出陣パレード見物
──そこはまさに幻想世界だった。
王城から続く大通りは沿道からはみ出さんばかりの人々で埋め尽くされていた。賑わいが波の様に押し寄せる。
パレードの楽隊が奏でる音楽が届くとそれは歓喜へと変わり、人々は手に篭にポケットに詰め込んだ花びらや紙ふぶきをその熱狂に任せて舞散らす。
聞こえ始めた音楽は歓声に負けじとそのリズムを確かなものにする。すると列の先頭で舞う踊り子たちが見え始め、それに続く楽隊が、血のたぎる様な旋律を次々と打ち出し奏でる。
まだ勇者の姿は見えない。
しかし、先ほど舞った花びらは地面に着くことはなかった。
魔術師たちが風を起こして、それを舞あげる。いくつもの魔法陣が花びらを舞わせ続け、舞わせ続ける為に次々と許可待ちの魔法陣を何人もの魔術師が作り出す。
舞散り続ける花びらや紙ふぶきと許可待ちの魔法陣の輝き。
夢の中の様な幻想的な景色。
──そしてついに、勇者の先頭の一人が見えた!
観衆のボルテージは一気に跳ね上がる!!
すると勇者へいく筋もの純白の光の筋が延びていく。
流星の様に尾をひいて勇者の頭上にキラキラと祝福の光が降り注いだ。聖職者からの祝福だ。祝福の光に誘われて精霊達が自分達もと色とりどりの残像を残して舞踊る。精霊使いたちはそれをニコニコと見守った。
心が震える音楽。
舞散る花ふぶき、舞い上がる紙ふぶき。
星空を昼におろしてきたかのように輝く魔法陣と祝福。
その間を走る虹の風たち。
もし、私が転生でなく異世界転移してここにいたら──自分、死んで天国にいるんだなって思ったとおもう。
それほどまでに美しく幻想的で……何故か涙が出た。
パレードの前、少しだけギルマスと話せた。
今、私がいる国は【初めの国 リベルボーダ】冒険者が集う国だ。そして今回の魔王が化現したのは隣の国【海と島の王国 タゴレ】国土の殆どが海で国民の大半は船で生活している。
タゴレの王城は国で一番大きな島にある。城の横には巨大客船のような船が横付けされ、王族も城より船で過ごす様だ。そして、タゴレが唯一大陸にもつ海岸と隣接しているのが、ここリベルボーダだった。
タゴレの人々はとても朗らかだった。
南国のように温暖な気候で果物や海産物が豊富で、点在する島々でサトウキビや芋を育てる。育てるというが生えているものを採っている。採りすぎないで置けばまたすぐ育って収穫出来るといった場所である。
国土は少ないが海を愛する彼らには船があればよいという気風なのだ。しかし、海に巣食う大型の水生魔物と戦う為、海上での彼らの戦いは勇猛果敢で豪快だ。
そんな平和な南の島はあっという間に黒い霧に覆われたという。
発生源は海底遺跡。
勇者達は最終的にはそこへ向かうという。
ギルマスは『朝からなんも食べてなかったからありがたい』といってバクバクお土産のリンゴパイを食べながら話してくれた。
「魔王らには、これ以上びた一文も餌はやらん」
魔物は人々の不安を煽ってそれを糧にすると言われている。
だから、ここまで派手に華やかに勇者が発つ事を喧伝する。
もう、勇者がでたから安心だと人々が思うように。
黒い霧は晴れるのだから、不安になる事はないと。
──キラキラと輝く空間は希望だ。
これ以上黒い霧を広めない為に、隣国の危機を救う為に、彼らはいつもの仕事と同じよう旅立つのだ。
なんてことない朝飯前って感じで爽やかに笑って手を振るのだ……って
こらぁぁぁああああーーーーー!
本来そこにあってしかるべきイケメン爽やか笑顔には程遠い、凶悪なひきつり笑顔が華やかな空間に現れた。
先頭の勇者は屈強な男達が動かす銀色の馬を模した大型の山車のてっぺんに独り立っていた。
使い込まれた黒の鎧に、新調したと思われる星空の様に銀糸が煌めく漆黒のマントをたなびかせて。背には彼の身長と同じ長さはあると思われる大剣を斜めに担いでいる。
その姿は勇猛で頼もしい……だかしかしだぁ!
