は驚愕した。
「まあ、別に構わんか……千年くらいなら面倒みてやるよ」
ファルティナが女神を名乗るなら、私がやっても問題あるまい。
あの女神にしても、全能にはほど遠い。
「はい、お願いします……女神様」
幼女の言葉に、サラは嬉しそうに微笑む。
「ちょうど、人間の女神を泣かしてやろうと思ってたところだしな。しかし、その前に……だ」
「くそゴリラどもですね」
サラが若干、下品な言葉を発する。
「お任せ下さい、ハルート様……神に仇なす愚かなクサレゴリラどもは、一匹残らず、我らが肉塊に変えてやります。あの様な汚い物体に、ハルート様の手は煩わせません」
サラのゴリラバッシングは強烈だ。
「フフ……では、任せるか。私は今回、非戦闘員のカワイイ聖女ちゃんをやるとしよう」
「はい、ハルート様には我らの雄姿をお見せします」
そういうと、サラは獣人部隊の元へと向かう。
「全員聞きなさい! 今回のゴリラ狩り、ハルート様はすべてを私達獣人部隊に任せると仰られた!」
「私達はその信頼に応え、クソゴリどもを殲滅しなければならない!」
「気合いを入れなさい! 我らが女神に、私達の強さと忠心を示すのです!」
歓声とともに、獣人部隊の士気が限界まで高まる。
決戦の地、ラッツ村は目の前に迫っていた。
「一匹や二匹じゃない! あれは群れだ!」
「じきに森から溢れて、村にやってくるぞ」
「領主様に知らせて、兵を……」
「間に合わねえよ!」
「この村も、終わりだ。何とか大侵攻を乗り越えたってのに……」
「ちくしょう!」
ラッツ村は、村人達の絶望の声に包まれていた。
「村長……早く逃げよう、もうどうしようもない」
村人の悲痛な訴えに、ギルバートは錆びた剣を抱えたまま無言で立っている。
ラッツ村村長ギルバート、御年七十歳……老体である。
「逃げ道があれば良いがな……」
ギルバートが呟く。
「北から来るんだ、南に行くしかねえだろ」
「嫌な予感がする。魔物の増え方、獣の逃げ方、全部がおかしい……先に南の様子を見てこい……急げ」
「わ、分かった」
ギルバートは、三十年以上ラッツ村の村長を続けてきた男である。
村人は、彼に全幅の信頼を寄せている。
ラッツ村が大侵攻を乗り越える事が出来たのも彼がいたからだ。
そして、ギルバートの指示で偵察に走った男の報せは、村に終わりを告げるものだった。
「ギルバートさん! 囲まれてる! 南にも、西にもブルゴリが!」
その報せに、ギルバートは目を閉じ深い溜息をついた。
「知恵を持つ魔物……魔王種だ。奴ら、ここを餌場に定めたな」
せめて、もう少し早く気付けていれば、ギルバートは、歯噛みする。
大侵攻で近隣の村、特に北端のクローナが潰れたのが痛かった。
森の異変は、あの村が一番早く気付ける。
「村長! 今ならまだ間に合う! 逃げよう!」
村人の叫びに、ギルバートは首を横に振る。
「南にまで手を回しているということは、村を襲わずに迂回したということだ。逃げ道はすでに塞がれている。奴らは我々を一人も逃すつもりはない」
逃げ場など無い……いや、逃げた先こそが地獄だ。
「全員、武器を持て」
「無茶だ! 一匹や二匹じゃないんだぞ!」
「時間を稼ぐ……」
「何のための時間だよ! 誰も助けになんかこねえのに!」
「奇跡が起こらねば、我々は滅ぶ……今、我々に出来るのは、その時まで生き延びることだ」
「奇跡なんて……起こるかよ。ここにいたらブルゴリの大群に食われるだけだ……」
「違和感がある。なぜ連中はこの村にきた? 奴らはクローナの方角から来たはずだ。ならば、先に襲うのはキール村のはずだ」
