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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第二章 勇者の戦場
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続々・魔女の戦場~魔女vs黒い影

魔女視点です。


シャオーネ姫との対決中に背中の何かに乗っ取られかけ、なんとか結界に閉じこもったアグリモニー。

気を失う前に真っ黒な空間へ引き込まれる。

その後です。


 ──ん?暗いなぁ。

 と思った。


 私は辺りを見回して、自分が真っ暗な空間にふわふわと漂っているのだと解った。


 ──電気電気ぃ~あ、電気はこの世界にはないわな。

 と、灯りを付けようと伸ばしたその手が半透明に透けているのに気がついた。


 おやぁ? これはもしや幽体離脱?

 そういえば、身体に重さがないし何かに触れてる感触もない。


 はっとして記憶を探る。

 そうだった! なんかヤバい感じが背中からして、シャオーネ姫を逃がして結界に閉じこもった私に何かが巻き付いて……

 となると、その何かが私をここに引きずりこんだんだな?


 ──ズシッ

 思い出したところで背中に重みを感じた。

 その途端にドロドロとした負の感情が私を包む。


 ──憎い……

 私から安定を奪ったあの子が。


 はい? 


 ──妬ましい……

 私より若いのに成功してる奴らが。


 おいおい?


 ──不安だ……

 これからどうやって生きていけばいいの?


 まてまて!


『奪い返せばいい』

 ──傷つけられたなら傷つければいい。

『失敗してしまえ』

 ──そのうちきっと粗がみえて落ちていくんだ、そのとき嘲笑ってやる。

『無くなってしまえ』

 ──不安を抱えて生きるくらいなら、死にたい。

『自分だけ不幸になっていいの?』

 ──いや! そんな不公平やだ!

『だったら、人間みんないなくなれば』

 ──そう! この虫けら共はいなくなってしまえばいい!!


 どす黒い感情が渦巻く。

 急激に思考が負に染まっていく。


 でも──これおかしくない?

 負の感情に包まれながらも、シャオーネ姫と対峙してた時の様に、それに飲み込まれないでいられる。


 それは、なぜか?


 それは、背中に感じる重く冷たい何かとは真逆の、柔らかく優しい温もりを胸の辺りに感じるから。


 ──なんであんたが死ぬのよ!

 突然響いた叫びは……お母さん……


 白い靄が私の視界を包む。


 白衣を着た医者がいて、心拍を表す機械が0を示し直線が流れる。泣きながら私の手を握りしめ、お母さんが泣いている。


 あぁ、あの事故の後だ。

 私は数日は生きていたけど、回復はしなかったんだ。

 離婚して女手一つで私を育てた母と、私は決して仲の良い親子ではなかった。仕事を選んで離婚した母は、あなたの為といって私の生き方を縛るような事を常に口にした。


 ──だから、反発した。


 でも、年を重ねてみて解った。

 仕事への熱意、キャリアへの道、そして、父の浮気……母は私より若く必死だった。


 自分の夢と生活と子供の間で不安定だったんだろうと。


 忙しい忙しいと言い、学校行事はほとんど参加しなかった母。成績や友人に常に文句を言われた。自分は残業だ、接待だと午前様の事がある癖に、私が門限の時間に自宅で電話をとらないと激しく貶されたものだ。


 しかし、どんなに帰宅が遅くとも、母は朝ご飯とお弁当はきちんと作ってくれた。


 そして、抱きしめる事が出来ない不器用な愛を私にちゃんと向けていてくれた事に気がついたのは、私が失恋してボロボロになった時。


 会えば、『あんなろくでもない男とは別れろ』と文句しか言わないのに『孫の顔みたいから早く結婚しろ』と言ったり、私が店を持ちたいと言った時にも『夢ばっかり追いかけて』と不機嫌にいわれた。


 だから、結婚がダメになったと電話したとき『ほら見たことか』と言われると思った。

 でもダメになった経緯を話すと、軽く『そう』と言って電話を切って突然訪ねてきた。そしてご飯を作ってくれた。


 それは、私の大好きな麻婆茄子だった。


 食欲も失せて、フリーズドライのスープとかサラダだけとか、ろくなものを食べてなかった。なのに……台所からする香ばしい匂いにお腹が鳴った。

 お弁当に入っているとご飯がその汁をすって見た目が悪いなんて文句を友達に言いながら、本当はその味付きご飯が──大好きだった。


 泣いた。

 食べながら泣いた。

『浮気されるのは、血筋かね』

 なんて言いながら、お茶を啜った母。

 久しぶりに会う母は随分と年を取っていた。


 白い壁、白いカーテン。

 病室のベッドの白い掛け布団。


 真っ白い顔の私は目を閉じて眠っているようだった。

 さっきまで私の命をつないでいたコードや管、マスクが取り外される。


 化粧も髪もいつもピシリと決めていて、威圧的な母。

 そんな母が……化粧もしないで髪を振り乱し泣いている。


 あぁ、最悪の親不孝をしてしまったな。

 ごめんね、お母さん。


 そして、思う。

 死んだら終わりなんだなって。

 終わらなければ、時間があれば、これからいろいろ出来たのにね。母を受け入れて、素敵な人を見つけて、孫の顔も見せられたかな?


 後悔はある。

 でも、母が私を愛していてくれた事が伝わって来て、ほんとうに嬉しくて。


 でも──終わったんだ。


 ありがとうね。

 生んでくれて、育ててくれて。


 ふわりと、病室から体が離れて行く。

 暖かい光が上から降り注ぎ、そこへ向かって浮上していく。


 眠い。

 とても眠い。

 心地よい倦怠感が私を包む。


 輪廻転生があって、また生まれるなら──今度こそ私は幸せになって、周りの人と一緒に幸な日常を送りたいな。


 暖かい光に吸収されながら、穏やかに目を閉じる。


 ──ぐん

 突然、背中に重みを感じる。

 チリチリとやけるような痛みが走る。


 え?何?

