ふたりで暇を
月下魔花の蜜採取は暗くなって月が登り始めてから出発する。だから、それまでの間に魔工石の付加魔法陣を描いておくことにした。
今日も天気がよかった。昼食後、店内の換気も兼ねて窓や扉を開けているので風が心地よく通り抜ける。
ヴァル・ガーレンが何をエンチャントしたいか考えている間に掃除をしたり、店内の棚の整理をして待つ。二階に行って毛布とクッションを干して店内に戻ってきても彼はまだ迷っているようだ。
迷うヴァル・ガーレンに、現在装備しているエンチャントを聞くと、ほとんど必須なものはすべて最上級で付加されていた。
二人でうーんと考えて【ポーション効果向上】がないという話になった。
確かに、基本的には勇者級の回復が飛んでくるし、緊急用には超級ポーションを使っているのだから、どうしても必要というものでもない。
それでもヴァル・ガーレンは、とても嬉しそうに
「それで! それがいいです!」
と、魔工石を差し出した。
最上級のエンチャントは複雑で構造を練るうちに、魔法陣は全部で七つにもなった。
集中するために工房に篭もることを伝えると、ヴァル・ガーレンは昨夜の汗を流したいので井戸を借りたいといった。
私はどうぞと言って大きめの汗拭き布を渡す。
魔法陣が完成したのは一時間後。
かなり丁寧に描いて効果を上乗せする。
マナと想いを込めて出来上がったものは、私の現時点の集大成で最高のものだった。
あとはこれが許可待ちになるだけだ。
喉も乾いたのでお茶にでもしようと、当たり前のように店内にいないヴァル・ガーレンを庭に呼びに行こうとした自分に苦笑する。
とりあえず、窓から様子を伺うと。
そこには、筋肉がぁ!!!
鍛え上げられた背中の筋肉! えっと広背筋!
キラキラと汗が伝う──たしか僧坊筋! 首から背中の中央にある筋肉ね! あと、名前わかんないけど肩の筋肉とか!
はうーーーー!
ズボンだけはいて、庭の短い草の上に素足で、上半身のみ裸です!
筋肉もろ見せのヴァル・ガーレンは、どこから拾って来たのか長い木の枝を剣に見立てて素振りというか型稽古をしていた。
ここここ、こ・れ・は!
シャワーシーンを覗いてしまった眼鏡君状態なのでは?
振り向いたヴァル・ガーレンが
『アグリモニーさんのエッチィ!!!』
とかいう……訳ないでしょぉ!
扉を勢い良いよく開けて、
「汗流すって言ったのに、なんで汗かいてんじゃぁ!」
と怒鳴ると
「あれ?」
と、ヴァル・ガーレンは言い。きょとんと日の高さを確認して
「久々に集中して基本できました」
と、これまたニッコリ笑うのだった。
頭を洗う為に上を脱いだら、目の前にちょうどいい枝が落ちていたのでと枝を見せるヴァル・ガーレン。
どうせ水かぶるなら一汗かいてから、と鍛錬バカっぷりをオミマイされた。
強くなる筈だよ。
才能があって努力が全く苦じゃないんだもんね。
いや、今はそこじゃない!
