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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第二章 勇者の戦場
37/42

決戦

流血描写があります。

ご注意ください。

 地を蹴る脚からの力をすべて推進力に変えて、風を切りながら前へ前へと、ひたすらに速度を上げていく。


 ボロボロと崩れ落ちる紺碧の外甲殻。

 その中に見える(コア)は、黒い霧をモヤモヤと立ち上らせながら、紫色に怪しく艶めかしい不気味な光をはなっていた。


 いくつかの魔法陣が現れては、フッと白色の空間に溶けていく。レイナの結界が魔王の魔法を完全に封じていた。


 魔王の核から飛び出してきた赤黒い触手は二本。一つは俺に向かって来る。

 しかし、それは見えていた。

 直線で魔王に向かっていた俺は一歩だけ横に踏み出し、またかける。

 まるで、駒送りのように軌道までも予想できる今の俺にそれは触れること無く、俺のいた場所に穴を穿つ。

 研ぎ澄まされた感覚に、積み上げてきた動きが自然とついてくる。


 下段に構えていた大剣を切り上げた。

 ──ザスッ……

 音は後方へ流れて行く。


 とにかく前へ!

 目指すは、すべての元凶──魔王の核!!


 【駿足】から【疾風】へ技を昇華!

 速度をあげる。

 速くなるほどダメージは増加するから。


 崩れ落ちる殻を踏み潰し、まるで祭壇のように盛り上がる魔王の殻の内部へ一気に駆け上がった。


 その台座のような場所は、思ったより広い。

 そして、その中央には異様な存在感の塊がある。

 外甲殻から比べるとそれは小さな塊。

 しかし、それでも俺の背より大きな球体。


 最高速度【電光石火】を発動!

 背後に迫る触手の追撃を感じるが──遅い!!!

 視界を固定化して今まで溜めに溜めた力を、この一撃に!


「うぉおおおおおおおお【極・斬神】!!!!」

 速度で上乗せされた渾身の力を込めて大剣を突き出す!

 黒い染みにまみれた毒々しい半透明の膜にスルリと剣が潜る。

 剣先が核の中心にある光へ到達する。


 ──ガキューーーーン!!!

 と激しい衝突音と目の前で火花が散る!

 剣を弾き出そうと反発がくる。

 ──負けるか!!!

 グッと全身を使って押し込む。

 ピリピリと空気が濃縮するのを感じた。


「構えぇぇええええ!!!!!!!」

 フォスターが後ろで叫んでいる。

 俺は力を上方向に変化させて、剣を引き抜く。


 ギリギリ防御の構えを取った所で、視界が白く染まった。


 ──ドォッ、ドォォォオオオオオオン!!!

 激しい熱風と爆音が俺を包む。

 剣を盾にしているが、その衝撃で俺は後ろに吹き飛ばされる。二、三回転がって剣を突き立てて台座から落ちないように耐えた。


 吹き荒れる風に混じる外甲殻の残骸が頬を切る。

 ──ちっ、余剰回復分が今ので消し飛んだ。


 風をよける為に背けた視界の先で、フォスターとアグリモニーさんの盾が見えた。爆風をきっちり防いでいる。

 俺を襲ったのと同じ赤黒い触手の残骸があるのも見える。俺が切ったのと、後方パーティーの前の二本はその動きを停止させていた。


 ──後ろは大丈夫だな。

 収まりつつあるその風の中心に、邪悪な気配が形を成そうとしている。


 俺はポーションを飲む。

 飲みなれた蜂蜜の甘味が口に広がる。

『勇者ならやってくれるでしょ』

 これっぽっちも不安はないという口調が、信頼してるからと言われたようで嬉しかった。

『ヴァル・ガーレン、あんたにはその心配はいらないなって思えたんだ』

 俺にさせてくれた約束……彼女との約束を守る為に俺は、必ず成し遂げると誓ったんだ。


 余剰回復が胸の石に溜まる。

 さぁ、来い! 終わらせるぞ!!


 風が止まる。

 凝縮した負の塊が今、ゆらりと黒い霧を纏いながら形を成す。


 ──魔王の核がその姿を現す。

 それは、人の形をしていた。

 黒いローブを羽織る銀の髪の女。

 そのローブがアグリモニーさんのものであるのが解り俺は眉間に皺が寄った。


 踝まである長い黒のスカートから見えるのは足ではなくうねる小さな無数の触手。

 両手は大きな刃を持つ鎌のように変形して地までつくほど長い。


 フードの下にみえる瞳は無く、ぽっかりと空いた虚がこちらに向いている。鼻の位置には相変わらず何もないが、真っ赤な薄い唇が、細い三日月のように弧を描く。


 姿形はずいぶんと小さくなったが、気配は最初にこの空間に入った時に、否が応でも認識せざるを得なかった魔王そのものだ。


 ただ、魔王は今、完全に魔法を封じられている。

 つまり、物理攻撃同士の殴り合いだ。

 負けるわけにはいかない。

 勝機は必ず来る。

 それまで──俺は俺の全てで挑む!


