女の意地
「10才の時に魔物に襲われて、その時の衝撃で思い出したのよ」
この世界とは違う世界で三十数年生きて、不慮の事故で死んだ事。
『地球』という星の『日本』という国で生きていた私がいて、その世界には魔法も魔物も空想の中以外では存在しないとされていた。
そんな世界に──魔王の開いた転移魔法陣が『日本』に繋がって私は欠片を埋め込まれた事。
レイナが息を飲んだ。
「もしかして、それが原因で……」
無念そうに彼女は呟く。
私はそれにはあえて答えず続けた。
「10代の頃に欠片は埋め込まれたけど、私はその事をすっかり忘れてた。交通事故で死ぬまで、いえ、死んで生まれ変わっても思い出せなかった」
リベルボーダの末姫──シャオーネが訪ねて来てから、魔王の欠片のマギ蓄積野に取り込まれ、その後、魂となったお婆ちゃんとした会話の内容などを話していく。
魔王が私を取り込む事はお婆ちゃんに阻止されたけど、私のマナをごっそりと持って欠片は魔王と合流。復活してしまい、私は魂産巫女様の加護をうけて、補給要因としてここに降り立った事を話した。
テオールが拗ねたような声で
「魂になってまで……うう……フォーサイシア様を超えられる気がしないよぉ」
と言っている。
「という訳で、これが私がここいる経緯なんだけど……」
自分でしゃべりながらも、超展開だよなぁと思う。
真実しか話してないけど、前世とか異世界とか魂と話したとか……普通に考えたら頭がおかしくなったとしか思えないよね。
もう、こうなったら勇者達の判断にまかせるしかない。
「とりあえず、リベルボーダ王へは報告しなきゃだよね。シャオーネ姫にもお灸をすえてもらわないとだし!」
テオールが言う。
「アグりんはぁ、今回の事ってど~したい?」
「どう……というと?」
「勇者の一員として凱旋し名誉を手に入れる事も出来るが、それを望か? ということだ」
淡々とフォスターが語る。
「そんな事はまったく望みません……けど……」
魔王戦にこんな荒唐無稽な状態で紛れ込んだ私には、どんな嫌疑がかかっても仕方ない。
「となると、なるべくアグりんの存在は知られない方向で動いた方がいいよね」
とテオールが言い、私の存在はリベルボーダ王のみに知らせ、あとは誤魔化してしまおうという話し合いになっていく。
ん? あれ? 私の話、すんなり受け入れられてる!?
私の道具屋兼自宅はシャオーネ姫との事があったから、可能性として封鎖されてるかも知れない。少なくとも王と謁見するまでは勇者達と行動を共にするという事になった。
テオールが一足先に、タゴレに飛んで魔王討伐を伝える。その間に、私はテオールに変化してベースキャンプから船に乗って船室へ籠もる。
頃合いを見て、ルートが『テオールが復活したのでタゴレに転移した』と伝えて、ベースキャンプ内の魔術師にリベルボーダ王への先触れを依頼する。
「魔王戦で激しく消耗、マナ回復ポーション切れで船室に運んだ上でポーションを飲ませよう、と言う説明をすれば誰も疑わないよな」
ヴァル・ガーレンも生き生きと発言し、
「あ! じゃぁ、私も消耗しちゃって癒やしが出来ないって事にしましょう」
レイナがフォスターの腕の中で言う。
「実際、歩けないほど消耗してるだろ」
フォスターがレイナにすこし厳しめの顔で言うとレイナは「ははは……」と苦笑した。
そっか、あの【浄化】は特別だけど消耗も激しいのかぁって、イヤイヤちがうだろ!?
「ちょっ、ちょっと待った!」
どんどん話を進めていく勇者達に私はストップをかける。
勇者達は「なに?」と話をやめてこちらを見る。
「いや、その、前世とか違う世界とか生まれ変わりとか、疑わないの?」
「え?! 嘘なの?!!」
テオールが驚いたように言う。
「いや、本当だけど!」
私は慌てて否定する。
「びっくりしたぁ、本当なら、なんでそんな事聞くの?」
キョトンと此方をみるテオールは、大きな瞳でまっすぐ私を見た。
「いや、普通こんな話、すぐには信じられないでしょ?」
そう私が言うと、キョトン顔パート2でルートをみるテオール。ルートは「なるほどぉ~」と言ってフォスターとレイナを見た。
「お気付きだと思うのですけど、私も日本からこの世界にトリップしてきました」
とレイナが申し訳なさそうに言う。
ふぉ! それ公開情報なの?!
