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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第二章 勇者の戦場
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勇者の手番

 テオールの防御結界が耐久を超えてはじけ、消えていく。


 フォスターが【鉄壁】を発動。

 黒い霧が棘から吹き出す。

 視界が奪われる。


「7つまで同じ魔法陣を同時発動できる」

 アグリモニーさんの言葉に、楽ちん♪と言って氷系の最強魔法陣が瞬時に俺達のいる場所に無数に現れた。

 半円形に空間を埋め尽くす魔法陣。

 許可待ちで輝く魔法陣は黒い霧の中でも間近であれば見える。


 魔法陣は、魔術師(マギマスター)の可視下でないと発動しない。つまり、見えない場所には魔法陣は描けない。

 そして魔法陣は一つずつ発動許可がいる。


 今、テオールはその可視下を満たすように魔法陣を待機させたのだ。いくらテオールの許可が早いとはいえ効率的とは言えない。

 それを、無視できるのはアグリモニーさんの存在があるからだ。


 幾つかがパリンパリンと打ち消されていく。


 アグリモニーさんのタクトが素早く動いて、7つずつそれを連結し一つの分厚い魔法陣にしていく。


錬魔技師(マギノダージニア)は、マナを共有する事で魔術師(マギマスター)の魔法陣を管理できるってあったのはこれの事ね! 実際にまとめて打つのは初めてよ♪」


 打ち消されていく魔法陣を追加しながら、テオールは「余裕だわ」と笑った。

 そこで、レイナの浄化が飛んだ。


 そして、次々に現れる魔王の魔法陣をルートの精霊が打ち消していく。


「うん!」

 一段と高いテオールの許可。

 最強の魔法が七倍の威力で次々に飛ぶ。

 只でさえ高出力の魔法がさらに威力を上げて連発し、棘に大ダメージを与えていく。


 これなら、棘はテオールの魔法だけで壊せる!


