魔女がこんなところにいる理由
私は一も二もなくお婆ちゃんに抱きついた。
よしよしと頭を撫でるその手は優しくて安心出来た。
「ずっと、そばにいてくれたの?」
泣きじゃくる私を抱きしめてお婆ちゃんの声が響く。
『そうさね、おまえの魂に同化して眠っていたんだよ。奴も一緒にね』
魂……〔めぐりうた〕を思い出す。
そっか、この世界にも魂という概念はあったんだった。
「奴……もしかして、私、死んじゃって魂になったの?」
悲しい気持ちが持ち上がる前にお婆ちゃんは私の目をみて、首を横に振る。
『まだ死んではいないよ、安心おし』
柔らかい声に私はほっとした。
『ここは、奴のマギ蓄積野だった』
「奴って、さっきの黒いの?」
お婆ちゃんの顔を見上げて聞くと、お婆ちゃんは頷いた。
そして、さんざん人の心の不安や憎悪を煽るあのぬめりとした感触を思い出して私は答えを求めてお婆ちゃんに問う。
「あれは、やっぱり魔王の欠片?」
お婆ちゃんはまたゆっくり頷く。
『あたしはよほど魔王に縁があるらしい』
クスクスと笑うお婆ちゃん。
私もつられて笑う。
「そりゃ、私の師匠は最強チート魔術師だからね」
お婆ちゃんはふむっと言って目を閉じ、また開いて
『いかさま、本来の動きではない不正行為……こうやってここにいる様はその通りだね』
ふふと笑うお婆ちゃん。
「お婆ちゃん、今の……解るの?」
『大分長くお前と同化してたからね』
なるほど、私の前世の記憶もお見通しって訳か。
『奴はお前のマナを土産に魔王本体に合流した。だからここは……なんでもない無の場所で、お前は魂と肉体のちょうど中間というところかね』
「え? 大丈夫なの?」
『安心おし、ここを出るすべはある。その時はちゃんとお前の肉体を取り戻せるよ』
そっかぁ、なら安心だ。
「でも、じゃぁ……お婆ちゃんは……?」
『お前がみとってくれたろ? 私は魂さ。チートで実体化してるんだよ』
お婆ちゃんがチートゆうた!?
使いこなせてる
「でも、なんでお婆ちゃんが、前世で死んだ私の魂に?」
暖かい光から分離してやってきたあれは、お婆ちゃんの魂だったのだろう。
でも、二年前に亡くなったお婆ちゃんと24年前に生まれた私の魂がどうして邂逅したのだろうか?
『おまえの言葉で言えば、〔異世界〕同士の時間の流れはかなり異なるんだよ。さらに言えば魂産巫女様のおわす場所には、時間という概念はない』
優しくお婆ちゃんは説明してくれた。
私は、修行中を思い出して懐かしく嬉しくなった。
あの暖かい光は、この世界で信じられている魂産巫女様であり、前世のあの世の仏様のようなものだという。
あそこで魂は前世で背負った記憶や業を浄化されて、次の世に生まれていく。
ただあまりに深くこびりついた業は浄化されずらく、それが積み重なると、あの暖かい光の元にたどりつけないで死んだ世界に留まったり、業や記憶を持って次の世に生まれてしまうものもいる。
『あそこに時間はないが、魂にはまだ時間が流れていてね。あたしが死んだ時、たどり着いたあそこで感じたんだよ、よく知った最愛の弟子の気配をね』
最愛の弟子とか……テレルゥー♪
私はにへへっと笑ってしまう。
お婆ちゃんは苦笑しながら微笑み説明を続けた。
お婆ちゃんは今世での幸せを報告して、巫女様の中に還ろうとしてた。ところが、私の魂の気配を感じて
──まさか! こんなに早く来るわけがない!
