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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第一章 魔女の日常
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勝負と焚き火と魔女と勇者

 ──それは圧倒的だった。

 月を背負って立つヴァル・ガーレンは紛れもない勇者で。自力ではとうてい敵わない私がどれだけ姑息なやり口を使おうと、その器のふちにも手はかからない。


 それでも、私は一歩──そうあと一手!

 上がる息をかみ殺し地を蹴る。


 彼の額に巻かれた鉢巻を取れば私の勝ちだ。


 砂が落ちきると鈴か鳴る砂時計の形の魔道具がもうすぐ鳴るだろう。それが鳴るまでは彼から攻撃しないという、私に一方的に有利なルールを受け入れたヴァル・ガーレンは、開始から一歩もその場から動いていない。


 ちなみに彼は素足。

 私が激レアブーツなんて不公平だ! と言うと、憎たらしいぐらい素直に脱いだのだ。

 だけど、庭に仕込んである麻痺陣への誘導も、身体強化の魔法と服の下にこっそり装備しているエンチャントで繰り出すフェイントも全て無視される。


 そして、私の攻撃を受け流していく。

 柔らかいクッションを殴っているみたいに、攻撃したこちらに反動さえ与えない。

 それでも私は渾身の力を込めて殴りにいく。

 鉢巻を取る?!

 なにそれ、おいしいの? だぁ!!!


 気合いばかりになった一撃を、案の定柔らかく流される。私はその流れに負けて、さっきからワラっていた膝から崩れる。


 ──りんりんりんりん

 砂時計が鳴る。


 ヴァル・ガーレンが静かに手刀で私の頭にある的を砕きにくる。そう、15歳の彼が壊せなかった的。天使の輪のような盾がでるカチューシャだ。


 ──もう、ここしかない!

 私は倒れる動作に連動して腰に差していた、タクトに偽装した魔道具にマナを流す。

拘束網(リミテーションネット)】の魔法が、それを向けられたヴァル・ガーレンの足をすくう──はずだった。


 ……私の腕はびくとも動かない。

 大きな手が私の腕をつかんでいた。

 膝をついた私の横で、ヴァル・ガーレンは立て膝になって腕を抑え、反対の手をすっと私の頭へもっていく。


 ──キチッ

 とかすかな音がしてカチューシャが外された。私からのマナ供給が途絶えて盾がふわっと消える。


「【鎧剥ぎ】?」

「はい」

 装備品を強制解除するスキルを使ってのスマートな勝利条件のクリアに私は素直に感嘆した。


 くそーーーーー!!! 負けたぁ!!!!

 魔道具へのマナ供給も身体強化も全部取り消して彼の瞳を見た。


 15の時の生意気な瞳も、彼でない時の穏やかな瞳も、昨夜の熱に浮かされた瞳も、全部同じ色なのに……

 今、この月光の中で見つめられるその銀色が一番綺麗だなって思った。


 つか、顔ちかっ!!! ヤバいヤバいやーばーい!

 なんか、言えよぉ! とか思って唇を見てしまう。

 昨夜の感覚が蘇って、柔らかいその厚めの唇に……


 ぎゃーーーーーー!! 自爆!!!

 なんか、なんか言わなきゃ! 言わなきゃ!!!

 とちくるった思考がへんな方向にスイッチを押す。


「なに? 私の服も【鎧剥ぎ】する?」

 なに言ってんだぁわーたーしーーーー!

 笑ってー!! 魔女ギャグよ? 枯れ魔女ギャグ!


