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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第二章 勇者の戦場
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彼女がここにいる意味

勇者視点

 目の前に倒れる漆黒のマントを羽織るその人物はわずかに身じろぎした。


 助け起こす為に走り出してあと一歩と言うところで、


 ──ちょ……たぁーーー……

 マグマの流れる地響きの裏で微かに聞こえた声。

 それは、本来なら倒れた人物から発せられるはずの声だった。


 俺は本能的に足を止める。

 それから襲う違和感。

 と、その瞬間に目の前を何かが通り過ぎる。

 僅かな風が遅れて髪を揺らす。


 ──(ヤイバ)だ!!

 マントの下から出た手が変形してぬめりとひかる鋭い刃が俺の前を通り過ぎた。


 あと一歩踏み込んでいたなら、余剰回復のない俺の首は確実に胴から離れていただろう。

 俺ははっとして身構えた。


 ──シギャャヤヤ!!

 と目の前の人物と思われたそれが顔を上げる。


 そこには、想い人の顔ではなく本来瞳のある場所には、只の(ウロ)が二つポッカリと空いていた。

 鼻はなく、不快な叫びを上げる口は円形で、その中にはびっしりと牙が生えていた。


 ──アグリモニーさんじゃない!

 と気がついた時、突然目の前の空間がパクリと割れて白い光を放つ。


 そして、そこから何かが飛び出してきて叫ぶ。

「魔王は第三形態まである! RPGあるあるじゃーーーーーーー!!!」

 それは、そんな事を叫びながらローブを羽織ったそれの頭部を両足で踏み潰す。

 ローブのそれは地面にめり込む。

 そこを足場にその人は俺の胸に飛び込んできた。


 全身に強力な防護の加護を受け輝く彼女を俺はとにかく抱き留めた。


 ここにいるはずのない──俺の想い人。

 それでも、この腕の中にある確かな温もりは現実だ。

 そして、その張りのある声に俺は安堵した。

 少なくとも、大怪我をしたり精神にダメージを受けている状態ではないのがわかる。


 ──よかった。

 ローブから見えた生気の失せた手を見たとき、最悪の事が浮かんで俺は冷静では居られなかった。

 でも、あれはアグリモニーさんではない。

 そして、俺の腕の中にいるこの温もりがアグリモニーさんだった。


「くげぇ」

 小さく呻いた声で抱きしめ過ぎたのに気がついて慌てて手を離す。

 おっと、あまりの嬉しさに加減を忘れてしまった。改めて彼女を見て俺は一瞬ここが何処か忘れてしまう。


 勝ち気な黒い瞳が俺を見つめる。

 少し頬が赤いけど、元気そうだ。

 ピンクの唇は何か言いたそうに微かに震えている。

 そしてと、髪をみて驚いた。


「あ……アグリモニーさん……髪が黒い?」

「突っ込むところ違うでしょ!!!」

 俺もそう思う、でもこんなに混乱したことは今までないから一種の現実逃避なのか?