と焦ったお婆ちゃんは、巫女様にあの魂がここに来るまで待ちますと言った。
『あんなに鍛えたのに何が起こったのか、何故、命を落としたか聞かないうちは、幸せとは言えないからね』
そんな事をいいながら、片目をつむる。
お茶目なウィンクをかます師匠。
私は、うへーといって苦笑する。
でも、すぐ真顔に戻って話始める。
そんな時、私の魂は沈み始めた。
おかしい、なんとかしてほしいと自分との関係を話して必死に訴えるお婆ちゃんに巫女様はゆっくりと頷いた。
巫女様はお婆ちゃんに力を与えて送り出した。その力で沈んでいく魂は私の前世で、取り付いているのは魔王だと解った。
前世の私の魂は、魔王の欠片のせいで沈んでしまった。落ちていく私の魂を必死に追いかけて侵食し始めたあいつとの間に無理やりお婆ちゃんの魂は入り込んだ。
『なんとか侵食を食い止めてみたけど、力をほとんど使って眠りについてしまってね』
異世界同士は時間がリンクしていない。
私の前世の世界に取り残された魔王の欠片は力が弱く、異世界の中で成長する事はできない。しかし、前世に蔓延する負のエネルギーを少しずつ蓄え消えることもなく、私の魂の業と変わらない存在になっていた。
それが、私が死ぬことで魔王の欠片の帰省本能のようなものが働いたのだという。
魔王本体の存在する時間へ行こうとする欠片と、なんとしても本体との合流を避けたいお婆ちゃん。
本体へ欠片が合流してしまえば、私の魂はあっという間に吸収されて消滅しまうだろう。
別の世界へと抗うお婆ちゃんに、なんとしてもこの世界へと落ちていく欠片。
『存在するために、あれも必死だったのだろうね』
この世界の領域まで落ちてしまった私の魂。
でも、そこがナチュラルボーンチーターのお婆ちゃんだった。
『こちらの理ならなんとかなるもんさね』
にっこりと──いや、ニヤリと笑っておばあちゃんは言う。
いや、魂とかになってまでなんとかしちゃうお婆ちゃんたらtueeeeee!!!
魔法陣を駆使して欠片を封じ込め、なるべく遠くへ! と時間を遡る。
『まぁ、魂で出来ることはそこまでだった。出来ればあたしが現役の時にまで遡り、当時のあたしに接触したかったんだがね』
肩をすくめる。
そして、たどり着いた今世の母さんの元。
『あの娘は愛情溢れる魂をしていてね。ここなら、安心だと思ったよ』
母さん! 元勇者に誉められてますよ!!
お婆ちゃんは、巫女様の力で私の記憶と業を封印してくれた。そして眠りについたと言う。
『目覚めたのは、本体が欠片を見つけ、あたしの結界が破られた時だったよ』
たぶん、シャオーネ姫との会話をして過去を意識したあの時だろう。ジクジクとしたあのどす黒い感覚を思い出して私の眉間にしわが寄る。
欠片も目覚めて、本体の力の影響を受けて強力になり私の魂を侵食し始めた。お婆ちゃんはそれを食い止めていてくれたのだ。
「お婆ちゃん、ありがとう」
私は頭を下げた。
こうやって、私としての意志を持つ事ができるのは、お婆ちゃんがいてくれからだ。
『お前が頑張って引き剥がそうとしてくれたおかけで魔法陣を使えたんだ。あれを退けたのはお前自身の力だよ』
それに、と申し訳なさそうにお婆ちゃんは言葉を継ぐ、
『封印も中途半端で結局はわずか10年しかもたなかったみたいだったようだしね』
「そんなこと無い! だってあそこで思い出さなきゃお婆ちゃんの弟子になってなくて、そしたら最初の欠片の侵食に耐えられなくて結界を張ることもできなかった」
あの高出力の魔法陣が何か解った事も、そのあと結界を張れた事も、お婆ちゃんの弟子になったからだ。
下手したら、私は魔王になって地上で暴れまわり、あたり一面を焼け野原にしてたかもしれない。
過去、ニ体同時に魔王が出現した事はなかった。だから、本当にあれは運が良かったんだ。過去を思い出してお婆ちゃんの弟子になったから対処できたんだ。
必死に説明する私をお婆ちゃんは眩しいものを見るように目を細め微笑んだ。
『ありがとうね、お前はやっぱり私の最高の弟子だ。誇らしいよ』
うぅ、やーめーてー涙腺が揺るむぅ。
何度言われても嬉しくて泣いちゃうよー。
泣いちゃうのを誤魔化そうと私は話題を変える。
「そだ! 私はついに魔法陣を瞬時に許可待ちに出来るようになったんだよ!」
ところが、お婆ちゃんは首を振った。
『あれは、欠片の力だ』
えー……
がっくり……orz
『ずっとね、不思議だったんだよ。お前の魔法陣がなんであんなに遅いのか。でも、今解ったよ』
「え? どーしてどーして?」
それは私も知りたい!!