 俺は触手の攻撃を防ぐ。

 幾つかを切り落とすが、それはみるみる再生して新たな刃がテオールをレイナをアグリモニーさんを襲う。

 素早くそれをはじき出して、防戦の構えに移る。


 一時の猶予もない触手の攻撃を防ぎながら思う。


 ──不思議な安心感。

 彼女の存在が俺を奮い立たせる。

 アグリモニーさんは『今は』待機と言った。

 俺はそれをじっくりと待つ。


 魔法陣を描くテオールの手は止まらない。

 アグリモニーさんは魔法陣の処理をしながら

「レイナさん、神聖力復活薬は?」

「あと五本です」

 加護を飛ばしながらレイナが言う。

 アグリモニーさんのタクトが新たな魔法陣を瞬時に描きゆっくりと光だす。


 見慣れた、アグリモニーさんの光だ。

 さっきタクトから出たのは魔道具化した魔法陣だったのだろう。


「五本なら間に合うね。これが発動したらそこから超級神力復活薬取り出すから、バンバン回復撃ってね、フォスターさんもお願いします」

「【保存空間召喚(コール・ラーガリア)】かぁ。ど~こに繋がってるの?」

 ルートが聞くとアグリモニーさんはクスっと笑った。

「うちの地下倉庫よ。もちろん【箱庭】も一つだけどある」


【箱庭】は守護精霊を呼ぶ為の媒介、扉だ。


「ありがたいね~♪ 魔王が復活したのに出られない事をブーブー言ってる王様達の苦情がひどくてさぁ」

 ルートは切り札と言える精霊王の召喚をすでに切っていた。

 度重なる召喚でルートの持っていた【箱庭】は耐久度を超えたため砕けていた。


 只でさえ黒い霧の中では精霊を使えないルートは、惜しみなく最初から最大限の力で攻撃し、その後は補佐に入ってくれていた。


【索敵】や【弱点看破】など彼の精霊の優秀さは類をみない。

だからこそ、究極攻撃──精霊王が具現化して攻撃を与える【精霊王召喚】の為の【箱庭】が尽きてしまった事は、ルートも悔しかったのだろう。


 ルートはアグリモニーさんの倉庫に【箱庭】があると聞いてご機嫌だ。

 4つの光の球がルートの周りで跳ねて踊る。


 テオールの魔法が棘を壊していく。

 たしかに、最初の棘より脆い。

 魔王の魔法をフォスターが跳ね返し、俺が触手の攻撃を防ぐ。

 地面にレイナの【回復聖域】が敷かれてダメージは瞬時に回復していく。


 幾度かの浄化の後、最後の棘ももう直ぐ壊れそうだ。

 そして、【保存空間召喚(コール・ラーガリア)】が許可待ちになった。


「テオール、一旦離れるよ」

「ええ、攻撃は続けておくわ」

 アグリモニーさんは、魔法陣に許可をだし、そこから次々にアイテムを取り出していく。


「はい【箱庭】」

 片手に乗る小さな小箱がルートに渡る。

 たしかに古く使い込まれたものだというのが一目で解るが、その意匠はとても繊細で美しかった。


「この箱は……まさか?」

「お婆ちゃんの仲間の一人だったルサール・オロロクさんのよ。うちにある【箱庭】これだけなんだ」

「先代様のかぁ~」

 ルートがその箱を優しく握り締めた。

 ルサール・オロロク──先代勇者の一人の名。


 ルートの心はあまり揺れないように見える。

 いつも目を細めて作られた笑顔をしている。飄々としてつかみ所のない風体だ。

 ともすればふざけてる様な言動でテオール以外に心を見せる事はあまりないが、彼が純粋な心の持ち主だというのは幾つかクエストを供にしていれば解る。


 彼の右の瞳にある精霊使いの証『精霊石』は彼の四つの守護精霊の色、四色が混ざり合っている。


 それが今また、生き生きと輝き出した。


 テオールの魔法が最後の棘を粉砕した。

「準備完了よ! 好きにやっちゃってルート」

 その声は弾み、ルートへの掛け値無い信頼がにじみ出ていた。

「おまたせぇ~準備は──はいはいじゃぁ! いくよ!!!」

 本当の笑みがルートの顔にあった。


 小箱を開いたルートは歌うように精霊語を唱える。


 炎を纏った精霊がルートの持つ小箱から飛び出した。

 炎の髪をたなびかせて、薄衣の衣装も緋色。肌さえも灯火色でベールに覆われた顔は唇だけが妖艶に微笑んでいる。


【炎の精霊王 ジプシーの姫君】


 ──シャランシャララン。

 俺達の周りを軽快に舞い踊る精霊から魂を震わせるリズムが伝わってくる。

 ゴウゴウと燃える焔が俺達を包むと全ての基本能力が向上した事が解る。さらにはこの戦いを征する事が出来る! という信念が沸いてくる。


 目の前の触手の動きが手に取るように解る。


 俺は熱くたぎる力を溜める。

 そう、来るべき時はもう少し先だ。


 炎が消えきる前に黄金の閃光が無数にはしる。

 それは雷鳴かそれとも、彼の精霊が騎乗している三股の角を生やした巨馬の嘶きか。

 ルートが次の精霊を呼んだ。


 金属が擦れ合うような、岩がぶつかり合うような音が響き、そこに化現したのは黄金の全身鎧を纏い堂々と騎乗した精霊が在った。兜の視界取りの切れ目から緑青色の二つの光が美しく輝いている。


【雷の精霊王 雷帝】


 天に向かい構えた巨大な雷槍を投げると、それは空に消えた。

 脇に差した双剣をすらりと抜くと、馬はどどぅと魔王に向かって走り出した。


 ──ガン! ギン! ガッ! ガガ!

 魔王に連撃を与える黄金鎧の精霊。

 それに合わせてテオールも魔法陣を雷系へと変化させる。

 精霊の攻撃に合わせて魔法を変化させて、ダメージの効果を上げていく。

 このあたりの、息の合い具合はさすがだ。


 触手も数が減ってくる。

 余裕が生まれたフォスターにアグリモニーさんがポーションを渡す。レイナは祈りの形を崩せない為、腰に付けたポーションベルトへ直接供給している。


錬魔技師(マギノダージニア)って、本当に究極の補佐なんだと思う。


 ──メキャ!

 堅い殻へ打ち込まれる雷の刃が発する音が変わる。


 魔王の殻にヒビが入り始めた。

 そこで、ズズズズーと魔王が鳴動し始める。

 黄金の精霊の巨馬が天に向かって嘶く!


 空から無数の紫電を纏った槍が降って来た。それは先に天に投げられたら雷槍の形を成しており、魔王を雷の檻に閉じ込める。


 殻の内部から現れ出しだ触手が檻に触れてはじける。

 満足そうに黄金の鎧の精霊は消えた。


 そこへ、ルートの新たな召喚の声。

 土煙がルートの足元から魔王へ一直線に走った。


【地の精霊王 土竜王】


 ──ガゴォォォオオオオオ!!!

 雷槍の檻でもがく魔王の足元から、双方向から岩壁が現れた。魔王より高くそびえ立つそれには、鋭い牙がびっしりと見える。


 有無を言わさず閉ざされる岩壁。

 土煙がモウモウと立ち上がる。

 追い討ちをかけるようにテオールの岩の嵐がそこへ飛んでいく。


 ──ガゴォォンンンン!!!