なんでそんな──口の端をひきつらせてる?! そこから覗く犬歯がまるで牙のようで怖ぇ!
眉間に刻まれた深い皺に右目はやけに──かっ! と見開き左目はうっすら開いてるが白目しか見えない。
こえーよー、剣士の最強ヴァル・ガーレンがその笑顔ってこえーよーぉー(涙目)
私が勇者の一番手のあまりの表情におののいているのに、周りの歓声は更に増していく。女の子たちも黄色の声援を惜しみなく花びらと共に舞散らす。
私はあわててフードをとってみて驚いた!
銀の瞳が優しく輝き、すこし厚い唇が綺麗な曲線を描く素敵完璧スマイルがあった……
フードをつける。
ひーぃー狂犬なような睨み付けぇー?!
フードを取る。
キラキラぁと輝く美スマイル!!!
フードをつける。
ほんのすこし青みかかった光が顔を覆っているのがわかった。
……そっか、魔法だ。
すごい技術だ、顔だけに変身の魔法をかけているのだ。
たしかにフードをとってよく見れば笑顔は正に張り付いているように変化はない。
左右に顔をふって、更に手もふってる。
千葉なのに東京とつくワールドワイドな夢のキングダムのキャラクターのパレードだって表情の変化はなかったが、彼らの表情はとても豊かに見えた……きっとそんな感じで周りは気がつかないのだろう。
き、緊張してるのかなぁ? ははは……もしくは営業スマイルが苦手だとか……うむ、たぶん後者だろう。
怖すぎてフードはとっておこうと思う。
あまりの衝撃で声を出すのも忘れてる内に1人目の勇者は通り過ぎていった。
そして、次の山車がやってくる。
純白の屋根のないオープンな馬車を引くのは10頭の白馬。
通常の馬車よりやはり大きめで高く作られたその一番後方に二人で立ち観衆に手を振るのは、フォスター・オルロフ様。
白銀のフルプレートアーマーに白いマント。青と金で彼が神に遣える騎士であることを示す紋様が豪奢に織り込まれている。
隣に立つ──純白に目のさめるような青の切り返しが入った司祭服を着た修道女が立っている。純白の、髪の生え際から首全体を覆うベールを被る彼女を、聖騎士様はやんわり支えるように腰に手をあてている。
そして、観衆たちに、サラッサラの金髪をなびかせ青い瞳を細くしてTHE! 爽やか! 満点スマイルを御披露目だ!
これだわー安心するわーほんと、黒の人はみならってよ。
フード越しでも問題なっすぃんぐ♪
うーんところで、その修道女誰だ? この前のアコライトだよね?……多分。
このパレードに出るということは勇者パーティーの一員だろうけど……なんか顔は見たことある気はするから新人時代にお婆ちゃんか私が対応したのかな? なんとなくピンとこない。
この前はアコライト衣装きてたのに今は司祭服? まー教会はそこまでオープンでもないからな。秘蔵っ子がいたとして不思議はない。
フォスター・オルロフが特別過ぎるのだろう。
さすが教会の広告塔、よく役割をわかってらっしゃる。
しかし、うん、君たちデキてるな♪
修道女ちゅわーん、慣れない感じで一生懸命に歓声に答えながらフォスター様みてほほ赤らめちゃってさーぁ。
と、ゲスな推理でニヤニヤする私は、観衆の女の子達はさぞもやってるだろ? 周りの女性陣をチラリと見てみる。
相変わらずの黄色い歓声が聖騎士に降り注いでいた。
……フォスター様の笑顔でメロメロだからあまり気にしてないのかしら?
