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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第一章 魔女の日常
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寝坊した朝

2018/5/10

段落、改行、誤字修正作業中

 背筋が火傷をした時みたいにピリリと傷んだ。

 それは眠りが浅くなり、もうすぐ目覚めなければと見ていた夢が忘却の霞におおわれ始めた頃だった。


 ゾクッと寒気がして、目の前に毛むくじゃらのミニバンが現れた。横断歩道の先には信号の──人形が歩くサインが青く点滅してる。


 ひっ!と息を飲むとミニバンはガバッとボンネットを開く。

 中にはびっしりと牙がひしめき、ぬらりと唾液が滴った。

 恐怖と生命の危機に(さいな)まれる。


 ──死にたくないよ!

 私は急いでタクトをふる。

 魔法陣は形成されたが発動できない。


 お願い! お願い! お願いします!!


 発動許可状態にない魔法陣に、無駄とわかりながらそれでも許可を出さずにはおられない。でも魔法陣のゆっくりすすむ輝きは、メチャクチャ重い画像を開いてしまったブラウザのように遅々として進まない。


 お婆ちゃん!!お婆ちゃん!!助けてーー!!


 でも私は知っている……彼女はもう助けてはくれない事を。


 もう駄目だ……諦めるしかないのだ……

 助けを求める先が──もう、おもいつかなった。


 ──ザシュッ

 という音が目の前で成る。

 モジャモジャのミニバンが真っ二つになり、黒い靄の様になって消えていく。


 靄の消えたあとには──やはり黒があった。

 それは銀ともなんとも言えない瞳をもつ剣士の姿だった。


 あー、勇者がいるから安心だったわぁー。


 ほっとした私は……また深い眠りに落ちていった。


  *  *  *


「ねぼーしたっつーの!」

 布団をはねのけガバリと起き上がる。


 いつもは日の出と同じ位に目が覚めるのに、今日はすでに朝日が登りきっていて部屋が明るい。昨日の冒険者ギルドでの勇者大集合のせいで変な夢をみてしまったせいだ。


 まったく、白いシーツに跳ね返る日光が目に染みるってか。


 寝室は二階にある。

 小さな我が家は、一階が道具屋と魔道具造りの工房で、その間には仕切りになるように広目のカウンターを置いてあった。

 工房にはお茶位なら出せる簡単な給湯スペースもある。

 その奥の扉から短い廊下的なスペースを経て、お風呂とご飯を食べる机とテーブルが置かれた台所、二階と地下の保存庫へいく階段という間取りだ。


 特に急ぐ用事はないが、日によっては魔法陣の用意をしなくてはいけないので、寝坊するとなんとなくいそいそと階段を降りてしまう。

 工房にある魔法便受けを覗くと、ギルドからと思われる書簡筒が入っていた。とりあえず普通の魔法便だなとみて、台所にいって朝食の準備をしてから開封する。


 ギルドからは、今日から三日、緊急性のないクエストの受付を停止するという連絡だった。

 【初めの魔女(ビギノジャニター)】のクエストは私がやろうと思えば出来るしね、緊急性は皆無だな。

 停止の理由は勇者パーティーの出陣パレードに伴うギルド人員の不足ということだった。


 ……やっぱり、勇者が出るんだ。


 パンにハムと葉野菜をはさんで自家製マヨネーズをぬる。

 お気に入りの香りの紅茶を入れて、はむりとサンドイッチをかじった。


 この世界は、死ななきゃ生きられる。


 ケガや病気ではまず死なない。ポーションがあるし、教会では神聖魔術での治療も行われる。わずかにでも息があって対処できれば死なない。

 でも、一瞬で首を切られたり大量に出血したり毒で解毒できなければ死ぬのだ。


 ──そして、死んだ人は生き返らない。


 しかし『死』は日常的に起こっている。

 その原因は解りやすく【魔物】と呼ばれる存在がいるからだ。どんなに抗おうと魔物によって人々は命を奪われる。それは、寿命で死ぬのと同じ位に仕方のないことだとこの世界の人たちは受け取り生きている。


 でも、やはり寿命と違って理不尽に思うから魔物には抗う。

 冒険者がいるのはその最たるものだ。

 なるべく寿命まで生きるために人は助け合っている。


 しかしだ、魔物たちは完全に駆逐されない。

 大気中に魔素がありそれが魔物を生む。つまり魔素あるかぎり魔物もいなくならないのだ。


 人もまた魔素なしでは生きられない。魔素を取り込んでマナとして蓄積している人は魔物にとってとても美味しい高級食材みたいなもので、みつけたら有無を言わさず補食する。

 だから、人は対抗して魔物を倒す。

 これをもうずっとこの世界は繰り返してきた。


 そして、現れるのだ。


 ──【魔王】と言われる人類を大量に理不尽な死へと追いやる存在が。


 それに対抗するために人々は【勇者】を育てる仕組みを考えた。いろんな試行錯誤をして種を維持する為の対策だと師匠のフォーサイシアお婆ちゃんは言った。


 この世界にはいくつかの国がある。

 それぞれに特化した職業のギルドがあって、冒険者としてクエストをこなし強くなって頭角を現せば、そのトップレベルが集まる国へ行き更に上を目指す。そして、最強を目指し認められれば勇者候補となる。


