約束
店内から窓の外を覗くとテオール・アイヒホルンがグリルフォークにソーセージを刺して焚き火で焼きながら、チーズをかじり、ヴァル・ガーレンと話している。
ヴァル・ガーレンもチーズを手にワインを飲んでいるが、こちらに背を向けているので表情はわからない。
時々テオールが
「うっそ!」とか「へたれ!!」とか叫んでいたので、夕べからの事を話しているのだろう。
結界譲渡はギルドに連絡したときから半日で終わったが、それが安定するまでは様子を見るために1日以上はかかるかもとギルマスには報告したという。
海底遺跡までは王島から五隻の船で行く。
結界がテオールの手を離れ、確実に安定した事を確認したので、明日の朝には出発することになったという。
その準備など最終確認の為に早朝から動く事になるので、魔術師の彼女の手が空いてすぐ迎えに来たのだ。
「その、まさか……二人で庭で、その、お邪魔しました!」
とある程度予定を話した後で、頭を下げまくるテオールに
「いやいや、話は一段落してたし、後はつまみ食べながら、ワイン空けてお開きって思ってたから」
ねぇ? とヴァル・ガーレンに同意を求める。
「はい」
と心なしかションボリしている。
「でも、そのーこの後は……そのぉ~二人で一緒にべっ」
とムフフという生暖かい含み笑いでヴァル・ガーレンをチラチラみながしゃべり始めたテオールの口を彼が瞬速で塞ぐ。
手が見えなかったよ。
「ヴァル・ガーレンは庭で夜営の予定だったから、お迎え来て良かったね。明日からの為にゆっくり休みな」
テオールの意図する事は解ったが、なんせ告白さえされてない、プラトニッーーーークな私達(昨夜の私の行動は治療としてですし、相手に記憶がないので数には入れません)には、意味不明としておくだわさ。
ヴァル・ガーレンは何か言いたそうにこちらを見る。
そこで、私はエンチャント中の魔工石を思い出した。
「テオール・アイヒホルンさん、時間はもう無い?」
あと少しで許可待ちになる。
許可さえ出せれば、魔工石を渡せる。
その時間が欲しかった。
むぐーふぐーとヴァル・ガーレンに塞がれながからも可愛くパタパタしていたテオールは、やっと解放されてふーっと息を吐く、小声でヴァル・ガーレンに『後で説明しろ』と言ってから私に向き直る。
「えっと、テオールでいいですよ。朝までとかは無理ですけど、そんな今すぐどうしてもって訳じゃないんです」
「なら、テオール。彼から依頼されたエンチャントがもうすぐ出来上がるから、ワインでも飲みながら待っててもらっていい? おつまみも適当にどうぞ」
そう言うとテオールはお礼を言って、待たせてもらいまーす♪ とスキップする勢いで焚き火に向かう。
ふっとヴァル・ガーレンと目が合った。
淋しそうにうるうるしてるヴァル・ガーレンが、もう捨てられたわんこのような目で私を見る。
頭をわしゃりたい!
