第13話 大侵攻《結末》
私は全知ではない。
私が知っているのは、ほんの少しの未来だけ。
だから私は、未来の欠片を集めて言葉にする。
子供たちが闇にのまれてしまわぬように。
けれど私は、すべてを知りはしない。
だから私は、間違うかもしれない。
間違っているかもしれない。
私は祈る。
子供たちが傷つかぬように。
世界が壊れてしまわぬように。
祈る?
私は一体、誰に祈ればいいのだろうか。
どこから湧いて出たのか、大地を異形の群れが進んで行く。
生きる為ではなく、何かを得る為でもなく、殺戮そのものを目的として、魔の軍勢は突き進む。
その群れに迷いはなく、また怖れもない。
あるのはただ殺意だけ。
故に、彼らが止まることはない。彼らがすべてを殺すまで、彼らのすべてが滅ぶまで、その殺意の塊は決して止まることはない。
そして今、その魔軍の前に立ちはだかる者がいる。
軍を率いた王ではない、勇敢な騎士でもない、民を守る兵士でもない。
それは、幼女である。
色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。
ダッフル幼女である。
「虫けらどもが……」
呟く幼女の目に怖れはない、あるのはただ殺意だけ。
必然……二つの殺意は衝突する。
魔狼の牙が、魔人の剛力が、魔獣の炎が、露出魔の恥部が、幼女に襲いかかる。
「燃えろっ! 小○宙よ!!」
幼女が咆哮をあげ、第七感が目覚める。
その拳は空を裂き、蹴りは大地を割った……魔狼の牙はへし折れ、魔人の腕もへし折れ、魔獣は焼け焦げ、露出魔の恥部は……大変なことになった。
幼女は止まらない。
殴り殺し、蹴り殺し、焼き殺す……白い体が返り血で紅く染まっていく。
「フハハッ! どうした……そんなものか! 弱すぎるぞ!」
暴力の嵐が吹き荒れる。
その戦い、いや、虐殺を見守る者がいた。
両手足は深い闇のように黒く、その爪は鋭い。漆黒に縁取られた瞳には、深い知性が感じられる。
甲冑の隙間から見える身体は白い体毛で覆われている。
「なんという強さだ……人の子供に見えるが」
あのような強者には、樹海でも会った事がない。
「勇者というやつか……」
あれは、ファルティナが自らの力を転写した存在と聞く。
ならばあの強さも納得できるが……。
「いや、違う」
勇者の力は、女神の力、つまりは世界を護る守護者の力だ。
あれは違う。
あれは……破壊者だ。
視線の先では、異常な光景が続いていた。
幼い少女が巨人の死体を振り回し、魔物達をなぎ払う。
「ジャイアントスイング!」
幼女ノリノリである。
「一本足打法! ホームラン!」
魔物が遠くに弾け飛ぶ。
「振り子打法! センター前か」
ライナーで飛んでいった魔物が地面を跳ねる。
「夜叉の構え! 内野ゴロ……使えんな」
魔物がゴロゴロ転がっていく。
見る見るうちに、死骸が大地を覆っていく。
「……ようやくおでましか」
血塗れの幼女が呟く。
軍勢の中心から巨人の集団が向かってくる。身長は人間の倍くらいだろうか、顔には大きな眼球が一つだけついている。
「サイクロプス……あれがこの軍勢の中核だな」
あまり時間はかけたくない。
群れをはぐれた魔物はペンス村の方にも向かっているだろう。
領主も兵を動かしているはずだが、辺境の小村まで手がまわるかは分からない。
何より、母とあの村を人任せにはしたくない。
集団の後方に、一際大きな巨体が見える。
手には巨大な金棒を持ち、頭には一本の角が生えている。
「あの一本角が指揮官か」
幼女の表情が険しさを増した。
屍山血河の戦場でサイクロプス隊と幼女が向き合う。
「白い悪魔……」
サイクロプスの長は戦慄する。
かつて樹海で猛威を振るった、暴虐の幼女。
「こんな所で出くわすとはな」
これだけの数の魔物を、こうも容易く……噂以上の強さと獰猛さだ。
この化け物が相手では、おそらく我等は生き残れまい。
だが……そんなことはどうでも良い。
生き死になど、もとよりなんの意味もない。
「見ていろ、ファルティナ! 我等は貴様などに飼い馴らされはしない!」
魔には魔の在り方というものがある。それに殉ずる事こそが、魔の誇りだ。
「同胞たちよ! 我等は生きるために生まれたのではない! 殺すために生まれたのだ!」
生ある者は殺す……力及ばぬなら敵が我等を殺すだろう。
故にすべての闘争は我等にとって正しいのだ。
「ゆくぞ! 滅びゆく者のために……!」
サイクロプスの長が雄叫びを上げ、それを合図に、巨人の群れが幼女に襲いかかる。
幼女は静かに目を閉じた。
「舐めるなよ……私は竜だ。竜の炎は、神さえ焼く炎だ。貴様等など一瞬で焼き尽くしてくれる」
幼女が目を開き、小○宙が……爆発する!
