表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第二章 勇者の戦場
41/42

日常へ

 目を覚ますと、通り沿いに面した小さな部屋のカーテンの隙間から、眩しすぎる日差しが漏れていた。

 閉じられている窓の外から歓喜に満ちた喧騒が漏れてきた。出店の呼び込みや陽気な音楽が微かに聞こえる。

「魔王討伐バンザーイ! 勇者様バンザーイ!!」

 何度目になるかわからない何処からともなく上がる声は、輪唱のように広がっていく。


 昨日──たった数時間で、この世界中に広まった『勇者勝利』の吉報が、翌日の太陽と共に人々の心に幸せをもたらしていた。


 ここは、冒険者ギルドの中にある従業員の仮眠室。


 あれから私は、転移先の路地裏でしばらくは立ち直れず、頭を抱えて悶えていたけど、夜風のお陰で頭が冷えた。

 放ってしまった言葉は取り返せない。

 どうせ、勇者達の身体が空くのは凱旋パレード後になるだろう。

 とにかく、今は己の羞恥心は置いておいてギルドへ報告だと、頭を切り替えて立ち上がった。


 裏路地から大通りに出ると、そこは人でごった返していた。出店を設営する音が聞こえ、勇者の勝利を祝う声がそこかしこに溢れて、もう城下街はお祭り騒ぎになっていた。

 冒険者ギルドの中もやはり同じようにテンヤワンヤ。それでも突然現れた私にギルマスはなんとか話す時間を取ってくれた。


 すべて話し終わると「俺が一段落するまで寝てろ」と仮眠室に押し込まれる。その目に涙が溜まっていたのを私は気が付かないふりをして、ベッドに横たわった。


 深夜、部屋の扉をノックする音で目を覚ますと、髭面の熊が──ギルマスが酒と軽食を持って扉の前に立っていた。

 尽きることのない酔っ払いの会話は、朝日が昇る頃まで続いた。酒で真っ赤になった赤熊が小さな机と椅子で寝落ちしてやっと収束した。私も腰掛けていたベッドに倒れ込みそのまま眠った。


 覚醒して見渡すと、すでにギルマスの姿はない。きちんと布団をかけられ、靴を脱いでいたのでギルマスがやってくれたのだと思う。


 起き上がり借り物の靴を履いて、立ち上がる。カーテンを開けるとお昼もいいところだった。


 枕元に畳んで置いた、漆黒のマントを手に取る。

 ──彼は今頃、武の国(カフスターク)に帰ってパレードまでの長くない休息をとっているのかな。


 出陣パレードの時の引きつった顔を思い出し、口元が緩む。

 次に見るときは、テオールの魔法で完璧な笑顔なんだろうなと思う。


 もう……あのなんでもお見通しのローブはない。


 お婆ちゃんとの思い出と私の初めの魔女(ビギノジャニター)としての月日の詰まった、それは亡くなってしまった。

 それでも、あのローブが導いてくれた数々の運命とも言える出来事は、私の中の大切な大切な思い出としてしっかりと心にある。


 いつか、あのローブも寿命がくると知っていた。

 それがまさか魔王に奪われてしまうとは思わなかったけど──寂しく思わないかと言えば嘘になる。でも、その寿命がこの世界を守る為の戦いの場所だったと思うと晴れ晴れとした気分だった。


「パレードが終わったら、ローブの材料集めの旅にでも出ようかなぁ」

 お婆ちゃんと旅したあの場所に、また行ってみるのも楽しいよなぁと思う。


 日常に戻ってきた。

 昨日は魔王と戦っていたのに……


 あれだよね、旅行から帰ってきて部屋の電気をつけた時に感じる『昨日までのこと全部夢だったんじゃない?』って感じ。

 何はともあれ、日常がこれからも続いていく。

 それを今は喜ぼう!


  *  *  *


「もう、帰るのか?!」


 昨夜の酒なんか一切感じさせない働きぶりの忙しそうなギルマスを捕まえて、家がどうなってるか聞いてみた。

 こんなクソ忙しい時にでも、迅速に対応してくれたらしく、王城から『いつ帰宅されても大丈夫』という連絡がきたという。


「帰るよ、ジグザ兄さん(・・・)も忙しいでしょ?」

「ほほー、ほほぉ!!!」


 昨夜、お婆ちゃんの話と私の前世の事も話した。(ここでもすんなり受け入れられて、自分の常識はもう信用できなくなった)