『魔法陣を描いて、マギ蓄積野からマナをこの世界に流すとき必ず魂を経る』
うんうんと頷いて続きを待つ私。
『そうさね、お前の知識で説明するなら……フロントサイドバスが』
「ちょ、ちょっと待った!」
まさかお婆ちゃんからPC用語が飛び出してくるとは思わなくてびっくりしたのもあったけど、わずかに聞き覚えのあるその単語はチンプンカンプンだった。
「ごめん、それは前世でパソ組み立ててくれた友人が説明してくれてたけど、私理解できてなくて……もっと簡単になりませんか?」
お婆ちゃん、前世の知識をしっかり理解してるとか、まじチートだよ。
『なるほど……では、マギ蓄積野をデータサーバー、今のお前は私が鍛え上げた最高性能のPCだとする』
「最高性能!! やったー!!」
喜ぶ私に苦笑ながらお婆ちゃんは言う。
ディスプレイ上での作業が魔法陣として、サーバーとPCを繋ぐ私の魂には、魔王の欠片ととお婆ちゃんの魂というノイズが混じりあって、通信速度が制限されてたらしい。
「じゃぁ! 欠片がなくなったから速度あがるよねよね?」
『あたしも離れたから確かに速度はあがるだろうさ』
おばあちゃんも離れる……うっ、わかってたけど寂しく思ってしまう。
『ただし、お前の魂は巫女様のところで浄化された訳じゃないからね、魂は前世のまま』
前世には魔法はなくマナも存在しなかった。
だから、こちらに生まれお婆ちゃんの弟子になってなんとかその回線を構築できたらしい。
『いうなれば、それは電話回線さね』
え?
『うむ、ダイヤルアップという事になるかね』
ぐひ! ダイヤル……アップだとぅ?
ぴーがーべろんべろーんのあのダイヤル、D……アップぅ、UP? DUP?!
「だっぷーーーー?!」
『まぁ、ノイズがなくなってISDNぐらいの速度はでるさね』
ぐふぅーで光ファイバーで大容量バンバンやり取り出来るのがお婆ちゃんだとすれば、私はISDN……せめてADSLになりたい……
『本来なら魔法陣を許可待ちにまでは出来ないところに、なんとかしてそこを繋げたお前は凄いんだよ』
優しくお婆ちゃんは言った。
『それに、お前には遅くてもちゃんと生きていける術を私は教えたはずさ』
そうなのだ。
錬魔技師として、魔道具作りするようになったのは、戦闘職を生業としないで生きて行く為だ。
「うん、魔道具は電話回線通らないみたいだもんね。二代目初めの魔女としてもちゃんと仕事してるよ」
お婆ちゃんはゆっくりと満足げに頷いた。
『魔道具は魔工石が持ち手のマギ蓄積野に直接アクセスするようだからね』
それにと、すこし含み笑いをしてお婆ちゃんがわたしをみる。
『仕事に関してだけどね、お前はあのヴァル・ガーレンを指導したんだよ。勇者を出した初めの魔女なんだから誰も文句は言わんさ』
ここで、突然のヴァル・ガーレン!!
私は顔が熱くなるのを感じる。
『ふふふ、そんな顔も出きるようになったんだねぇ』
お婆ちゃんはニコニコと私を見つめる。
ま~……そのぉと照れた所で、いろいろご存知だろうし
「えーっと、そちらに関しましては前向きによい関係を築いて行きたいと思う所存でございます」
モニョモニョと口にすると声をだして笑ったお婆ちゃんが、ふと上を見上げた。
私もつられて見上げた先に、チカリと何かとが光った。
『さぁ、そろそろお別れの時間だよ』
「えー……」
『チートは運営に見つかったら垢バンだろ?』
クスクスと笑うお婆ちゃん。
私は口を尖らせて、複雑な気持ちを持て余す。
『冗談はさておき、あたしの役目は終わったから巫女様が帰っておいでと呼んでるんだよ』
……そうだよね。
お婆ちゃんは、もうこの世には居ないんだった。この状況が特別な事だったのはよく解っている。
『いくらここに時間がなくても、おまえは生きてるんだからいつまでもここに留め置くことはできないさね』
お婆ちゃんも少し寂しそうに笑った。
「うん」
なんとか頷いて笑顔をつくる。
『最後に一つ伝えておかなければいけないことがある』
真剣な声。
私ははっとして姿勢を正す。
『さっきので、おまえの魂に取り付いていた魔王の欠片は本体と合流した。でも、ほんの少しだけ混ざりあって分離しなかった欠片が残っている』
「えっ?!」
不安が背筋を寒くさせた。
『安心おし、ほんのすこしだからおまえに影響を及ぼす程じゃないさね』
だだし、と言葉は続いた。
『魂に残ったそれは業として存在して、もしその力を使えばさらに魂は重くなるだろう』
「使わないよ! 魔王の力なんて」
私は勢いよく反論する。
お婆ちゃんはニッコリして頷く。
『解っているよ。でもね、長い人生、何が起こるか解らないものさね。おまえは出来る事があるなら優しさからそれを使うかもしれない』
解らない。
「あんな恐ろしい力を使うなんて考えられないよ」
お婆ちゃんは優しく私の頭を撫でた。
『大丈夫だよ。たとえどんなに重くなろうと今度こそあたしがお前を巫女様の元に連れてってあげるからね』
──え? それって……
「それじゃ、お婆ちゃんはまた巫女様に還えれないじゃない」
ふふふと笑ってお婆ちゃんは言う。
『あたしの魂もほんの少しおまえの中に溶けてしまって回収できないのがあるんだよ』
ほんとは、いつまでもお婆ちゃんの魂に安息が訪れないことはダメだと思いながらも、嬉しくおもってしまった。
まだ、お婆ちゃんは私の中にいてくれる。
魔王の欠片の名残がある不安。
でもお婆ちゃんも居てくれる、それがほんの少しだけだとしても……
とても、安心した。
『イレギュラーだから、これぐらいの特別は許してもらうさね。あっちには時間がないから、爺さんと一緒に待ってるよ』
はぁ? 爺さんって?
