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幼女オブトゥモロー  作者: オーロラソース
15/47

第15話 反抗《不死の獣》

少しずつですが、読んで下さる方が増えているようで本当にうれしいです。


皆、超サンキューだよ。

 あの日、彼は三つのものを失った。


 最愛の人、最高の友人。

 

 そして……


 モミアゲだ。


 アーガスがシーナを斬ろうとした瞬間、クラッツは彼に飛び掛かった。

 しかし……近くにいた兵士に斬られ、そのまま意識を失った。


 傷は深く、生死の境を彷徨さまよったが、村に戻ったハルートによって彼は救われた。クラッツが目を覚ました時には、すでにハルートの姿は村に無く、シーナもこの世にいなかった。


「村長の髪は生えたのにな……」


 傷は完治したが、一緒に斬られた左のモミアゲは失われたままだ。さすがにバランスが悪いとクラッツは残った右のモミアゲを切り落とす。


「誰だ? これ」

 鏡の中には、見知らぬ男がいた。


 クラッツは人生のほとんどをモミアゲと共に暮らしてきた。

 長い年月の中で、モミアゲは彼の一部となっていたのだ。

 モミアゲは彼の分身……いや、彼自身となっていた。


 つまり、彼自身がモミアゲだと言えた。  


 いや……彼はモミアゲの一部になっていた。 


 モミアゲがクラッツを名乗っていた……!

 

 これだ!


「俺は……誰だ?」

 モミアゲはクラッツを失ったショックで混乱していた。


「何にしろ……れた女一人守れない男に価値なんて無い」

 倒れるように寝転んだ彼の目に、虎柄の布が映る。


「これは……」

 村祭りの仮装用にハルートが作った物だ。

 あまりの格好良さに、頼みこんで譲ってもらったのだ。


 モミッツはそれを掴み、じっと見つめる。


「虎だ! 虎だ! お前は虎になるのだ……!」


 どこからか、声が聞こえた気がした。


「そうだ……俺は虎だ! 虎になるのだ!」


 次の日……ペンス村にトラッツの姿は無かった。



 やがてレナード領に一人の盗賊が現れる。


 悪評高い貴族や商人のもとに盗みに入り、貧しい者達に分け与える。

 虎の覆面を被ったその盗賊を人々はこう呼んだ。


 『義賊、マスクド・タイガー』と。




「ハルート様……これからどうする?」

 ガラードが幼女に尋ねる。


 彼らの女神様は、狐の獣人であるサラの尻尾をモフるのに夢中になっていた。

 敏感な尻尾をいじくり回され、サラは反応しないように必死で耐えている。


「カロッツァ領を抜け、ハーンズに入る……」

 尻尾をでながらハルートが答える。


「カロッツァの獣人狩りから、我らは村ごと逃げてきた。だから……ここには子供や老人もいる。それに怪我人も多い、あまり速くは動けない」

 ガラードの表情は暗い。


 ハルートはサラを解放すると、今度は自分と同い年くらいの猫の獣人を捕まえ尻尾をニギニギし始めた。


「領地の境界付近には多くの守備兵がいます……それに、兵士が殺された事を知れば、カロッツァは追っ手を差し向けるはずです。あの獣人嫌いの領主は我らを絶対逃がさないでしょう」


