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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第二章 勇者の戦場
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勇者達の帰還

「……アグりん」

 鈴の鳴るような声が私を呼ぶ。

 シャラシャラとさっきまで聞こえていた精霊達の笑い声とは違う可愛い声はついついニコニコしてしまう。

 カワイイは正義だなぁとほっこりする。


 ふわふわとした優しい力に包まれていたと思っていたが、今はさらさらとしたものに包まれている。

「あーぐーりん♪」

 可愛い優しい声に意識が夢うつつから現実へと移行していく。


 目を開くとそこにテオールがいた。

 私は居眠り程度にうとうとしたと思ってたけど、布団にくるまりしっかりベッドで熟睡してしまっていた。微かに波の音と、ゆらゆらと揺れている感覚がするので、ここは船室だろう。


 慌ててベッドから起きる。

「わ! ごめん、寝ちゃって」

「いいのいいの♪」

 ご機嫌に笑ってテオールは答える。

「リベルボーダ側の準備が整うまで時間があったから私たちも少し眠ったんだ」

「あ……それは良かった」

 船室にある小さな窓から少しだけ赤く染まった光がさしている。


 日が沈む時間まで眠ったということは、それなりに眠れたよね。流石の勇者達もやはり休息は必要だったのだろう。自分がいる事で手数をかけているので申し訳ないと思うけど少しでも休めたのなら安心だ。


「さてさて、これレイナのなんだけど着られるかな? さすがにその格好では刺激的すぎるかなぁってね」

 特に誰かさんがソワソワしちゃうからと笑って灰色の長袖のワンピースと革靴を渡してくれた。


 変化は解けていて、私はノースリーブで膝下丈の白い薄手のワンピースと、ヴァル・ガーレンのマントという格好に戻っていた。

 いつも黒い魔女服の下に着ている服だ。この下にちゃんと下着もつけていて、『日本』なら夏に街を歩いていても違和感ない格好だったけど、こちらの世界ではやっぱり薄いかもなぁと思った。


 素直に受け取って着替える。

 ついでに【保存空間召喚】の魔法陣を描いておく。

 船室の中で異様な存在感を放つタワーシールドをしまう為に。


 今、家がどうにかなっちゃってたとしても、保存庫には私しかはいれないように何重もの結界を張っている。召喚するための特別な空間は特に厳重に。

 大切なものや、高級な薬などはあそこに置いてある。

 セキュリティーはばっちり!

 でも、今思うと着替えの服とか靴とか置いとくのはありだなーなんて思った。


 着替えと魔法陣の発動待ち中に、テオールが私の眠ってた間の事を話してくれる。

 第一報がリベルボーダへもたらされると全土に『魔王討伐完了・勇者勝利』の報告がされたという。急ピッチで凱旋パレードの準備が始まっているらしい。

 タゴレの王様も早く5人揃って会いに来てほしいと言ってるので、しばらくはお休みはないかもと苦笑したテオールだけど、とっても楽しそうだった。

 私も嬉しく早く凱旋パレードを見たいと思った。


 着替えが終わる。ゆったりとしたワンピースは誰が着ても問題ないサイズだった。首もとまでしっかり詰まった丸襟、前ボタンのとてもシックなデザイン。

 革靴もヒールの殆どないのもので、少し大きかったけど紐靴だったのできつく結べば歩くのには支障ない。


 一度マントを外したから、それをもう一度つけるのを迷う。

 この服になったのなら、薄手でもないしマントはいらないかなぁ……


 すると、ニコニコしたテオールが、

「嫌じゃなきゃ付けててあげてよ。ちょっとからかいすぎちゃったから相当落ち込んでてさ」

 と、名前を出さずに誰の事か丸わかりな含みをもたせて言った。

「了解」

 私はマントを着けながらクスリと笑う。


 ベースキャンプはほぼ片付いていて、後は調査など後処理班が転移でくるのを待つ人達を残して、この船を残し出航していた。

 この船は調査が終わるまではここにあるらしい。


 タワーシールドを片付け船室を出て、船の中で一番広い空間の食堂に到着する。既にみんなそこに集まっていた。


 服のお礼をとレイナを見ると、彼女は自力で立てる程は回復したようだ。早速、お礼を言うと「地味ですみません」と申し訳なさそうに眉をさげるレイナ。「これにエプロンつけたら、サウンドオブミュージックのマリアみたいじゃない? ちょっと嬉しいよ」と言うと「あぁ!!」と言って笑った。