「爺さんってお婆ちゃんの旦那さん?」
『あの人も私が来るのをまってたんだよ。頑固ジジイが巫女様に我が儘いってね』
言葉とは裏腹に嬉しそうにいうお婆ちゃん。
『巫女様は大きな存在さね。それが二つになった所で問題ないだろ』
いたずらっ子のように笑ってお婆ちゃんが笑う。
『だから、今世をしっかり生きて安心して寿命を真っ当するんだよ』
暖かい優しい言葉。
『幸せにおなり』
こんなに甘えさせてくれる存在がいる私は、もうすでにとても幸せだった。
私は、とびきりの心からの笑顔で
「うん! 幸せになって寿命まで生きて、それを報告しにいくね!」
お婆ちゃんの姿が薄らいでいく。
淡い光の粒子を立ち上らせながら、私の大好きな微笑みを浮かべている。
私の半透明だった体がだんだんと色を増して行く。
『体が戻る場所は、あそこだ』
指を指す先に映像が浮かび上がった。
所々吹き出す溶岩が空間を赤く染める。
その中央に巨大な紺碧の巻き貝があった。
禍々しくそびえ立つそれが、魔王だとわかる。
その足元に!
──ヴァル・ガーレン!!
フォスター・オルロフに抱えられて溶岩から引きずり出されパーティーの元に行く。
それを期に眩いばかりの魔法陣と精霊たちの攻撃が魔王を包む。
「げっ!!!! 最終ボス戦じゃん!!!」
はははっと楽しそうにお婆ちゃんが笑う。
いやいや、笑ってる場合?!
『このままじゃ、ちょっと勇者がマズい事になりそうだよ』
「え?!!!」
『おまえが居ればなんとかなるんだよ』
お婆ちゃんは手短に説明してニッコリ笑った。
その内容を聞き私は納得する。
そーだね。
そりゃ、私ならなんとかできるなぁ。
でも、と不安は募る。
それをも予想してか、余裕のお婆ちゃんは
『巫女様が今力をくれた。だからそれを少しだけいじって、最大の加護をかけておくよ』
魔法陣が煌めいて私を包む。
体中にマナが漲る。
蓄積野が満たされていく。
蒼い光が私を守るように煌めいて、防御がものすごい事になっているのがわかる。
私の手には、握りなれた棒が現れた。
お婆ちゃんと最後に作った私の愛用の錬磨棒。
チート過ぎだよ……お婆ちゃん……
『魔道具を作るだけが、錬魔技師でない。それは知っているね』
そうだった。
魔術師が居れば、通常なら必要は無いだろう。だから、すっかり廃れてしまった魔法がある。
その一つをこのタクトには、魔道具として仕込んであった。
お婆ちゃんは私に、錬魔技師の全てを教えてくれた。
戦場に立つには遅い魔法陣の発動時間。
仲間のフォロー無しではたどり着けない場所。
でも、この状態──愛用のタクトと巫女様の力をおばあちゃんの技術で成したMax強化加護状態ならイケる!!!
お婆ちゃんはもう肉眼で確認できるか出来ないほど微かになりながら頷く。
『いっておいで』
そう言って光の粒子になった。
ふわりと幻想的な蒼い光が躍る。
私はタクトを握り直して、まさに戦闘真っ只中のそこへ向かって走りだす!!
もう! 振り返らない!
不安はない! と言えば嘘になるけど、やるだけのことをやるのだ。
しかるべき時に最大限の力を!
それが今なのだ。
流れ出した時が、目の前の状況を把握させる。急がなければ!!
私はその空間へ飛び出す。
──初めの魔女が、いや錬魔技師として。
勇者の戦場へ飛び込んだ。
「ちょっと待ったぁーーーーーーーーー!!!!!!」
説明回でした。
次からはまた勇者視点です。




