第19話 宴《J1GP》
今回は、前半と後半で少し雰囲気が違います。
きっと、私の中の何かが切り替わったのでしょう。
今週もあなたに良いことがありますように……
今日もありがとう。
ジーン達はペンス村からの帰路に就いていた。
「しかし、腹の立つ男でしたな、あの村長は」
レナード騎士団の古株、ダスティンがジーンに話しかける。
「そうか? 私はむしろ感心したくらいだよ。領主の息子相手にあれだけの皮肉、中々言えるものではない」
部下にしたいくらいだ、とジーンは笑いながら答える。
「冗談はやめて下さい……事情が事情なだけに我慢しましたが、何度首をはねてやろうと思ったことか……」
「それだけの怒りだということだ……フランク村長は、我々にそれを伝えたかったのだろう。彼の軽口にはそういう覚悟が感じられたよ」
ニヤケ顔をしながらも、フランクの足は震えていた……あれは、彼なりの戦いだったのだ。
「あの長がいるなら、ペンス村が反乱の火種になることはあるまい」
村人の視線にも敵意はそれほど感じなかった。
まあ歓迎もされてなかったが。
「しかし、ジーン団長、例の娘が本当に聖女なら……」
「ああ……担ぎだそうとする者が出てくるかもな」
貴族に母を殺された、哀れな聖女……良い神輿だ。
ジーンは顔をしかめる。
「確か、名はハルートといいましたか……」
「うむ……一応、教会にも問い合わせてみるが、領内の聖者にそのような娘はいなかったはずだ」
教会塔には多くの聖者がいるが、各地の教会などで活動している者も少なくはない。
マルティナのように、調査や情報収集を役目とする者もいる。
神託をいち早く知ることの政治的なメリット故か、貴族達は聖者の囲い込みに非常に熱心である。
当然、ジーンも領内の聖者のことは把握している。
「よその領地から紛れ込んだのでしょうか? 一人旅をするには、幼すぎると思いますが」
「彼女については、村長も村人達も、あまり語ろうとしなかったからな」
迫害されていた訳ではないようだが、皆、彼女の話題を避けていたように思う。
ジーンは、彼女の話をする時のフランクの不自然さを思い出す。
「そういえば……パオロが変な爺様に絡まれたと言ってましたな。ハルート様は守り神だとか、お前達には天罰が下るとか、意味不明な事を叫んでいたと」
ダスティンが馬の手綱を放し、祈るようなポーズを取る。
「ハハッ! それは怖いな。しかしだ……聖女をそういう風に捉える人間もいる。やはりきちんと調べるべきかもしれんな」
ジーンは、顔も知らない聖女に、微かな不安を感じていた。
「忙しいですな……色々と」
ダスティンが苦笑する。
「明日は商会の連中との打ち合わせ、明後日にはシリングタウンに出発か……確かにな」
「まあ、聖女の件はさほど気にする事でもあるまい……正直、生きているかも分からんのだからな」
ジーン達の目に見慣れた景色が見えてきた。
じきに屋敷に立てられた、レナードの旗が見えるだろう。
夕暮れの赤の中、ジーンは少女の事を思う。
死んでいた方が面倒はない。
けれど、生きていて欲しい……。
そして、祈る。
女神よ……憐れな少女を救い給え……と。
その頃、その憐れな少女は飲んだくれていた。
今日は、カサンドラの歓迎会である。
「フハハハハ! 我がクローナ村へようこそ、不運なエルフよ!」
憐れな少女はすっかり酔っ払っていた。
「私がこの村の支配者、つまり村長のハルートちゃんである。年はたぶんよっつだ!」
衝撃の年齢発表である。
ハルートちゃん四才でした……たぶん。
「さあ! お前も自己紹介するのだ! エルフよ!!」
挙動不審のロリータコンプレックス・レズビアンエルフがお立ち台に立つ。
「カ……カサンドラです」
カサンドラは緊張で震えている。
「おっと! カサンドラ選手! 足が……足が生まれたての小鹿のようだぞ! 緊張してるのかぁ! ブルブルだーブルブルブルブルアイアイ……ブルベリアイ!」
幼女の悪ノリに獣人たちも乗っかる。
「変な耳!」
猫耳の少女が叫ぶ。
「変な耳!」
犬耳の男が叫ぶ。
「変な耳!」
ウサ耳のおっさんも叫ぶ。
「スタートレック!」
誰かが叫ぶ。
カサンドラは怒りと屈辱に震えていた。
どう考えてもお前らの耳の方が変だろう。
この畜生どもめ……!
「何歳ですか!」
ウサ耳男が手を上げる。
「ねえ年は? ねえ年は? いくつ? ねえ」
ウサ耳は色々しつこいようだ。
ねちっこく質問してくる。
「ごじゅ……う……くらい」
カサンドラがボソボソと呟く。
エルフは長命である。
人間では熟女でもエルフの五十才は思春期真っ只中だ。
「ババア! ババア! ババア! 熟女! 熟女! 熟女!」
獣人たちが煽る!