「あっ、えーと、うん」
そうだよね? 特別な旅の仲間だし隠してる必要ないもんね~。
「別の世界に関してはぁ、レイナで受け入れてるからね~」
ルートの軽い返答。
「生まれ変わりに関しては、秘匿情報だが我らの国フェスティエラには、そのような事が過去にあったという文献がある」
「別世界の記憶とかは流石に書いてなかったけど、前世の記憶のある人の手記みたいなのは、うちの学園都市の秘蔵図書にもあったよ」
「魂産巫女様の元で生まれ変わる~って子守歌で聞かされて育つからね。実際にあったんだぁと」
どんどんと受け入れられていく現実に私がついていけない。
「あ……えーと? こちらの世界ではそう言うの、頭おかしいとか、思わないの?」
混乱しながら私はもにょもにょと言い訳のように言う。
「あれだけの加護を受けて、魔王戦の真っ只中に現れ、戦況をひっくり返したアグリモニー殿を疑う理由がない」
スパッとフォスターが言い切る。
日常のなかの異変に関しては、魔王発生の伝承などとすり合わせ迅速に対応するため、ないがしろにはしない。
調査は迅速に行われる。冒険者が対応したり、教会から司祭が派遣されたり、学園都市から学者が視察するのだという。
勇者級の経験を積んでいる彼らは、そういった非常識への受け入れ体制が整っているのだ。
状況的に魔王戦中に光の中から現れた私はとっくの昔に非常識であり、人知を超えた加護を受けてる時点で私の説明を疑う必要なしと判断できるということだ。
私は、覚悟し必死の思いで打ち明けた事があまりにも簡単に『それがなにか?』と言われ変な汗が背中を伝う。
おろおろと勇者達を見回して、最終的にそれは……ヴァル・ガーレンにたどり着いた。
「そ、そうなの?」
ふにゃふにゃと弱々しく問う私をヴァル・ガーレンはまっすぐ見つめて。
「はい」
と、真剣に頷いた。
その瞳は、話を聞く前と何の変わりもなく私を映している。
あーだこーだと積み上げていたバリケードは、梱包材のプチプチを潰すぐらい簡単に勇者達によりぷちっと潰された。
「そっ……そっかぁ、ははは」
前世だなんだとあたふたしてたのは、その前世での常識だった事に気が付く。
というか、ここはファンタジー世界で魔法も神の奇跡もあって、ここいる奴らはみんな、非常識極まりないチート級の勇者。
そして、24年間私はその前世にとらわれて生きていたんだ。
なのに、そう──それを悩まないで生きて来られたのは、こちらの世界の家族やフォーサイシアお婆ちゃんのお陰だった。
もぅ……なんて……優しい人達なんだよ……
でもだよ!
でもだから!
──女の意地だけは!!!
既に私の心に湧き出した、あのくすぐったくて恥ずかしい、少し前なら青臭いわぁ! と鼻で笑っていた感覚があるのに気が付いている。
枯れたなんて言ってた癖に、このざまはなんだ? と自分に問い正したい。あいつの乙女が感染したのだ!
