第12話 大侵攻《決戦前夜》
聖者達が日夜、女神に祈りを捧げる祈りの塔『ファリス大聖堂』
聖者の塔、あるいは教会塔とも呼ばれる円柱型の建造物、その最上階で彼女は女神の声を聞いた。
複数の地域で同時に起こる大規模な魔物の侵攻。
彼女が女神より授けられた『神託』は緊迫したものであったが、その時点では彼女も教会の幹部達もそれほど事態を重く見てはいなかった。
大陸において魔物の侵攻は”起こるもの”であり、この地に住む彼らはそれに対して当然“備えている”のである。
魔物の生息域との境界線には兵が常備され、緊急時となれば傭兵やハンター達も街や村を守る守備兵となる。
「女神ファルティナ、感謝いたします」
神託により事前に脅威を知ることができた。あとは然るべき対応をとるだけだ。
アレクシアは女神に祈る。
一つの神託がすべての聖者に授けられる事は滅多にない。
大抵の場合は一部の聖者にのみに伝えられ、それを教会のネットワークをもって伝達していく。
そのため、聖者によってはどうでもいい内容の神託しか授けられない者や、何年も神託を授からない者など、聖者間での格差も見受けられる。
今回のような大規模な厄災については、アレクシアのような格の高い聖者達に伝えられることが多い。
「では、手筈通りに……」
アレクシアと教会塔の重鎮達が神託の内容を国王や諸侯達に伝えるべく準備を始めた、その時である。
「ファルティナ様……?」
これは、怯えているの……女神が、まさか……。
「どうなさいました? 聖女アレクシア」
「新たな神託がくだりました」
アレクシアの声が震える。
「魔王の誕生を阻止せよ……と」
勇者の召喚以来、十年ぶりに下された『全聖者への神託』
それは魔の王の誕生を告げるものであった。
神託を受けてからのレナード領主、アイザック・レナードの行動は早かった。
すぐさま、長男ジーンを騎士団の精鋭と共に王都へと派遣し、自らも二男のアーガスと共に自領の防衛のため前線へと赴いた。
アイザックには野心があった。
レナードの一族から王を出すことだ。
その為には隣接する二つの領地、ハーンズとデュランを併合し、王国の名門貴族達に劣らぬ大貴族となる必要がある。
「この機会を逃すわけにはいかん」
ハーンズ如きは敵ではない……問題は領地間の争いに王家や教会が口出ししてくる可能性があることだ。
今回の魔王討伐で国王や教会に恩を売ることができれば、ハーンズへの侵略にも目を瞑るだろう。
ハーンズを飲み込めば、デュランには負けん。
長男のジーンは勇者キリューとも親交が深く、王家との繋がりも持っている。
必ずや王都でも手柄を立ててくれるだろう。
我がレナードが東域の覇者となる日は近い。
「アーガス! 貴様は兵を率いて北へ向かえ! 我が領地に一匹の魔物もいれるな!」
いかにジーンが手柄を立てても、領地が魔物に食い荒らされては意味がない。
「父上、北など、取るに足らぬ小村ばかりではないですか、なぜ私が……」
「黙れ! 小村とて我が領地、我が領民だ! なんとしても守らねばならん」
領主とはそういうものだ。領民の痩せた領地に繁栄はない。
「しかし……」
「……いいからさっさと行け!」
アーガスも決して無能ではない。
優秀な兄と比較され、その焦りから浅慮になりがちなのだ。
「もう少し経験が必要だな……」
アイザックは二人の息子の無事を女神に祈ると、自らも戦場へと馬を走らせた。
「イタタタタタタッ! ぐふっ! ヤメッ……アッ! ギィィィィー!」
ペンス村にフランクの悲鳴が木霊する。
幼女の肩に仰向けに乗せられたフランクが、アゴと太腿を掴まれ背中を弓なりに反らせる。
アルゼンチンバックブリーカー……いやタワーブ○ッジである。
「話を聞け……若ハゲ」
「わかった! 聞くっ! 聞きます!」
おのれ、白い悪魔め!
