休息の意味
ひしめき合う魔物を、テオールの魔法陣からよび出された焔が焼く。
ルートの命を受けて荒れ狂う風精霊が嵐を放ち、風は鋭い刃となって魔物たちわ切り裂いていく。
それでも、まだ形をとどめ襲ってくる個体に俺は大剣を叩き込んだ。
千切れた魔物の手足、さらには頭がレイナへ飛んで行くが、それはフォスターに阻まれ聖なる剣でとどめが刺される。
結界内に突入した俺たちはひたすら遺跡の中を下層へ向かって進んでいった。
かけられた加護と強化が全身を包んで、研ぎ澄まされた感覚で一瞬の出来事を全て把握できる。
もともと遺跡に設置されていた罠や仕掛けは、魔物らに踏み潰され扉は壊されていた。俺たちは、ただひたすら魔物を殲滅し進む。
その階層にいる魔物全てを倒し、飛び散る飛沫を拭い、魔物の屍を越えてゆく。
──それは、もう単純作業だった。
物量に圧されて傷つけば、すぐに癒やされ、補助や強化や加護は常に身体を覆っている。俺は技を放ちながら道を開く。
疲労感は麻痺し、飛び交う魔法の合間を縫い走り抜ける。
黒い霧が突然立ち込め、魔物の群れが襲う。
視界は奪われるがそれはどうでもいい。
──横一線
剣に無数の魔物を切り裂く感覚が伝わる。
上に大きな気配を感じて俺は一歩下がった。
そこにレイナの浄化が放たれ、視界が開ける。
目の前に通路いっぱいに触手を這わせ、そのヌメヌメとした体で空間を埋め尽くすワームがいた。
──ポウッ
牙だらけの口の奥に赤い熱が集中する。
フォスターとは距離があり聖盾【遮断】の効果範囲内に戻るには、時間はない。
一度ならしのげると、フォスターに目で合図して、大剣を防御の構えにする。
膨大な熱が通り過ぎていく。
が、それは次の瞬間、ぴたっと止まり頬にひんやりとした氷の結晶があたる。
テオールの魔法で氷付けになったワームが音もなく凍っていた。
俺は地を蹴って大剣をワームに叩きつける。
──ピシッパリパリーーーーン!!
遺跡の通路に透明な音を響かせてワームは砕け散った。
──ぬるり
剣の握りに違和感を感じ、目を向けるとかなりの火傷をおっている。回復は……と振り向くほど、自分は前に出ていた。フォスターに最大の癒やしをかけているレイナをみながら、俺はポーションを飲む。
甘さが口に広がり、気持ちがふっと柔らかくなる。余剰回復を超えて体力が奪われていたことに、こうして回復する事で気がついた。
すこし、前に出過ぎていたか。
ほんの少しだが、これが命取りになる。
気を引き締め直す。
大剣の重さも装備の重さもまだ感じない。
まだまだいける。
しかし、最初に悲鳴をあげたのは幾重にもエンチャントされている筈の武器だった。
下階層への道をルートの土精霊が封鎖して、テオールがそれを強化する。フォスターが重ねて【封鎖】をかけた。
遺跡の入り口に設置した拠点へ戻る。
武器、防具の修理。
一時の休息。
いくらかは眠った。
夢も見ないほど深く。
ただ、目覚め際に一瞬……救えなかった命の悲鳴を、涙を、責め苦を……きいた。
覚醒して簡易ベッドの上にある天幕をみる。
ゆらゆらと風にゆれ、粗い縫い目から日の光が細く筋を作っていた。
その光に手をかざす。
掌を握りしめる。
ふと小指に目がいく。
この指に絡まった細く柔らかい小指。
無意識に閉じていた感情が溢れる。
──やっと、ここまで来た。
剣の天才と言われて思い上がっていた幼少時代。上には上がいるんだと解らせてくれたのは、たいして年の離れていない少女だった。
勇者に選ばれれやっと彼女に釣り合う自分になれたと思ったが、結局気持ち一つ伝えられないヘタレな自分が情けない。
『シャオーネが君をとても気に入っていてね』
リベルボーダ王は俺達と王族だけの会食の中で、気さくな雰囲気で切り出した。
パーティー内で伴侶と決めた相手がいないのは俺だけだから、なんら不思議な事もない。
上手くかわせない俺はぎこちなく笑う事しかできなかった。
『確かめてくればいい』
それを見かねて背中を押したのは、意外にもフォスターだった。
──彼女に直接会ってこいと……
そして、これでもかと協力的な支援を受けていざアグリモニーさんの前に立った。彼女が俺を覚えてなかった事を残念には思もったが、やはり彼女しか考えられなかった。
それを確かめられて──決めた。
魔王討伐が終わったらこの想いを伝えようと。
それからは、休息の度に彼女の所に通った。
最初こそ、そんな事してる場合か!? と反論したが、
『こんな時だからこそ、緩めなきゃいけない事があるんじゃないかな~? 硬く凍った氷は粉々に砕けるけど、水は何事もなかったように流れていくよね~』
相変わらず、ふざけた緩い口調でルートが言った。
──そんなに俺は張り詰めているのか?