 彼らはひたすら鍛練を続け強くなり魔物から人々を守ったり代替わりしながら魔王が化現するのを待つ。


 つまり、今、私がこうやってのんきに朝食を頂いているこの世界の何処かに理不尽な大量の死が化現したのだろう。


 勇者がでるということはそういうことだ。


 死んだ人は生き返らない、でもこれから死ぬ人は助けられる。

 その使命を背負って彼らは旅立つのだ。


 私は……転生したけど、物語のように最強にはなれなかった。


 私は【初めの魔女(ビギノジャニター)】。

 いわば、初心者対応のチュートリアル中のNPCだ。

 勇者の物語のほんとの最初に、彼らがまだ最強には程遠い頃に冒険者として一歩踏み出した時、通り過ぎたイベントである。


 何処か遠くの国で戦争が起こっていて、そこに派遣される自衛隊の人たちをテレビで見ていた日本での前世の時と状況は同じ。

 違うのは、私が彼らと──初心者だったころとはいえ顔を合わせているということだ。


 勇者は人で、死ぬということが身近にある世界で、彼らがいないと確実に災厄はここまでやってくる可能性があることを知っているということだ。


 でも、知ってるだけで何も出来ない。

 ただひたすらに彼らが守りたい日常を営む事が私の仕事なんだ。


 そんな思考になったのは、10歳で死にかけ、それを救ってくれた師匠のフォーサイシアお婆ちゃんがかつての勇者だったからだと思う。


 私の師匠は実はスッゴい人だった訳だ。

 知らなかったとはいえ、最初に出会った魔術師(マギマスター)(かつ)ての最強だった。


 オイオイ、転生とかなしでナチュラルボーンしてチートじゃねーか!? と思ったよ。

 なんでそんな人がここにいて初心者相手に【初めの魔女(ビギノジャニター)】とかしてるの!?


 そりゃ、魔法陣を無詠唱でだすわ、一瞬で許可待ちにするわ、許可待ちの魔法陣を10個以上だせるわ、高価な高効果の魔道具が倉庫にゴロゴロしてるわけだよ。


 ある程度修行を積んだころ、世間を見るため二人で旅をした。

 そして驚愕したのだ。

 お婆ちゃんのやってる事が普通じゃなかったって解って。


 なんでこんなとこにいるの? 私は聞いた。

 そしたらお婆ちゃんは朗らかに笑った。

 70年前に頑張って守ったものがここにあるんだって……


 だから私は彼らを信じて日常をかわりなく過ごすつもりだ。

 でも、どうか無事に帰ってきてと祈らずにはいられない。


 朝食を終えて、しばらく仕事がお休みとわかったので里帰りでもするかなーと思っていたらカサリと軽い音を立てて魔法便受けが鳴った。


 それは冒険者ギルドマスターからの私信で

『お休みになったなら勇者出陣パレード見に来るかい?』

 というものだった。


 ギルドマスターはなんとお婆ちゃんの息子だったりする。

 嘗て母親が通った道だから盛大に送り出してやりたい、張り切っているから、弟子の私にも見てもらいたいとの事だ。


 私も見てみたい。

 彼らがお婆ちゃんと同じ様に自分が守ったんだって言って笑える老後を迎える為に、沢山応援して送り出したい!


 信じてる! だから魔王討伐ミッションコンプリートして帰ってきてね! って大勢の中の一人としてその勇気を、勇姿を讃える人々に混ざりたいと思った。


 パレードは3日後の正午だという。

 ギルドマスターはパレードも含めた今回の勇者派遣組織に冒険者ギルドとしてサポートに入っている。

『あまり時間はとれないが、少しだけ顔を会わせられたら嬉しい』と書いてあった。


 いつもは、納品とかクエスト更新の時、顔を見せて近況の報告がてら世間話をするのが私たちの常だった。

今回、あの状況だから出来なかったのでそれの埋め合わせもあるのかな?


 ギルドマスター…長いから略してギルマスには三人の息子がいる。だからなのか、お婆ちゃんの弟子で女の私はまるで娘の様に思っていると常々言ってくれるのだ。


 私はほんとの意味で甘えさせてくれる存在がとても貴重だと思っている。だからしっかり恩が返せるまで甘えさせてもらうつもりだ。


 初心者クエストはしばらくお休みだけど、パレードを見に行くなら実家に帰ってゆっくりする時間はないよなぁ。

 今回のお休みは実家は諦めて、お婆ちゃんが得意だった秘伝のリンゴパイをじっくりと焼いてギルマスに持っていこう。それからパレード見物をしようかな?と計画をたてた。


 そして、私は日常をおくる。

 日課の在庫確認に地下に向かうのだった。

お読み頂きありがとうございます。

誤字脱字等ありましたらお気軽にご指摘下さいませ。

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