 ──ぼんっ

 といいそうなほど顔が一気に赤くなったのはヴァル・ガーレンのほうが先で「いえっ」と慌てて立ち上がり私に背を向ける。

「くっぷぷっ」

 相変わらずの乙女反応に笑いが出た。


 ……大きいなぁ。

 彼の背中をみて思う。


 そして、強い。

 お婆ちゃんにも感じてた安心感が、彼のその大きな背中にも確かにあって、私は死亡フラグだなんだと前世の慣習というか癖みたいなので騒いでた自分が馬鹿馬鹿しくなった。


 気が抜けるとどっと心地よい疲労感を感じて、ゴロンと草の上に寝転がった。

 そして大声で笑う。

「あははははははは! チクショォー! 完敗だぁーー!!」

 見上げた空に明るく輝く黄白色の月。

 大の字になって寝転んだ背にひんやりとした草と土の香り。


「アグリモニーさん?」

 びっくりしたヴァル・ガーレンが振り返る。

「アグリモニーでいいよ」

「え……いや、それは」

 ともじもじする乙女勇者。

「はいはい、じゃーいいや『さん』付けで」

「あ……うぅ」

 残念がるんなら否定しなきゃいいのに照れちゃってさ。

 私はヨイショっと上半身を起こす。


「さて、いい時間だけどどーする? ソファーでいいなら」

「あっ、いえ夜営します」

「りょーかい」

 私は立ち上がって

「よし!キャンプファイヤーやろー!!」

 ご機嫌な私はテンション高く言う。

「キャンプ? ファイヤー?」

「焚き火、焚き火ぃ♪ 準備するから足洗ってブーツはきな」

 きょとんとするヴァル・ガーレンを庭に置いて家に入る。


 夜営用の敷布と毛布を用意する。

 バスケットにパンとチーズ、ワインを入れる。


 工房では六つの魔法陣が許可待ちで輝いている。

 あと一つだけ、まだ完全ではない魔法陣があるが、あと少しでエンチャントは完了できるだろう。


 荷物をもって扉を出る。

 庭でぼーとブーツをはいて突っ立てるヴァル・ガーレンに私は言う。

「ほーら、手伝って。クエスト成功おめでとうの乾杯しよ!」

「あっ……はい!」

 ヴァル・ガーレンも私の意図がやっとわかってほっとしたのか、ニッコリ微笑んで荷物を受け取りに駆けてきた。


  *  *  *


 焚き火の横に低い作業台を持ってきて、パンとチーズを並べる。ワイングラスなんて洒落たものはないから、いつもの茶を出すカップと保存庫からとっておきのソーセージを出す。

 それとグリルフォーク──肉焼き用の二股の柄の長いフォーク。これにソーセージを差して焚き火であぶって食べるのだ。


 薪の燃える橙色の光がほんのりと優しく私とヴァル・ガーレンを照らす。


 作業台を挟み、横並びで座って乾杯する。


 喉が乾いていた私は一気に一杯目を空けて、二杯目を注ぎながら

「いやーお疲れ様だよヴァル・ガーレン。手合わせしてくれてありがとうね」

 いつもの持ち方でゆっくりとカップを傾けていた彼の横顔に話しかける。

 橙の柔らかな明かりの中、カップを一旦置いて彼はまっすぐに私を見た。


「こちらこそ、ありがとうございます」

 と頭を下げ

「15の時は、すみませんでした」

 下げたまま拳を膝で握った。

「生意気な新人はたまにいるし、それを指導するのも初めの魔女(ビギノジャニター)として仕事の一環だよ」


 下がったままの頭が起き上がる気配がないので、ワインの瓶を置いて、両手でさわり心地のよい黒髪をグシャグシャとかき回す。

「あんたみたいな強い奴は、その後居ないけどねぇ~」

 かき回されるがままのヴァル・ガーレンは下を向いたまま

「でも、俺はほんと身の程知らずで……嫌われててもしかたな」


 私は手を止めて、ぺちんとその頭を軽く叩く。

 うっと声がしたけど気にせず話す。

「嫌わないよ、むしろ誇りに思う」

 ぴくりと彼の肩が動く。私は話を続ける。

「私が初めて受け持ったビギナーが勇者になったんだよ? お婆ちゃん──フォーサイシア師匠がかつて守った日常を、ヴァル・ガーレン、あんたは守る為に今、戦ってくれてる」

