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幼女オブトゥモロー  作者: オーロラソース
17/47

第17話 女達《それぞれの想い》


読んでくれる皆さんに、良い事がありますように……


今日も感謝です。

 ナタリアは窓から差し込む光と、鳥の声に目を覚ます。


 横たわるベッドは、彼女が普段使っているものよりずっと小さく、寝心地も比べ物にならないほど悪い。 

 これでも、街では一番の宿だというから驚きだ。


「まるでアレフになった気分ね」

 ナタリアは愛犬の名前を口にする。


 庶民にとっては最高級の部屋も、彼女からすれば犬小屋のようなものなのだろう。

 その犬小屋のベッド……あくまでナタリアの主観であるが、その上で毛布にくるまる彼女は、すこぶる上機嫌であった。

 表情には自然と笑みが浮かび、体に残る感覚はナタリアの心を幸福感で満たす……。


「キリュー……起きて」

 隣で眠る男の名を呼ぶが、目覚める気配は無い。


 彼女は本来このような場所にいる人間ではない。

 ナタリアはローデン国王リカルドの娘……王国の第二王女である。


 この、城嫌いの恋人に連れ出され、街の宿屋で夜を明かしてしまったのだ。


「本当に勝手なんだから……」

 ナタリアは眠ったままの彼をにらんで呟く。


 普通なら、首をねられてもおかしくない行為なのだが、それを許されるほどに彼は特別だ。


 勇者キリュー……十年前、女神によって召喚された異界の勇者、神の力を授けられた王国の守護者。


「フフッ……私の勇者様」

 ナタリアは彼にすり寄り、その寝顔を見つめる……。


 彼女より十歳年上のはずだが、無防備な寝顔はまるで少年のようにも見える。

 実際、初めて会った十年前から、彼の容姿にはほとんど変化が無い。


「勇者は年をとらないのかしら……」

 その頬を指でつつく。


 キリューはナタリアの初恋の相手である。

 初めて彼に会った時、彼女はまだ幼い少女だった。


 そして、十年間抱き続けた彼女の願いはもうすぐかなう。


「私は勇者の妻になる……」


 この十年、彼の周りには常に多くの女性達がいた。

 それは今も変わらない……

 聖女リアナ、騎士ヘルガ、それに……カサンドラ

 ナタリアの表情がわずかにゆがむ。


「でも……彼は私を選んだ」

 そうだ……私は勝ったのだ。


 もし、リアナやヘルガが、彼の二番目、三番目の妻になるというのなら認めてやってもいい。

 正妻は、一番は私なのだから……。

 でも、あの女は、カサンドラだけは認めない。


 ナタリアは、あの美しいエルフの顔を思い出す。 

 その目に暗い、憎悪の光が宿る……。


「死ねばいいのに……あの女」


 ナタリアがカサンドラを憎むのは、彼女がエルフだからでは無い。何か恨みがあるわけでも無い。


 彼女は知っているのだ。


 彼が誰よりも愛しているのは、あのエルフだということを……。



 まだ夜が明けぬ訓練場で、一人剣を振る者がいる。

 休むこと無く、ただ一心に剣を振り続ける。

 それでも彼女の中の雑念が消えることは無い。


 ヘルガは思う。


 これは喜ぶべき事なのだ……と。


 敬愛する王女殿下と勇者が結ばれる。


 殿下に仕える騎士として、自分もそれを望んでいたはずだ。殿下は、彼を十年想い続けた……そして、その想いは報われた。 


 ヘルガに婚約を告げた時の幸せに満ちた表情を思い出す。


 そう……これは喜ぶべき事なのだ。


 地面に剣を降ろすと、ヘルガは汗と涙をぬぐう……


「彼女もこんな気持ちだったのだろうか……」

 あのエルフの哀しげな顔を思い出す。


 すべては故郷の為だといっていた。

 それが自分の使命なのだと。


 そして彼女は姿を消した。


 私にも騎士としての使命がある。

 この身は……この剣は……姫様の為にあるのだ。


 ヘルガは剣を構え、振り下ろす。


 まるで想いを断ち切るかのように……。



 王都の教会、その一室で彼女は祈りを捧げていた。


 朝日が差し込む教会で、女神像の前にひざまずく姿は、まるで絵画の様に美しい。


 しかし、その心の内も同じように美しいとは限らない……。


「ここまでは、予想通りよ」

 リアナは立ち上がり、女神に背を向け呟く。


 彼女の脳裏には、彼との婚約を告げた時のナタリアの誇らしげな顔が浮かんでいた。


