第11話 神託《神の声》
マルティナは聖女ハルートの足取りを追って、マナト村を訪れていた。
ディナールに向かう途中で耳にした『蒼い雷』壊滅の噂、それに件の聖女が関わっている可能性があるからだ。
『蒼い雷』は元々デュラン領に拠点を持つ傭兵団であったが、『女領主セレスト・デュラン』により拠点を追われ野盗化していた。
その被害は、デュラン、ハーンズ両領地に及び、幾度となく派遣された討伐隊も成果を上げることが出来ずにいた。
マルティナの調査には通常、他の信者達も同行する。彼等はマルティナの護衛も兼ねているのだが、今回は『蒼い雷』への警戒もあってか、普段よりもその数は多かった。
だが、彼等はもう存在しない。
手配されていた者達、すべての死体が見つかったというのだ。
「悪名高い盗賊団を皆殺し……」
無茶苦茶だ……マルティナは身震いする。
聖騎士と呼ばれる者達の中には同じ事が出来る者もいるだろう。
『剣聖スヴァングレイ』、『神槍バートランド』、そして『勇者キリュー』
彼等ならば、数十人の野盗を一人で倒すことくらい容易いはずだ。
しかし、彼女は幼女である。
しかも聖女である可能性が高い、これが一番の問題なのだ。
聖者達は人に対する殺生を固く禁じられている。
命を奪う事で女神の加護は弱まり、特に人への殺生は、その力を失わせるとさえいわれている。
彼女がすでに力を無くしているならば問題は無い。だが、悪人とはいえ何人もの命を奪いながら、いまだ変わらず『聖女アレクシア』並の力を持ち続けているとしたら……それは、教会の教えを揺るがす事実だ。
まさしく破壊の聖女ね……
マルティナの顔に笑みが浮かぶ。
この規格外の聖女の存在は、間違いなく教会に波乱を巻き起こす。
「面白くなってきた……」
マルティナは変化の予感を感じていた。
「破壊の聖女様、どうか私のつまらない人生も叩き壊して……」
彼女は、まだ見ぬ幼女に強く願った。
幼女職人の朝は早い。
「代謝がいいんでしょうか、朝は特に腹ペコで」
母には悪いと思ってるんです。
少し恥ずかしそうに幼女は呟く。
「甘えるのも大事な仕事ですよ、加減は重要ですがね」
やり過ぎは怒られるが、あまり聞き分けが良すぎるのも親としては寂しいらしい。
普段は手のかからない娘が、たまにワガママを言う。
「こういうギャップが心をとらえるのです」
バランスとギャップ、それが仕上がりを決めるのだ、と幼女は力強く語る。
プロ幼女に求められるクオリティは高い。
「やりがい? もちろ――」
「ハルート! ご飯できたよ!」
シーナがプロ幼女に呼びかける。
「どうしたの、なんか独り言いってたみたいだけど」
「情○大陸ゴッコ……」
「ジョーネツ大陸、そこがハルートの生まれたところなの?」
「いや、プロフェッショナルだけが住むことを許された伝説の地だ」
「それは……すごいところね」
ハルートがペンス村に来てから三ヶ月近くになる。幼女の優れた頭脳は、この世界の言語を完全にマスターしていた。
「母上よ、今日は森に入るのか?」
「ええ、結構注文が多くて……材料も不足気味なの」
「ならば、私も同行しよう」
クラッツが森で熊を見たと言っていたからな、万が一があってはいけない。
「ほんと! じゃあ、お弁当作っていきましょう。ピクニックよ! ピクニック!」
幼女の提案に、シーナは興奮気味に答える。
「最近、ハルート、一緒に来てくれなかったから……私、気づいたら、毒草ばっかり集めてて……」
「依存が過ぎるな……」
「意地悪言わないで、ハルートがクラッツさんとばっかり遊んで、私に構ってくれないのが悪いのよ。私、あの人のこと何度か殺しそうになったんだから」
「いや、アイツは……」
母上に惚れてるんだよ。
モミアゲは長いが、クラッツの猟師としての腕は悪くない。二人とも森に入る仕事だから、相性もいいかと思ったが……やはり、モミアゲが長すぎるのか。
「お母さん、ああいうモミアゲの人はおかしいと思うの……だって、長すぎるでしょう。それに、ロリコンかもしれないわ……ハルートに妙に構うし、危険よ、あのモミアゲ」
「母上、支度を……」
クラッツの評価がどんどん下がっている気がする。
呼び方、モミアゲになってるし。
「そうね、ロリアゲなんてどうでもいいわ。すぐにお弁当作るからね」
「……ロリアゲ」
ロリコンのモミアゲか。クラッツよ、すまんがお前に目はなさそうだ。
幼女は、モミアゲの恋の終わりを悟った。
その日の昼下がり、二人は森の中を歩いていた。
「カミツレに、シャクヤク……オトギリソウにケツメイシと、後はカマイタチノヨルとリップスライムね」
シーナの薬草集めは順調な様子だ。
「カマイタチノヨルはどの辺かしら?」
そう呟き、シーナは森の奥へと進んでいく。
「母上、あまり離れるな……近くに熊がいるぞ」
おそらく、クラッツが言っていた奴だろう。
「本当?」
「ああ、間違いない、こちらを伺っている」
仕掛けてくるなら今日の晩飯は熊鍋だな……幼女がニヤリと笑う。
「母上……ここらで昼飯にしよう」
「え? 熊はいいの?」
「出てきやすくしてやろうと思ってな」