 私は、笑いながらも意識は一つのところに向かう。


 漆黒の装備もそのままの彼がいるのは確認しながらも、なるべくそちらを見ないようにしてしまう。

 今、目を合わせたら緩みきった私の思考はどこへ行ってしまうやら、言動さえ怪しくなる自信がある。


 だから、あえて見ないふり作戦。

 テオールが書いた魔法陣に各々が乗る。

 すこし、ションボリとした後ろ姿が目に入る。

 だから、そっとヴァル・ガーレンの横に何食わぬ顔で立つ。

 見上げないと判らないから顔は確認出来ないけど、背筋が伸びたのが解った。

 同じ目線にいるレイナがニコニコしてた。


 そこからは、あっという間。


 転移が完了するとそこには既にリベルボーダ王がいて、最低限の側近達しかいない状態だった。


 緊急に用意されただろう簡易的な玉座に座り、威厳の中にもその気さくな人柄がにじみ出る笑顔で私達を迎えてくれている。側近達から歓喜の声が挙がりその空間にいる全員が勇者の帰還を心の底から喜んでくれた。


 私達は王の前で膝をおり頭を下げる。年長者のフォスター・オルロフが代表で話を進めた。


「フォーサイシア殿の弟子とはな。縁とは不思議なものだ」

 魔王を無事打ち倒した報告の後、私の事を説明し終えるとリベルボーダ王は目を細めて懐かしそうに呟いた。

 そして、私がここにいる事も内密にすると約束をもらう。家である道具屋については早急に対処し、冒険者ギルドのギルマスに連絡が行く手はずになった。


 全ての報告が終わるとリベルボーダ王は起立して一段高いそこから自らの足で降りてくる。

 勇者一人一人を見渡し、私達に立つように促した。


 勇者達を褒め称えて、守られたもの達の代表として感謝すると一人一人に頭を下げる。

 全くイレギュラーだった私にも、

「アグリモニー殿の活躍。この王の記憶に、しかと留め置こう。感謝する」

 と頭を下げてくれた。

 有り難い言葉に胸が熱くなった。


 お婆ちゃん……私も日常を守る一助になれたよ。


「さてさて、久々に末娘に説教をするとしよう。また近いうちに凱旋の宴でまみえようぞ、勇者達よ」

 上手い酒を用意しておくと笑った王も、今回の魔王出現で多忙を極めていた。やっと、その肩の荷が下りたのだろう。


 まだまだ事後処理はあるだろうが、魔王無き今、それは気持ちに置いても雲泥の差があるはずだ。

 転移の間を後にする王の足取りは軽かった。


 王が退室すると残った側近達にフォスターが完璧な笑顔で告げる。

「我々は各々の国へ帰還する。凱旋パレードなどの詳細はお任せしますのでご連絡お待ちします」

 それを聞き、私達を残してすべての人々が居なくなった。


 パタンと扉が閉まる。

 シーンと静まり返った転移の間。

 誰もが様々な想いを胸に抱き余韻にひたる。


 私が最初に去るべきよね。

 そう思った。

「じゃぁ、私はそろそろ帰るね」

 私は一歩、みんなの輪から外れる。


ここ(リベルボーダ)の冒険者ギルドへは私から報告しておくね。お婆ちゃんとの事、ギルマスには話したいからさ」

 リベルボーダの冒険者組合(ギルド)のギルドマスターがフォーサイシアお婆ちゃんの息子というのは勇者なら知ってるだろう。

「ついでに家の様子もギルドに連絡くるし、帰れるようになるまでギルドでお世話になるよ」


 たった半日だったろうか?