 ゆっくりと心から言葉を伝える。

「こんなに誇らしくて嬉しい事はないよ。ありがとうね」


 ヴァル・ガーレンは肩を小さく震わせている。

 うっ……と微かな嗚咽が聞こえた。

「ありがとうございます」

 それは、しめってて途切れ途切れだったけど私の心に染み込んだ。


 ──魔王討伐。

 この世界の人類を守るために勇者達は戦っている。

 守れなかった命もあるだろう。

 責められた日もあった筈だ。

 聞こえてくる輝かしい武勇の裏で苦く辛い想いを飲み込み、全てを背負ってただひたすらに戦っている。


 だけど彼等も人だ。

 楽しければ笑い、悲しければ涙する。

 私は彼の見てきたものの100分の1も理解出来ないかもしれない。

 でも、彼が心を緩めて誰に気兼ねするでもなく休める──そんな場所になりたいと思った。


 だから、私は何も言わず二杯目のワインを焚き火を見ながらチビチビと飲む。


 パチパチと薪がはぜる。

 炎がゆれて頬に感じる熱は温かい。

 ワインで酔うほど酒に弱くないはずだけど、心地よい火照りが体を満たしていた。

 隣で大きく鼻をすする音がした。彼はふぅーと長い息をつく。

カップを持つ気配がしてゴクゴクと飲む音がする。

 ワインを継ぎ足す音も。


「アグリモニーさん」

 と呼ばれる。

 私は焚き火を見たまま

「なぁに?」

 と答える。

「俺、ずっと心に決めている事があって」

 その声は私にかけられているが焚き火の方を向いているのが解る。

「アグリモニーさんに聞いてほしい事があるんです」


 その真剣な声に、私の心臓が跳ねる。

 ぽけっと炎をただ見つめて彼が落ち着くのを待ってた。だけど、彼から投げられた言葉で、それが示すだろう出来事に思い当たる。


 私に聞いてほしいって……つ、ついにあの日、水晶越しにされた……あれの事、だよね?

 たしかに今すごくいい雰囲気だ。やり直しクエスト成功・手合わせでの勝利・焚き火・月夜・涙


……二人きり……


 つ、ついに……答を出す時が来た……のか?

 さっきまでのまったりとした雰囲気は私の中から消え失せて、思考があわただしく回り始める。


 私は──でも、これから語るだろう彼の思いなど知らないのだ。

 知らない筈なんだ。

 まてまて、普通に考えて、彼の気持ち以外で私に聞いて欲しい事で思い当たることってなんだ?

 どれだ? 何が答えだ? どうしたら、自然なのかな?

 そうか! 解らなければ聞くよね?で、答えが返ってきてからの返事だわな。


 よしよし、自然にね、ナチュラルにね。

 ドキドキを通り越してバクバク言う心臓は、寝不足のせいでワインに酔ったせいだ、と言い聞かせて

「ほう? なんだい?」

 と、魔女しゃべりで問う。


 ひゃあっ、構えとる! 私、めちゃくちゃ構えてるじゃん!

 まぁ、ギリギリセーフとしておこうね。

 しましょうよ!

 さぁ、ヴァル・ガーレン答えるのじゃ!


「その今はまだ言えないんですけど……」


 うそーーーーーーーーん!!!!

 言わないんかーーーーーーい!!!!

 持っていたワインと一緒に後ろに倒れそうになって、慌てて体制を立て直す。

 私は、今、脳内で盛大にドンガラガッシャーーーンしたぞ!

 ──きっ!!! 

 とヴァル・ガーレンに顔を向けて睨む。


 それに気がついたのか彼は私に正対し

「魔王を倒したらそれを話せると思うんです」


 ……それは、静かで強い決意の瞳だった。


「本を届けるついでに、聞いてもらえますか?」


 昼に見たものとは全く質の違う決意がそこにあった。

 そんな目をされては、もうフラグとか言えないよ。

 つーか、彼は今、魔王討伐のその先の未来を語ってるんだ。


 過酷な戦いから帰還して、彼は日常(ここ)に戻って来ると言っている。

 そして、私は今日何度目になるだろうか?──彼の強さを見る。


 あぁ、ほんとかなわない……


「じゃぁ、楽しみにまってるわ」

 微笑みが自然とこぼれた。

 彼も微笑む。


 ──ふわり

 ? 目の端で──庭の隅で何かが光のを視界ギリギリで捉える。

 次の瞬間それは人影をつくり


「──げっ! 邪魔しちゃった」

 可愛らしい声がして、瞬時に声の方に振り向いたヴァル・ガーレンが声を上げた。


「テオール!!」


 そこには、天才魔術師(マギマスター)テオール・アイヒホルンがバツの悪そうに眉をたらして立っていた。

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