茶番は続く
「あの最強剣士の勇者様にもビギナーだった頃があるんだよなぁ~やっぱり強かったんだろーなぁ」
とビンスはグッと拳を握りなにかを想像してうち震えている。
あの勇者様のビギナー時代?
鼻っ柱は強かったっすよ?
ただ、ほんとムカつくクソガキ様であらせられましたけど。
「ギルドで聞いたんですよ! アグリモニーさん、ヴァル・ガーレン様もここにきたんですよね?!」
ビンスのキラキラと輝く夢見る少年eyeが私に向けられる。
うぐっ、今、ココニオルガナー……とか、言えるかぁ!?
どーすんだよっと、当事者に目をやると──ギリクとナーシャと一緒に期待に満ちたキラキラお目々を向けてくる。
いやいや、まてまて! なんでお前までそんな瞳でこっち見てんの?
うつむいて茶をすするとかがテンプレートでないの?!
いいの? 言っちゃって。
扉を蹴破り礼儀のない暴言を吐き、メンバーを脅して連れてきたくせに単独行動して、追加指導としてビギナー対応ビギナーな私に──お婆ちゃんの最強身体強化付き──にボコられたっすよって。
たぶん、その後はお婆ちゃんにこってりみっちり背脂マシマシで絞られたんでしょうとか?
なんて、こんな期待に溢れる少年少女──こっちの世界ではすでに成人ですが──に言えるわけないだろ!
あまつさえ、本人目の前にして盛った上で、いい話とかにできないでしょーよー!!
「……さーて……」
思い出す降りで時間を稼ぐ。
誤魔化すか!
本人に関しては、嘘も言えないし、本当の事を言うにしたって、ねぇ?あれだし……よし! 私の記憶を誤魔化してしまえ!
「随分まえだろ? 忘れたねぇ……」
言うたかて、私は拳では語り勝ちしたけど、そのあとフラフラで最終的にはお婆ちゃんが対応したんだよ。偉そうにもいえんしな……私にだってビギナーだった落ち度はあったんだ。
どう? これで正解でしょ?
なんか知らないけど、あんたが変化の魔法や認識阻害してまで正体ばらされたくないなら、触れないのが一番だよね?
だが、ルアーブ君は他の面子と同様に、
──がーーーっくり
と、盛大に肩を落とした。
……
エー……?
なんか、こう心が覗ける能力とか、異世界転生特典で今からでも与えてくれんかな?
ところがだ、追い討ちのビンス──今、命名──はさすがだった。
「あ! でも、ギルドとかで会ったりしないんですか? ビギナーの時はお世話になりましたとか?」
それを受けてパーティー+αが一斉にまた目をあげる。
こっち見んな!!
一度ごまかしたら引き返せない私は
「名は知れわたってるが、会ったことはないねぇ。はてぇ? どんな顔だったかぁー」
実際、あの日から彼とは言葉も、目すらも合わせたことはない。変装してギルドにいるのは知ってたけど、こちらが一方的に認識してるのは"会う"とは言わないだろう。
まーぶっちゃけギルドで変装してるヴァル・ガーレンに最初は気がつかなかったのもほんとでして。
見たことあんなーいい身体してんなーぐへへ、黒髪セクシー♪ぽってり唇いいねー銀色の瞳いい───うえ?ヴァル・ガーレンじゃね? またいな私の思考など話せるわけないだろ!!
「そーですかぁ……」
しょんぼりとしてうなだれた追い討ちのビンス。
討ち取ったりぃ~♪
きっと、自分達も勇者と同じ事をしたというシンパシーを感じたかったのだろう。ヴァル・ガーレンに憧れる彼にはここは聖地みたいなものだろう。彼と同じようにいつかは自分達も! と思う気持ちはよく分かる。
だから、処理済みの紹介状でとすとすと、そのショボくれた肩を叩く。
はっと気がついてそれを受け取った彼の瞳をみて伝える。
「──お前たちは、きちんと依頼をこなした。
冒険者としての一歩を踏み出したのだから、いつかその道は憧れに繋がっているはずさ。
お前たちが慢心せず、努力と他人へのおもいやりを忘れなければだけどね」
はーい! お婆ちゃんの受け売りでございます。──それでも、私の心からの言葉だ。
あのヴァル・ガーレンが今は勇者なのだ。
魔物に理不尽に命を奪われることなく、人としての器も育て、鍛練も欠かさなかったのだろう。
うちのギルドから出た最高の勇者だって、ギルマス言ってたもん。
ビンスは紹介状を握りしめて。
ナーシャはそれを見てビンスの肩を撫でながら。
ギリクそのすこし古びたローブを握りしめて。
ルアーブはその大きな碧い瞳を輝かせながら私を見て。
未来の自分を思いながら胸を高鳴らせているのだろ。
───ってうぉぉぉぉおおい!