「キョトンとしてないでパーティーの元に走る」

 靴もなく薄い下着に近い上下つなぎの白いスカートをまとった彼女。

 こんな場所でなければと頭をよぎるが、俺は瞬時にそれを追いやって彼女を横抱きにして走り出した。


 次々に目の前で起こる想定外。

 それでも、これは現実だ。


 ──そう、ここは魔王との戦いの場だ。


「お姫様だっことかぁ!?」

 何か叫ぶ彼女を抱きしめて俺はパーティーの元に戻る。


 パーティーが近づくとアグリモニーさんは叫んだ。

「フォスターさん、【鉄壁】! 攻撃来ます!!!」

 パーティーの皆も何が起こったのか解らないようで動きが止まっていた。

 とは言え、それは一瞬。

 全員が警戒態勢に入る。


 疑問よりも先ずは体が動く。

 壊れた魔王の殻から黒い霧が立ち昇る。

 地面にめり込んだローブから無数の触手が飛び出してパーティーを襲う。

 派手な火花を散らして、フォスターの【鉄壁】をゴリゴリと削っていく。


 しかし、それは俺たちにダメージは与えられない。


 地鳴りと振動が空間を埋め尽くす。

 そして、まばゆい高熱の光が俺たちを襲う。

 フォスターが瞬時に発動させた【聖盾・守護】に守られ、それぞれが回復薬を飲んだ。


 レイナの浄化が霧を払うとそこには……


 ──完全に復活した魔王がいた。

 それは、絶望に近い感覚だった。

 それぞれが力を使い切ってあそこまで追い詰めた。


 全力の消耗戦。


 十分に補充して万全の準備でたどり着いたこの場所で、それでも勝機は見えていた。

 だけど、それが今まさに無駄になったとしか思えない光景だった。


 そびえ立つ紺碧の外甲殻は黒い霧を吐き出す棘を再び備えていた。さらに、幾つもの魔法陣を周りに光らせている。

 そして、その頂点には漆黒のローブをたなびかせた人型のそれが無数の触手を伸ばして叫ぶ。


 ──ギャリィィイイイ!!!

 テオールの、攻撃を放棄して守りを固める【断魔結界】が俺たちを包む。

 禍々しい魔法の攻撃が降り注いだ。

 精霊と話をしていたルートが、低い声で言った。

「こんどは、物理は効かないよ。あの殻に有効なのは魔法だけだ……」

 その横で歯を食いしばってテオールが呟く。

「ごめん……マナが足りな」

 それを遮るように

「私を取り込んだ事で回復はしてしまったけどハリボテ──見せかけだけよ」

 俺の腕の中で芯の通った声が言う。


「私がここにいる経緯は後で、生還した先で説明します。とりあえずこの攻撃を防ぎ切って欲しい。その間に態勢を整えます。よろしくお願いします」


 頭を下げようとしたアグリモニーさんは、俺の腕の中で身じろぎした。

 そして、勝ち気なその黒い瞳で俺を睨んで

「いつまでこの、こっぱずかしい状態にさせておくつもり?! 降ろしなさい!」


 役得な時間は終わり。

 何故だろ、彼女の声がいつもと変わらないからなのか、さっきの絶望が薄らぐ。

 彼女の確信が俺に伝わって、自然と余裕が戻ってくる。俺は彼女を地面に降ろして、俺のマントをはおらせる。


 アグリモニーさんは間近にいる俺にだけ聞こえる声で「ありがと」と言った。


 そして、彼女はパーティーの皆に頭を下げ

錬魔技師(マギノダージニア)アグリモニーです。突然ですがパーティーに加えて下さい」

結界の外では魔法が飛び交っている。

でも、防御重視の態勢に入ったこちらへは、攻撃は通らない。


 しかし、このままではいずれマナは尽きる。

 攻撃に転じなければ負ける。

 そこに、新たにアグリモニーさんをパーティーへと加えて彼女を守りながら生還出来るのか?


 この状況からの打開策はまだ見つからない。

 そうなると……俺は彼女の腕を無意識に掴む。

 アグリモニーさんは、こちらを見ないまま俺の手を一度ぎゅっと掴んだ。そして、ポンポンと俺の手をたたく。


 その仕草の優しさに立ち上がりかけた不安がすっと晴れた。


 彼女は俺を見上げて微笑んだ。

 小指を見せて、口の形だけで『やくそく』と言った。

 俺はそれに小さく頷く。

 それを見届けて、アグリモニーさんはパーティーへ向き直り


「私は、足手まといになりに来たんじゃない。戦う術はある」

 声を張った。

「フォーサイシア・メドヴェーチェの弟子、錬魔技師(マギノダージニア)アグリモニーの名に恥じぬ働きを見せるわ!!」


 ──空気が変わる。

 テオールの結界にはヒビが入り始める。

 触手もフォスターが防御魔術を常に発動させて防いでいるが小康状態だ。


 それでも、彼女の揺るぎない声が希望を生んだ気がした。


 ──心が決まる。

 俺は必ず彼女と日常に戻る!