幼女は地面に両手をつき、獣のように四つん這いになる。
開いた口からは犬歯の様な牙が覗き、蒼い瞳は炎のように揺らめいている。
「燃やす、燃やす……燃やし尽くす! 貴様等の魂まで焼き尽くす!!」
「くらうがいい! 竜……最大の奥義!」
「ヨガフレ○ム!(モノマネ)」
幼女が口から青い爆炎を吐きだす。
青い炎に包まれた巨人達が、断末魔の叫びと共に次々と倒れていく。
「ヨガの力、思い知ったか……」
炎の中、火達磨になりながらも、サイクロプス隊の長は幼女の前に立ちはだかる。
「ほう……あれで死なぬか」
「我は……サイクロプスの王だ。貴様に軽んじられたまま死ぬわけにはいかぬ」
死ぬのは構わん……だが我等、サイクロプス隊を弱者とは呼ばせん。
「ならば示してみろ……一撃だけ、受けてやる」
「感謝する……強者よ」
サイクロプスは焼けた金棒を幼女へ向け、予告ホームランの体勢をとる。
身体中の筋肉が強張る。
金棒を大上段に構え、その先を斜め上に向ける。
「その構え……小笠原かっ!」
幼女が息を飲む。
「参るっ!」
フルスイングの一撃が幼女を襲う!
巨人……サイクロプスの金棒を幼女は右腕一本で受け止めた……衝撃に幼女の左足がわずかに一歩、後退る。
「見事だ……強き王よ。貴様、名はあるか?」
幼女が巨人の単眼を見つめる。
「ガッツだ……」
巨人が呟く。
「……覚えておく」
巨人は満足な笑みを見せると、真っ白に燃え尽き……倒れた。
背後からの気配に、戦場を立ち去ろうとしていた幼女の足が止まる。
「覗き見だけではなかったのか?」
幼女が殺気立つ。
「戦う気は無い……そちらも急いでいるのだろう?」
幼女が声の方へと振り向く。
両の手足は深い闇のように黒く、その爪は鋭い。漆黒に縁取られた瞳には、深い知性が感じられる。
甲冑の隙間から見える身体は白い体毛で覆われている。
「ジャイアントパンダ……」
そこには鎧をきたパンダがいた。
「いかにも、私は『鎧大熊猫』のヨーゼフという者だ」
『鎧大熊猫ヨーゼフ』
その愛らしい見た目に反して、最強クラスの魔物である鎧大熊猫。
その中でも最も強く、最も賢いと言われる戦士がヨーゼフである。
かつて樹海へと進軍してきた『リーガル騎士団』を単独で壊滅させ、『神槍バートランド』を死闘の末に退けた。
『モノトーンの悪夢』の二つ名を持つ恐るべきパンダ野郎である。
「ヨーゼフ……犬みたいな名前だな」
「犬とは失敬だな、誇り高き鎧大熊猫に向かって……」
「知らん」
「まあいい……先ほどの戦いは見せてもらった。あのサイクロプスの王が相手にもならぬとは、凄まじい強さだな」
人間の幼女にしか見えんが、おそらく、人ではあるまい。
口から炎吐いてたし。
「君は何者だ? まさか……勇者か?」
「私は竜だ……勇者などではない」
幼女が答える。
「竜……!? 竜だと! 竜は……ファルティナの白竜は死んだはずだ!」
パンダが吠える。
「娘だ……五月蠅いパンダめ、上野に贈ってパンダ外交でも始めてやろうか」
「白竜の……娘」
言われてみれば……その美しく白い肌、輝く空色の瞳、確かに似ている。
何よりあの強さと冷徹さは……
「もういいか……用が無いなら、私は行くぞ」
「待ってくれ! 美しき竜よ……君の名は?」
あっ気をつけて! このパンダ、ロリコンですよ!
