その影の意味
やっと──最後の棘が砕けた。
黒い霧が空間を埋め尽くす度に、生まれる魔物の群を凪払い、珊瑚のワームを潰していく。
回復の届かない場所では、ポーションに助けられ、幾度となく補助をかけ直し、加護に守られ、ついに最後の一団を殲滅した。
そして、俺も棘の破壊に加わり、幾度も技をぶつける。
殻の部分は恐ろしく堅く、派手な金属音が響くだけで、全くダメージは通らない。それでも、棘部分はなんとか壊れて霧を吐き出す口が一つまた一つと減っていく。
テオールとルートの攻撃でダメージが蓄積している為だろう、棘は俺の剣でも崩れる。そして、最後の棘が壊れて、
──魔王がついに動き出した。
地響きを伴って貝の下からザワザワと触手がはえてくる。黒光りするその足が巻き貝部分を持ち上げる。
そして、さらに二本のぬめりとした赤い触手が出現した。
吹き出し流れるマグマをよけ、その異様な姿を直視する。
──ギィン!
ギリギリ見えた赤い軌道。
鞭のようにしなった超高速の攻撃。
なんとか体をかわす。
それはさらにフォスターの盾にぶつかる。
俺はすぐさま攻撃体勢に移行して、触手を追った。
が、後ろからの気配に足を止めて大剣を振り向き様に斬りつける。
──ギャギギギ!
火花が散る程の衝突。
二本目の触手が俺を攻撃してくる。
テオールの魔法が飛ぶが、魔王本体も高速で動き出した為、それはマグマに飲まれダメージを与えられない。
ルートの精霊たちが足止めの為に魔王の黒い足にまとわりついて、移動速度を半減させる。それにより、俺も本体へ駿足で追いつき接敵して攻撃をあてる。
──ガン!
堅い!!!
弾かれる大剣を握り直し、さらに追撃。
赤い触手をかわし、ひたすらに足元を攻める。魔法が降り注ぎダメージを蓄積させていく。
そして、一時も気が抜けない繰り返しの中で、やっと黒い足がすべての動きを止めた。
紺碧の殻も所々ひびが入りだす。
赤い触手は一つは既に炭となり、再生不可能になっていた。
──ズズゥン……
全ての足を壊され自重を支えきれなくなった殻が、貝口をマグマに埋もれさせて止まった。
これで、終わりではないだろう。
ただ、こちらもかなりのダメージを負っている。
この隙に体勢を整えなければ。
緊張感をそのままに、目線は魔王から離さず各々が回復に徹する。
俺は回復の為にレイナの横に戻った。
次の瞬間。
──キィィィィィン……
眩い光が魔王から発せられ、酷い頭痛が襲った。膝が地面につく。
頭が割れそうだった。
何かが脳みそをかき回して通り過ぎる。
ぐっぅと喉がなるが、奥歯を噛み締めて抗う!!!
さらに、かけられていた補助や加護が全てなくなった事に気がついた。
なんとか閉じないでいた、右目でパーティーを確認しすると全員、行動が止まっている。
──まずい!
俺は剣を杖にして立ち上がる。
攻撃がくる筈だと魔王を睨んだ。
その時。
「きゃーーーーーー!!!」
すぐ横で悲鳴が上がる。
レイナだ!
レイナの足元から現れた赤い触手が彼女に巻きつき、高く掲げる。それと同時に魔王本体の上空に真っ黒な魔法陣が出現した。
紫色に脈動するその魔法陣は、今まで見たことない形をしている。
フォスターと俺はとにかく触手を攻撃してレイナを解放させようとした。しかし、絡みついた触手はレイナを締め上げるだけで、俺達の付けた傷は再生してしまう。
テオールとルートもすぐさま動き、補助や強化が飛んで幾分レイナのダメージが減ったようだ。
苦しげに吐き出される息がなんとか言葉を紡ぐ。
「あ、あの魔法陣を……消して」
でも! とテオールが触手を切断するための魔法陣を発動させるが、わずかに傷つけだが、やはりすぐに再生していまう。
俺達も必死に攻撃していたが、それもわずかなダメージしか与えられていない。
魔法陣の発動にはまだ時間が有るように見えたのだが、レイナは必死に首をふり
「ここから……もう一つ、触手が見え……魔法陣の中に……」
視覚は巨大な殻に邪魔され、さらには気配さえ感じない。
懇願とさえとれる悲痛さでレイナは叫ぶ。
「私の……私がこちらに……来たときと同じ、魔法陣なんです!!!」
苦々しくフォスターが答える。
「あちらの世界につながっているのか?!!」
「はい!……ぐっ、私の記憶を読んで……あちらに逃げる気です!!」
すぐさまルートが打ち消しをする為に精霊を飛ばすが、狙ったように吹き出した黒い霧がそれを阻害した。
フォスターが浄化を唱えるが、やはりレイナ程の威力はなく霧は一瞬晴れだがまた魔法陣を覆う。
一瞬だけ晴れた時に見えた魔法陣はまだ全て光ってはいなかった。
「あれ! こっちの理で発動してないわ!」
焦りを隠せず、テオールが悲鳴に似た声で叫ぶ!