 何が何でもだ。


 絶望の中の希望、不安の先へ目を向け、弱さを自覚して更なる強さを手に入れ進む。

 彼女は今、俺達と共に戦い勝利するためにここにいるんだと確信する。


 ふとルートが面白そうに笑った。


「無敵状態だね~アグリモニーさん」

 彼女を包む光にルートから飛んだ光が楽しそうにくるくる舞っている。


 それはルートが彼女の決意を飲んだ証だ。


「いいわよ、ここに出てきたアグりんを放置出来ないわ、でも……ご覧の通りよ。マナ回復薬はあと一本……」

 テオールが眉をひそめて再度結界を張り直した。

 その後、アグリモニーさんを、さぁ、どうする? という風に見つめるテオールにさっきの絶望はない。


 俺もポーションを飲んで、剣を構えた。

 それと同時に、アグリモニーさんはタクトを振る。


 現れた魔法陣はテオールの胸に飛ぶ。

「マナ問題はこれで大丈夫なはず」

「え?」

 テオールの胸に輝く魔法陣は蒼く煌めき「お願いします」というアグリモニーさんの声で発動した。


 驚きに瞳を開いたテオールから言葉が漏れた。

「【蓄積野共有(マナ・シェア)】?! ってか、何この広さ!!」

「とりあえず、これで黒い霧を止める」

 テオールとアグリモニーさんが見つめ合う。

 そしてニヤリとお互いに笑った。


錬魔技師(マギノダージニア)専用の魔法の存在は文献で知ってたけど、使い手がいたのね」

 テオールも眉間によっていた皺が消える。


 魔術師(マギマスター)の魔法陣と併用出来ないその魔法は、才能ある魔術師(マギマスター)が育成されるようになってすっかり廃れてしまったと聞く。

 魔術師(マギマスター)の補助をする錬魔技師(マギノダージニア)には、魔術師(マギマスター)と同じ知識が必要となる。だから魔術師(マギマスター)系の魔法を使えない錬魔技師(マギノダージニア)はいない。


 戦闘において魔術師(マギマスター)系の魔法の方が効率はよい。となると魔術師(マギマスター)として働く事になるし、パーティーに魔術師(マギマスター)二人はいらないということになる。


 ポーションが出回って安価で生産できる仕組みが確立している昨今では、戦闘中にマナが必要ならポーションを飲む。


 戦闘中においても完全な裏方になる錬魔技師(マギノダージニア)は、いつの間にか戦場から姿を消し、日常で裏方として戦闘職を支える職業に変わっていった。


 その廃れてしまっていた、戦闘中に魔術師(マギマスター)を補佐する術をアグリモニーさんは駆使できるのだ。


 アグリモニーさんは続ける。

「加護と補助お願いします。ヴァル・ガーレン、今は(・・)待機で触手を防いで、魔法対応の連携よろしく」


「でも……パーティーに入ったら……」

 それでもまだ不安げな声を上げるレイナにアグリモニーさんは微笑んだ。

「私には勝算しかない。でも油断は禁物よね。だから【対魔王封印・聖なる棺】に一緒に入る覚悟もある」


 ──【対魔王封印・聖なる棺】

それは勇者の俺達もろとも魔王を封印する究極の聖なる神聖魔術。勇者の全てを神に捧げて魔王を封印し、その棺は消滅する。

過去には倒しきれずに魔王と共にこの世から消えた勇者達もいた。


「でもね、最強勇者パーティーがついてるからね、負ける気がしないわ」


 気丈に言い放つ声。

 レイナはフォスターに目を向けた。

「受け入れよう」

 前方を睨んだまま攻撃を防いでいるフォスターが小さく言葉を紡ぐとアグリモニーさんが俺達のパーティーに加わった事がわかった。


 レイナは一度目を伏せて「必ず生還しましょう」と呟く。

 次に前を向いた瞳に迷いはなかった。


「反撃開始ぃ~♪」

 ルートの声がはずむ。

 その声に皆が頷いた。

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