続・魔女の戦場~姫vs魔女~
店内にはシャオーネ姫を挟んで、この前の人の良さそうな騎士さん、恋人詐欺の優男が王城警護の紋章のついた革鎧とマントを付けて立っている。
今日は優男の周りをフヨフヨと緑色の光が浮いている。
守護精霊が浮いてるって事はこいつが全私の心を虚しくさせた精霊使いかぁ~あーん?
よーくみると、確かに右目が緑色の精霊石だった。
つかもともとの瞳も緑色なんやねこの人。前回の衝撃の認識阻害のお陰で気にしてなかったわ!
【麻痺陣】のある場所を微妙に避けて立つ彼女の後ろには、これまた王城お抱え魔術師のローブを装備し、疲れが目の下に現れた、濃い方のジャニーズ顔の青年がたっていた。
となると、この三人はシャオーネ姫様の親衛隊──専属部隊なのかしらね?
私も含めて五人分の茶を大きめのポットに入れ工房から出てくると、イライラしながらもまだ彼女は立っていた。
うーん、すわ拉致とかしないあたり悪人ではないのだよな。
「テーブルはカウンターしかないので、こちらに注ぎますよ」
と五人分を同じポットからカップに注いで、私は定位置のカウンター内でゆったり茶をすする。
「あなた、私が誰か解ってるの?!」
「自分で名乗ったでしょ? シャオーネ姫様ですよね」
「そっ、そうよ!! 王族にさからっ」
私はシャオーネ姫の言葉を遮り
「そこの魔術師、とりあえず姫にかけてる無駄な変化を解除しなさいよ。よく頑張って美しく仕上げたと思うけど、私その変化になんの劣等感も感じないからさ」
──げっと言う顔をして魔術師がビクつく。
私がこんなに余裕なのは、昨日の時点でギルマスに確認して、この事に王が関与して無いことを確かめたからだ。
冒険者ギルドなめんなよ?
リベルボーダは君主制だけど、王族が絶対権力ではない。ちゃんと議会があって独裁にはならないようになってる。
しかも王は今、魔王討伐の関係で各地に手を回したりその交渉で多忙を極めているという。つまり、今回のこれはシャオーネ姫の独断で動いているということだ。
だったら、あまり大事にもしたくないし、対応は任せてとギルマスには言った。でも、私に何かあったら冒険者ギルドが動いてくれる事になっている。そちらが王族振りかざすなら、こちらもしっかりとギルマスに甘えさせて頂き元勇者の弟子として動かせて頂きます。
「まぁ、どーでもいいですけどね」
魔法を描く気配がないので放置でいいか?
とりあえず私が彼女の変化には気づいている事は伝えたしね。
「あなたみたいな年嵩が、ヴァル様の心を縛るなんて許せない」
ツンと形の良い顎を持ち上げて私を小馬鹿にした目で見下す。
「別に縛ったつもりないですよ?」
「彼は、あなたがいるから私を選べないって言ったのよ! 私の方が彼を満足させられるわ!」
まるで私がいなかったら彼女を選ぶという口ぶりだった。
前世では、婚約した私がいても別人を選んだ男がいたんだがな?
「シャオーネ様自身が、ここにわざわざ足を運ばれたのは、王族振りかざして私が年増のいき遅れで魅力的におとるからヴァル・ガーレンとは釣り合わない、だから身を引きなさいと言いにきたということですかね?」
彼女の言葉にしなかった私を見下す理由をあげてみる。
「そうよ!!!」
語気はだんだん上がっていく。
相手は恋する15才の乙女ちゃんだ。
しかも、末姫様は魔法なしでこの世界のトップレベルの美姫。フード越に見てもその美しさはすでに揺るがない。少女から大人への境目独特の危うさがさらに魅力を後押ししている。
ふーむ、王族の末っ子でとても愛されて育てられてるのな。
そして、自分の力で何でも解決出来ると思っている。自分の生きてきた期間で仕入れた知識は間違いないとも。
まだ、彼女の中では世界は自分を中心に廻っている。そうと信じて疑わない、そんな年齢だ。
だからこそ、強い。
そして、弱い。
でも、輝いてる。
二度目の15才の時は、強くなる事しか考えてなかった。
一度目の時は何してたのかな?
思い出すとくすぐったい、そして懐かしい。
あ、いかんいかん感傷に浸ってる場合じゃなかった。ここは、今修羅場だった……てへへ。
この年代の子に、尊敬や畏怖のない私が上からもの申しても反発するだけだろう。
冷静に理論で対抗?
そんなに、頭よくないしな。
じゃーどーするか?