 ほんの数時間一緒に行動しただけだったのに、彼らは私を受け入れてくれた。

「それから、勇者パーティーに入れてくれてありがとう……私の一生の宝物になったよ」

 勇者達の勇者たる強さに、器の大きさに畏敬の念に耐えない。

「私の日常を守ってくれて……本当にありがとうごさいました!!」

 深く深く頭を下げる。


 もっと一緒にいたかったなぁなんて、おこがましく思ってしまった自分がいる。

 ──彼らは勇者だ。

 魔王討伐を成し遂げた今、おいそれと会える人達ではなくなってしまうだろうなぁ……


「なによ!! アグりん今生の別れみたいじゃないのよ、そういうの無し!!」

 テオールがウルウルしながら抱きついてきた。

「私は今も同じパーティーの仲間だって思ってます!」

 レイナまでが抱きつく。

 それが嬉しくて、ありがたくて私も瞳が潤んでいくのを止められなかった。

 そして、私も二人を抱きしめる。


「テオールの座標石(レコードストーン)埋めておいてよぉ、遊びにいくからさぁ~」

 ルートが本当の笑顔で言ってくれた。

「いつでも、どうぞ。勇者様には似つかわしくない荒ら屋だけどね」

「変化は得意だから任せて♪ きゃんぷふぁいやー? だっけ? あれやろ!」

 私は頷く。


「私も行っていいですか? その、いろいろお話したいし」

 レイナが聞いてくる。そのいろいろには『日本』の事もあるだろう。

「もちろん! この服も返したいし。是非是非、フォスターさんと一緒に来てね」

 とフォスターに目線を移すと

「うむ」

 と頷いて優しい笑顔が私達を見ていた。


 そして、視線は自然と彼を映した。


 銀の瞳に少し伸びた髪がかかる。

「ちゃんと『約束』守ります!」

 真剣で真摯なヴァル・ガーレンの声に私は溢れてくる想いが口をつきそうになる。

 だから、口は開かず微笑む。

 微笑んで頷く。

 なんとか飲み込めたかな。


 ふっと息を吐いて

「それじゃっ」

「アグりん、まさかここから歩く気?」

 部屋を出て行こうとする私をテオールが止める。

「あ、うん。だって転移魔法陣、発動許可まで時間かかるか」

「アグりんも、甘え下手な人だねぇ~」

 言葉を遮ったルートがやれやれという感じで言うと、テオールもうんうんと頷く。

「私を誰だと?」

「ナチュラルボーン天才魔術師(マギマスター)テオール・アイヒホルン」

 脳内で呼び続けていたのがぽろりと飛び出した。

「なちゅら? え? えっととにかく、そう! 仲間なんだから私を使いなさいよ」

 そういって、冒険者ギルドの裏路地に埋めてある座標石(レコードストーン)へ向けて転移魔法陣を展開してくれた。


 くぅ~相変わらずの手際の良さ。

 そして、改めて聞く『仲間』の響きに感動する。

「ありがとう」

 心から沢山の想いを込めて言葉にした。

「どう致しまして」

『仲間』達の笑顔がはじける。


 私はキラキラと輝く転移陣に乗る為に踏み出した──その時、私の手首をぎゅっと誰かが掴んだ。


 振り返ると

「【冬女王の娘と巡り師見習い】持って行きます。その時に話を聞いて下さい」

 ヴァル・ガーレンの熱い眼差しが私の心臓を直撃する。


 ドキドキを超えてバクバク言い出した心臓に、かっと血の上る頬。

 そっそれは、そのいろいろあったけど気持ちは変わらないってことだよね? つまり、それは私の事を想ってくれてるってことだよね?


「ヴァル・ガーレン……私も、す……」

 ちょっと! 私なに言い出してるの?

 止めて!!! ダメだから!

 私から『すき』とか、この流れではおかしいからぁぁああ!


「す?」

 寸止めした言葉の先をヴァル・ガーレンが空気を読めず聞いてくる。

 いや、ややや、す……す……

 ごまかせ!! 働きなさいアグリモニー脳!

 テンパる私の残念な思考がひねり出したのは


「す、す! ()え膳用意してぇ、待ってるからね!!!!!」

 こちらでは決して通じない言葉を選択し、それを大声で宣戦布告のようにヴァル・ガーレンに叩きつけた。


「え? すえぜん??」

 はい、みんなキョトーンですね。

 一人だけ頬を染めてる人がいるけどそれは気が付かなかった事にしてぇ。


「テオール! 許可お願いします!!!」

 え? と戸惑いながら私の赤すぎる顔に何かを感じてくれたのか『うん』と唱えてくれたテオールに感謝。


 キラキラと魔法陣から光が立ち上り、視界がホワイトアウトした……


 ……

 …………。


 見上げると細い路地裏で、建物に囲まれた狭い夜空には星がキラキラ輝いていた。


「なにいってんだぁぁぁあああ! 私はぁああああ!!!」

 路地裏で頭を抱えうずくまるはめになった。


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