 憐れなお姫様だ、とリアナは思う。


 王女である以上、彼女が正妻になるのは当たり前の事だ。

 勝ち誇る様なことでは無い。

 キリューは立場上、ナタリアを振ることなど出来ないのだから、つまり、この結果は決まっていた事なのだ。


 結婚の順番など、私にはどうでもいい。


 あのキリューの事だ、城の窮屈な暮らしに耐えられるはずが無い。何かと理由をつけては城を抜け出そうとするだろう。幸い、勇者の力を必要している者は国中にいる。


 そして、その度に王女が同行する事など出来はしない。

 そうなれば、あのお姫様はお城で寂しくお留守番だ。


 リアナの顔に笑みが浮かぶ。


 ナタリアが一人、お城で悶々としている間、私は彼と一緒にいられる。


「正妻の栄誉はあなたにあげる……私は彼自身を貰うわ」


 そのうち、私に子供でもできれば、彼は責任をとってくれるだろう……妻になるのはそれからでも遅くは無い。

 私はもっと彼と一緒の時間を過ごしたいのだ。


 ちなみに、聖者や聖女も結婚は可能である。


 リアナは彼のいる城の方角を見つめる。

 それだけで彼女の胸は高鳴る。


 でも……彼が本当に一緒にいたいのは、私でもナタリアでも無いのだろう。


 リアナはあの美しく、物静かなエルフを思い出す。


 カサンドラ……


 正直、ナタリアやヘルガを脅威に感じたことは無い。

 けれど……カサンドラには勝てる気がしなかった。

 彼を、諦めようとさえ思った。


 きっと彼はすべてを捨てても彼女を選ぶ……そう思っていた。

 実際、そのつもりだったと思う。


 けれど……カサンドラは姿を消した。


 彼女が何故消えたのか、彼には分からなかったはずだ。


 けれど……私は知っている。



 あのエルフが勇者を憎んでいたことを。




 川辺に一人、少女が立っている。


 服を着ていない所を見ると、水浴びでもしようとしてるのだろう。

 しかし、その表情は暗く、まるで入水自殺でもしようとしているかのようだ。


 それに、今は十一月……もうすぐ冬である。

 当然水温は低く、例え、彼女に死ぬ気が無くとも死にかねない。


 少女は、ガチガチと震えながら川に入る。

 口元はわずかに動き、なにか呟いているようにも見える。


 もし、この光景を見る者がいたなら、天女の行水とでも見間違えたかもしれない

 それほどにこの少女は美しかった。


 美しい金髪に白い肌……そしてその耳は長く尖っている。


 長耳族、つまりはエルフである。


「うあぁーざむい、づべたい……うぅ……もうムリ……」


 少女は泣きながら川から上がると地面に突っ伏す……全裸で。


「どうせ、いくら洗ったって私のけがれはとれない」


 少女……カサンドラは脱いだ衣服にくるまりながら、自らの運命を呪う。



 エルフは、太古より森に住まう種族である。


 彼らは『深閑しんかんの森』と呼ばれる、美しい水が湧き、様々な動植物が生息する豊かな森に住んでいた。


 森の中には魔物も多くいたが、優れた狩人であり、魔術を使える者も多いエルフ達にとって、それはさほど脅威ではなかった。

 むしろ、魔物の存在は外部からの侵入を困難にし、エルフ達の生活を守る役目を果たしていたといえる。


 そうして、元々内向的な性格であったエルフ達は、徐々に外界との関わりを無くしていくことになる。


 しかし、彼らが森にひきこもってから長い年月が過ぎたある日、彼らの森に異変が起こった。


 人族の来訪である。


 ファルティナのもとで意志を統一した人族は、目覚ましい発展を遂げていた。

 強大な軍事力を有し、魔物達とも戦う力を得ていたのだ。


 そして彼らは、エルフ達のもとを訪れた。

 深閑の森を手にする為に。


 あるいはこの時、彼らが武力をもってエルフを制圧しようとしていれば、状況は違っていたかもしれない。


 エルフは本来、強く、誇り高い種族である。


 力による支配に対してなら、命がけの抵抗を試みたであろう。

 そして、深い森の中での戦闘ならば、エルフ達は圧倒的な強さを誇る。


 だが……人族は剣を抜くことはなかった。

 彼らは話し合いでの交渉を求めたのだ。


 相手が剣を抜かぬ以上、エルフ達も話し合いに応じるしかなかった……しかし、剣をもたずともそれは間違いなく戦争なのである。人間達はエルフを支配下に置くべくやってきたのだ。