 俺は間合いを見ながら剣を構える。


 禍々しい黒い霧を纏う異形の魔女は、ゆらりとその体を揺すり、ぞろぞろと足元の触手を動かす。


 俺は剣の柄を握り締め──一歩踏み出す。


 見た目からは想像できない速さで間合いを詰められる。

 ──ガキュッ!

 先行一撃目は魔王の鎌。

 剣ではじくが、もう一本の鎌がわき腹をかすめる。ダメージは余剰回復分を消費しているので、傷は無いが、かすめただけでこれほどかと思う。


 後ろに下がり、間合いを取った。

 ──ザシュ!!

「ぐっ!」

 魔王の間合いから外れたはずなのに、肩口にダメージが来る。

下がるのはダメだと、前へ踏み込む。

 見えている刃の追撃を紙一重で交わす。


 ──ザンッ!

「ちっ! 堅い!」

 俺の一撃目が魔王の脇を斬るが、その感触は薄い。その上、魔王は己の間合いを取るように俺から離れる。その速度は、なんとか見えているが俺の追撃は叶わない。


 俺も奴の間合いから離れるように、距離を取り体勢を整える。


 ──チリリ

 空気が僅かに魔王へ向かって凝縮した。

 三日月だったその口がパカリと丸く開いて、不気味な牙が無数に生えたその奥がポウッと光る。


 防御の構えを取るのと同時に視界が白く染まる。

 全体攻撃だ。

 魔法は使えないが、後衛の援護を封じる為のその攻撃。

 しかし、俺はここを見逃さない。

 ──後衛の守りは完璧なんだよ!

 だから、後ろを気にせず俺は前へ出た。爆風を俺は剣で受け流し、【駿足】からの【疾風】で奴の背後に回り込む。


 下段からの、振り上げで一撃!

 ダメージを受けて全体攻撃が弱まる。

 振り上げた剣をそのまま叩きつけるように、振り下ろして二撃目!!

 刺さった剣を、そこから捻って、横に三撃目!!!


 ──ドシュ!!!!

「ぐは!!」

 魔王の鎌が俺の背中を打つ!


 打たれた衝撃を利用して、前転でさらに追撃しようと振り下ろされる2つめの鎌から逃れて、離れる。


 くそ! 深追いし過ぎた。

 十分に距離をとる、追いかけて来る魔王の間合いに入らないように足を止めず、腰のベルトからポーションを取り出して飲む。


 余剰が無ければ、俺は今ので死んでいた。

 しかし、それは想定済み。


 相手の圧倒的な一撃の重さは、当たれば大ダメージだ。数々の修羅場を超えて、たどり着いたここでも、死という恐怖は常にまとわりついてくる。


 ただ、それでも──いや、それだからこそ

「前に!!!」

 俺は回復すると直ぐに魔王へ向かって走る。


 魔王は再度、全体攻撃の体勢にはいっている。俺は見切ったその範囲から外れ、背後に回り込む。


「お前の相手はこっちだぁ!」

 ひとつ!

 素早い突きで一撃。

 ふたつ!!

 即座に横に薙いで二撃目。

 深追いせずに剣を構えて、触手を剣ではじく。


 そこで、後衛のアグリモニーさんの盾のうしろからルートの弓が構えられているのが見えた。


 流石だな、全体攻撃を誘導してくれてたのかぁ。


 俺は仲間の援護にニヤリと口角が上がる。

 放たれた矢は確実に魔王の頭を狙って放たれる。片方の鎌がそれを叩き割るのと同時に俺も一撃を合わせた。


 そう、俺は独りじゃない!

 テオールの魔法がここまで魔王を追い込み。

 フォスターに護られたレイナの結界が魔法を封じて、ルートの絶妙な間での援護射撃。

 アグリモニーさんのポーションのお陰で、怯まず前に足を運べる。

 ──ならば、勝てない訳がないんだ。

 集中が高まる。


 相変わらず、俺の与えるダメージは少ない。

 しかし、回復手段を持たない魔王は確実にダメージを蓄積させている。

 それでも、伸縮自在な魔王の鎌の間合いはなかなか厄介で、幾度も大ダメージを受けて、ポーションを飲む。


 完全に見切った全体攻撃を数回乗り越えて、与えたダメージが遂に、魔王の胴から紫色の液体を血飛沫ように吹き出させる。

 よし! と確かな手応えに追撃を加えようとしたとところで、その傷口から無数の触手が現れる。

「ぐっ!」

 いつくかが俺の体を貫いた。


 余剰を超えて与えられたらダメージに俺からも血が流れる。


 距離をなんとかとった所で、ルートの矢が魔王の顔ある虚へ刺さる。

 その矢の羽根が虹色に輝いているのが解る。

 ルートが常に持っていた決して撃たなかった護り矢──本当に最後の一本。

それが意味するのは──援護射撃はこれからは無い……。


 虹色の羽根の矢が刺さった虚から触手がゾワリと出て矢をへし折る。


 ──ギャヤイイ!!!!