「はらーわってはなそーや」
フードを取って、さっと【解除】を描く。
ザワリと親衛隊の3人が動いたけどウチ二人は何の魔法陣か解ったので、優男を騎士さんが止めて、魔術師がシャオーネ姫に説明した。
「さて、まずヴァル・ガーレンがなんて言ったか知らないけど事実をちゃんと話しておくわ」
私は茶をすする。
身構えたシャオーネ姫は、私の顔を憎々しげに睨んでいる。
「私とヴァル・ガーレンは恋人じゃない」
「えっ?!」
「私、彼の気持ちを伝えてもらってないけど──私は彼を……好きよ」
さらりと言うつもりだったのに、思いのほか照れた。
「しかも、この気持ちは、彼には伝えてないし彼はもちろん知らない」
「はぁーーーーー?!!」
まぁ、何じゃそりゃって状況だよね?
わなわなしながら目を白黒させ(赤白かな? めでてーな)、シャオーネ姫の膝が崩れそうになったのを後ろの魔術師が支える。
「ほれ、椅子どうぞ」
仕方なくという感じで魔術師はシャオーネ姫をカウンターの前の椅子に座らせる。
それで一息つけたのか、正気に戻った彼女は眉間にシワを寄せて言う。
「だって……魔王討伐が終わったら、一緒に生きて……いきたい……と……伝える?──ってそう言うことなの!?」
あちゃー、またヴァル・ガーレンは本人の知らない間に私に気持ちを知られてしまったと……。
「伝言ありがとうごさいます」
「むかつく!!!!」
言葉が荒れたのを騎士さんが咎めるように名を呼んだけど、私は続ける。
「いいじゃない、そうそう、フランク──なんの気兼ねもしないで話しましょーや」
だってこれって、一人の男を好きになった女同士の修羅場な訳だしね。そう言って輝き出した【解除】を差して
「デスペルしますよ?」
彼女はふん! と鼻をならして「勝手にすれば」と言った。
魔法陣をシャオーネ姫に被せて許可を出す。
そこには、上品で質の良い十分に贅沢な生地を使ったクラシックなドレスを来た少女が現れた。
15才になのに、ちゃんと出るとこでてるし腰とかほっそいしなんであんな盛ってたのかなぁ?
まぁ、年下という無意識のプレッシャーはあったのかしら?
「ヴァル様は勇者よ、魔王を倒せばさらに知名度があがるわ。だからそれに相応しい知名度や身分の者が伴侶になるべきよ。あなたみたいな平凡な庶民には相応しくない!」
「魔王討伐後の勇者の生き方は、彼ら自身が決める事になってるよね」
長い歴史の中で、様々な出来事があって悲劇もあった。
魔王から救われたのに、勇者の処遇をめぐって人同士が争う事があってはならないという事になった。
地位も名誉もあるから、どこかの国最高権力を握ることもできる。でも逆に在野に溶け込んで平凡に行きいく事も出来るようにもなってる。そう、私の師匠フォーサイシアお婆ちゃんのように……
「ヴァル・ガーレンが平凡な生き方を選べば、平凡な私の方が相応しいという事になる」
綺麗に整えられた美しい形の眉がピクリと動いて、真っ赤な瞳が悔しそうに私を睨んでくる。
「私の方が美しいわ!」
「そうね、あなたの方が美しいって皆が言うと思うわ、でもその美しさで一目惚れさせられなかったんでしょ?」
さらに悔しそうに眉間にしわが寄る。
「年増のいき遅れのくせに!」
「嫁ぐつもりもなかったから、遅れてる気はしないけどね。年増と言うけどヴァル・ガーレンとは3歳しか離れてないわよ。あなたは6歳よね?」
ぐっ! と息を詰まらせる彼女は怒りで拳を握りしめている。
「若い方がいいに決まってる!」
「じゃぁ、あなたが24になった時に15才の女の子の方にヴァル・ガーレンが行っちゃってもいいのね?」
「そんな不実な事ヴァル様はしないわ!!!」
「うん、私もそう思う」
否定しまくってた私が突然肯定したので、勝ち誇ったように口角を上げた姫はその会話の意味に気がついて、はっとして苦い顔をした。
「体だって……私の方が」
勢いがなくなる。
「色仕掛け……失敗しちゃったね」
今にも泣きそうになりながらも、まだ私を睨んでくる。
「私の方が絶対……ヴァル様を好き!」
「私もヴァル・ガーレンが好き」
ついに、その大きな瞳からポロリと綺麗な涙が零れた。
「私といる方が、ヴァル様は幸せよ!!」
「ヴァル・ガーレンと二人で幸せになりたい」
シャオーネ姫は感情が溢れてしゃくりあげる
「やだ! ヴァル様は私のものなの!! 強くて、優しくて、格好良くて、守ってくれるのは彼しかいない!!!」
「ヘタレで、泣き虫で、鍛錬馬鹿で、頭なでてあげたくなる」
私の知る彼はシャオーネ姫が言った通りでもあり、私の上げた一面も持っている。
シャオーネ姫は、ありえないというように首をふる。それを見ながら私は言う。
「ヴァル・ガーレンの心は誰かのモノじゃない彼の心だからね」
私は経験したことがあるから、いろんな心構えができる。でも、きっと彼女は初恋なのかもしれない。
──人の心は自由だ。
そりゃ、結婚という一種の契約を交わしたならなるべくは変わって欲しくない。信じているなら裏切られたくない。
でも……心が変わる事はあるし、仕方がない。
シャオーネ姫がヴァル・ガーレンを好きになるのは止められない。チクチクと痛む心を抑えて言葉にする。
「だから、私は彼の心が決めた事に従う」
それはつまり、ヴァル・ガーレンがシャオーネ姫を好きになるのなら、それに従うしかないという事。
「もちろん、彼の心が今、私を好きでいてくれるなら離さないような努力は全力でする」
「ずるいわ、あなたが有利じゃない」
「恋する女はずるいわよ、お互い様」
わっとシャオーネ姫はポロポロと涙を零しながら、子供のように泣き出した。
こんな風に素直に泣けるのも若くて純粋だからだろうか。
前世での彼との関係で、私はこんなに素直に泣いただろうか? 年を重ねていく中でこんなに純粋に彼を好きだったろうか?
