一方そのころ~魔女の戦場?~
魔女視点
只今【初めの魔女】は休業中ではありますが、一応道具屋としては開店してます。
しかし、ここ数日はお客様とはとても呼べない人物ばかりがやってくる。
やれやれと私は店内にいる人物に聞こえるようにわざと大きくため息をついた。
「アグリモニー!」
「なぁんですかぁい?」
フードをすこし上げて裸眼で私の名をイライラと呼ぶ声の方をみる。
そこには、シャオーネ・ルビリア・リベルボーダと名乗る女性が立っていた。
シャオーネ・ルビリア・リベルボーダといえば……
そう! かの勇者に【ちょっぴり夜が元気になっちゃう薬】を盛って逃げられた15歳で三大美姫に名を連ねた小娘っ……お姫様であらせられるわけだが……
開け放たれた扉から入る日の光をうけ、見事なブロンドがキラキラと波打つ。大きなルビーのような瞳を縁取る睫毛は長く、彼女の魅力的な瞳を強調していた。陶器のような白い素肌に、上気した頬のピンクがその美しさを際立たせていた。
うお! 絶世の美女だなぁ~おぃ~
見ろ! とばかりに胸元が開いたドレスは赤。デコルテには煌びやかなダイヤのネックレスが輝く。そして、ふくよかな胸、締まった細い腰、そそるヒップ。体のラインがこれでもかと強調されるマーメードラインのドレス。
えーと、ここ森の中の魔女の道具屋なんですがね?
あれ? 舞踏会どっかでやってたか?
なわけあるかーーーい!!!
「ヴァル・ガーレンは諦めなさい!」
そう、きますよね?
「やっぱり、あなたがラスボスでしたか~」
「ら? ラスボ……ス?! 意味の解らない事をいってないで『はい』と言いなさい!」
「お茶のみます? 商品見に来たんじゃないなら座って話しませんか」
返事は待たずに工房に入り湯を沸かす。
なんか、店内ではキーキーとかの女性がわめいているけどスルーだ。
* * *
ヴァル・ガーレンが旅立って私はそこから丸二日眠った。
寝不足はもちろんだけど、最高品質の魔工石を前にして、あれもこれもと詰め込んだエンチャント作業に、私のマナ蓄積野が久々に空になった。
それでも、なんとか戸締まりしてベッドに倒れ、気がついていつも通り魔法便を確認し、返事をしたところ……ギルマスからの返信をみて2日間も眠ってしまっていたんだと解った。
調子に乗ってぶっ倒れた事は錬魔技師としてはNGかもしれないけど、後悔はしてない。
だってぇ、あんなに詰め込めるとは思わなかったよのぉ。
そりゃぁもう……楽しかった♪
ギルマスとのやりとりが済むと、工房の片付けやら在庫の点検をする。
すっかり日常に戻った私の店の扉をトントンと叩く音がした。
気が抜けて服も髪もテキトーにしてたので、慌てていつものマントをつけフードを被って扉を開く。
そこには、青い光を全身にまとった、整った顔の人の良さそうなにぃちゃんが立っていた。王城警護専属騎士の鎧をつけた彼の顔を私は覚えていた。
お婆ちゃんと二人で旅をしながらゲットしたレア武器が手に余ったので、引き取って貰うためにギルマスに相談した。それなら王城に献上しましょとなった事が何度かある。
お婆ちゃん、元勇者だからね、王城の人達の対応はとても丁寧だったな。師匠の荷物持ちに徹する弟子をしてたから名前までは解らないけど、その時対応してくれた騎士さんの一人なのは確かだ。
そんな人がなんでここにきたんだ?
青い光に包まれてるので変化の魔法がかかってるのはわかったけど、理由として考えられるのは先日王城から逃げてきたヴァル・ガーレン関連か?
「話がある」
騎士さんが突然話を始めそうになったので、
「どうぞお入りください」
そう言って、とりあえず店内に促す。
騎士さんが私に危害を加える理由が思い当たらなかったし、態度に横暴な雰囲気もない。
さてどんな変化してるんだい?
そう思いながらフードを上げて裸眼で彼をみて、オラびっくりしただよ?