 更に新たな岩壁が現れ、魔王を襲う。

 ──ゴォォォオオンンンン!!!

 三度目の攻撃が入ったところで、ルートがたたみかけた。


 ルートの背後に氷の結晶がまるで魔法陣のように表れる。

 澄んだ音を立てそれが弾けるとクリスタルの彫刻を思わせる眉目秀麗な精霊が立っていた。

 幻想的で美しい豪奢なドレスとローブを纏ったその姿。青く輝く長い髪の頂きには結晶の王冠。


【氷の精霊王 氷水の女王】


 伏せられた(まぶた)に長い(まつげ)、冷然たる表情のその精霊の唇が僅かに動き、微笑みを浮かべた様に見えた瞬間。

 大木ほどの太さはある氷柱が次々と魔王に突き刺さる。


 テオールの魔法も相俟って、さっきまでマグマの流れる灼熱の地が突如極寒の白銀の景色と化した。


 雷帝により外甲殻にヒビの入った魔王は、土竜王に移動手段の触手を食べ尽くされ、為す術もなくその凍てつく巨大な氷柱の攻撃をかわすことも出来ずに只打たれていた。


 触手の攻撃もいつしか止まった。


「あの殻が壊れた時が勝負よ、ヴァル・ガーレン」

 降り注ぐ氷柱の割れる音の中、凛としたアグリモニーさんの声がした。

「魔王の(コア)は、物理しか効かない」

 完全に動きを止めた魔王から目を離さずに俺は頷く。


 少し前から、正確には雷帝が魔王の殻にヒビを入れたあたりから、奴の中に何かを感じていた。


 ──あれが魔王の(コア)

 それを破壊すれば……この長い戦いが終わる!


 あれに、溜めに溜めた全力を叩き込む。

 余剰分を稼ぐため俺はアグリモニーさんのポーションを飲んだ。そして、愛剣の馴染んだ柄を握り直す。


 激しい攻撃は続いている。

「なら、この空間のすべての魔法が使えないようにしてよ、レイナ!」

 魔法陣を描く手を止めずにテオールが言う。

 それは、最高神聖魔術の【絶界聖域】というものを意味した。

「え?!」

 レイナは驚くが、フォスターは「そうだな」と頷く。

「また、逃げの魔法陣やられたら、つんじゃうよ」


 アグリモニーさんが倉庫と繋がっている魔法陣から大振りの盾を取り出し言う。

「私は今、無敵状態の加護中だから、これでテオールとルートをガードするわ」

 その盾はフォスターが持つ物とかなり似ていた。

「師匠の旦那さんの形見」

 アグリモニーさんが言うとフォスターが微かに笑った。

 これもまた、先代勇者の物なのだろう。

「アグりん、なんて便利なんだよ~しっかり俺を守ってね」

 冗談めかしたルートの声、その後すこし声を落として、

「そんで俺がテオールを守るから」

 ルートが笑う。テオールは顔を赤くして膨れた。


 咳払い一つしてそのテオールが言う。

「こっちには超物理のヴァルるんが余剰回復でやる気満々だから、私達は信じて生き残ろう!」

 そう言って笑うテオールは、アグリモニーさんが盾を片手に魔法陣を繋げるそばから許可を出していく。


「お前には俺がいる」

 男らしい声が未だに不安げなレイナにかかる。

 そんなフォスターの声に顔を赤くするレイナ。


 あのさ……ここ戦場なんだけど……

 くそー俺も早くそんなやりとりをアグリモニーさんとしてーよ!

 拗ねた思考しながら、少しだけ張りつめたものを緩めて、余裕を作るこの空気が俺は嫌いじゃない。


 レイナは頷いて、引き締め直した声で言う。

「皆さん、回復はポーションでお願いします」


 ──方針は決まった。


「これで、おっしま~い」

 ルートの上機嫌な声が響く。


 ──パキィィイイイン!!!

 一際大きな氷の塊が魔王を貫く。

 結晶がフワリと舞う。

 清涼な風が流れて精霊が消える。


 魔王を襲っていた氷柱の嵐も結晶となって霧散する。


 ボロボロと崩れた紺碧の外甲殻が見える。

 ──シャギィィイイイイイイ!!!!

 魔王の咆哮とレイナから発せられる神聖な光がぶつかる。

 そして、レイナの光が空間を埋めた。


「【絶界聖域】通りました!」


 時が来た!

 俺の手番だ!!


 アグリモニーさんの「いってらっしゃい」という言葉に押されて、俺は魔王に向かって飛びだした。

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