 解放されたサラが、尻尾の毛並みを整えながら自分達の状況を伝える。


「まずは怪我人を集めろ……」


 ハルートの言葉に怪我を負った者達が集まる。

 まともに動けないものはかついで連れてこられた。


「ハルート様、なにをする気だ?」


「黙って見ていろ……」

 ガラードを下がらせるとハルートは目を閉じた


 その身体に光が集まる。


「虐げられし者達よ……奪われたものを思い出せ」


 光が強まりハルートの身体を包み込む。


「家族を……友を……故郷を……愛する者を思い出せ!」


 光は白炎に変わり、ハルートの周囲で渦を巻く。


「哀しみを思い出せ……憎しみを思い出せ!」


 獣人達の目に力が宿る。


「怒りを思い出せ……! そのすべてを力に変えるのだ!」


 白炎は背中に集まり白い炎の翼へと変化する。


 ハルートの目が開く。


「その身の傷は私がいやそう……」


「だが心の傷は、奪った者の血と肉でふさぐのだ!」


 炎翼の羽ばたきと共に光の炎が傷を負った者達を包む。

 そこにいるすべての獣人達の傷が一瞬で癒される。


「怪我が……治った……」


「奇跡だ……」


「……ハルート様……我らの女神様!」

 獣人達が歓喜に震える。


「聞け、ケモミミども!」

 その声に、騒ぎは一瞬でおさまる。

 まるで訓練された軍隊のようだ。


「……死んでいなければいくらでも治してやる。お前達が私と共にある限り、これは奇跡などではない……当たり前のことだ」

 獣人達が息を飲む。


「我らはこれからハーンズへと向かう……だが、領地の境界は兵に守られている」


「いずれ追っ手もやってくるだろう。しかし、こちらの足は遅い……追いつかれるのは時間の問題だ」

 幼女の顔に笑みが浮かぶ。


「さて、お前達……どう思う?」

 幼女は笑っている。


「つまり……」

 ガラードが一歩前にでる。


 その目は怒りと殺意に満ちている。


 他の戦士達も、老人も幼子おさなごも皆、同じ目をしていた。


「殺し放題ってことだろう……」


 ガラードが答える。


「そうだ、同胞達のあだを討て、私が何度でも立ち上がらせてやる。このハルートがいる限り、お前達に死は訪れない」


「我が愛し子達よ! お前達は不死の獣軍となるのだ!」


 ハルートが吠える。


 ガラードは身震いをする。 

 間違いない……これは武者震いだ。


 そして思う。


 我らは、至高の神を得たのだと。



「ハァ……嫌だなぁ」

 エディは、何度目か分からない溜息をついた。


「いい加減慣れろ、これも仕事だ」


 先輩のジョージにさとされるが、こんな事いくらやっても慣れないし、慣れたいとも思わない。


「獣人なんて、何の害も無いでしょう」

 森の奥で魔物や獣を狩ってるだけだ、連中からこっちに関わってくることは無い。


「領主様のご意向だ……カロッツァ領に獣人が存在することは許さんとさ」


「女、子供も皆殺し、まともじゃないですよ」

 何がそんなに憎いのか……獣人に親でも殺されたのか、確か先代の領主は病死だったと思うけど。


「言葉を話す獣だと思うんだ。こっちがおかしくなるぞ」


「それに最低一人は殺さないと、罰則ペナルティがあるからな」


「帰りたい……」

 獣人狩り部隊からの転属は難しい……皆、考える事は同じだからだ。

転属になるのは、よほど運の良い奴か、心を病んだ奴だけだ。


「全員聞け!!」

 隊長の大声が響く。

 あの人はこれが楽しくて仕方ないらしい。

 獣人狩りが始まって以来、どんどん出世して今では部隊長様だ。


「先行した部隊からの連絡が途絶えた!」


「我々はその捜索と共に、彼らが追っていたであろう獣人共の討伐を行う!」


「喜べ! 手柄をたてられるぞ!」


 隊長は意気揚々と馬にまたがると、進軍の合図を出す。


 エディはその背中を見つめながら、今までで一番大きな溜息をついた。



「見つけました!」


 隊長の元に斥候せっこうからの報告が届く。


「ついてるな……」

 先に獣人の群れが見つかるとは……


「ふむ、数も事前の報告と変化無しか……」

 先行した部隊は一体どうしたのだ?

