あーあ……
月明かりが森の木々に隠れ出す頃、上級マナポーションは出来上がった。これを更に高級ポーションにするつもりなので、鍋にぴったり蓋をして日光を遮断した上で、鍋ごと品質保存の魔法をかける。
結局、私は一睡もしなかった。
ポーションをかき混ぜたり、割れた瓶を掃除したり、月影ニンジンを投入したり、夜食を食ったり、バタバタしながら時間を過ごす。
その合間にギルマスへ魔法便を送った。
『勇者ヴァル・ガーレンは預かった。
返して欲しければ、さっさと迎えの者をよこしなさい!』
一応、こちらのことの成り行きもふんわり伝える。
お姫様に迫られたが答えられないので王城を出たけど、城下では見つかる可能性が高い。なので1番近い夜営できる場所である【初めの魔女】のところまで避難して来たみたいですよ? とね。
ここを目指した理由は、本人に聞かなきゃわからんけど、これなら自然だしょ?
朝日が昇る頃、ギルマスから返事がきた。
まだ封鎖結界維持の譲渡作業に1日以上はかかるから、その"働きすぎ野郎"を休ませる為にも、迎えが行くまで預かって欲しいというものだった。
どうも、ヴァル・ガーレンは周辺海域で黒い霧の影響を受けた魔物の掃討に、先陣をきって参加していたらしく、上級者達の仕事がなるくなる勢いだったようだ。
とりあえず休めというものの、以前からそうだったようだが、理由を着けては船の修理や農作業の雑用をするヴァル・ガーレン。
なーるほど、それで私の所に送り込まれて来てた訳か……ほんとに、休憩場所になれてたとわかって口が緩む。
──む! 手紙をみながらやにさがる魔女ってコワイコワイっ!
それで、王との会食を理由に王都にもどされ、王城で泊まるはずが、姫に迫られ逃亡したっつーことやね。
『追伸
パパはアグリモニーの事を信じてるよ♪
がんばれ!!』
なんの話だ!?
つーか、どっちを期待しての発言だ!?
そんなん、庭に転がしとくわぁ!!
ビギナー同様、野宿じゃ! 野宿!!!
まぁ、夜営は本人の最初の希望だったので一晩庭を貸すのになんの躊躇がいるだろうか?
──いらない!! 期待とかしてない!
ないないない! 甘くない柿じゃない! 16でもない!!
店内は、工房での作業用に点した明かりと窓から入ってくるまだ赤い朝日の色が混じっていた。
お気に入りの紅茶を淹れてカウンターの内側に座る。一口すすると、ふわりとたつ湯気と香りで深いため息が出た。
カウンター越しに店内にあるソファーに目をやっれば。
柔らかな朝日が落とした窓の影には、すやすやと眠る勇者様。私のかけた毛布にすっぽり収まって幸せそうに寝息をたてている。
彼の寝顔を見つめながら、そうかと思う。
王様との会食だから、髭も剃って髪も整えてあったのかぁ。
だんだんとワイルド感が増していたのに、つるんとして端正な顔立ちが際立っている。今は爽やかさがアップしていた。
やることがなくなって、勇者側も緊急な動きはないという事に気持ちが緩む。
どれぐらいで起きるかなぁ。疲れが溜まっているならもしかしたらお昼ごろまで寝てるかな?
だんだんと室内が明るくなっていく。
眩しさに目を細めると……ふわっとあくびが出た。
* * *
「あの……すみません」
心地好く響く低音に意識がゆっくりと覚醒する。
腕を枕にしてうたた寝してしまったのを把握して、一気に目が覚めた。
──ヤバ! 寝てた!!
しかもだ、たぶん声の近さからしてカウンターのすぐ前に奴はいる!
くそ! 無駄にいい声してんなぁ、お目覚めボイスをアラームセットしたのに心地よくて二度寝しちゃうレベルじゃねーか!?
しかし、まさかあそこからうたた寝するか? 自分?
でも、幸か不幸か腕につっぷしてたので、寝顔は見られてない。ここで、ふがっとかいいながらヨダレふきふき起き上がる等という醜態を見せる訳にはいかないのだ。
早くなった心音を無視して、静かに息を吐き出した。
そして、私はとにかくゆっくりと体を起こしながら、すっとフードを目深にかぶり直す。さらに、さも余裕ですよ? という風に肩をコキコキとならしカラカラの喉を利用して
「なんだい?」
と、ぶっきらぼうに返す。
どーだ、いつもの【初めの魔女】だろ?フードの中では汗ダラダラですが、おくびにも出さないぜ!
