特別な意味
何度目かの船上で迎える朝。
甲板にでると水平線上に半球形に近い真っ黒な固まりが見えた。
あれが俺達の最終目的地──魔王の海底遺跡。
遺跡を封じた結界内は高濃度の黒い霧が充満しているのだろう、朝日の中に異様な闇がそこにあった。
昨夜──深夜に現れた不気味な光を放つ透明な魔物達との戦闘で死者こそ出なかったが、船を護るため防御に徹していた上級者が数人かなりの負傷した。
もちろん、聖女レイナの癒やしにより、あっという間に完治したが、そこまでの激しい戦闘は初めてだった。
数も個体の強さも桁違いで、敵側の本拠地は近いと確信した。
それから朝日が昇るまで見張りはこまめに交代して警戒したが、全員で対応するほどの個体には遭遇しなかった。
そして、今朝。
ついに、俺たちはそれを裸眼で捕らえたのだ。
寝ている間に船の編成は変わり、今、船団の先頭は聖騎士フォスター・オルロフと聖女レイナの船。俺は先頭を走る船の船尾へ飛び移り、船首で見張りをしているだろう人物に挨拶すべく移動する。
舳先にフォスターのマントがはためいていた。
それに重なって純白の法衣が見える。
二人に声をかけようとした時、レイナが振り向いて何か言おうとしたところで、フォスターが突然己の唇でレイナの唇を塞いだ。
──!!
俺は進めていた足を慌てて止めた。
くっと息を潜めて気配を消したが、考えてみるとフォスターが俺が近づいていることに気がつかない訳がない。
なんだよ、見せてんのかよ。
レイナの声が照れながら嬉しそうに
「これ、憧れだったの」
と、弾む。
ふふっと笑ってレイナが前を向き両手を広げたところで、俺は大きく咳払いしたが、それは波音にかき消された。
「おはよ」
と仕方なく声をかけると
「きゃっ!」
フォスターの体にすっぽり隠れたレイナが小さな悲鳴を上げ、身じろぎしてフォスターから離れようとした。が、レイナの腰を支えていた掌がすっと動いて、鍛えられた腕が巻きついた。
「え? ちょっと、ヴァルさん来てるから」
ジタバタと無駄な抵抗を試みるレイナをヒョイッと片腕に載せてやっとフォスターはこちらに向き直った。
真っ赤な頬に手を当ててレイナは頭を下げた。
「こんなカッコですみません、おはようございます」
年齢よりかなり若く見える質素な顔立。その瞳は少しだけ茶色のまじった黒色である。
黒い瞳から俺はアグリモニーさんを思い出して、俺もそんな風に出来たらななどと考える。海風で乱れた黒髪をフォスターが愛おしそうに撫でた。
「すこし、早かったかな?」
いえっと否定しようとしたレイナにかぶせてフォスターが
「ああ」
と肯定した。
俺はなんともむず痒いこの空気をどうしていいかわからず、とりあえず謝罪する。
フォスター・オルロフは、一緒に戦うようになって知ったのだが本来は無口な男だ。無口で無表情、淡々と任務をこなすそんな心象を俺は持っていた。
【神おわす聖なる国 フェスティエラ】の広告塔として大衆の前に出る時の完璧な笑顔や態度は、あくまでもそうあるべきと造られたものであると魔王討伐前に何度か組んで解ったことだった。
だが、レイナといる時のフォスターは無口は変わらないが、彼女には甘い表情をみせる。
そしてとにかく過保護だ。レイナにむける柔らかい微笑みが彼女をどう思っているか解らない奴なんていないほど総てを語る。
ポスポスとフォスターの頭を叩いて「降ろして!」と暴れるレイナを一度強く抱きしめて、見事に洗練された動きで丁寧に甲板におろした。
なんというか……俺はお邪魔しましたといって立ち去るべきだったと思うほど甘い二人の空間にいたたまれない。
ふわっと魔法陣が目の前に現れて、
「おっはよー」
「おはよーさん」
と緩い挨拶と共にテオールとルートが現れた。
もう少し早くきてくれよ。
俺はやっと居心地の悪さから解放されてほっと息をつく。
「ヘタヴァルくんには刺激の強い場面だったようだね」
ルートが、彼の周りでフルフルと楽しそうに浮かぶ守護精霊の光の玉達と一緒にからいの笑みを浮かべる。
んだよ、見てたのかよ。
そのヘタレとヴァルをまとめる呼び方、語呂が良すぎて嫌なんだけどと思いながらも、ここで何か言い返しても図星だと指摘されるだけだと思い