それを自覚したのは、三日に一度は会えていたアグリモニーさんに会えなくなった時。
レイナは浄化作業、テオールは次に向けて休息。
だから俺は働く。近海の魔物の掃討に港の船の修理、農作業から食堂の皿洗いまで手当たり次第、呼ばれれば、見つければ何でもだ。
自分を鍛えること、人の手助け、食事、睡眠それ以外の時間の使い方が解らない。今まではそれでなんの問題もなかった。
依頼をこなせば、人とは関わる。多くの経験により、体を壊すことなく毎日を過ごす事が出来る。
魔王討伐の旅は勇者として立っているから気が抜けない。
でも、確かにアグリモニーさんの前にいる時は気が緩んだ。
彼女が俺を勇者と知らないなら、商人としてなら、村人ならと緩められた。
それを仲間がお膳立てしてくれて、アグリモニーさんが許してくれていたんだと今なら解る。
今まで無自覚だったそれが、できなくなるとどうしていいか解らない。こんな大変な時に回復の為以外の休みの意味が見えなくなった。
そして、動き回る俺は『いい加減にしろ』と仲間に小突かれた。
転移扉から王都に戻され、『王城にこの報告書もってけーそんで、徒歩でアグリモニーさんのところ行って顔見てこい』と。
それが、まさかあんな事になってしまうとは……
記憶のない時、俺は何をしたのだろう。
だけど、彼女は──俺がいることを許してくれた。
騙してた、しかもバレてた、そんな情けない俺を、
『こんなに誇らしくて嬉しい事はないよ。ありがとうね』
──緩んだ。
暖かく柔らかいその声が、俺を溶かした。
泣くなんて格好悪いと思いながら、彼女の前なら甘えていいと思えた。
──認めてもらえた。
生きていられたら、例え彼女がこの想いを受け入れられないと言ったとしても、そんな自分を誇れるはずだ。
今、彼女には特定の想い人がいないのは、ギルマスや彼女のお得意さんから集めた情報で解ってる。
いつかは、振り向いてもらえるよう、また通えばいいと柄にもなく強気にさえなれる。
それほど、俺には彼女が必要だった。
助けられなかった人たちがいる。
すさむ心がアグリモニーさんのそばにいると安らいだ。彼女の作り出す空間にいると心地よくて、厳しい闘いの中で自分を保っていられた。
日常を過ごす彼女が俺の支えだった。
レイナとフォスターが護り会うように、
ルートとテオールが補い会うように、
ヘタレの俺はただ支えられた。
俺は小さく息を吐いて起き上がる。
コロンと小さな鳥籠の中で石が動く。
俺は……まだ弱い。
でも、逃げない。
──今ある俺たちの日常を守る為に。
四人がすでに再突入の魔法陣に乗っている。
俺も駆け足で乗ると、補助と加護の光が俺を包んだ。
「うん」
テオールの許可で目の前が、真っ白になる。
潮の濃い香りに目をあける。
「開けるよ」
ルート・ロロキが封鎖した階段への通路を指した。
「応!」
「よし!」
フォスターと俺が答え得物を構える。
──バゴッ!!!!
破壊された壁から溢れ出る魔物たち。
俺は闘気を全開にする。
最下層まで走り抜けてやる!!!!