フード越しにヴァル・ガーレンをこれでもかと睨む。
まー向こうには見えないだろうけどね……
朝日とは程遠い日光が燦々と窓から降り注ぎ、既に日が登りきってだいぶたっている事がわかった。
すると、奴さんは申し訳無さそうに「お休みのところすみません」と謝ってから
「昨日は、どうもお世話になってしまったようなのですが……その記憶が……曖昧で……目が覚めたら、こちらのソファーで眠っていて、ついお声をかけてしまいました」
丁寧に、そして初対面を意識した距離感で聞き慣れた声が私に向けられる。
そうなのだ。
ヴァル・ガーレンとして彼がここに立つのは15の時以来なのだった。
そして、私は彼を忘れている事になっていて……その他人行儀さは正解だっていうのに……突然現れた壁に一瞬寂しさを感じた。
明るい光の中、ヴァル・ガーレンの顔に疲労はない。
ちゃんと眠って全快してる事を確認して安堵し、私は通常営業に切り替えてぶっきらぼうに問う。
「覚えてないのかい?」
覚えてもらっちゃぁ、こっちが困るんですけどね。
まー忘れる前提で行動していたので、どこからなのか聞かないと落ち着かない。
眉間にシワをよせて、銀の瞳が自らの足元をみる。
「はい……その……いろいろありまして、泊まる予定の場所から離れたのは覚えてるのですが……どうしてここにいるのか……」
それみたことか!
綺麗さっぱりだぞ!
なーんら、心配いらんかったぜ!
私は心で盛大にツッコミながら、ほっとする気持ちの裏でこいつがさっぱり忘れてしまった昨夜の出来事を忘れられない自分にイライラした。
前なら、役得だったなー♪ 墓まで持って行こうっととかニヤニヤできたはずなのに、割り切れないでモヤってる自分がいるのを解ってしまった。
そのケンが言葉にのらないように気を付けながら、
「うちに向かう小道であんたは倒れてたんだ。まだ意識はあったんだがだいぶ朦朧としてたみたいだね」
「あの! 俺、あなたに何か……その、失礼な事しませんでしたか?」
意識があったと聞いて焦るヴァル・ガーレン。
飲まされたのが導淫薬だというのはわかっていて、どういう作用があるかも知っているだろう。
つーか、失礼な事したのは私の方です。すみませんすみません。
「導淫薬を飲んだとあんたが言ったから、中和薬を飲ませてそこで寝かせた」
はしょりましたが、嘘はひとつもついてません!
その言葉にほっとした顔をした彼は
「よかった……あなたに何かしてなくて」
と心底呟いた。
しそうになってたよ!
そして、私はしました!
ぎゃーーー!!! ツッコミが墓穴!! などと脳内ではドッタンバッタンの大暴れな私をヴァル・ガーレンはまっすぐ見つめて言う。
「お世話になりました。中和薬の代金は、今持ち合わせがないので後日持って来ます。必ず」
そう告げて、首にかけていたペンダントを引っ張り出して外しながら、
「これは、それまでの保証として置いていきます」
コトリと置かれたそれは、頑丈な魔物の革で出来た紐に銀色の小さな鳥かごのような形をしたペンダントトップがついている。
その中には、真っ黒な石が入っていた。
ん? ん?!
私はその鳥かごの中の石をみて驚愕する。
おい、待て! それ最高品質の魔工石だろ?
──激レアじゃねーーーーーーーーかぁーーーー!!!
【魔工石】は魔道具を作るときに魔法陣を描き込み定着させる魔石だ。いろんな色があって、それが沢山混ざっている物がより強力な魔道具がつくれる。
だから、黒なんていったら全部の色が混ざりあっているとされる物で、それが完全に統合された暗黒色なんて滅多にでない最高級品だ。
それこそ、この小さな一粒で、私の実家の村では一生働かないで子供の世代まで暮らしていけるぐらいの価値がある。
まあ、全身それ以上の激レアまみれの勇者にとってはたしかに、無加工の魔工石なんて質草程度なのかもしらんけどさぁ。
あの中和薬は確かに高いけど、お釣、出まくりでしょうが!
お釣りでニートできるじゃねーか!
と私がフードの影で目を剥いていると
「その、俺にとってはとても価値があるもので」
あんた以外にもすっげー価値あるわ!!!
脳内で派手にツッコミはしても、私の口からはなんの答えも出せずにいた。
「必ず、引き取りにきますので信じてください」
返答が無いので、私がこれの価値を疑ってると思ったのか、はたまたこれを置いて帰って来ないと思われてると勘違いしたのか、真剣な眼差しで彼は言った。
「それでは。介抱、ありがとうごさいました」
ペコリと丁寧に一礼して彼は踵を返す。
そして、扉から出ていこうとした。
あまりにも見慣れた光景に、そのまま見送りそうになった。
だから、結局ツッコミがそのまま口に出た。
「いやいやいやいや! ちょ、ちょっとまてぇぇぇええええい!」
立ち止まる彼。
振り向いた彼は何か決意したように私を見つめる。
──ときときとき
その熱を帯びた銀の瞳が、昨夜の事を思い出させて私は次の言葉を飲み込んでしまった。
はやくなる心音。
頬がぼっと熱くなる。
まさか……このタイミングで?
彼が息を吸うのがわかった。
私の答えは……
「ご存知ないかと思いますが、俺は勇者です」
──ときときとき
「全部終わったらあなたに伝えたい事があります。だから必ず戻ります。では」
──ぶちっ
堪忍袋的ものか、もしくは私の脳の血管か、とにかく今まで我慢してた何かがキレる音がした!
ぐおらぁぁぁあああああ!
そんな、発言したら【死亡フラグ】たってまうやろぉぉぉおお!!
「しっとるわぁーー!! このボケ!! お前はヴァル・ガーレンだろうがぁ!!!!」
あーあ、言っちゃった……。