『となるとだ! 娘でなく妹だったぁ!!!』と酔っ払いは言い出した。

 前世と思い出してからの14年を合わせてみたら、娘ではなく妹じゃないか!? と騒ぎ出し、あとは事ある事に『ジグザにぃだぁ!!』と主張してクダを巻いた。


 折れたのは私の方で……私もなんかパパと言うのはためらわれたけど、兄さんなら1人ぐらい増えても平気な気がした。その計算式はどこもかしこもおかしいけど、コトンと納得出来てしまった。


 やにさがる熊面にため息をつくと、

「パレードの時はまた飲むぞ、妹よ」

 と、なぜかどや顔で言われた。

「若くないんだから、ほどほどにしてよ」

「ほどほどに朝まで飲むぞ! 祝杯だからな」

 がっはははは! と豪快な笑い声に私も吹き出した。


「何かあったら、魔法便よろしく」

「おう。気い付けて帰れな」

「外のお祭り騒ぎを冷やかしながらゆっくり帰るよ」

 しっかり眠ったおかげで体力気力共に申し分ない。

 どうせならこの世界に溢れる幸せな空気を感じながら帰りたいと思う。


 勇者の『仲間』として、あそこに居た。

 お婆ちゃんの弟子として、錬魔技師(マギノダージニア)として教えてもらった事を、最高の仲間を助ける為に使えた。


 私も、かつてお婆ちゃんが守ったものを守る事ができたんだ。


 何度となく、何度でも、熱くなる目頭。

 私はそれを悟られないように、ジグザ兄さんに手を降ってギルドを出る。


 笑顔溢れる城下街のお祭り騒ぎを堪能するために私は通りに繰り出した。


  *  *  *


 城下街行きの上りの乗り合い馬車は混んでいるが、下りの馬車はガラガラだった。

 しばらくはお祭り騒ぎが続くだろうから、ビギノクエストは無いとジグザ兄さんが言ってたので、パレードまではお店も閉めちゃって完全休業するかなぁと考えた。


 馬車から降りて我が家への林道を歩く。

 1日しか離れていなかったのに、濃度の濃すぎる出来事が目白押しで、シャオーネ姫の来訪がずっと前のことのように感じられる。

 ラスボスはシャオーネ姫かと思ったら、マジもんの魔王(ラスボス)と戦うことになるなんて思わないよね。


『ヴァル・ガーレンと二人で幸せになりたい』


 ──私はそう願った。


『約束』が果たされるのが何時になるのかは解らない。

 でも、それを彼が破るかもしれないなどと不安になるなんて、悲劇のヒロインみたいな事はもうしない。


 私の前世の常識が、こっちじゃ当てにならない事が散々解ったしね。パレードが終わって一年とか音沙汰なかったら考えたらいいお話だよね~。


 前世は前世!

 私は男運悪かったさぁ。

 でも、今世は今世♪

 素敵な家族や、尊敬できる人達に囲まれて天職にも巡り会えた。


 私は彼がここに来るのを、

『約束』を果たしに来るのを、

 信じて待っていればいい。


 ここから笑顔で見送った。

 だから同じ笑顔で『お帰りなさい』と迎える。


 気持ちも足取りも軽く我が家へ向かう。


 さぁ、パレードまで何して過ごすかなぁ~もう、どうせならゴロゴロして過ごそうかなぁ~本読んで、食っちゃ眠するかぁ!

 スキップしながら進んでいたが、我が家が見えた所ではたとやめる。


 ──あれ? お客さんかな?

 家の店の扉前に、真っ白な服を来た人が立っているのに気が付いた。その人は扉の前に立ち尽くしていたが、中を伺うように窓へ向かう様子がわかる。


 初めの魔女(ビギノジャニター)は休業だけど道具屋は開けてたから、なにか入り用の近隣の村の人かな?

 慌てて駆け出しながら、その白い服が軍服のようなかっちりした詰め襟だと気が付いた。


 えぇええ? もしかしてシャオーネ姫関連で王城の人かな?

 式典とかで鎧を付けない騎士の正装であんなのに似たのを見たことがある。とりあえず急いで声をかけた。


「すみません! 今、帰って来ました。なんのごよ……」

 走りながらかけた声が、白い軍服の人物が振り向いたところで足と一緒にピタリと止まった。


「あ、お帰りなさい。アグリモニーさん」

 黒髪は整えられ、すっと通った鼻筋に厚めの唇がほころぶ。


 その銀の瞳は嬉しそうに輝いていた。


 私は脊髄反射で叫ぶ!

「なんで、ヴァル・ガーレン(おまえ)がこんなところにいるんじゃぁあああああああ!!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