が、さすがに今は無理だからニッコリしておく。
釣られたクマっ──違った、ヴァル・ガーレンはふにゃっと笑って、焚き火の前に座った。
テオールの為のカップとワインの追加ボトルをもっていくと、ソーセージがいい匂いで焼けていた。
私は自分のカップを下げて、工房に戻った。
七つ目の魔法陣はもう、ほんのあと少しで許可待ちになる。
これを渡せば彼らは遺跡へ向い魔王と戦うことになる。
魔王を倒すまではもう帰って来ることはない。
ほんの半月だ。
魔王討伐のパレードを見送ったのに、送り出した勇者がうちにやってくることになるなんて、思いもよらなかった。
ふわっと一段階明るくなる工房。
最後の魔法陣が許可待ちになる。
私は工房いっぱいに輝く魔法陣を見つめる。
一つ目の魔法陣を魔工石へ重ねる。
初めてヴァル・ガーレンがやって来たのは15の時。
くそ生意気なガキだった。小憎たらしくて……でも、その才能は本物だったから、私はきっと嫉妬もしてたんだろうなって思う。
二つ目の魔法陣を重ねる。
そして、まさかのルアーブ君。
私は、その可愛らしい姿を思い出してクスクス笑った。
混乱したな。
──そして、あの言葉。
三つ目、四つ目、五つ目とまとめて重ねる。
私がもし、彼をポポラホさんと認識したままなら。きっと、選択肢は増えなかった。
ポポラホさんの好感度が爆上がりしてたろうけどね。
六つ目……雑な設定の村人さん。
私は彼がこの空間にいる事が……嫌じゃなかった。
何をするでもなくただ同じ時間を過ごす事が。
そして、最後の魔法陣を重ねる。
この1日を思い返して私は感情の波にのまれる。
熱い欲望や柔らかい感触、動揺やときめき、押し寄せる不安、ゆったりとした時間、幻想的な景色、流れる汗、焚き火とワイン。
──そして、静かな銀の瞳と安心感。
どうか、彼を守ってください。
私は、祈るように声に出す。
「お願いします」
魔法陣が輝く。
あたり一面、光の海だ……
眩しさに目を閉じれば、彼の笑顔がふっと浮かぶのだった。
* * *
庭の隅に転移陣が展開している。
キャンプファイヤーはすっかり片付いて、いつもの庭に戻っていた。
魔法陣の前で私はヴァル・ガーレンを呼び止める。
「ご注文の品。どうぞ」
彼はとびっきり嬉しそうにペンダントを受け取り、一度ぎゅっと胸の前でそれを握り早速それを首にかけた。
大切に慎重にそれを服の中にしまう。
「ありがとうございます」
頭を下げたヴァル・ガーレンの後ろで魔法陣に乗ったテオールが、口笛を吹く真似をしてそっぽを向きながら、チラチラとこちらをみている。
頭を上げたヴァル・ガーレンの瞳を私はしっかりと見る。
彼も私を優しく見下ろす。
ほんと、大きいな。
「私はね、約束が怖かったんだ」
彼は『?』となりながら、それで? と促すように私を見つめる。
「それを破られた時の辛さが……怖かった。重たい足枷のようになって、負担になるのも、嫌だった」
前世の記憶が蘇ったけど、私はそれが苦くも痛くもなくなっている事にほっとした。傷痕は残ってるけど、それはもう思い出だった。
「でもね」
私は笑えた。
「ヴァル・ガーレン、あんたにはその心配はいらないなって思えたんだ」
私はゆっくりと小指を彼に差し出す。
「だから、約束しよ」
不思議そうに小指を見つめる彼の手を取り、私は大きな彼の小指に私の小指を絡ませる。
「また、ここに来てね」
ヴァル・ガーレンの小指にぎゅっと力が入る。
そして、どこまでも甘い優しい声が私を包む。
「はい、約束します」
そのささやかな触れ合いが嬉しくて、私は歌う。
♪指切りげんまん嘘ついたら針千本の~ます!
ゆびきった♪
ブンブンとふって小指を離す。
笑顔で送り出す。
笑顔で迎えるために。
ヴァル・ガーレンはゆっくりと後ずさりながら、転移陣にのった。
私達は笑顔で見つめ合っている。
──こほん
と小さな咳払いが聞こえて、頬を少し赤らめながら、こっぱずかしそうにテオールが
「出発していい?」
とヴァル・ガーレンに言う。
彼は私を見たまま頷いた。
それを呆れたようにみて小さく息を吐き出してテオールは
「お世話になりました、では」
と言い、『うん』という短い発動許可を魔法陣に出した。
キラキラと光の粒子が二人を包み、そして眩しい輝きの中に消えていく。
庭に1人立つ私に月明かりが降り注ぐ。
森の木々がさわさわと揺れる音。
私は小指を抱きしめて、心にある想いを声にする。
「私は、ヴァル・ガーレンの事が……好き」
それは、暖かくて切なくて……またこの感覚が私の中に溢れたことを知った。
──また会いたい。
私は、勇者ヴァル・ガーレンに恋してた。
第一章 魔女の日常 はこれで終わりです。
次から第二章です。
勇者視点になります。