俺は走った!
ポーションを二本空ける。
これで、回復が来なくても余剰回復分で耐えられる!!
魔法がだめなら!
「物理攻撃だぁーーーーーーー!!」
マグマに足を入れる。
俺の行動を理解したテオールとルートが強化や補助を飛ばし、熱ダメージは軽減される。
痛みはない!
胸の石が少し熱をもっているのが解る。
しかし、怯まず貝の口の部分へ到達し、腰をかがめてそこにあるだろう本体の柔らかい場所へめがけて──【極・突破】
技が発動して大剣の先が光を帯びた!
それはマグマの中でもはっきりと解る。
ブスブスと剣身が埋まっていく。
俺は続けて──【極・爆打】
剣身をひねりそこに闘気をためて破裂させる!
──ゴゴゴゴゴゴゴ
と辺りが揺れ始める。
ついに、全身に熱さを感じ始めた。
余剰分を使い果たしたようだ。
だけどまだだ! まだいける!
すぐ近くで、破裂音がした。
フォスターがそばに来ているのが解る。
触手が俺に目的を変えたのをフォスターが防いでくれたのだろう。
俺は集中を研ぎ澄ます。
研ぎ澄まされた感覚が一番弱い部分を見つけ出す!
そこへ向かって剣を滑らしていけばいい!!
──【極・斬神】!!
──ギャヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!!!!
むちゃくちゃに暴れ出した触手から守るようにフォスターが俺を抱えてマグマから引き出した。
すぐさまレイナの癒やしが俺を包む。
見上げると不気味な魔法陣はルートの精霊たちにより消されようとしていた。
「レイナちゃんの浄化さえあれば、理なんて無視できちゃうんだな~」
ニヤリと笑うルートに俺もニヤリと笑った。
「こっちの理で叩き潰してやるんだから!!!」
視界を埋め尽くすテオールの魔法陣が彼女の許可で次々に発動していく!
その輝きが収束する。
もうもうとけぶる蒸気や土煙が収まる。
──魔王は沈黙していた。
深い紺碧外殻には、ところどころ穴が空いている。ひび割れが全体におよび、触手が全て炭化していた。
5人は息を呑む。
その言葉を言っていいのか……
気配は確かにない。
しかし、不気味な緊張感がある。
勇者である俺達は警戒を解く事ができない。
──カラッ
微かな音。
それは、軽い音を立てて魔王の外殻が崩れる音だった。
しかし、その音は俺達に安堵をもたらさなかった。
崩れた殻の中に乳白色の半透明な球体が浮かんでいる。
そして──中には黒い影がある。
やはりと、全員が警戒態勢に入ってところで、その球体がパチンと割れた。ボロボロになった殻の前に、デロリとした液体にのってその影は流れ落ちる。
黒い──ローブ?
黒色の服の袖から見える白い腕が、力なく液体に揺れる。
フード部分からはみ出しているのは……銀の……髪……
俺は──そのローブに見覚えがあった。
その銀の髪は……俺の……
心臓がバクバクして、息がうまく吸えない。
ここで皆も気がついた。
レイナが呟く。
「人……なの?」
俺はその黒い塊に向かって、無我夢中で走りだしていた。
……なんで
……なんで!!
──なんで!!!!!
「なんで、アグリモニーさんがこんなところにいるんだよ!!!!!」