「へたれの俺には羨ましい光景でした」
と受け流した。
「ヘタヴァルくんいじりはそれぐらいにして今日の工程を大まかに決めてこ」
テオールの高い澄んだ声が響いて俺達の間に、引き締まった空気が降りてきた。
「──計算通りとはいかなかったわ、ごめんね」
日が昇り、凪いだ海面に日の光が乱反射する。
船は精霊の力で高速で進んでいるので潮の香りの濃い風が甲板にいる俺達の髪を乱して通り過ぎていく。
水平線をじっとみつめたテオールが無念そうに謝る。
「もっと、小さく出来ると思ってたのに……」
海底遺跡はその名乗り、小島にある洞窟からひたすら地下へ降りていく。
──その遺跡が発見されたのは1年前。
無人島でタゴレの漁師達もあまり立ち寄らない小さなその島に、嵐の後たまたま通り過ぎた漁船が洞窟を発見した。
洞窟内の魔物は低階層からやけに強く、上級者対応のダンジョンとして攻略が進み、魔物の素材やレア装備の発掘でタゴレも活気づいている矢先の魔王の出現だった。
最下層の探索が進む中、突如、島が動いた。
地震と思われたが、正しくは遺跡内が崩落したのだ。
当時、最下層と思われた地下12階の探索をしていたパーティーは二つ。一つは崩落に巻き込まれ、なんとか脱出したパーティーが小島にいた他のパーティーを引き連れて避難するため船に乗った。
魔術師が王島へ報告の為一足先に転移し、緊急事態の報告を受けて、すわ調査団の派遣をと動いたタゴレ王の目の前で海底遺跡方向の海で闇が──爆発した。
王族の持つ固有の力と魔道具で海底遺跡の封印を試みるが高速で広がる黒い霧により断念せざるおえなかった。そして王は受け継がれてきた数々の伝承から【魔王出現】を確信する。
さらに事態は急速に悪化した。
黒い霧から逃げてきた者からの話で座標石が破壊されると報告を受ける。そこからは、時間との勝負。
迫り来る黒い霧に閉じ込められる前に隣国のリベルボーダに救援を求める使者を出し、王島を強力な結界で守り勇者の到着まで籠城するしかなかった。
「最下層だけに結界を張りたかったのに、ご覧の通りよ」
苦いものを噛むように眉をよせてテオールは肩をすくめた。
「黒い霧は常に吹き出し続けてるみたいで、最下層を上手くとらえられなかったの。だから、全体を包むしかなくて……」
船が進むにつれてだんだんと視界の中で大きくなっていく黒い半球。その横には半分、半球の中に入っている小島も見えた
「遺跡の内部は、12階が崩れてるけど、そのすぐ下に魔王がいるってほど単純じゃないみたい。西に広がり地下に何階層か増えてる。それが何階ってのがわからなかったの……ごめんね」
沈むテオールの声
「精霊たちは黒い霧の中じゃぁ動けないから~レイナちゃん、遺跡内を浄化しながら進むことになると思うけど、いいかな?」
ルートがテオールの後を引き継いで話しを進める。
「はい! 大丈夫です」
にっこりと微笑むレイナ。
島へ上陸して拠点を整えたら、結界内を全浄化して俺達五人で遺跡内へ突入する。
黒い霧は精神に干渉し不安を煽る、座標石や方位磁石もこの干渉を受けて狂わされていると思われる。
異常状態無効の装備は五人とも装備しているが、念には念をいれて結界内への突入時には各種加護と強化をかけて慎重に進む方針だ。それらを再度皆で確認しあった。
──そうだ!
と俺は思い出して胸元からアグリモニーさんにエンチャントしてもらった魔工石を取り出した。
「レイナ、俺これあるから回復の優先はフォスターで」
「わー! これが噂の!?」
レイナが黄色い声を上げて魔工石を覗き込む。
ん? うわさ?
「そうなのよぉ、こう小指と小指を絡めてねぇ~」
完全にからかう姿勢に入ったテオールがルートと小指を絡める。
「ゆび~ふふんふ~んふーんふーんふん!!」
てきとーにルートが歌い出す。
テオールがルートに話したんだろう。
「てきとーに歌うなよ」
思い出が薄まるだろ! いや、薄まらないけど、つか思い出したらにやける。
口元が緩みそうになって慌てて片手で口元を覆う。
「そこでキスのひとつも出来ないからぁ~ヘタヴァルんだろ~?」
ルートの追い討ちが俺の心のわき腹に蹴りを食らわす。
「甘んじて受ける」
俺だってな!