手の届かない高嶺の花は観賞専用ってところか、納得だ。
そして殿の山車はグアラランという鳥を模したものだった。
グアラランはダチョウみたいに二足歩行する鳥だ。馬と同じで荷を運ぶ。とても人懐っこくひょうきんな性格で馬ほど安定しないその仕事ぶりでも愛好者は絶えない。
それを三倍ぐらいの大きさにして鋼鉄で模し、圧倒的な魔術機構を駆使しているのを惜しみなくみせる為、全体に浮き上がる魔法陣は芸術的だった。
だけど、その愛くるしい動きは人々を掛け値なく楽しませた。
そんな山車の上には紫と黒のローブを纏い、三角のとんがり帽子という魔術師の古典型的な装備をした少女が魔術式グアラランの手綱を取っている。
それはまるで少女がグアラランと戯れているようでとても微笑ましくみえる。
しかし、その機構の細部が解る私は浮き上がる魔法陣にただただ見惚れ、テオール・アイヒホルンのそのチートっぷりにナチュラルボーンチートやベーと格の違いに感心しきりだ。
そんな微笑ましくも戦慄の天才魔術師の操る魔術式グアラランの扇形に広がった尾羽に怠そうによりかかて笑っているのは、緑を基調としたゆったりとした上着に白いズボンの精霊使いのルート・ロロキ。
精霊が金属を好まないため軽装に見えるが独特の走り方をするグアラランにそんなだるっと乗ってられるその身軽さは精霊の加護だけでない身体能力が伺える。
彼の周りに四色の守護精霊の光が踊っていた。
この世界の精霊使いは守護精霊と契約することで、その力を得る。守護精霊は常に契約者と共にあり、ああして存在を表して光ることもあるのだ。
普通、一つの精霊と契約し技術を上げる毎に上位の精霊と契約をし直す。──それがルート・ロロキの場合は、四つだ。
これだけで、精霊使いとしての恐ろしい程の器と才能を感じる。
しかも、その精霊達は全て精霊王だと噂される。
彼の右の瞳はどんな色なんだろうか?
精霊使いは、自身の右目が精霊との契約と同時に『精霊石』になる。その精霊石から精霊達は魔素を取り込み、特殊な力を行使するのだ。
精霊石は、精霊使いの証。それは守護精霊の色になる。
だから、ルート・ロロキの右の瞳は四色なのだろう。
細められた目のお陰でそれは見えない。
たしかルート・ロロキとテオール・アイヒホルンの二人は幼なじみだとか。
鳥上でテオールになにかとちょっかいをかけてはプンスカされてそれを楽しんでるルート。
あらあら、作り笑いではない笑顔頂きマーシター!
ごちそうさーまーーー!
こちらもいろいろ確定っすね!!
チートの彼もまたチート♪
ありぃ? てなるとヴァルさんったら……もしかして……ぼっ……ぷぷっ。
いやいや、フリーーーってことじゃん? まー馬に乗ってたけど蹴られないようにね! ぷぷー(笑)
あ、勇者パーティー内には居ないってだけの可能性は高いのか。もともと勇者達はそれぞれ単独で動き、その都度パーティーを組んだりするみたいだから、なんら不思議ではない。
今回の魔王討伐で結集した五人の内に以前からいい感じの二組が入ってしまっただけってことだ。
失礼失礼。
リア充たちめーーーー! 羨ましいぞー!(ヴァルくん除く)
と、突っ込み処は多々あれど、バランスよく安心感のあるパーティー編成だった。さすがこの為に編成された勇者達だ。
ヴァル・ガーレンの狂犬スマイルは除く(笑)
冗談はさておき、パレードはその目的──人々に魔王という脅威に対する不安を感じさせない──を果たし進む。
勇者万歳! 勇者万歳!
私もありったけの声で叫び、許可待ちになった魔法陣で花びらや紙ふぶきを舞上げる。
勇者に祝福を! 勇者に力を!
爛漫と煌々と絢爛に燦爛として勇者は行く。
王都は輝きながら彼らを送り出す。
この景色が彼らの闇を退ける力の一助になればと……
その背が王都大門の転移の扉へ消えるのを見送っても、熱狂は続く。吟遊詩人がもう勇者の出陣を謡だした。それを肴に店に入るまでもないと路上で乾杯が響き渡る。
それは朝まで続くだろう。
大丈夫だ。
きっと程無くして彼らが魔王を倒し、青く澄んだ海と島の国を救ったとギルマス辺りから魔法便が届くだろう。
私は日常に戻るべく小さな我が家への帰路についた。