 魔王の咆哮が空間を震わせる。

 恐怖がものすごい質量で重くのしかかってくる。


 流れる血に足が竦む。

 でも、それは魔王が煽った感情だ。

 飲まれるな、受け入れるんだ。

 そう、俺は死ぬのが怖い。

 魔王を倒せず、信じてくれた仲間も、アグリモニーさんも巻き込んで消滅するかも知れない事が怖い。可能性として、俺が倒れた後に仲間が全て魔王に命を奪われ、この世界が黒い霧に犯されるかも知れない未来が怖い。


 しかしだ!──俺は最後のポーションを飲みきる。

 ルートの精霊が灯した焔が胸の奥でポッと踊った気がした。余剰回復が、想い人の瞳と同じ色の石に溜まっていく。


 ──そう、俺はまだ死なない!

「絶望するには、まだ早い!!!」

【電光石火】でさらに上げた速度に乗せて、震える足を踏み込んで、俺が一度叩いたその場所に再度、技を叩き込む!


 確実なダメージが入るのを剣が伝えてくれる。

 虚から紫黒い液体と触手をだらりと垂らしたままの魔王が、鎌をふるうのが見えた。

 ──ザンッ!

 ──ドシュ!!!!

 俺の肩に右の鎌が刺さる。

 しかし、俺は左の鎌を魔王の肩から切り落とした。


 肩口から無数の触手が飛沫と共に飛び出るのを前方に転がってかわす。その時に刺さっていた右の鎌が俺の肩をえぐり、余剰分を根こそぎ奪った。


「まだだぁ!!!!」

 俺は魔王の背後からその背中を貫く。

 そこで、初めて魔王が傾いだ。


 ──あと一撃だ!

 それが解る。

 でも、その追撃を俺は取り消す。取りすぎなほど間合いをとる為に魔王の背から離れる。


 ──ドバァア!!!

 と引き抜いた剣先を追って大量の飛沫と触手が溢れ出した。


 あれに、捕まっていたら命はなかった。

 何度も死ぬ程のダメージを受けて、掴んだ魔王の攻撃パターン。


 それは、向こうとて同じ事。


 次に一撃与えた方が──勝者となる。


 ゆらりと体勢を立て直した魔王だったが、体の至る所から触手がデロリと垂れ、紫の混じる黒色の液体を流している。


 体の至る所から垂れ下がる触手は自立して動いていない。

 あれに攻撃力はない。

 心を静かにして、状況を判断する。


 俺は肩から流れる血が鎧の中を伝うのを感じた。痛みは、今、何処か遠くでキンキンと鳴る鐘のように体から離れている。


 修行や経験から、感情や痛みを遠ざけて置くことが出来るようになったのは何時だっただろうか……


 ──まだ、離れていてくれよ。


 魔王の残った右の鎌が風を切る。

 連続で刃が踊る。

 見切り、はじき、交わしてなんとかダメージを避ける。

 ここに来てまだ、攻撃速度が落ちないそれに、俺はジリジリと後退していく。


 ダメだ!

 下がっては勝ちはない!

 ──ザシュ!!

 踏み出した足を斬りつけられる。

 そこから血が吹き出したが──浅い!

 まだ痛みは遠い。


 かまわず俺は魔王へ向かう。

【超・電光石火】!!!

 筋肉がビシビシと音をたてた。

 骨が軋んで痛みが近づいてくる。


「おまえとは、違うんだ!!」

 レイナを捉えて現れた異界への転移魔法陣。

 それは、この闘いからの離脱を意味した。

 あの時点で、お前は俺たちから逃げようとした!


 これまでに無いほど、魔王の足元まで俺は間合いを詰める。


 理不尽な死を止める為、日常を守る為。

 俺たちはここにいる!


 魔王の三日月の唇がニヤリと歪む。

 俺は奴の最大威力のダメージが通るそこに誘い出された。

 鎌が俺にとどめを刺すように大きく振りかぶられた。

 振り下ろされる鎌の軌道。

 何度も見たその軌跡。


 ──ガッキィイイン!

「お前の負けだ!」

 俺は左手の籠手で見切った鎌の力を受け流しながらはじく!


 最大威力の振りかぶりを受け流がされて、魔王はのけぞった。

「俺達は逃げない! 【極・斬神】!!!!!!!」

 無防備なその胸に致命の一撃が飲み込まれた。


 ──パリン

 やけに乾いた音が響く。

「だから負けるわけがないんだ」

 ドウッと倒れる魔王。

 俺は剣を引き抜いて逆手に持ち替え、倒れた魔王に愛剣を突き立てた。


 触手と紫黒い液体が吹き出す。

 返り血のように俺を染める液体。

 俺に向かおうとした触手はしかし、力なく地にボトボトと落ちていく。


 剣先が捉えた魔王の核が──今、砕けて光を失っていく。


 それを見届けて俺は、力を使い切っていた膝をやっと地につけた。



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