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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第二章 勇者の戦場
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暗黒色の意味

勇者ヴァル・ガーレン視点になります。





 そうだ……俺は、俺ヴァル・ガーレンは、

「へたれだぁーーーーーーーーーーー!!!!!」


【威嚇】に闘気をありったけ乗せ、どうせ風や波音でかき消されると解っているから大声で叫ぶ。

 舳先に回り込んでマストより高く鎌首をもたげ、船を丸呑み出来るだけの大口を開けて襲いかかろうとしていた海大蛇がビクンと一瞬動きを止める。


 構えていた特大剣を振り上げて舳先から跳躍。

 着地点は大蛇の頭だ。

 着地と同時に眉間に剣を突き立て逆手に持ち替え、頭を割るように振り抜く。


 ──ギャァアアアアアアア!!

 と断末魔を上げて傾き始める頭を船の進行に邪魔にならない方に蹴りを入れ、その反動で舳先へ戻る。


 剣を背負った鞘に納めれば、背後で大きな水音がして海水が土砂降りの雨のように落ちてきた。

 そんな中でも、水乙女の加護を受けた船は揺らがず走り続け、不気味に凪いだ海面に月明かりだけが、船を追ってくる。


 濡れた髪を潮風で乾かしながら他の個体がいないか舳先から目を凝らすが、気配は無く、船が海面を滑る音だけが聴覚を埋めていた。


 月夜の海原を疾走する船団。

 勇者を乗せ最終目的地である海底遺跡に向かう五隻の大型船は予定通りに順調に進んでいる。

 先のような魔物の襲撃は遺跡が近づくにつれ数が増えていた。

 すでに黒い霧は魔術師(マギマスター)テオール・アイヒホルンの結界から出てくることはないとはいえ、数日前までその恩恵を受けていた奴らは強い。


 しかし、今の個体は小さかったな。見張りの交代前に戦った群れからはぐれた個体だったのか。

 濡れた上着が肌につくので襟元のボタンを2つ外し、風を入れれば──コロンと胸元で小さな鳥籠が揺れた。


 月明かりの下にその暗黒色の石を取り出し眺める。

 そして、同じ色の瞳を想う。


 軽率な過去の自分の目を覚まさせてくれた彼女。

 いびつに伸びたプライドを剣と一緒に折ってくれた恩人。

 彼女の瞳はこの世界ではとても珍しい純粋な黒だった。


 マギ系の職種につくものは、濃い瞳をした者も稀にいる。彼女の師匠である前代勇者フォーサイシア・メドヴェーチェも黒い瞳だったが、ほんの微かに蒼を感じさせた。

 でも、彼女ほど何も混じらない暗黒色はお目にかかったことがなかった。


 15歳のあの日──どれだけもがいても、ビクともしない体。

 そんな俺を見下ろす暗黒の瞳に何もかもが吸い込まれてしまって、それまで俺が誇っていたものは石ころ程度のものだったのだと気づかされた。


 彼女が俺の前から消えてからも、師匠が元勇者だと知り往生際悪く言い訳する俺を更に丁寧に元勇者は潰した。


 俺の心は──更地だった。

 何にもないそこに俺という存在があった。

 そして、傍らには【剣】があった。


 剣で築いたプライドを壊され、幼稚な自惚れしかない心は折られ、更地になって、それでも残ったのは──やっぱり【剣】だった。


 最初は見返してやると思っていた。

 上の上まで行って、今度は俺が見降ろしてやるんだと……それからは、修行に明け暮れる。


 今まで馬鹿にしてきた基本の動き筋肉を、鍛える方法を1から積み上げて行く。人を観察し、なんでもどんなことでも貪欲に自分のものにする。自分が出来る事と出来ないことを見極め、出来ないことは出来る人を信頼し任せる。


 俺はあれからずっと二度と慢心しないよう常に自分を律してきた。


 そうやってひとつひとつ積み上げていくうちに……鍛えれば鍛えるほど……上には上がいて、自分がまだまだと言うことを痛感する。

 まだだ、まだだと鍛え続け──そのうち、思い至る。


 あそこで、ああやって目を覚まさせてくれたあの人がいたから、俺はここにいられると。だから、見返すとか見降ろすとかじゃなく、彼女が誇れる自分でありたいと思うようになっていった。