さきに言ったら負けな気がするんだよ……勝ち負けではないのは知ってるけど。
それでも、私はこの詰まらない意地を張り通す。
そうしないと、今すぐにでも……いや! 考えてはいけない。
「受け入れてくれてありがとうごさいます。皆の指示に従います」
私は、ヴァル・ガーレンから視線を引き剥がし全員に頭を下げた。
「それじゃ、もう一働きね!」
魔法陣が現れてテオールが私に変化をかける。服装もきちんと今のテオールと同じものだ。
「さぁて、『勇者』いっちょ上がりぃ~」
精霊が私の周りをくるくる回った。
認識阻害も完璧だ。
「疲れているところ、申し訳ない」
一切の手抜きのない作業に言葉を発すると、すでにそれは今まで私の喉から出たことのない可愛いロリボイスだった。
「やることは変わらないわ、タゴレには学園都市の魔術師達がつめてるから私が行かないとだしね。もともとその予定だったもの。ここから直接か、上に行ってからかの違いよ」
同じ声が明るく答えた。
「休めるとしても、タゴレ王へ報告して結界の撤収作業を指示して、リベルボーダの王様に謁見……ふぅ、大変だわ」
「リベルボーダへは、先触れをベースキャンプにいる魔術師に頼むのだ。討伐報告に関しては最低限のものでいいだろう。さらに王宮の転移の間への許可をもらってそこで済ませよう」
フォスターが淡々と言う。
そりゃ世界を救った勇者なんだ。
魔王戦後に大仰な礼式をしろとは言わないだろう。
今回の魔王討伐は、タゴレの要請を受けてリベルボーダが勇者達を召集している。討伐完了の報告はリベルボーダにする事になっているのだという。
「5人揃ってタゴレにいくのは凱旋パレードの時だよね」
「タゴレ城での凱旋の宴があって、それからリベルボーダへの転移門で式典があるだろう。リベルボーダ側のどこかの転移門へ移動したら、そこからから凱旋パレードとなるはずだ」
「詳細が決まるまではぁ、ゆっくりできるかな~?」
「わぁ、またあの馬車に乗るのかぁ。今度は私もテオールちゃんに顔作ってもらおうかなぁ」
「俺は、またお願いすると思う」
わいわいと話を進めて方針がきまる。
話し合いが一段落すると、ヴァル・ガーレンはタワーシールドを回収しに行ってくれた。その間に、テオールがイタズラする顔でルートとなにやらコソコソと話していた。
私はそれをただボーと聞いていた。張り詰めたものが完全に切れてしまって思考が停止していた。その間も何食わぬ顔で、レイナを抱え続けるフォスター・オルロフ……うん、そこはもうツッコまないよ。
ちょうど、ヴァル・ガーレンが帰ってきたのを見たルートが私に
「あのヘタレをちょっぴりからかうから、協力してね」
そう言って、変化により装備しているテオールと同じマントのフードをスッポリと私の頭に被せ視界をふさいだ。
──ふわり
途端に体が浮いた。マントの中に風のような流れを感じたから、精霊の力なんだろう。
──ん? どういうこと?
狭い視界からチラリとみえる風景は、ルートが私を横抱きにしている格好だろうと想像できる。
もちろん直接ルートの顔は見えない、でも近すぎるルートの体と、腕が私の脚を抱えているように見える。
しかし、身体はルートに一切触れていない。
エアクッションのようなものが私を包んでいて、それが精霊の力なのだろう。
「な!!! なんで!? ルートが抱えてんだよ!!!」
叫んだ声はヴァル・ガーレン。
「あら? 私は憔悴してる設定なら歩けないわよね?」
「だよねぇ~、テオール抱えるのは俺の役目だしね♪」
そんな会話をしながらテオールは魔法陣を描き、瞬時に許可待ちにする。その光が狭い視界に入る。
「で……でも、アグリモニーさんだぞ!」
「アグりん、嫌だった?」
そりゃもう、可愛く訪ねてくるテオール。
だいたいの意図は察したので、私は大人しく首を振る。
「不自然でない方法がこれだというなら、私は従うよ」
うぐっと言葉を飲む音がした。
しかし、最終的にヴァル・ガーレンの息の根を止めたのは、なんとフォスターだった。
「アグリモニー殿が了承したのだ。お前は何かいえる立場では無いだろ」
きっと、腕には大切にレイナを抱えて整然と言ってのけているのだろう。
「ぐぅ……」
ヴァル・ガーレン……魔王には勝ったのに、己のヘタレにはいまだ勝てないようだ。
──私だって、ちゃんと聞きたいよ。
あなたの声で、あなたから直接ね。
だから、私も今はあんたを焚き付ける。
ごめんよ。
しょんぼりしたその顔が浮かんで、私はくすりと笑った。
ルートが移動を始めて光に包まれる。
「それじゃ、タゴレでの指示が終わったら船室に戻るからね、上の人達の対応よろしくね」
そうテオールは言って、こっちの魔法陣に許可をだした。
私はふわふわとした精霊の力に包まれて、気がゆるんだ。
──あぁ、本当に終わったんだ。
本当、みんな無事で良かった。
と、やっとそれを実感して、やっと力が抜けた。
ゆっくりと睡魔が私を包む。
抗うことができるだろうか?
──あれだけの戦いをして、もちゃんと動ける勇者達って凄いよな。
ヴァル・ガーレンをからかう余裕まであってさぁ。
精霊たちの微かな笑い声が聞こえた気がして、それは心地良くついついウトウトとしてしまった。
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