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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第一章 魔女の日常
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約束

 店内から窓の外を覗くとテオール・アイヒホルンがグリルフォークにソーセージを刺して焚き火で焼きながら、チーズをかじり、ヴァル・ガーレンと話している。


 ヴァル・ガーレンもチーズを手にワインを飲んでいるが、こちらに背を向けているので表情はわからない。


 時々テオールが

「うっそ!」とか「へたれ!!」とか叫んでいたので、夕べからの事を話しているのだろう。


 結界譲渡はギルドに連絡したときから半日で終わったが、それが安定するまでは様子を見るために1日以上はかかるかもとギルマスには報告したという。


 海底遺跡までは王島から五隻の船で行く。

 結界がテオールの手を離れ、確実に安定した事を確認したので、明日の朝には出発することになったという。

 その準備など最終確認の為に早朝から動く事になるので、魔術師(マギマスター)の彼女の手が空いてすぐ迎えに来たのだ。


「その、まさか……二人で庭で、その、お邪魔しました!」

 とある程度予定を話した後で、頭を下げまくるテオールに

「いやいや、話は一段落してたし、後はつまみ食べながら、ワイン空けてお開きって思ってたから」

 ねぇ? とヴァル・ガーレンに同意を求める。

「はい」

 と心なしかションボリしている。

「でも、そのーこの後は……そのぉ~二人で一緒にべっ」

 とムフフという生暖かい含み笑いでヴァル・ガーレンをチラチラみながしゃべり始めたテオールの口を彼が瞬速で塞ぐ。


 手が見えなかったよ。


「ヴァル・ガーレンは庭で夜営の予定だったから、お迎え来て良かったね。明日からの為にゆっくり休みな」

 テオールの意図する事は解ったが、なんせ告白さえされてない、プラトニッーーーークな私達(昨夜の私の行動は治療としてですし、相手に記憶がないので数には入れません)には、意味不明としておくだわさ。


 ヴァル・ガーレンは何か言いたそうにこちらを見る。

 そこで、私はエンチャント中の魔工石を思い出した。


「テオール・アイヒホルンさん、時間はもう無い?」

 あと少しで許可待ちになる。

 許可さえ出せれば、魔工石を渡せる。

 その時間が欲しかった。


 むぐーふぐーとヴァル・ガーレンに塞がれながからも可愛くパタパタしていたテオールは、やっと解放されてふーっと息を吐く、小声でヴァル・ガーレンに『後で説明しろ』と言ってから私に向き直る。


「えっと、テオールでいいですよ。朝までとかは無理ですけど、そんな今すぐどうしてもって訳じゃないんです」

「なら、テオール。彼から依頼されたエンチャントがもうすぐ出来上がるから、ワインでも飲みながら待っててもらっていい? おつまみも適当にどうぞ」

 そう言うとテオールはお礼を言って、待たせてもらいまーす♪ とスキップする勢いで焚き火に向かう。


 ふっとヴァル・ガーレンと目が合った。

 淋しそうにうるうるしてるヴァル・ガーレンが、もう捨てられたわんこのような目で私を見る。


 頭をわしゃりたい!