「やめろ! やめるんだ! フランクがくる! フランクがくる!」
憐れな少女が叫ぶ。
「フランクがくる! フランクがくる! フランクがくる!」
獣人達も一緒に叫ぶ。
彼らは当然、フランクの事は知らない。
「この……! 誰が……ババアだ!」
それにフランクって誰だよ!
カサンドラはキレた。
風が吹き荒れ……ウサ耳を吹き飛ばす。
「みんな! 逃げろ! カサンドラの中のウイ○ル獄長が目覚めたぞ!」
憐れな幼女四才(仮)はキャッキャッと喜んでいる。
宴が異様な盛り上がりを見せる中、幼女が壇上に立つ。
「さあ皆さん……盛り上がって参りました……! 続いては第一回! カサンドラ記念! J1グランプリinクローナ!」
突然、謎の大会が始まり、獣人達の歓声が上がる。
彼らは騒げれば楽しいらしい。
「ルールは簡単……リングの上で戦い、相手を倒せ。10数える内に起き上がれなければソイツの負けだ。ただし投げ技、寝技、絞め技、武器の使用は禁止。つまり……立ち技最強の獣人を決めるのがこの……J1グランプリだ!」
「優勝者には、貴族も滅多に食べられないキマイラのお肉をたくさん、副賞と致しまして、わたしハルート様が匠の技で作り上げた、ガラス製カサンドラちゃん人形をあげよう」
「あっ熟女もJだから参加できます」
「ウオー! キマイラ! キマイラ! カサンドラ!」
獣人達は狂乱している。
「レフェリー兼実況はわたくしハルートちゃん、解説は、雰囲気だけは長老っぽい、見た目は老いぼれ、頭脳は俗物、ハーマンさんでお送りします」
そして……
J1グランプリは、大変な熱狂を見せた。
元々好戦的な獣人は、格闘技に向いていたようだ。
いくつもの名勝負が生まれ、勝者にも、敗者にも惜しみない拍手が送られた。
途中、乱入して死にかけたハーマンには、ひどい罵声が浴びせられた。
第一回優勝者は、前評判通りの強さを見せたガラード。
準優勝は、ウッドの兄のケンであった。
また、初戦でガラードをギリギリまで追い詰めたサラには、敢闘賞が贈られた。
残念ながら熟女は参戦しなかった。
そして、獣人達の要望により、早くも第二回大会の開催が決定する。
そして、宴はつづく……
ハルートは獣人達から離れ、夜空を眺めていた。
「この世界の星座は一つも分からんな……」
太陽らしき物も、月のような物もあるが、どこか違う。
「異世界……か」
幼女の姿、竜の力、かつての自分を思い出す。
見た目は随分変わったが……
「ククク……」
幼女は笑う。
「あとはたいして変わらんな……」
許せないものを許さず、愛しいものをただ愛する。
それだけだ。
それだけは、たとえ神にも邪魔はさせない。
ハルートはこの世界の神を思う。
おそらく争うことになるだろう。
あれと私はわかり合えない。
「跪かせてやる……」
幼女は獰猛な闘志を燃やす。
殺し屋みたいな殺気を放つ幼女を呼ぶ声がする。
「ハルート……どうしました、怖い顔して」
そこには美しい……少女がいた。
五十路の……。
「ここは、良いところですね……みんな楽しそうで」
カサンドラが駆け寄ってくる。
随分と飲んだのだろう、顔は赤く、足もとはフラフラだ。
「ここでは、笑って過ごして欲しいと思っている」
せめて、戦場以外では……
「私も……ここにいていいですか?」
カサンドラは、幼女の小さい体を後ろから抱きしめる。
「ここは戦士の国だ……お前が私のために戦うなら、私がお前の居場所になろう」
幼女はカサンドラの手を握り、ふと思う……自分はどう見ても幼女のはずだ……と
しかし、この感じはラブっぽい。
いや、100%ラブだろう。
だとすると、このエルフ……大した変人だ。
「分かりました……この身とこの力、あなたに捧げます。だから……ずっと一緒にいて下さい」
カサンドラは幼女を強く抱きしめる。
「確か、エルフの寿命は随分長いのだろう……」
「三百とか……四百とか……でも……ハルートが死んだら、私も死にますから……」
耳元で沈んだ声がする。
また重たい人だ……幼女は思う。
「心配いらん……私の母は千年生きた。おそらく私も同じくらい生きるだろう」
「千年……? あなたは人ではないの?」
カサンドラが尋ねる。
「私は竜だ……」
幼女の答えにエルフの少女は首をかしげる。
「竜ってなに?」
そして、幼女は思い知る。
この世界の竜の知名度の低さを……。
Q.スタートレックと言った人は転生者ですか?
A.もちろん悪ふざけです。
では、サンキューでした。