──どくん!!
背筋に突然チリリと火傷したような痛みが走った。
心臓とは違う何かが脈を刻んだのを感じた。
──なに?
『彼をとらないで!』
目の前で泣くシャオーネ姫に真っ黒な憎しみが溢れる。
『若くて美しくて何でも手に入れられるのに!』
それは、確かに私の中にある感情ではあった。
でも、違う!!
無理やり不安を煽られ憎しみを増幅されるような、心の奥底にあるものを引き出されるような不快な感覚。
『殺してやりたい!』
──ズキン!
酷い痛みが背中全体から心臓を鷲掴みにする。
「ぐっ!」
私はあまりの痛みに体が傾ぐのを感じて慌ててカウンターに手をついた。
ガチャンとカップが揺れる。
その音にはっとしてシャオーネ姫が顔をあげる。親衛隊たちも何事かとこちらに近づいた。
『死ねばいい! お腹の子供ごと!!』
はっ! とする。
それは、前世の私が確かに発した言葉だ。
──独り部屋の中で、彼の使っていたペアカップを鏡に投げつけた。
フラッシュバックした景色は、ひび割れた鏡に写る夜叉のように髪を振り乱し嫉妬に顔を歪めた前世の私。
「ちがう!!!」
叫んでいた。
それまでの態度と一変した私に警戒を強める周り。
『いっそ、私が死ねばあいつらは一生悔いて生きるだろうか?』
景色が変わる──通り過ぎる電車を何本も見送りベンチに座る私。
『世界が明日無くなればいい』
思った。
確かに裏切られたと解った時思った。
──でも、それは今じゃない。
なのに、右手が勝手にタクトを握る。
はっとしてそれを止めるため左手で抑える。
背中はグジグシと痛み、身体中が熱くなっていく。
「アグリモニー、あなた……髪が……」
シャオーネ姫の言葉に目の前に垂れた銀の髪をみると、それは目線当たりまで黒く染まっている。
まずい! これは何か……とにかくまずい。
「魔術師! 外に出て転移陣! 騎士さんはすぐに姫を外へ」
そういいながらも、私の右手は高度で高出力攻撃魔法陣を描き出す。それはこの一帯を更地に変えてしまえるほどの魔法だった。
「精霊使い! この魔法陣消して!!!」
驚く事に描かれた魔法陣はすぐに輝きだす。
呆気にとられながらも、さすがは王城警護の騎士たちの行動は早かった。打ち消され魔法陣はかき消えたが、さらに右手は新たな魔法陣を描き出そうとする。
それを必死で抑える。
黒い感情と私は戦う。
息が荒くなる。
痛い熱い。
抗うほど痛みも熱さも増してくる。
髪がどんどん黒く染まる。
憎しみが、不安が増していく。
扉を蹴破る勢いで非難する四人が目にはいる。
『みんな死ね!!!』
死なない!!!!
必死だ。
なんとか、右手を抑えながら左手で結界の魔法陣を描く。途切れそうになるマナを必死で流し、集中を切らさないでなんとか描き終わる。
私を包む結界。
守らなくっちゃ、お婆ちゃんのこの店を!
守らなくっちゃ、日常を!
守らなくっちゃ、彼の帰ってくるこの場所を!!!
「おね……がい……します」
魔法陣が輝いて私を包む。
──ガチン!!!
大きな音がして私を結界が包んだ。
これで、どんな魔法が発動してもここは大丈夫。
そう思ったところで、背中から激痛と共にゴポゴポと黒い霧が吹き出し濃い潮の匂いがした。
憎しみと痛みで途切れそうな意識が、目の前にぱっくりと開いた暗黒の空間をとらえる。
そこから、生臭さいドロドロとした粘液に包まれた何かが私を羽交い締めにする。
その空間に引き込まれることに抗う前に……私は意識を失った。
長い文章にお付き合い頂きありがとうございます。
次からは勇者視点ですが、今後も視点変更があります。