 ──で、気がついたら勇者に選ばれるところまで来た。


 あの瞳が俺のダメなところを全部吸い取ってくれたのかもしれない。気がつけば、ギルドで時々見かける彼女を探しては目で追うようになった。


 いつの間にかフードを深くかぶりその黒い瞳は見えなくなってしまったが、俺にとって彼女とのすれ違いが日常になっていた。

 辛いことも苦い思いも、彼女を見れば乗り越えられた。


 そして──自分が彼女を好きだと自覚した途端、怖じ気づいた。

 まだまだな自分が好きだと伝えたところで何になると……


 彼女の瞳と同じ色のものを身につける己を自分でも女々しいと思うが、それも俺だ。そう、いつまでも弱くヘタレな自分を俺は常に自覚している。


 船室から出て階段を登ってくる足音がして、俺は思考を止め大切なその石をしまい上着のボタンをかける。


「終わっちゃったの?」

 気だるそうな甘ったるい声が甲板に出る階段から聞こえた。

 振り返ると、赤い髪を月明かりの中でかきあげながら、少しだけ乱れた服をそのままに吟遊詩人チコリが立っていた。


 彼女とその仲間と俺がこの船に乗っている。

 彼女らは上級冒険者で王島周辺で魔物の掃討作戦の時にパーティーを組んでいた。

 五隻のうち二隻は食料や補給物資、鎧や武器の補修を行う技術をもつ職人達が乗っている。海底遺跡の入り口にある小さな孤島に拠点を作り、遺跡内の俺達への援助を行う。


 後は、テオール・アイヒホルンとルート・ロロキ、フォスター・オルロフと聖女レイナがそれぞれ一隻ずつにのり分け、やはりそれを援助する上級冒険者が乗り込んでいる。


 先頭を走る船が夜の見張りをする事になっていて、この船が今先頭を走っていた。

 とりあえず俺が最初の見張りを引き受けて他の面子には休んでもらうことにした。そのほんの数刻の後にあの海大蛇が現れたのだ。


「呼んでよ」

 ため息をつきながらゆるゆると近寄ってくるチコリ。

「交代前の戦闘の群れからはぐれた奴だったみたいで、単体だったから」

 チコリはなんのためらいもなく俺の袖を掴み、ぐっと体を寄せて水色の瞳を潤ませて俺を見上げる。

「頼ってって言ってるの」

 乱れた襟元は大きく開いていて、俺の目線からはくっきりとした胸の谷間が見えている。


 見せているんだと解る、大きな胸だろうなと思う。

 ──もしこれが、彼女だったら……


「ねぇ!」

 少しイラついているのを声にのせチコリは俺を睨んでいた。

「頼ってるよ。いつもチコリ達の援助で楽に戦わせてもらってる。ありがとう」

 本心を伝えたのにチコリの機嫌は治らなかった。

「私の気持ち、解ってるでしょ?」

「俺の気持ちも何度も伝えたと思うけど?」


 チコリからは最初にパーティーを組んだ日にベッドに誘われた。「必要ない」と即断った。

 しかし、翌日は真剣なのだと泣かれた。

「俺には好きな人がいて、その人以外は女性とは思えない」ときっちりと伝えた。それでもチコリはことある毎に言い寄ってくる。

 しかし、やっぱり俺にはそれを真剣だとはどうしても思えない。何故なら、


「チコリィ? まぁたヴァルを誘ってるのかぁい?」

 甲板にまた新たな声が増えた。

 鼻にかかるヤケに息まじりの声の主は、チコリのパーティーの精霊使いシェファンだ。

 上着のボタンはヘソまで開けていて、薄い金色の髪をかきあげながらこちらに歩いてくる。あまりにもあからさまなその姿に俺は二人にバレないよう口を手で覆って上がる口角と吹き出しそうになった息を隠した。


 そう、チコリのパーティーは彼女以外の3人は全員男で3人と彼女とは男女の仲だと言う。そう彼女自身から言われたのもあるが、そういう声が聞こえた事もあった。

 つまり、真剣の方向性が俺とは違いすぎて申し訳ないけどパーティーを組む仲間としてしか考えられないと言うわけだ。


「きちんと断ったところだよ」

 そうシェファンに言うと彼はチコリの腕をとり抱き寄せた。

「俺が慰めてやるよ」

 と耳元で囁くのにやっとチコリの機嫌は治ったようだった。

 シェファンは俺の姿を見て、「洗うかぁい?」と聞く。乾きだした髪に塩でも浮いていたかな?

「お願いするよ」

 というと、バサーっと頭から樽をひっくり返したように真水が落ちてきた。その後、ブワァっと熱い風が吹いて潮くさかった体が単に真水に濡れた半乾き状態になった。


「ありがとう。助かった」

 俺は感謝したけど、チコリがシェファンの足を踏んでいたのでもしかしたら、手荒い方法だったのか? と思った。


「ねぇ、あたしをその女と思って抱いてもいいんだよ?」

 と、チコリがトロリとした目で甘ったるく言う。

「彼女を抱くなんて……まだ告白もできてないのに……無理だ」

 無理だ……いや、そりゃ出来ることなら!

 まてまて、まだ小指しか触ってない。

 あ! 耳なら手のひらだ。その時に彼女の手にもさわった。

 あぁ~柔らかかったなぁ、小さかったな、心地よい歌声だったよなと思いが膨らむのを

「この! ヘタレ!!!」

 というチコリの甲高い声で現実に戻された。

 俺は苦笑して答える。

「甘んじてうけるよ、おやすみ」


 キーキー言ているチコリをシェファンが慰めながら船室へと降りていく二人。

 俺はまた夜空を見上げる。


『アグリモニー』


 と心の中で呟いてみる。

 いきなり呼び捨てにしたら、彼女はきっと『なんだい?』と怪訝な顔をするのだろうか?もしかしたら、焚き火の前のような無防備な柔らかい声で『なぁに?』と言うだろうか?


 俺は結局、交代の時間まで彼女の事を考えて過ごしたのだった。



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