「そんなの……たまたまだろ」
「それはない……ここまで慎重に動く相手だ。不自然な行動には必ず何か理由がある。奴らは何らかの理由でキール村を避けた……それが、奇跡の種だ……まあ、育つ保証はないがな」
ギルバートの想像は正しい。ブルゴリがキール村を避けたのは、クローナ村に近いからだ。
一度退けはしたが、ブルゴリは獣人達の戦闘力を怖れたのだ。
「この状況だ、無理強いはできん。逃げたい者は逃げろ……と言ってやりたいところだがな……」
ギルバートは、反論していた男に剣を向ける。
「人手がいるからな、村人全員に無理強いするぞ。三十四年分の俺への信頼、それに命をかけてくれ……頼む」
ラッツ村、村長ギルバート……御年七十歳、イケメンである。
「ヒィッ! きた!」
最初に村に侵入してきたのは、ゴブリン達であった。
ブルゴリはゴブリンを先遣隊として、敵の戦力をはかろうとしたのだろう。
村人達は、即席のバリケードの中にひきこもる。
「落ち着け……倒す必要は無い。石でも糞でもいいから投げ続けろ」
ギルバートに焦りはない。
状況が絶望的なのは、最初から分かっている。
村人達は、必死で抵抗した……石を投げ、鎌を投げ、タンスを投げ、やむを得ず糞を投げる者もいた。
しかし、数匹のゴブリンの侵入を許し、次々に負傷者がではじめる。
最初は様子を見ていたブルゴリ達も、村人を脅威ではないと判断したのか、徐々に距離を詰めてきているようだ。
まだ姿は見えないが、ゴブリン達の背後からドラミングの音が聞こえてくる。
「やはり奇跡は起こらんか……」
ギルバートが、剣を持ってバリケードの一番前へと踏み出した。その瞬間、彼の視界の先で数匹のゴブリンの首が飛ぶ。
「きたか! ミラクル!」
さすがのギルバートも妙なテンションになる。
そこには、ブルゴリの包囲を抜けてきた四人の騎士の姿があった。
ステインを除く、ディーノの部隊である。
「隊長、これやばくないですか!」
ディーノ隊の紅一点、ルースが叫ぶ。
「クローナの妖精が噂通りなら、なんとかなるだろう」
ゴブリンを斬り捨てながら、ディーノ隊はバリケードへと進んでいく。
「よく、持ちこたえたものだ……」
普通は混乱して逃げ惑うところだが、この状況で防御陣地を作り交戦するとは……戦争経験者でもいたのだろうか。
「村長! 騎士様が……! 奇跡だ!」
村人達が歓喜する。
しかし、ギルバートの表情は厳しい。
あれで全員か……いや、この規模の魔物の討伐にそれはない。
だが、別動隊がいるなら、このような無茶な突撃はしないはずだ。
あれほど腕の立つ騎士が、考え無しの特攻をするとも思えんが……
「まあ、寿命は伸びたな……死ぬのは保留だ」
「村長! 助かりますよね!」
「無理だな……ブルゴリの数が多すぎる。あの騎士達になんとか出来るのはゴブリンまでだ」
「見ろ……」
「ああ……嘘だろ」
その光景に村人は腰を抜かす。
そこには、ブルゴリ達の群れ……青い津波のような、ゴリラの大群がいた。
「二百はいるか。まあ、あれだ、突っ込んできたら二秒で死ねる。あまり痛くはあるまい……」
ブルゴリの群れが一斉に威嚇のドラミングを始める。
その凄まじい音に大地が揺れた。
その重低音を行進曲代わりに、ゴリラの群れが進軍を開始する。
ギルバートは剣を降ろし、村人達に頭を下げた。
少し話が停滞しています。
今後は展開を早めていければと思っています。
では、お休みなさい。
ありがとうございました。




