勇者の登場
まばゆい光が足元から立ち上がる。
フードをしてても、まるっと視界は良好なので目を閉じる。
瞼の裏で光が消えていくのを感じて目を開けると、そこは冒険者ギルドの転移部屋である。
転移はマナを大量消費するので普通の人は歩くよね。
私? 私は魔女コスしてるから歩きづらいのよ。
え?説明が面倒くさ……おっとそれ以上私の事を暴くならあんたのベッドの下にある肌色の多い雑誌を親元に宅急便で送り届けちゃうよ?
えっと、転移については他にもいろいろあるのでまた後程。
むむ、突っ込む気なら着払いを追加するよ!
部屋は10畳ぐらいの広さで出入口は一つ。扉の前には受付があり、小部屋──高速道路の有人料金所みたいなボックスって感じかな?──があった。
小窓を覗くと、書き物をしてるピンクのふやふわヘアが見えた。
「こんちわー【初めの魔女】っす。やや♪ 幸せ進行中のミランダちゃん、結婚式の準備すすんでる?」
私の姿をみてミランダちゃんはにっこりして、
「あ、アグリモニーさんこんにちわ♪ 初級回復ポーションの納品ですね? あと御使いの更新っと」
と手元の書類に目を落とした。
この世界には、魔法便というメモ用紙とか手紙とか小さな小物などを低マナで送れる、無人郵便システムみたいなのがある。魔法陣で瞬間移動させる伝書鳩的な感じかな?
その魔法便で送った、今日の私の来ギルド予定をミランダちゃんが確認する。チェックし判を押し、札を渡してくれた。帰るときに転移部屋でもギルドの正面玄関でも出口で返す札だ。
「はい、お帰りの際にお返しくださいって、もう! 聞いてよアグリモニーさん! 結婚式といえば吟遊詩人ですよね?!」
ぷりぷりと頬を膨らませる彼女は、充分幸せそうだ。
「なのに彼、要らないっていうんですよ!! 祝福の歌とか私たちの未来の予想幸福歌とかないと盛り上がりませんよね?!!」
あはは、地雷ふんじゃった。
転移部屋の受付はあまり利用者がいないので暇である。
私は特に急ぐ用事もないからミランダちゃんにはよい話し相手だ。だからまったり雑談してから、表の正式なカウンターへ行って納品したりクエストを出したりする。
彼女は来月結婚するのでその御披露目式で相手方と意見が対立してるようだ。
「たしかにねー、吟遊詩人は盛り上がるよね。けど依頼すると高額だわな……しかも男性には恥ずかしいかもね。でも、嫁としては悔いは残したくないというのも解るよ」
私は前世で一応結婚とか視野にいれたお付き合いをしてたから同意できる。
まー私はあまり現実的に考えてたわけじゃなくて、ほんわか雑誌みたりしてただけだけど、結婚前の乙女たちはこだわりがあったよなと思い出す。
『彼には無駄に思えても、譲れないってものがあんだよね。そこを気持ちよく許可してくれて、他に私が目の届かないところでケチるなり、自分の思い通りにしてくれりゃいいのにさ』って、前世の先輩が言ってた。
口はだすけど、式には無頓着って愚痴ってたなぁ。
「そーなんですよ! あのねっ」
ミランダちゃんが大きく息を吸ったので、これから出てくる愚痴を受け止める覚悟を私が決めたとき
──ヒュュゥゥホーーーーーーーゥ
遠くから独特の音階をたどりながら段々と近づいてくる笛の様な音が聞こえた。ミランダちゃんと二人で魔法便の受け取りボックスに目を向ける。
これは緊急性の高い連絡の時に使われる音がでる魔法便の容器だ。
──ガタン!
さらに受け取りボックスは、派手に音をたてて光った。
まじでメチャクチャ緊急な案件がきたみたい。
瞬時に仕事の顔にもどり緊張感を漂わせたミランダちゃんに、
「正面の依頼カウンターいくね、またゆっくり聞くから」
というと、少しだけふんわり笑い頷き、ありがとうございますと頭を下げボックスに向かうミランダちゃん。
それと同時に転移部屋の魔法陣がざわめきだした。
私は邪魔にならないように急いで扉をでる。
ギルド内は随分あわただしくなって、正面入り口に続く廊下には普段はあまり人通りがないのに、ギルド関係者とすれ違った。
その中に組合長もいて軽く会釈すると向こうも手をあげて足早に過ぎていった。
誰か偉い人が転移してくるのかな?
