第16話 盟友《レオン》
おはヨーグルト!
読んでくれるあなたに、心から感謝を……
私は全知では無い。
私はすべてを知ることは出来ない。
私が見たのは、子供達が傷つき、死んでゆく未来……人では無い者の手で、たくさんの子供達が殺されていく。
人を狩る異形の者達……それを率いる者がいる。
でも、その姿は見えない。
すべては、それの仕業だと思った。
魔の侵攻も子供達の死も、その存在が引き起こすのだと。
許さない……私の世界にそのようなモノはあってはならない。
私は辿る……その存在を……そして辿り着く、始まりの日に。
だから、私は告げたのだ。
私と繋がるすべての者に……
魔王の誕生を阻止しなさいと
あの怪物を殺しなさいと
けれど、私は間違った。
私は全知では無い。
故に、私は気付かなかった。
私の言葉もまた、未来を作る要因の一つだということに。
私の告げた魔王という言葉は、人々の戦意を煽り、その野心に火をつけた。
勇者は魔の領域を侵し、権力者達は大陸中に兵をばらまいた。
世界を守る為では無く、己が野心を叶えるために。
そしてあの日……愚かな騎士は、彼女の母を殺した。
あれは、魔王などではなかった。
あれは……竜だ。
この世界で最も強く、美しい存在だ。
彼女が率いるのは、魔では無い。怒りと悲しみを宿した獣達だ。
彼女の怒りは世界を焼くだろう。そして、多くの子供達を殺すのだ。
私は決断しなければならない。
彼女をどうするか……
勇者ならば、彼女を殺せるはずだ。
勇者は女神の代行者……その力は神の力だ。
そして、あの竜はまだ幼い……今ならきっと倒せるだろう。
竜を……殺す。
それは、古の約定を破る行為だ。
それでも、私は決断しなければならない。
子供達を守る為に。
カロッツァ領主、アントニオは夕食の最中であった。
彼の前には、様々な種類の野菜が盛られた皿がある。
そのテーブルには肉は無い、魚もなければ、玉子も無い。ただ生野菜だけが並んでいる。
アントニオは完全なる菜食主義者である。
生野菜以外は口にしない。
アントニオは熱心なファルティナ教徒だが、彼の偏食は宗教的な理由ではない。
思想的理由でもない。
単に味覚の問題である。
故に、彼は獣人達を激しく憎む、奴らは肉食だから、食事の趣味が合わないから……
ちなみに獣人は雑食である。
ムシャムシャとレタスを頬張るアントニオに、執事風の男が駆け寄り、何かを告げる。
アントニオの顔面は蒼白になり、フォークを持つ手は震えだす。
「千人だと……」
アントニオの手からフォークが落ちる。
菜食主義で肥満体、性欲旺盛な草食系領主……アントニオは卒倒し、頭部を激しく強打した。
その日、カロッツァの境界線は破られ、そこを守る砦は焼失した。
そして、二つの部隊と砦の守備兵、合わせて千人以上が死亡、あるいは行方不明となった。
「カロッツァは大騒ぎみたいだね、ハルート嬢」
先日、レオンの前に現れた白い悪魔……それが目の前にいる。
彼女とはあれから何度か会って話をしている。
おかげで以前のような恐怖心はない。
「私は穏便に済ませたかったのですが……困った人たちです」
幼女が溜息を洩らして呟く。
彼女の後ろには二人の獣人が控えている。
一人は屈強な黒狼の獣人、二メートル近い身長と筋骨逞しい体、その顔つきは獣人というより狼そのものだ。
もう一人は美しい女の獣人、銀色の髪に狐のような大きな獣耳が付いている。
表情は冷たく、視線には敵意さえ感じられる。
尻をチラチラ見ていたのを気づかれたのだろうか……狐娘の冷たい視線にレオンは思わず目をそらす。
「獣人が領内にいるのが気に食わない、というから出て行こうとしたのに、どうして彼らは邪魔をするのでしょうか。おかげで無用な犠牲を出してしまった……とても悲しいことです」
そういうと幼女は、目の前の茶菓子を頬張り紅茶を飲み干す。
とても悲しんでいるようには見えない。
偵察の話では、カロッツァ側の砦は燃え上がり、兵士達の悲鳴が絶えず響いていたという。
死者も百や二百ではないだろう。レオンは心の中で祈りを捧げる。
「ハルート嬢……彼らにも多くの犠牲が出たのではないか」
レオンが視線で獣人達を示す。
負傷者は少ないらしいが、それはつまり、怪我を負ったものは置いていかざるを得なかった、ということだろう。
「いいえ、死者はでていませんよ、ハーンズ卿」
幼女が当然のように答える。
「しかし、境界線を強行突破したのだろう、いくら獣人が強いといっても……」
そんなことはあり得ない。
「……カロッツァの兵士を千人殺すくらいで死者など出しませんよ」
幼女は笑っている。
「千……人?」
千人殺した……一人も死なずに? まさか……嘘だよね。
レオンは侍女のマチルダの尻を見る。いくらか冷静さを取り戻す事が出来た。
「私が共にあるということは、つまりこういうことなのだよ……ハーンズ卿」
幼女の纏う雰囲気が変わる。
さっきまでかわいい妖精さんみたいだったのに……この禍々しさは、初めて会った時のアレだ。
レオンは彼女と初めて会った日の事を思い出す。