 極限の緊張状態の中、エルフと人間の話し合いが始まった。


 そして……エルフの長老は緊張のあまり失神した。

 長老の息子は逃走した。


 なんとか交渉の席に着いた者達も、頭の中は真っ白だった。


 結局、会話にさえならなかった……相手の目を見ることもできず、話せばどもり、かろうじて出来てのは、愛想笑いをしながらハイ……ハイ……と答えるくらいだった。


 エルフ達はテンパっていた。

 彼らのコミュニケーション能力は、恐ろしく低い。


 なにしろ、何百年もひきこもっていたのだ……同族以外との関わりなんて考えたことすらなかった。


 それが突然、一族の命運をかけた交渉である。


 エルフ達は交渉という戦場において、人間達に蹂躙された。


 そして、両者の間には幾つかの契約が交わされる事となる。

 だが、意外にも、その内容はエルフ達にとってそれほど悪いものではなかった。


 人間達は考えたのだ。追いつめすぎて反乱を起こされるよりも、交渉下手な彼らをうまく利用した方が良いと。


 結果、エルフ達は緩やかに支配されていく。


 反抗の火が燃え上がらぬように、少しづつ、ゆっくりと……長い時間をかけて。


 それから、百年ほどの時が経った。


 重い税金を課せられてはいるが、深閑の森の管理は変わらずエルフに任されている。

 重税の為、暮らしは楽ではないが、誰も森を出て行こうとはしない。


 彼らは、筋金入りのひきこもりなのだ。

 お外はとっても怖いのである。


 カサンドラも他のエルフと同様に、この森で生き、この森で死んで行くものだと思っていた。

 なにより、彼女はそれを望んでいた。


 けれど……悪夢の始まりをカサンドラは思い出す。


「魔術が使える若い女のエルフを一名連れていく……これは王命である!」


「勇者と共に邪悪なる者達を討滅する名誉ある役目だ! 進んで志願せよ!」


 集落に男の大声が響く。


 そこには、たくさんの兵士を連れた偉そうな男の姿があった。


「いいか! もう一度言う……これは王命である! 従わぬ場合は王国に敵意ありとみなすぞ! 志願者がいない場合はこちらで選ぶからな!」


 カサンドラはあたりを見回す、さっき長老らしき人物が森の奥に逃げて行ったように見えたが、気のせいだろうか。


 選ばれたら堪らない……隙を見てここから逃げよう。

 カサンドラは魔術が使える。それも若年の中では飛びぬけて優秀だ。

 それに、この集落に魔術を使えるエルフはそう多くない。

 しかも、若い女といえば数人だけだ。


 森の外なんて絶対いやだ。


 カサンドラは、素早くその場を離れようとした。


 そんな彼女の目に、一人の少女の姿が映る。

 カサンドラよりも年下の娘……可愛くて、賢い、お気に入りの子だ。カサンドラは、たまに彼女の着替えを覗いたりしている。


 確か、魔術も使えるはずだ。


 少女は、兵士に驚いて固まっている……その少女に向かって偉そうな男が歩いて行く。


 マズイ……カサンドラは思うより早く行動していた。


「私……志願……します」

 ああ、いってしまった。

 可愛い女の子の危機に反応してしまった。


「ほう、これは……娘、魔術は使えるな?」

 カサンドラの体を舐め回すように見た後、男が尋ねる。


「はい……一応……」

 でも、これであの子は助かったんだ。


 カサンドラは少女を見る……。

 あれ? ガッツポーズしてる。


 少女と母親の話し声が聞こえる。