「ハルートだ……」
「ハルート……また会おう、竜の姫よ」
パンダが呟き、ウインクをする。
「ふぇぇ……超キモイよぅ」
幼女は呻いた。
戦いが終わり、ハルートはペンス村の近くまで戻ってきていた。
「被害は、ほとんど無いようだな」
村の周辺には僅かだが戦闘の跡が見える。
「兵士が来てくれたか……」
あまり当てにはしてなかったが、ちゃんと仕事はしてくれたようだ。
「さすがに疲れたな、腹も減ったし、風呂にも入りたい」
なにより……早くシーナの顔が見たい。
「今日は甘えん坊になるとするかな」
母の笑顔を思い浮かべながら、ハルートは家路を急いだ。
国王リカルドは安堵していた。
今回の大侵攻による被害が、当初の予測よりずっと小さいものであったからだ。
魔王の誕生を告げる神託、その報告を聞いたときは『ローデン王国』最大の国難になるであろうと覚悟していた。
しかし実際は、主だった都市には殆ど被害は無く、辺境の小さな町や村がいくつか壊滅しただけだった。
「これも勇者のおかげだ……」
女神によって召喚された、異界の勇者キリュー。
これまでも幾度となく王国の危機を救ってきたが、今回も魔王と思われる魔物を倒したのは彼の勇者だという。
もし魔王が早い段階で倒されなければ、どうなっていたか分からない。
「あの女癖の悪さが無ければ、我が娘との婚約にも文句はないのだがな」
英雄色を好むというが、王女に聖女、騎士に……エルフか。
しかし、聖女リアナや騎士ヘルガはともかく、エルフなどを認めることは出来ない。
王女を妻とする者が、エルフと関係を持つなどあってはならないのだ。
あの男はどうもその辺りの分別がついていないところがある。
「だが今の問題は勇者よりもレナードだ……」
今回の魔王討伐、最大の功労者は勇者だが、共に戦ったジーン・レナードとレナード騎士団の功績も大きい。
それにレナード騎士団は魔王討伐に際して多くの犠牲者をだしている。それも無視することは出来ない。
アイザック・レナードは野心家だ。
この件で何の見返りを求めてくるか分かったものではない。
しかも、可愛い末娘はジーン・レナードに惚れ込んでいる。姉である第二王女と勇者の婚約に合わせて自分達も……などと言い出したら、この状況では反対するのは難しい。
「魔物よりも厄介だな……人間は」
リカルドは玉座に座り、天を仰いだ。
「よくやった! 我が息子よ!」
アイザックは歓喜の中にあった。
期待はしていた、信頼もしていた。そして最愛の息子はそれを上回る成果を持ち帰った。
「父上……すべては勇敢なレナードの騎士達と勇者の力があったからです」
ジーンは静かに答える。
「うむ! レナード騎士団の戦士達よ! 貴公等は我がレナードの……いや! ローデンの誇りだ!」
アイザックの目に涙が浮かぶ。
「本当によくやってくれた。この戦いで命を落とした者は多い、傷を負いこの場にいない者もいる……それでも! 貴公等は恐るべき魔王を倒し、この国と民を守ったのだ! 貴公等こそまさしく騎士の中の騎士! 最高の英雄だ!!」
兵士達から歓声が上がる。
「そしてジーンよ……私は、お前の父であることを心から誇りに思う」
「ありがとうございます……父上」
ジーンが微笑み、父子が抱き合う。
再び、大きな歓声が上がった……アイザックは歓声の中、栄光の未来を確信していた。
ペンス村の外れ、ソーニャの墓の前にハルートは立っている。
小さな墓石の隣には、ひとまわり大きな墓石がある。
「仇は討つ……」
冷たい声が響く。
「レナード、貴様らはこのハルートが滅ぼす」
我が逆鱗に触れたのだ。
ただ殺すだけでは済まさない。
地獄をみせてやる。
「ファルティナ……お前の予言はあたったよ」
幼女が呟く。
その日……魔王が生まれた。
それは幼女の姿をしていた……。
ガッツは小笠原選手の愛称です。
彼のバッティングフォームは、世界一格好いいとおもってます。