 が、さすがに今は無理だからニッコリしておく。

 釣られたクマっ──違った、ヴァル・ガーレンはふにゃっと笑って、焚き火の前に座った。


 テオールの為のカップとワインの追加ボトルをもっていくと、ソーセージがいい匂いで焼けていた。


 私は自分のカップを下げて、工房に戻った。


 七つ目の魔法陣はもう、ほんのあと少しで許可待ちになる。

 これを渡せば彼らは遺跡へ向い魔王と戦うことになる。

魔王を倒すまではもう帰って来ることはない。


 ほんの半月だ。

 魔王討伐のパレードを見送ったのに、送り出した勇者がうちにやってくることになるなんて、思いもよらなかった。


 ふわっと一段階明るくなる工房。

 最後の魔法陣が許可待ちになる。


 私は工房いっぱいに輝く魔法陣を見つめる。


 一つ目の魔法陣を魔工石へ重ねる。

 初めてヴァル・ガーレンがやって来たのは15の時。

 くそ生意気なガキだった。小憎たらしくて……でも、その才能は本物だったから、私はきっと嫉妬もしてたんだろうなって思う。


 二つ目の魔法陣を重ねる。

 そして、まさかのルアーブ君。

 私は、その可愛らしい姿を思い出してクスクス笑った。

 混乱したな。

 ──そして、あの言葉。


 三つ目、四つ目、五つ目とまとめて重ねる。

 私がもし、彼をポポラホさんと認識したままなら。きっと、選択肢は増えなかった。

 ポポラホさんの好感度が爆上がりしてたろうけどね。


 六つ目……雑な設定の村人さん。

 私は彼がこの空間にいる事が……嫌じゃなかった。

 何をするでもなくただ同じ時間を過ごす事が。


 そして、最後の魔法陣を重ねる。


 この1日を思い返して私は感情の波にのまれる。

 熱い欲望や柔らかい感触、動揺やときめき、押し寄せる不安、ゆったりとした時間、幻想的な景色、流れる汗、焚き火とワイン。


 ──そして、静かな銀の瞳と安心感。


 どうか、彼を守ってください。

 私は、祈るように声に出す。


「お願いします」


 魔法陣が輝く。

 あたり一面、光の海だ……

 眩しさに目を閉じれば、彼の笑顔がふっと浮かぶのだった。


  *  *  *


 庭の隅に転移陣が展開している。

 キャンプファイヤーはすっかり片付いて、いつもの庭に戻っていた。


 魔法陣の前で私はヴァル・ガーレンを呼び止める。

「ご注文の品。どうぞ」

 彼はとびっきり嬉しそうにペンダントを受け取り、一度ぎゅっと胸の前でそれを握り早速それを首にかけた。

 大切に慎重にそれを服の中にしまう。

「ありがとうございます」


 頭を下げたヴァル・ガーレンの後ろで魔法陣に乗ったテオールが、口笛を吹く真似をしてそっぽを向きながら、チラチラとこちらをみている。


 頭を上げたヴァル・ガーレンの瞳を私はしっかりと見る。

 彼も私を優しく見下ろす。

 ほんと、大きいな。


「私はね、約束が怖かったんだ」

 彼は『?』となりながら、それで? と促すように私を見つめる。

「それを破られた時の辛さが……怖かった。重たい足枷のようになって、負担になるのも、嫌だった」

 前世の記憶が蘇ったけど、私はそれが苦くも痛くもなくなっている事にほっとした。傷痕は残ってるけど、それはもう思い出だった。

「でもね」

 私は笑えた。

「ヴァル・ガーレン、あんたにはその心配はいらないなって思えたんだ」

 私はゆっくりと小指を彼に差し出す。


「だから、約束しよ」

 不思議そうに小指を見つめる彼の手を取り、私は大きな彼の小指に私の小指を絡ませる。

「また、ここに来てね」

 ヴァル・ガーレンの小指にぎゅっと力が入る。

 そして、どこまでも甘い優しい声が私を包む。

「はい、約束します」

 そのささやかな触れ合いが嬉しくて、私は歌う。


♪指切りげんまん嘘ついたら針千本の~ます!

 ゆびきった♪


 ブンブンとふって小指を離す。

 笑顔で送り出す。

 笑顔で迎えるために。


 ヴァル・ガーレンはゆっくりと後ずさりながら、転移陣にのった。

 私達は笑顔で見つめ合っている。


 ──こほん

 と小さな咳払いが聞こえて、頬を少し赤らめながら、こっぱずかしそうにテオールが

「出発していい?」

 とヴァル・ガーレンに言う。


 彼は私を見たまま頷いた。


 それを呆れたようにみて小さく息を吐き出してテオールは

「お世話になりました、では」

 と言い、『うん』という短い発動許可を魔法陣に出した。

 キラキラと光の粒子が二人を包み、そして眩しい輝きの中に消えていく。


 庭に1人立つ私に月明かりが降り注ぐ。

 森の木々がさわさわと揺れる音。


 私は小指を抱きしめて、心にある想いを声にする。


「私は、ヴァル・ガーレンの事が……好き」


 それは、暖かくて切なくて……またこの感覚が私の中に溢れたことを知った。


 ──また会いたい。


 私は、勇者ヴァル・ガーレンに恋してた。

第一章 魔女の日常 はこれで終わりです。


次から第二章です。

勇者視点になります。


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