そして、魔王を倒す!
* * *
たどり着いた12階に生温い空気が溜まっていた。すべての魔物を倒すとそこには大穴がぱっくりと口を空けている。
穴の底と思われる場所に、蠢く魔物が小さく見えた。
それ等を焼き払い、浄化して、精霊の力で慎重に降りてゆく。
ここまでは破壊されていようと、遺跡としての様相を呈していた。
しかし、崩落した先は岩肌がむき出しになっている。巨大な何かが奥へ移動し、そこから生まれる魔物に削られたのか岩肌は荒れていた。
下へ行くほど空気は重く熱くなっていく。
熱はさらに上がり湿気も伴って、空気が生臭い。加護のお陰で臭いによるダメージはないが、それでも慣れるまで眉間に皺がよった。
繰り返しやってくる魔物の波を突破し、海藻のような羽をうねらせ火を吐く巨大な【魔海竜】の群を倒すと、揺らめく空気の向こうに広大な赤い空間があった。
「ここね」
テオールが呟く。
結界に入ってから、ずっと感じていた膨大な負の気配がまるで目の前に壁のように感じられる。
──ついにたどり着いた。
最終目的地。
「加護かけ直します」
レイナが祈りを、テオールが強化を、ルートが補助を上書きしていく。
「こっから先は火は利かないよ~」
口調だけはいつもと変わらないが、ルートの顔にも緊張がみえる。
誰もが溢れてくる想いに無言で耐える。
「行くぞ!」
フォスターが声を張る。
俺は頷き、大剣を構える。
先陣を切って走り出すフォスターの聖盾が輝きだす。守りの神の紋章が浮かび上がる。
──ガチィン!!!
赤い空間に突入したとたん、衝撃波が俺達を襲う。そして真っ黒な霧が一瞬で視界を閉ざした。
──ギャヤヤヤヤヤヤキィィィィイイイ!!!
硝子を金属で擦るような不快な音が暗黒の中で響いた。音速を超えた攻撃が俺達に飛んできたのが解った。
ザワザワと動き出す無数の気配がある。
レイナの浄化が発動して、視界が開けた。
深い深い紺碧の巨大な──広い空間においても、見上げるほどの絶大な大きさの塊がそこにある。
十数個の棘のようなものが、張り付いたそれは、巻き貝のように見えた。棘──フジツボが巨大化したようなその突端からは黒い霧がブスブスと吐き出されていた。
異様な負の気配が空間を支配している。
──あれが魔王……
心は驚くほど静かだった。
恐怖や不安は加護でしっかり抑えられ、今まで積み上げてきたものが支えとなって足元にしっかりと感じる大地に、俺達は立っている。
──俺達は勇者だ!
余裕はないが負ける気もしない。
空間を染める赤い光の正体は、マグマだった。所々に吹き出す蒸気とその下をドロリとした流れがある。
あれに落ちればかなりのダメージを食らうだろう。足場は良いとはいえないが、それよりも厄介な景色が広がっていた。
魔王の周りには珊瑚のような赤い枝を無数に背負ったワームが蠢く。背中の枝には大小様々な半透明な球体が実っていて、その中には魔物と思われる影が脈動していた。
──マグマとワームで赤に塗りつぶされた大地。
魔王に攻撃を与えるには、遠距離かこのワーム共を殲滅しなければいけない。背中にある魔物の入った球体が割れれば、その魔物とも戦うのだろう。
「私はあの棘を潰す! あれが黒い霧を吐き出してるわ」
テオールが魔法陣を描く。
「それじゃ黒い霧が出たら弓でいくねぇ~」
ルートは弓を構えながらも精霊を呼び出していく。
「浄化と回復をします」
「うむ」
攻撃を集中させる神々しい光を帯びたフォスターは集まった魔物を一掃する【聖波〔爆〕】の溜に入っている。
「俺は、あの赤い奴ら片づけてくる」
大剣を構えて走り出した俺にレイナが叫ぶ
「回復届くところに!!」
「了解!!!!」
最初の一太刀を振り抜いた。
魔法が発動し精霊が飛び交う眩い空間。
ひたすらにお互いが持ち手を削り合う長い戦いが始まった。