 魔物の群れにでも遭遇したか……


「まあいい……早い者勝ちだ、あれは我らの獲物だ」

 隊長は舌舐したなめずりをする。


「総員、突撃準備!」


「これより獣人共の掃討を行う! あれは、我ら人間と女神に仇為あだなす邪悪な存在である!」


「一匹たりとも逃すな! 奴らは存在自体が悪なのだ!」


「これは聖戦である! 女神は我らと共にあり! 総員…………突撃!!」


 騎馬隊が突撃し、それに歩兵が続く。

 いつもと同じ、必勝の戦術だ。


 獣人の対応もいつも通りだ、戦えない者は後ろに下がり、戦士達は正面から向かってくる。


「くそっ!」

 エディも騎馬隊の後に続いて突っ込んでいく。


 こうなったら迷いは禁物だ、殺すのは嫌だが死ぬのはもっと嫌だ。

 エディは騎馬にはじき飛ばされた獣人にとどめを刺す。

 いくら奴らの身体能力が高いといっても、数も違えば、装備も違う、こちらは組織された軍だ。戦いにはならない。


 続いて、二人目に剣を突き立てようとした瞬間、エディは奇妙な違和感を覚えた。


 何かがおかしい……いつもと違う気がする。


「エディ! 後ろだ!」

 ジョージの声がした。


 突然の衝撃にエディは吹き飛ぶ。

 状況が理解できない……周囲に敵はいなかったはずだ。


「一体なにが……」

 頭を殴打されうめくエディの視界に、獣人の姿が映る。


「お前は……さっき……殺した……」

 獣人の手にはエディの剣が握られている。


「死ね……! 悪魔め!」

 憎悪の言葉と共に剣が振り下ろされた。


 薄れゆく意識の中でエディは不思議な光景を目にした……血生臭い戦場の中を、幼女が楽しそうに歩いている。


 色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。


 その愛らしい幼女はダッフルコートを着ていた。




「ハルート様、腕がとれたんだけど……」

 血だらけの獣人が、尻尾を振りながらやってくる。

 片腕がない……先程の戦闘で無くしたのだろう。


「ちゃんと拾ってきたか?」  

 腕にしろ、足にしろ、欠損した部位はなるだけ持ってくるように言ってある。

 再生はさすがに難しい、治すのと生やすのはまた別の話だ。

 極端な話、簡単に再生ができるなら、人間を真っ二つにして二人に増やせるということになる。


「あるよっ! なんか汚いけど……大丈夫?」


「問題ない、傷口は軽く洗っておけ」

 なぜこいつは嬉しそうなんだ……腕ちぎれてるのに。


「はーい!」


「軽いな……」

 ガラードやサラ、長老格であるハーマン以外は大体こんな感じだ。

 笑いながら腕とか足とか持ってくる。


 それと、全員返事がイ○ラちゃんみたいだ。


「しかし、戦士としては素晴らしい……一級品だ」

 ハルートは、先程の戦闘を思い出す。


 獣人の身体能力の高さは理解していたが、私の力をあそこまで有効利用できるとは思わなかった。


 傷はすぐに治ると頭では分かっていても、平然と自分の身をおとりにはできない。

 だが、コイツ等はわざと騎馬隊に蹂躙じゅうりんされ、歩兵の一撃目もえて受けた……痛みをともなう偽装……完璧な死んだふりだ。

 当然、私が治した後は不意打ちになる。


 カロッツァの兵達は、ゾンビでも相手にしている気分だったろう。


 それに、怒りの感情に引きられる事も無く、終始冷静だった。


「戦闘種族という奴か……」

 獣人は獣だけで無く、魔物も狩ると聞く。

 戦いが身体に染みついてるのかも知れない。


 そして何より、その性質は私の力と相性がいい。


 彼らは痛みを……死を怖れない。


 ハルートは微笑むとガラードに手招きをする。


「……被害を報告しろ」


「死者はゼロ! 怪我人はゼロ……でいいんだよな?」

 ガラードが答える


「うむ、良くやった……頭を出せ、なでなでしてやろう」

 ご褒美をくれてやる。


「ずるい! 私も頑張りました!」

 サラが頭を出してくる。

 他の連中も騒ぎだす。


「順番だ、並べ」


 まったく可愛いヤツらだ……


「ワンニャン共よ、これからは私がお前達と共にある……いったんカロッツァを離れるが、いずれ領主の首も取らせてやる」

 連中もこれくらいでは気が済むまい。


「まずは飯だ! 兵士どもの食料は全部貰っておけ!」


 獣人達から大きな歓声が上がる。


「全部食うなよ……ハーンズに着くまで補給の当ては無いからな」


「はーい!」

 イク○ちゃんみたいな返事がかえってくる。


「いい返事だ……」

 良い兵が手に入った。


 待っていろよレナード……貴様らのすべてを奪ってやる。


 兵も領地も、民からの信頼も、貴様らが築き上げてきたものすべてを奪った後で、地獄に落としてやる。


 あの世には、恐怖と後悔だけ持って行くがいい。


「キュルルゥー」

 ハルートの腹が鳴る。


「腹が減ったな……私も食うか」


「ハルート様、申し訳ありません」

 サラが頭を下げる。


「どうした……?」


「ハルート様……食べ物もう無いよ」

 犬っぽい獣人のウッドが、くっついたばかりの腕で食料の残骸を指差す。


「え? 結構あったよね……」

 兵士の数はこちらよりずっと多かった……当然兵糧も。


「俺は残しとくよう言ったんだが……」

 そういうガラードの口のまわりには、大量の食べカスが付いている。


「私は止めたんですが……」

 そういうサラの口のまわりには、大量の食べカスが付いている。


「申し訳ない……ハルート様、わしは飢えても構わん……だが、若い連中には腹一杯食べさせたくてな……」

 そういうハーマンの口まわりには、すごく大量の食べカスが付いている。


 しかも、コイツ……食べかけのパンを手に持ったままだ。


「ハーマン……お前……そのパン」


「もぐもぐ……」


 食べやがった。


「ハルート様……もぐ……私も一緒に飢えに耐えます! もぐもぐ……ですから……モグート様も……耐えて下さい……もぐもグハァッ!!」


 幼女の鉄拳に、ハーマンがきりもみ回転しながら吹っ飛ぶ。


「誰がモグートだ!」


 この大食いどもめ。


 予定変更だ、飢える前にカロッツァを抜けねばならん。


「聞け! 食いしん坊共! 腹が減っては戦は出来ん……このまま一気にハーンズ領まで突っ込むぞ!」


「はーい!」

 ○クラっぽい歓声が上がる。


 反省はしていないようだ。


 ハーンズ目指して、不死の獣軍は突き進む。


「グルルルゥー」


 先頭を行く幼女の腹が凶暴な音を立てる。


「このイライラは、カロッツァにぶつけてやる」


 カロッツァはやがて知るだろう。



 腹ペコの幼女の怖ろしさを……



登場人物の中に、完全な悪人というのは殆どいません。


皆、良いとこも悪いとこもある人ばかりです。


そんな人達が、様々な状況の中で幼女に出会い、どうなっていくのか……そんな話だと思って下さい。


では、サンキューであります。




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