「危なくない?」
「問題無い……ここで仕留めておきたいのだ。母上が一人の時に出くわしたら困るからな」
幼女が微笑む。
「ハルート……かっこいい、やっぱりうちの娘はスペシャルね」
「もぐもぐ……」
「美味しい?」
「玉子焼き……最高」
なんか熊とかどうでも良くなってきたな。
「うふふ、じゃあ次は唐揚げね、はい……ア~ンして」
「グアァァーン!!」
熊……襲来である。
その咆哮に、シーナが驚き唐揚げを落とす。
幼女は激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の熊を除かねばならぬと決意した。
「貴様……許さん! 唐揚げの仇だ!」
二本足で立ち上がった巨熊の前に、幼女が立ちはだかる。
熊の振り下ろした右爪の一撃を左手で軽く払う。
「これは、唐揚げの分だ!」
幼女の右拳が熊の胴体にめり込む。
「そしてこれが……唐揚げの分!」
前のめりになった熊の顎を蹴り上げる。
「最後は、貴様によって命を失った……唐揚げの分だ!」
幼女は短剣を抜き放ち、上空へと飛び上がる。
三角飛びの要領で木を蹴り、電動丸ノコのように縦回転しながら熊の巨体に突っ込む。
「絶……天幼抜刀牙!」
巨熊は血を吹き出し、崩れる様に倒れた。
「動けまい……貴様の脊柱起立筋は切断した。唐揚げに詫びながら死ぬがいい……」
「母上、村の連中を呼びに行こう。コイツはもう動けん」
じきに出血多量で死ぬだろう、我等を食おうなどと考えるからだ……愚か者め。
「お肉はみんなで分けるとして、胆嚢は貰っていいよね」
シーナがニコニコ顔で幼女に尋ねる。
「うむ……当然の権利だ」
熊の胆はこちらでも高価だからな。
その日の夜、村では熊肉祭りが開かれていた。
「しかし、すげえなハルートは、こんなデカい熊をナイフ一本で倒すなんて」
モミアゲが幼女に話しかける。
「あんなもの、熊犬の血が目覚めた私の敵では無い……赤カ○トだって倒して見せるさ」
幼女は熊肉を貪り、クールなコメントを返す。
「格好いいな、さすが熊殺し!」
「この間は、狼の群れをやっつけちまったしな」
「ハルート様々だな」
「能天気な連中め」
フランクは顔をしかめ、憎々しげに呟いた。
フランクはペンス村の村長である。
まだ三十代の半ばだが、髪は薄く、人望は厚い。
あれが、人間のはず無いだろう……
幼女にしか見えない姿で、猪を殺し、狼を殺し、熊を殺す。
どう考えても、化け物ではないか。
あのことさえ無ければ、村から追い出す事も出来たのだが、シーナに弱みを握られている以上、あの親子には何も言う事が出来ない。
なにより、村の連中がアレを受けいれてしまっている。
可愛いから問題無いとか、無能な兵士より使える幼女だとか、ハルートがいないとまたシーナが鬱になって薬を作らなくなるとか。
「まあ、五十路くらいの熟女なら……俺も大歓迎なのだがな」
幼女になど何の興味も無い。
フランクは大の熟女好きである。
元々あの幼女は、数日様子を見て身内が引き取りに来なければ、街の教会に連れて行かれる事になっていた。
シーナもそれで納得していた。
「全部、あの女のせいだ……」
フランクは薄い頭を掻き毟る。
シーナがハルートの事を報告に来た二日後、ペンス村を旅の熟女が訪れた。
その熟女といい感じになったフランクは、その日の夜、早速彼女に夜這いをかけた。
ところが、強姦魔と間違われた挙げ句、彼女には逃げられ、さらにその現場をシーナに目撃されてしまったのだ。
ちなみに、フランクは既婚者である。しかも恐妻家だ。
そして、シーナは堂々とフランクを脅してきた。
ハルートを養子にするから認めろ、村の連中が娘を自然に受け入れられるように根回ししておけ、薬を買うなら街の薬屋じゃなく私から買うよう村人に言え、うちの近くの井戸にもポンプつけろ、熟女贔屓はやめろ。
「多すぎぃ!」
結局フランクは、その要求のほとんどをのんだ。
だが、熟女贔屓はやめない……プライドである。
『ガランサスの魔女』
かつてハーンズ領主に仕えたシーナの祖母。その特技は、毒殺と変装であった。
そして、彼女の技術は孫のシーナにも受け継がれている。
熟女に化けるくらいは簡単な事だ。
熊肉祭りも終わり、幼女は眠っていた。
シーナとは毎晩添い寝している。
「ファルティナ……?」
幼女が目覚める。
「ハルートどうしたの? おしっこ?」
幼女は跳び起きると、戦装束を身に纏った。
色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚めのメルトン生地、フロントにはトグル。
ダッフルコートである。
「魔物が……くる」
魔物ふぜいが……私の縄張りを侵す気か。
「潰す……!」
格の違いを教えてやる。
私は竜である。
並ぶ者無き、絶対強者である。
「刻んでやろう……恐怖と死を」
幼女の目は怒りと殺意に満ちていた。
時を同じくして、すべての聖者が女神の声を聞く。
魔王の誕生を阻止せよ……と
正月は忙しく、間が開きました。
領地名はボクサーの名前が元です。
黄金の中量級ですね。
ではギャラクティカ・サンクス