そんな慌ただしさとは無関係な私はのんびりギルドの正面カウンターのあるホールへ出た。
王都の冒険者ギルドは相変わらず賑わっている。初心者から上級者までいろんな職業がパーティーを組んで命をかけて夢を追っている。
バックヤードの慌ただしさや緊張感はここにはなく、日常だった。
私はカウンターで用件を終える。帰りは乗り合い馬車だなーと考えて通常の出口に向かった。
──ふと視線を感じてそちらを見るが……特にこちらをみてる人物はいない。まーこの格好だから【初めの魔女】だと解るので過去にクエストうけた冒険者が見てたのだろう。
そして気がついた。
────あ、あの子またいるわ。
カウンターで名を呼ばれたのか、全身真っ黒な剣士があわてて立ち上がりそちらへ向かっていった。
呼ばれた名が私の知ってるものと違ったので、真実を見せるフードを上げてみると、小汚ないマントを着けて中級者っぽくしている青年がいた。
変装しているのも頷ける。
だって彼は今やこの世界でも有名な剣士で最強とか次期勇者パーティーのメンバーと言われてるほどの実力者だ。
彼の名は──ヴァル・ガーレン。
艶やかな黒髪と銀色の瞳をもつ端正な顔立ち。
等身が高いので鍛え上げた肉体はガチムチではなく細マッチョに見える。
低く憂いのある声で何を言っても周りに集まる女の子達がキャーキャー言うし、実力者という事で男たちからも羨望の眼差しでみられる。
そんな彼がここにいるなら、そりゃ変装するわな。
しかし、彼ほどになればわざわざギルドに来なくても依頼は舞い込んでくるはずだ。私は10日に一度はクエストの更新でここに寄るが、なんか大抵彼はいる気がする。
なんで、勇者がこんなところにいるだって最初は思ったけど、なんかそういう定期的な仕事でも請け負ってるのかな? という考えに落ち着いた。
まー初心者相手の【初めの魔女】には全く関わりの無い事だ。
出口に目を向けて止まった歩みを再開すると、そこから女の子たちの黄色い声が聞こえた。
そこには、白銀に輝く鎧を着こんだ聖騎士様が現れた。傍らには小柄な聖職者見習いの白いマントを着た女性。フードを目深に被ってるいるので顔は分からない。
でも、聖騎士の方は有名人だ。
彼もまた次期勇者パーティーのメンバーと謳われる人物。
──フォスター・オルロフ。
金髪碧眼のガチムチ聖騎士様もまた誰からも慕われる存在だ。
勇者が二人も!?
でも、さらにその後ろから気配をほとんど消して入って着た人物を見て私は胸騒ぎが収まらなくなった。
多分、周りの反応から変装してるのだろが私のフードごしには、見えてしまった。
──精霊使いのルート・ロロキ。
彼が生まれた時に、全ての精霊が祝福をしに現れたといわれ、精霊王が降臨しルートに従ったという逸話の持ち主だ。もちろんそれに違わない功績をバンバン打ち出している。
いつもの貼り付けたような作り笑いを浮かべて、気だるそうに歩いている。でも今日は、目はいつものように細めているけど、口元が全く笑っていなかった。
そして、私が憧れた【最強】に若くして名を馳せた少女のような容姿の魔術師
──テオール・アイヒホルン。
彼女はその童顔からは想像もつかない錬魔技術とマナ操作で数々の新たな魔法陣を組み立て、魔術師が所属する最高峰、王立魔術院で実力はトップだ。が、役職には付きたくないとひたすら研究棟に引きこもっているらしい。
と、今、この世界にいる最強が揃い踏みだ。
さっきの魔法便のアラームが私の脳内で絶え間なく鳴り響いていた。
それは私に確信させた──この世界を揺るがす何かが起きてしまったのだと。