全身真っ黒け装備の黒髪銀目のヴァル・ガーレンっぽい人がいた──いや、たぶんヴァル・ガーレンに変化させようとしたんだと思う。
でもねぇ、装備とか王城警護専属鎧の形まんまで色だけ黒くしましたーだし、身長はちょっと低いし、筋肉モリモリ過ぎだし……その、変化の魔法の完成度の低いことと言ったら──ナイワー。
たしかに、この変化魔法のレベルなら一般人や初心者なら騙せたとは思う。つまりこの魔法をかけた魔術師は私をそれぐらいと思ってるということか
……ふふ、あるある、よくあるよそういう事。
初めの魔女の血が騒いで、いろいろ指導したくなるなぁ。
というか、魔王討伐の真っ最中のヴァル・ガーレンがここにいるって設定は容認して、そんな大事の中の彼がわざわざ会いにくる相手にこの程度の変化で良しとしてしまっている所に、詰めの甘さが溢れ出ておりますよ。
私はフードを被ったままにする事にした。
店内に入った騎士さんは言った。
「あなたに言っておかねばならないことがある」
何の目的でヴァル・ガーレンとして来たのか、まだ解らない以上、警戒はしとくべきだよね。
「なんでしょう?」
当たり障りない返事しか返せない。
「自分は魔王討伐が完了したらシャオーネ姫と婚約を発表する」
……
…………
えーっと?
「ソーナンデスカー」
あっ、棒読みになっちゃったよ。
ほら、騎士さんもあれ? って顔してるじゃん。
えーっと、魔王討伐中の勇者が一般人もしくはビギナーレベルの魔女の所に突然やってきて、自分が婚約すると伝えるその意図は?
私とヴァル・ガーレンは、そちらの情報どーなってんの?
「それは……あなたにとって私はどんな存在ですかね?」
とりあえず話を聞くために問いかける。
どんな設定で来てるんだ?
「あなたを想っていたのは本当だ、しかし……」
騎士さんは物凄く申し訳無さそうに言いよどむ。
「はぁ、で?」
「えーと……あなたを傷つけて申し訳ないが許して欲しい。自分の心はもうシャオーネ姫のものなのだ」
と、多分そういう筋書きなんだろうけど、私の反応が予想外だったのかだいぶ台詞がふわふわしてる。
ほほーうーん、これは私は恋人という想定なのか?
そりゃ、本当に本人に言われたら相当ショックだとは思うけどさ。私は、彼の恋人でもあまつさえ『好き』とか直接は言われてないと思うんですよ?
これは、あれか? 私は白目がなくなった睫毛だけの顔になって、背景に稲光のトーンはって効果音の『ガーーーン』とかを背負って、『そんな、ヴァル・ガーレン! 私を弄んだのね』とかモノローグで悲観すればいいところか?
うーん、私は彼の気持ちをたまたま知ってますがね……もし、知らなければ……下手したら私、まったく意識してない可能性があるかもしれません。
その場合、あの夜の事や指切りの事とか……弄んでるのは、私の方でないか。
いや、もし知らなければあんな態度とってなくて……あれ、もう前提も仮定もよく解らなくなってきた。
「それで、私はどうすれば?」
私の淡々とした対応に騎士さんはキョドりながら、懐から紙を出す。
「認めてもらえるなら、これに署名して欲しい」
私はそれを受け取りカウンターの内側に入ってそれを広げた。
〔私アグリモニーは、ヴァル・ガーレンとシャオーネ・ルビリア・リベルボーダとの婚約を祝福します。今後は一切ヴァル・ガーレンと会わないことを誓います〕
えーと、なんかこれは前世でも似たような状況があったよね?
あん時、私どーしたっけな? 過去過ぎて思い出せんという事にしておこう。
あと、こちら側の事情が複雑過ぎて想像だけじゃ、どー反応したらいいかわからんなー。
とりあえず、騎士さんに指示を出してる人物は、これをヴァル・ガーレンに見せて私が認めてるからとシャオーネ姫との婚約をしろと言うつもりなのかな?
つか、勇者側にはテオール・アイヒホルンがいて魔王討伐後、ここに直接来る事が出来るんだが、そうなった時はどーするつもりなんだろ?
ほんとに詰めが甘い……
ため息をついてフードを取る。
ヴァル・ガーレン風の騎士さんの目を見る。
「まず、ちょっと魔法陣描いてもいいですか?」
突然、魔法陣描くと攻撃認定されるかも知れないので宣言する。
「私、魔法陣の発動がめちゃくちゃ遅いんですよ。ゆっくり描くので攻撃魔法陣じゃないの解ると思いますが、なんの魔法陣か解って危ないと思ったら逃げていいですよ」
向こうがどこまで私の事を知ってるのか解らない。
ヴァル・ガーレンがどうのという前に、浅はかすぎる計画に腹立つわ!