「さっさっと汗流して服を着ろーーーー!」
「はいぃ!」
と、慌てて水を汲み出すヴァル・ガーレン。
蜂蜜レモン水を用意して彼を待つ。マネージャーかぁ私は……
黒い上下に戻ったヴァル・ガーレンとまったりティータイム。
魔王討伐の合間の最後の休憩だろう。
これから遺跡へ向かって、魔王との対決だ。なるべくゆっくりした時間を過ごしてほしかった。
だから、話題は他愛のないものばかり。
「あんた本とか読む?」
「依頼者の下調べとか魔物の生態とかで、依頼先の書庫で読んだりします」
「いやいや、趣味でだよ」
ワーカーホリック働き過ぎ君は、本当に仕事しかしてなかったのかな。
まーつい最近まで同じ状態だった私が言えた義理ではないが。
「うーん、趣味かぁ……」
「私、好きな童話があってね。知ってる? 四季のカンパニーレシリーズ」
ヴァル・ガーレンは、うーんと考えて首を振った。
「この年で童話とか……無いよね、ははは」
小さな頃から天才と言われて育ってきただろう彼も、童話ぐらいなら読んでるかなって思ったけど、ハズレだった。
でも、彼はニコニコしながら
「どんな話なんですか?」
と、聞いてくる。
あんなにひねたガキだったのに、なんとまぁ。ちゃんと人の話を聞けるいい子に育ったもんだよ。
彼の優しさにちょっと甘えて、わたしは語る。
四季のカンパニーレシリーズは、今世の実家に唯一あった童話だ。童話の中の世界では国が4つあって、その国々を春・夏・秋・冬それぞれの女王が順繰り巡って四季が変わる。
物語の始めは、舞台になる国の【季節鳴きの鐘塔】がなり響き、季節を告げるところから物語が紡がれる。
実家にあったのは【夏の女王の落とし物】という、夏を告げた国の隅っこの村に不思議な杖が現れる。それを拾った村の子供に、自分は夏の女王のものだから、なんとか女王様の元に戻りたいと言う。
村の大人にはその杖の声が聞こえない。
だから、その子供は仲間を募り五人で一生懸命、女王がいるという鐘塔を目指す話だった。
五人の子供達だけの冒険にワクワクして、最後は女王の元にたどり着き無事に杖を届ける勇敢さに憧れた。
何度も何度も読んだ。
そのお話ももちろんだけど、一頁毎に描かれた絵がとても綺麗でずーっと眺めていたものだ。
「師匠の弟子として王都にお使いで行った時に、シリーズとして春と秋があるのを知っね。懐かしくてさぁ、実家にあったのはもうボロボロだったから、全部を大人買いしちゃったよ」
「おとながい?」
聞き慣れない単語に首をかしげる。
「あぁ、大人の経済力で子供の頃に欲しかったものを買っちゃうという意味」
「なるほど、俺もあの魔工石を大人買いですね」
工房のエンチャント台に乗って付加を待っている、暗黒色の石に目をやる。
「いや、大人でも手がでないよあれは、あんたのは勇者買い」
「確かに」
あはははっと二人で笑った。
その空気の柔らかさに、こんな時間がまたあればいいなって思って、
ふと口から言葉がこぼれた。
「次、来るときさぁ」
ヴァル・ガーレンも私と同じ空気を感じてくれたのか、柔らかく微笑んで
「はい」
とい言う。
「最新作が出てるから、王都のワックロール書店で最新作買ってきてよ、もちろんお代は払うからさ」
数年、間をあけるが新作が出ていて、毎回楽しみしていた。その待望の新作がこの度出たのだ。
ヴァル・ガーレンは銀の瞳を嬉しそうにほころばせ頷く。
「【四季のカンパニーレシリーズ】最新作【冬女王の娘と巡り師見習い】だからね! 間違えないでね」
「はい、やく」
「約束はしなくていい」
ちょっと強めに彼の言葉を遮る。
あう、理不尽だったかな?
「なんかのついでくらいの気楽なのでいいからさ」
なるべく柔らかくなるように言葉を紡ぐ。
それをくみ取る銀の瞳。
「じゃぁ、超級切れたら買いにくるので、そのついでに」
私はその瞳をみてこくりと頷く。
「さて、日が沈むまでまだあるけど……」
「アグリモニーさんは、何かしますか?」
ヴァル・ガーレンが私の言葉を先読みして質問してきた。
「うーん、魔法陣もまだあんなだし」
全然光ってない魔法陣たちをみる。許可待ちまでまだまだ時間がかかりそうだ。
「準備もたいしてないしね。本でも読んで時間を潰すかな」
「じゃ、俺もさっきの四季のカンパニーレシリーズ読んでもいいですか? そしたら新作間違えないと思うので」
わっ
わわ!!!
イケメンやばい!
なんだよ、うまいこといいやがって!!!
……もう、なんかさぁ。わたしゃ、すっかりウエルカムな感じになってしまってるくない?
結局、日が沈むまでお茶のみながら読書して時間を過ごした。でも、なんだろこの老夫婦のような時間の使い方。
……それが、嫌じゃないから困るんだよね。
冬の童話祭2017という公式の企画がありました。
【四季のカンパニーレシリーズ】はそのの冬童話のテーマを元に考えました。
私もいつか童話をかけたらなぁ……