ルアーブ、ダウト!!!
いや、あんた何に対してキラキラしてんの?!
そして、追い討ちビンスは生きていた。
「あ! そうだ! パレードで顔、見てないんですか?!」
見たけど、面倒くさくなってきた。
「パレードを見てないよ」
「えー!? もったいない。すっげーすっっつげー格好よかったんすよー! こう、わっしょいわっしょい! ばぁーーーん!! って感じで!!!」
はいはい、漢衆の押す山車にのって登場でしょ? わかるけど、まじ行ってなかったら意味不明だよ。
ビンスはあれだ。調子に乗らしたらダメだな。
もー夜営の準備しろやー! つか夜は長いんだし本人から聞いてよぉ。
私は少し声を低くして、このもやもやタイムをお開きにさせてもらう。
「ほら、あんたらの採取してきたので薬をつくるんだよ。いつまで座ってるんだい? 夜営の準備をしな」
はーい! 肩をすくめて明るくビンスは返事をした。
まったく憎めないキャラだな。
ビギナー+αパーティーはニコニコと出ていった。
……お前も行くんか~い!
ルアーブもビンスたちと一緒に席を立ちナーシャに手を繋がれて出ていった。
つーことは、やっぱ目的はこのビギナーパーティーなの?
いやーさすがにこいつらがなんか悪いとかじゃないのは、確定でしょ?
……だったらなんだ?
まーもう、うちには関係ないならあちらはあちらだ。
私はマナポーション用の大鍋に水を満たして星屑草をいれる。
火をいれて、あとはことことことことひたすら煮ていく。緑陽草は緑のドロドロになるが、星屑草は深い青の透明のトロトロになる。しかも暗いなかでキラキラ光るので夜の作業も楽しい。
今夜は夜営の見張りの交代時間に合わせて起きて、ちゃんと見張りをしているか確認するので弱火で月が沈むまで煮るこの作業はもってこいだ。
ちゃんと、換気はするし魔道具から出てる炎なので吹き零れてもガス漏れとかはない。まー火事にならないように結界は張ってあるので、寝てしまっても問題なし仕様。
ただ、太陽光にあたると劣化していくので日の出前に瓶詰めにする。手間はかかるが、実入りはそのぶんいいのです♪
ポーション作りの下準備を終えて、外の様子を窓越しに見てみる。
夜ご飯の為、焚き火の準備が進んでいる。
薪は【初めの魔女】社から提供しているけど、ビンスは火のつきやすい小枝を拾ってる。
ギリクは薪に火がつくまでの着火係で魔法陣を描いている。
ナーシャは鍋に乾燥野菜や乾燥肉をいれて米も一緒に煮るリゾットを作るようだ。
ルアーブ君は?
ん? ちょ! 庭の隅になんか埋めてる!?
もーやめてよ。変なもん埋めんなー──後で要確認。
そして、庭に生えてる食べられる草を持ってナーシャの所に帰ってきた。ナデナデされてくすぐったそうにしてはにかむのが可愛い。
裸眼でよかったー、ヒュゥ(口笛)
その草知ってるって、結構難易度たけーけどな!
そんな平凡な冒険者の夜営準備風景は、
「坊っちゃぁ───────────ん!」
という、初老の男性の声でシーンを切られることになる。
ぬぬ、登場判定は……今はしないでおこう。
高級そうな従者服を着こんだナイスミドルは、鼻から小さな眼鏡をずり落ちそうにして走り込んできた。がに股でなんだか演出されたコミカル感を私はキャッチした。
フードをかぶる。
そこには偉大な精霊使いルート・ロロキがいた。
茶番キタ───────────!
つーか、あんたたち! 魔王どーしたんだよー!?