何度となくそうしようと思ったけど、もし拒絶されたらと思うとついつい考えてしまって、かと言って『キスしても?』とか聞けないだろ? その前に『好き』ですだろ?
それが言えなくて……
「そのエンチャント、【特定ポーション等級昇格効果】付いてるわ」
テオールがやれやれという感じで言った。
「え? ポーション効果向上じゃなくて?」
「もちろんポーション効果向上も付いてるわよ。というか」
じっと俺の胸にある暗黒色の石を見ながらテオールは説明していく。
エンチャントした本人作成のポーションに限り、ポーションの等級が昇格するといつ効果もついているという。
「あんたの持ってるアグリン特製超級ポーションはその上の極醇、つまり完全回復するってことよ」
アグリンってアグリモニーさんの事だよな? また親しげに……羨ましい……
個人を指定して制限することで魔工石の中に組み込める魔法陣にする最高難度のものだという。
「さらに【ヴァル・ガーレンにとって有益な補助魔法効果向上】というめちゃくちゃ個人的なのが付いてる、ここにポーションも魔法効果として組み込んでるあたり……さすがフォーサイシア様の弟子だよね」
「ヴァルくん以外がつけても発動しない効果なんだぁ~ふーん、へ~え」
ニヤニヤしながら言葉を発するルート
「アグリン過保護だよね、【余剰回復蓄積〔ヴァル・ガーレン〕被ダメージ時解放】という、回復し過ぎてる分をその石が溜めてダメージを肩代わりするってのまでついてる」
テオールは感心しきりと言うように言葉を重ねる。
「全て合わせてヴァルるんにとってのポーション効果向上って事にするなんて……アグリンは今、存命する錬魔技師の中で最高峰にいるわね」
テオールの説明に俺は心臓がうるさく鳴りだした。
俺、自惚れてしまっていいのだろうか……いや、慢心したらダメだ!
「ヴァルさんのカノジョ──恋人さん凄いですね!」
「あ……いや……恋人じゃ……」
「そーだよねぇ、精霊たちがその石見てはしゃいでるよ。彼女も連れてきちゃえば良かったんじゃな~い?」
ルートの周りで四つの光の玉がくるくるとはしゃぐ。
「そーですね、拠点でポーション作ってもらえば何時でも会えますよね? 恋人のアグリモニーさんに!」
ニコニコ嬉しそうに言うレイナは天然だし、ルートはわかりきってからかってる。
「いや、だから……」
作戦会議が一段落したからか、緊張感はもうすっかり消え去っていた。
「あの、ダンジョン内は余裕なくなるかもですが、島の拠点だったら聖域指定するので安全ですよ! ね?」
フォスターに同意を求めて見上げる。それを受けて、
「うむ」
と、フォスターまでニヤリとこちらに意味ありげな視線をよこして悪乗りしてくる。
「だから! まだ何も伝えてないから無理なんだ!」
追い詰められて俺は遂に叫んだ。
「えーーーーー??」
とほんとに驚いているレイナとクスクスと笑う仲間3人。
「えっと、あの……なんとも思ってない人に指切りで約束とか大人の女性はしないと思ったので、特別な意味があるのかと……」
本当か?! あれってそんな特別な意味があったのか?もし、それが本当なら……
「ヴァルるん、ニヤケてるよ?」
「よし!!! さっさと魔王倒して帰るぞ!!!」
「うお! ヴァルく~ん、闘気、突然解放するのやめろよ。精霊たちがびびってんだろ?」
さっきまで楽しそうにしてた光達がルートの頭の上で固まって、赤色の光が俺に抗議するようにはねてる。
「あ……ごめん」
浮かれてしまった……いかんいかん気を引き締めないとな。
「さぁ、もうすぐ船が着くよ! 皆、準備して」
笑顔でうなずき合う俺達。
アグリモニーさん、俺、頼れる仲間も出来たよ。
暗黒色の石を握りしめる。
テオールの説明やレイナの話を受けて、すこしだけどアグリモニーさんとの未来を前向きな方向で期待する自分がいる。
──が、まずは目の前の魔王討伐だ!
彼女は言った、
『勇者ならやってくれるでしょ?』
そうだ俺達ならやれる!
守りたい日常を守って、その日常へ帰るんだ。
──そして、必ず想いを伝える。
船が速度を落とし始める。
黒い半球は目の前だ。
俺はそれを見つめて大切な石に一度くちづける。
そして、準備をするために自分の荷物のある船に飛び移った。