 必死で光へ向かおうとして手を出すけど、背中の重みは増してどんどんと落ちていく。


 やだ! 私はあそこで眠りたい。

 だって、今はまだ疲れているから……


 景色が変わる。


 はっと覚醒した私は目を開く。


 ──黒い魔法陣が目の前にあった。

 え? 曼荼羅?!


 それは、映画にもなった有名な密教の世界を題材にした漫画で見たことのある図柄だった。その特徴的な文字と見たこともない図形が合わさった円が浮かび上がっていた。


 ここは?

 船の上だ!

 私は学生だった。母の休みに無理やり連れ出された家族旅行。母といると息が詰まりそうで私は甲板に出たんだった。


 芦ノ湖の海賊船の上。

 しかし、突然現れた非現実的な光景に私は混乱していた。

 ぬめりとした何かが真っ黒な空間から這い出して、目の前にいた女子大生を襲う。


 ……何故だろう。

 その女子大生が、甲板に出たとき『気分悪いの?』とペットボトルのお茶をくれたからだろうか?

 その気持ち悪い何かから離す為、無我夢中で女子大生を突き飛ばした。すると、その真っ黒なものは私の足に巻きついて、ゾワゾワと背筋を這い登る。


 女子大生が立ち上がり、泣きそうな顔で私から巻きついているものを剥がそうと必死に引っ張る。


「……逃げて」

 私は言った。でも女子大生は首をふり、必死にそれを引っ張る。


 ──ゾワリ

 背筋に何か異物が侵食してくる。

 暗い冷たく恐ろしい何かが入ってきた。


「い……いやぁ……」

 恐怖で声が掠れる。


 ──びくん!

 それは突然動きを止めた。

 女子大生は気がつかないで力の限り必死で、それを踏んだり叩いたりして私から離そうとしてくれている。


 そして眩い光が魔法陣の向こうで煌めいた。


 私に巻き付いていた何かは弾かれたように私を離す。


 私は柱に後頭部をしこたまぶつけた。

 意識が遠くなる中、女子大生が不気味な何かに弾かれて、魔法陣の中に消えていくのが見えた。そして魔法陣が消える。


 不気味な何かも消える。


 私は意識を手放した。


 ──そして、私はまた落ちていく。

 背中にある暗く冷たい重みの正体が、船の上で侵食してきた何かの欠片だと思い至る。


 あんな事があったのに、すっかり忘れて……いや、忘れさせられた?


 この欠片は私をどこに連れていくのだろう。

 休みたかった。

 あの優しい光の中で。

 どうなってしまうの?


 悲しみが不安が背中から心を蝕む。


 空にススーと光が走る。


 ──あ!

 離れていく光から急速に何かが分離して私に近づいて来る。

 それは、私の胸にフワンとあたる。

 私はそれを抱きしめた。

 ──とっくん

 暖かさが全身を包み背中の欠片が小さくなっていく。


 落ちていく方向も少し変わる。

 背中の欠片は相変わらず私を引っ張るけど、ゆるゆると優しい風にのって暖かい場所に着地した。


 私は暖かいその場所でやっと眠る事が出来てとても幸せだった。


 もう、背中の何かも眠りについたように静かだった。


 そして、私はまた生まれた。

 何もかも忘れて始まったのだった。


 ──ゆらゆら

 黒い空間に浮いている私は、白い回想から戻ってきた。

 背中の何かがグチグチと負を吐き出している。


『禄でもない奴らに死を!』

 ──ほほーぉー思い出したぞー?

 背後のそれは私の背中全体に広がり、ついにその侵食が肩を越えようとしている。


『人の不幸は心地よいでしょ?』

 暴力的に吐き出されていたそれが、突然甘ったるく響いた。

 私は肩のそれにそっと手を置く。

『ふふふっ』

 そしてその黒いものを私はガシッと掴んだ。


「そうは問屋がっ」

 背負い投げる勢いでそれをひっぺがす!

「おろさないんじゃぁぁぁああああ!!!」


 べりべりとそれは剥がれるが、同時に私を形成している何かも一緒に吸い取られるような感覚がする。


 ──ぐっ、マナ?

 それは、魔法陣にマナが吸い取られていく感覚だった。

 しかも──かなり大量だ!

 力が急速になくなって行くのがわかる。

 でも、私はその黒いものを剥がそうとなんとか抗う。


 ──ぽう

 胸に光がさす。

『許可する』

 優しい声が私の胸から聞こえて、蒼い光の魔法陣が輝いく。


 それによって奪われていたマナが回復していく。


 その優しい光に包まれながら、私は最後の力を振り絞って黒いものを真っ黒な空間に投げ飛ばす。


『ちっ! でももういいわ、これで力を取り戻した』

 ──ぱりん!


 暗い空間が割れる。

 嬌笑を残してそれは消えていく。


 でも、私はそんな景色なんてどうでもよかった。

 だって……だって……


 胸に広がる優しい蒼い光


 それは……そう、その魔法陣は

「……お婆ちゃん」

 実態のない体でも私は頬を伝う涙を感じた。


 ホワイトアウトした空間にそれは、蒼い光を纏い実体化した。


『よく頑張ったね』

 そこには、優しく微笑む老婆がいた。


 そう、私のお婆ちゃん──フォーサイシア師匠がそこにいた。


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