騎士さんはキョトンとしてる。
初心者相手の魔女と侮ってらっしゃるようだし、甘えさせてもらうかな?
【解除】をゆっくり描く。
「あれ? 止めないし逃げないんですね?」
大分ゆっくり描いたんだけどなー
「えーと……」
「【解除】ですよ。ご覧の通り、発動まで大分時間はかかりますので、その間に言ってもよございますか?」
と、魔法陣が許可待ちになるまで説教タイムじゃ!
「まず、変化魔法が雑過ぎる事。」
私は淡々と懇々と説教をしていく。
かけられた本人がヴァル・ガーレンを深く知らないこと。それなりに親密な関係を築いている人物に会うのに詰めが甘い。
さらに、情報収集不足な事。
私が魔術師としては、素の魔法戦闘したら初心者にも勝てないと言うのは多分知ってるのだと思う。でも、もうちょっと情報収集すれば元勇者フォーサイシアの弟子でそれなりの技術を持っている事は隠してない。
つまり私の実力を予想できる事。
あと、ヴァル・ガーレンには天才魔術師テオール・アイヒホルンが付いてるから、魔王討伐後、王城には立ち寄らず、直接ここに来る事だって可能だって事も伝える。
本人に確認されたらその計画おじゃんですよね?
「とまーそんな訳で、あんた誰よ? 的な意味をこめて変化を解除させてもらってもよろしいか?」
じりじりと出口に向かって後退し始めた騎士さんを私はニヤニヤしながら見送る。
「失礼する!」
と、走り去る騎士さんの背中に私は会釈する。
「ご来店あーざーまーす」
とそんな出来事のさらに翌日……
今度は『恋人』という認識阻害のかかった青い光を纏った優男が来た。
わー私の恋人キターーーーー!
……はい、ダウト。
恋人なんて今世におらんのだぁあ!!!!
虚しい……全私が涙したじゃないか……なんて虚しいツッコミをさせるんじゃ!
「ナンデショウカ?」
「アグリモニー! 俺と逃げよう!」
フードを軽く上げて裸眼でみると、あちら側の魔術師が頑張ったのか、ばっちりヴァル・ガーレンだった。
よしよし、及第点!
だが、『恋人』は違うだろ。
まー認識阻害で個人指定できないからなぁ。
そこは、『勇者』とか……ルート・ロロキならできるかもだが普通の精霊使いには無理かもな。
「どーしてじゃ?」
もう、受け答えが適当になる。
「昨日、俺の偽物が来ただろ? 奴らはどうしても俺をシャオーネ姫と結婚させたいようで、このままだとお前に何かされるんじゃないかと」
「ほほー」
「だから、密かに逃げよう! 俺と二人で!」
そうきたか。
あれだ、ヴァル・ガーレンがここに来たらもぬけの空。新たな恋人と逃げ出したという噂を広める設定かな?
「いやだって言ったら?」
「お前のためなんだよ。力ずくでも」
「──わかった」
私はニッコリと営業スマイルする。
わかったよ、キサマが力でくるなら遠慮はいらんな?
「じゃぁ、ここで待ってもらえる? 準備があるから」
私は優男を扉の前に立たせる。
一応反撃の事も考えてカウンター下の靴と籠手と【拘束網】の出るタクト風魔道具を装備した。
ゆっくり優男に近づいて、バランスを崩したフリして床に手をつく。
──ご存知! 【麻痺陣】
「お願いします」
「ぐげぇーーーー!」
優男は見事な下っ端臭漂う叫び声を上げた。
加えて【解除】を描いて、【拘束網】も構える。
「魔王討伐ほっぽりだして逃げる勇者がどこにおるんじゃぁーーーーーーー!!!!」
──どさり!!
戦闘状況でもなかった優男は不意打ちを喰らって気絶した。
あれ? これこんなに強力だったかな?
なんせかの勇者様(かなりのペナルティー付き)をも痺れるこの魔法陣。
あちゃぁーヤリスギチャッタナー。
想定内だけど。
ギルマスに不審者を捕まえた事を魔法便で連絡して、気絶した優男を引き取ってもらいました。
【解除】したから、名も知らない優男は冒険者ギルドの強面さんたちに大人しく回収されましたとさ。
* * *
とまーこんな出来事があっての、黒幕登場である。
今まで名前しか出なかった実物がつい登場!
ヴァル・ガーレンは今頃、魔王と対決してんのかな?
こちらも──姫VS魔女──というクライマックス迎えてますよ。
さー女と女の戦いの幕が開くわよ!