「レナードの半分をくれてやる……か」
レオンが呟く。
「そういうことだ……すでに戦力差は逆転している。あとはレナードに私の存在を気取らせないことだ」
幼女の口調は変わっている。
見た目に反して、なぜかこの口調の方が自然に感じてしまう。
「レナードが君を恐れて侵略を止めるなら、私はそれで構わない……だが、君はそういうわけにはいかんのだろう?」
この恐るべき幼女が私のもとを訪れたのは、私を救うためなどではないはずだ。
「そうだ、私はレナードを殺したい。ただ命を奪うだけなら私一人でもできる。だがそれでは足りないのだ……奴らにはすべてを失った絶望の中で死んでもらう」
幼女の目に狂気が宿る。
「そのために、私や獣人達が必要なのか……」
レオンは恐怖を感じていた……だが降りるつもりはない。
覚悟なら、彼女に出会った夜にすでに決めている。
「私は何をすればいい?」
あんまり無茶は言わないでほしい……そう思いながらレオンは幼女に尋ねる。
「特にないかな、私と獣人達の拠点については以前話した通り、大侵攻のあと人が住まなくなった村落を提供してくれるのだろう?」
「えっ、無いの?」
せっかく覚悟完了したのに……
「とりあえず、レナードには予定通り攻めてきてもらいたいのだよ。不自然な動きは極力避けたい」
「カロッツァはどうする、私が君らを匿ってると知ったら……下手をすればレナードとカロッツァ……挟み撃ちになるぞ」
カロッツァの被害が予想以上に大きかった。獣人を連れ出すだけなら良かったが、兵を殺しすぎた。
「堂々と宣言すればいい。力ロッツァの暴政から獣人達を保護したと……カロッツァ領内で起きたことは知らないが、助けを求めてきたものを無下にはできないとな」
「なるほど……デュランのセレストなどはカロッツァに何度も抗議していたし、これを口実にカロッツァがハーンズに攻め込めば、逆に他の勢力に潰されかねないか」
カロッツァのような外道と手を組めば、アイザック・レナードの株も下がる。
あの男の目的はハーンズだけではない……奴の野心には先がある。
進んでカロッツァと手を組むことはないだろう。まあカロッツァを唆すくらいはやるかもしれんが……
「それに……挟撃だろうと全包囲だろうと結果は変わらん。敵の死体が増えるだけだ」
幼女がさらっと怖い事を言う。
「ところでハーンズ卿、レナードの侵攻はいつ頃になると思う?」
「おそらく……三月だろうな、向こうは我々を侮っている。はっきり言えば、いつ攻めても勝てると考えている」
実際、この幼女がいなければその通りなのだが。
「つまり、連中にとって都合のいいタイミングで動くということだ。王都や領地内の有力者達への根回しを済ませて、早ければ二月……なのだが、二月には国王陛下の誕生日があるからな」
「そこは避けると?」
「ああ、アイザックは陛下の機嫌を損ねたくないはずだから……」
そういう気の利いてるところがまた気に食わない。
「レナードは王家と繋がりがあるのか?」
「いや、直接は無いな。ただ長男のジーンは勇者キリューと親しくしているし、エレイン殿下とは恋仲という噂もある」
「勇者か……ファルティナの犬め」
幼女がその可愛らしい顔をしかめる。
「ハルート嬢、心配しなくても勇者が領地間の争いに関わることはないよ」
勇者の行動にはいくつもの制約がある。
あの力が個人の意志で振るわれたら大変なことになるからだ。
「念のためだ……ハーンズ卿、勇者と親しい人物を紹介して欲しい。できれば教会が絡まない方がいいな、勇者の制約もファルティナありきだ。ファルティナ自身が勇者を使う可能性もあるし……油断はできない」
「了解した、それと獣人達の戸籍もつくらないとな……マチルダ、ノーマンを呼んでくれ」
レオンは部屋を出ていくマチルダの尻を見つめている。
「それならハーマンがいたほうがいいな、サラ……頼む」
二人は似たような名前の部下を呼び出す。
「ところで、ハーンズ卿は獣人に差別意識はないのか?」
ハルートがレオンに尋ねる。
「ハルート嬢……私は人を見るときに最も重要視しているところがあるのだよ。そして今日、私は獣人達と会って確信したんだ……人も彼らも何一つ変わらないとね」
レオンは断言する、人も獣人も同じだと……。
「重要視しているところというのは?」
部屋を出ようとしていたサラが尋ねる。
レオンの言葉は、カロッツァ領で育ったサラには信じられないものだった。
しかも、それが領主の……貴族の口から発せられたのだから尚更だ。
「それは……内緒だ」
レオンは目を閉じ首を振る。
尻だ、とは言えない空気になってしまった。
サラは、歯痒い様なもどかしい様な奇妙な感情を抱えたまま部屋を出る。
レオンは部屋を出ていくサラの尻をじっと見つめていた。
ハーンズの人達の名前は、映画の登場人物をパクって……いや、参考にしています。
人名なんて被って当然、よくあることです。
気にすることではありません。
ちなみに私はあの映画のエンディングの曲が大好きです。
では、サンキューオブマイハート。