泣いているフランクを無視して、幼女は話し始める。
「じきに魔物の大群が押し寄せてくる……おそらく北西からだ」
「なぜ、そんなことが分かる?」
「ファルティナがいっていたからな」
「ハァ~ン? オイオイ! 聖女じゃあるまいし、女神様の声なんか聞こえるわけないじゃない。これだから幼女は駄目なんだよ」
熟女ならもっとうまく嘘をつく。そして俺はあえてそれに騙される……大人の駆け引きってやつだ。
「ハルートちゃ~ん、ウソはダメでちゅよ~ママにいいつけちゃ――うべらっ!!」
フランクに幼女の鉄拳が炸裂する。
その体が、チーズ転がし祭りのチーズのように転がっていく。
「フランク村長!」
数人の村人がハゲに駆け寄る。
「痛い! 痛い! 誰か五十代の女医を呼んでくれ!」
欲望の言葉を発しながら、フランクが痙攣する。
「ハルート! やりすぎだ! 村長死んじまうぞ!」
クラッツがフランクを抱き起こす。
「モミアゲ……そのハゲ支えていろ」
幼女の左手が輝く……
「私のこの手が光って唸る……お前を治せと輝き叫ぶ! ファルティナの力を借りて……今、必殺の!」
光の炎がフランクを包み込む。
「毛が……生えてきた」
クラッツが呟く。
フランクの頭に毛が生えた……怪我はそのままだ。
フランクは髪を振り乱して痙攣している。
「フフ……湯浅弁護士みたい」
幼女が笑う。
「さすがに死人は治せんからな、真面目にやるか」
再び幼女の左手が輝く。
「ちちんぷいぷい……面倒くさい」
投げやりに呪文を唱える。
フランクが光る。
「俺に毛が、いや怪我が……ハルート、お前は本当に聖女様なのか?」
フランクの怪我は完全に治っていた。
しかも、毛まで生えた。
「お前達の定義でいえば、そういうことになるな」
「魔物の話も本当ということか」
「貴様が最初から信じていれば、こんな面倒なことはしなくてよかったのだがな」
幼女が溜め息交じりに答える。
「来るぞ……間違いなく」
幼女の目には強烈な怒りが見えた。
「そうか……最悪、村を捨てることになるかもしれんな。モミアゲ! すぐに皆を集めろ! 俺が指示を出す!」
フランクとて伊達にこの若さで長を務めてはいない。
熟女が絡まねば優秀な男である。
フランクとの話し合いの後、ハルートは自宅へと戻っていた。
「母上、私は連中の頭を潰す。群れのすべてを相手にはできんが、統率している者を殺せば勢いは弱まろう」
シーナは俯いたまま、こちらを見ようとしない。
「……ダメ」
いくらハルートが強いといっても、魔物の群れを一人で相手になんてできるはずがない。
「そんなこと子供のすることじゃないわ!」
それは騎士や兵士の役目だ。
「心配は無用だ。私は元々、黒の樹海に住んでいたのだ。魔物とて獣と同じ、餌に過ぎん」
「黒の樹海? ハルート……あなたは一体何者なの?」
「私は竜だ。この世界の何者よりも強く、気高く、美しきもの。女神ファルティナが自分と対等だと認めた存在。そして……あなたの娘だ」
色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。
幼女がコートをたなびかせる。
「負けんよ……誰にも」
幼女が不敵に笑う。
「やっぱり私の娘は最高ね」
シーナが笑顔で返す。
「ちゃんと帰ってこなきゃだめよ……お母さんハルートがいないと死んじゃうから」
「OK牧場だ……飯でも作って待っててくれ」
幼女が戦地へ赴く。
大切なものを守るために。
「魔王なんて、今まで何匹も倒されてるだろう? 何をそんなに慌てているんだ」
「それは、魔王種のことでしょう」
男の問いに、マルティナは首を横に振って答える。
ハルートの行方を追っていたマルティナが、ディナールで聞き込みをしていた時に知り合った二人のハンター。
それが、アランとミカである。
「あれは、同種の群れを率いるだけの、群れのボスの様なものです」
ゴブリン陛下や黄金キマイラ、『白狼王シャドナ』等だ。
「魔王種が族長で……魔王が王様って感じか?」
紛らわしいな、とアランが言う。
「魔王種という呼び方をするのは、騎士やあなた方ハンター達ですよ。教会が魔王種という呼称を使うことはありません」
ファルティナ教において『魔王種』というものは存在しない。
「群れのボスを倒した」というより「魔王のようなものを倒した」といった方が箔が付くと考えたのだろう。
魔王種という呼称は、騎士やハンターから広まったものだ。
「じゃあ魔王は、魔王種よりずっと強いってこと?」
ミカが尋ねる。
「……分かりません。おそらくですが、女神が魔王という言葉を使ったのは今回が初めてではないかと思います」
しかも『全聖者への神託』で、だ。
「ヤバイじゃん」
アランとミカ、二人の声が揃う。
「うん、ヤバイ……とは言え、もう出来ることはないし、私はサッサと避難します」
ディナールの支部にはハンターの緊急動員要請をしたし、議会には神託の内容をちゃんと伝えている。
後はもう知らん。
「お前聖女だろ? 怪我治せよ、怪我」
「無理、無理、私カスリ傷しか治せませんから……」
「ハルートはあくびしながら、致命傷治してたぞ。致命傷を負わせたのもアイツだけど……」
「彼女が異常なのよ、私達は本来、神託を伝える伝書鳩みたいなものなんだから」
「聖女がいたら、兵士のテンションも上がるんじゃない、マルティナ見た目はキレイだしさ」
ミカが何気に失礼なことをいう。
「いえ、私は安全な場所で皆さんの無事を女神に祈ってます」
見た目も……だ。この巨乳!
「では、お二人共、御武運を……また会いましょう」
そういうとマルティナは全力疾走で逃げた。
「ウンコ聖女め……」
アランが呟く。
「まあ、そうそう魔王なんぞに出くわす事も無いだろう」
「アラン、それフラグっていうんだよ」
ミカが笑う。
逃げる者、留まる者、戦う者……それぞれの想いを抱えて、人々は動きはじめていた。
車を買いました。
来週納車です。
ヤッタァァァーー!!
中古だけどね。