「変態のお姉ちゃんが志願してくれるって……兵隊も変態もいなくなるなんて最高だよ」


 少女の笑い声が響く。


 カサンドラは何も聞かなかった事にした。

 今はもっと大事なことがある。


「あの……私は何をすればいいのでしょうか?」


「さっき言った通りだ。勇者殿と共に戦ってもらう」


「魔物と……ですか?」

 さっきのこの男の目つき、それに若い女限定というのが気にかかる。

 私達は王国の奴隷ではない。一緒に国の為に戦え、というのならまだ納得もいく、それに、私が手柄を立てればエルフの立場も少しは良くなるかもしれない……でも娼婦のような真似はご免だ。


 そんなのは人間同士でやればいい……人間に……男に抱かれるくらいなら死んだ方がましだ。


「そうだ、細かい点については契約書を渡す。読んでサインしろ」

 男は面倒そうに答える。


「契約書……?」

 そんなものがあるのか……案外ちゃんとした話なのだろうか?


 勇者なんてものが絡んでいるなら、あんまり変な事はできないのかもしれない。それに確か勇者は王国ではなく教会……ファルティナの使徒のはずだ。


「入れ……」

 男が、村のはずれの建物の扉をあける。

 たまに監視の兵がいる建物だ。


「契約書をよんだらすぐに出発する。生活に必要なものは向こうで用意するから心配いらん。俺は村長と話をつけてくるから、分からない事は中の人間に聞け」


「もし、契約書の内容に納得いかなかったら取りやめてもいいのですか?」

 カサンドラが尋ねる。


「もちろんだ、その為の契約だからな……無理強いはしない。ただし契約を交わしたならそれは絶対に守れ……いいな」

 男はそれだけ言うと村の方へと戻っていった。


 正直意外だった。


 自分は人間に対して悪い印象を持ちすぎていたのかもしれない。

 契約なんかせずに村に戻るつもりだったけど、案外、外も悪くないのかも知れない。


「絶対いかないけど……」


 軽い足取りでカサンドラは建物の中へと入っていった。



 だが結局、カサンドラは泣きながら、森の外へと連れ出されることになる。


 すべては仕組まれていたのだ。


 そして、彼女は勇者に出会う。



 カサンドラはあの日の事を思い出しながらもう一度、川の中へと身を沈める。


「悔しい……」

 カサンドラの目に涙が浮かぶ。


 あの男、ルーカス、それにナタリア、リカルド王。

 なにより、勇者キリュー……


「お前達は絶対に許さない……」



 怒りと寒さに震えるエルフの目に奇妙なものが映る。


 川の上流からなにかが流れてくる。


 どんぶらこ……どんぶらこ、と流れてくる


「なに? 桃?」

 カサンドラが目を凝らす……いや、あれは……桃ではない。



 あれは尻だ。



 尻を丸出しにした幼女だ。


 幼女がどんぶらこ、と流れてきたのだ。


「死体? いや、寝てるの」

 幼女はスヤスヤ寝息をたてている。


 そして、全裸のエルフは、全裸の幼女を拾い上げる。


 幼女の目が開く……その青く澄んだ瞳がカサンドラを見つめる。


「おはヨーグルト……」


 幼女が挨拶する。



 その日、名もなき川の岸辺で……全裸のエルフが全裸の幼女に出会った。




あまり容姿についての描写はしないようにしています。


皆さん勝手に想像してくれたらと思います。


では、サンキューでした。

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