初めの魔女
目の前でねっとりとした緑色の液体からぽくりと気泡が見えて、やけにもったいつけてぽっちりと割れた。それが合図だったように黒い大釜が煮たってくる。
私は錬魔棒を構えて魔法陣を描く。
タクトの先端が鈍く黒緑色に光り、その軌跡は瞬時に空中に魔法陣を形作る。
そして、ゆっくりと円の中心部からキラキラと輝きはじめるのを確認して鍋にその魔法陣を重ねる。
* * *
私は10歳で死にかけたその時、走馬灯がぶん回って前世まで遡り日本で三十数年間生きていた記憶を思い出した。
そうなのだ! これは、これこそは!
つまりは、異世界転生じゃーあーりませんか!?
そして私は前世で読みまくってた小説みたいに、現代知識でチートを夢みて、その時助けてくれた魔術師のお婆ちゃんに弟子入りした。
かの老婆はフォーサイシアといい、王都近くの森で、小さな道具屋をしていた。
彼女は【初めの魔女】と呼ばれていた。
それは冒険者ギルドから頼まれて、初心者への簡単な御使いを出すからだ。つまりチュートリアル中の最初のクエストって感じだよね。
──初心者相手のチュートリアル魔女の弟子は、最強魔術師だったとかってカッコいい!!
絶対に! 魔女の弟子になってやるんだ! と意気込んで額を地面につけ、店の前で土下座する15歳の私。
その頭の上から、フォーサイシアお婆ちゃんは私を助けた時の優しい声ですこし苦笑しながら言ったのだ。
「そうなるような気がしてたよ」と。
……あっさり弟子になれちゃった……あり?
もっとこう……ひともんちゃく、とか?? ないらしい。
あっさり弟子になれたけど、魔術師への道はあっさりとはいかなかった。弟子入りしてからの修行期間は約5年間……
こってり! もっさり!! 背油マシマシ!!!
厳しい修行時代は、ただ深呼吸をひたすらしてマナを感じるところから始まった。何日も、いや数ヶ月、息をしているだけの修行が続いたものだった。
この世界は、大気に魔素が含まれていて、その魔素を練ってマナを作る。
これを錬魔という。
マナを使って魔術師達は魔法陣を組む。前世でいうところのMPみたいなもの。
錬魔自体はこの世界に生きているなら誰でもできる。生活の中に魔法陣の組み込まれた魔道具が浸透していて、それにマナを注ぎ込んで使うのだ。
寝ている間にみんな無意識に錬魔して朝起きたらMPは満タン。身体に満ちたマナは使いきると意識を失うけど、そこまで使う前に頭痛がしたり気分が悪くなる。
たまに錬魔できない人もいるが、マナ玉というマナを貯めた石が流通しているので、すこしコストがかかるくらいで特に問題ない。
マナを扱う職業従事者は、意識的に錬魔を行う。
大気より吸気に含まれる魔素を錬魔器官に取り入れ体内へ流し、体内に満ちたマナをさらに意識して圧縮しマナ蓄積野に貯める。
蓄積したマナを錬魔杖や錬魔棒を使って自在に引き出すという訳だ。
錬魔器官?? それ身体のどこにあるのさ?!
とかいろいろツッコミ出したら切りがないので、さすがファンタジー♪ としておこう。
最初は思ったよ……魔法は? 魔法陣は? どっかーんと派手に! ババーンと詠唱し! 現代知識でチート!!!
──って? いつからなーん!??
でもいつからだったか、マナが体内を巡る感覚を掴んだころかな? 体内で圧縮され、蓄積していくマナ量が増えていくのが楽しくなった。
私という人間は、RPGゲームでレベル上げとかの単純作業好きだった! というの思い出した。
いかに効率よく狩り場を回り経験値を溜て、ドロップ品を売って金を稼ぐ。そのルーティンが楽しめるタイプだった。
なのでチートではなく、普通に地道に鍛練して師匠もあきれる……否! 認めるほどのマナ蓄積野を手にいれたのだ。
厳しい修行を乗り越え、私はフォーサイシアお婆ちゃんから『アグリモニー』という名前をもらい、魔女として生きていける術を手にいれた。
そして、お婆ちゃんが寿命で二年前に亡くなった時、私は22歳になっていた。二代目の【初めの魔女】になる事に迷いはなかった。
* * *
鍋に重ねた魔法陣が半分ほど光を帯びたところで、ひとつが片手の手のひらに収まる大きさの小瓶を50本用意する。
鍋の横にある作業台にそれを並べて、回復の効果がある薬草を入れていく。
え? 魔術師になって、現代ちしきで最強デンセツ?
ふふっ、魔術師の弟子が、魔術師だっていつから思い込んでいたんだい?
……
…………orz
どうも、錬魔技師のアグリモニー24歳です……
えっと、錬魔技師とは!
マナを使って魔道具を作ったりポーションを作ったりします。あとあきれるほどの蓄積量を誇ってしまったマナ蓄積野を利用してマナ玉を日々生産いたします……
あのですね……魔術師とは、マナで魔法陣を作りそれを戦闘に使える、いわば戦闘職だ。もちろん、ポーションもつくれるし魔道具も作れる。それの戦闘出来ないバージョンが錬魔技師なのだよ。
私は、魔術師が使える戦闘系の魔法陣は描く事も出来るし、発動する事はできるよ。
──できるが、しかし……
回復ポーション用の小瓶をならべ終わって、一本ずつに品質保存の魔法陣を重ねていく。これまた慣れているので、作業は一瞬。50本目を描き終わる頃、最初の魔法陣の中心がキラキラし始める。
鍋に目を移すと、やっと……そう、やっと回復ポーション作成の魔法陣全体が白く輝いた。
「お願いします」と言って魔法陣に発動許可を出す。
魔法陣は輝きを一瞬強めて消える。すると鍋の中の緑色のドロドロは、淡い桜色のキラキラした液体に変わった。
それをレードルで丁寧に一本ずつポーション瓶に入れていく。
すべて入れ終わった頃に小瓶の魔法陣が輝くので、許可を出して蓋をして、回復ポーションは完成だ。
──オワカリ イタダケタ ダロウカ……
そうなのだ……魔法陣が発動するまでがかなり長いのだ。
魔法陣を描く時間や発動までの時間は、技術や才能で確かに変わってくるのだけど、これだけ遅いのは稀らしい。
どうやっても、どうにもならなった。
つまり、魔術師の攻撃魔法陣は使えるけど、発動までが鬼遅い。
一瞬の判断が命に関わる戦闘の中で、私の発動までの時間は遅すぎるのだ=戦闘職の魔術師なんかにはなれなかったんだよー!!!!
鬼遅の魔法陣発動時間が解ってから、考える時間は沢山あった。それが解っても、驚くことに修行は続いたからだ。
異世界へ転生して、すわ魔術師だチートだと浮かれた。けど前世で死ぬ前に、結婚を約束した彼に浮気され、その相手との間に子供までもうけられてしまった間抜けな私。
そんな私が、生き馬の目を抜く冒険者生活で最強とか無理ゲーだ。きっとチートできたとして、調子にのった所を寝首をかかれるのがオチだろう。
三十路の声に焦り、掴んだ藁。お店を持ちたいという彼に貢ぎたおして心の安定を買って結婚できない言い訳にして、彼の心がもう無いってことから目をそらして逃げてたんだよね。
だから私は──最強になれたら、あんな情けなくて辛い時間の無駄としか思えない人間関係を築いてしまうことはないと思ったんだ。
男に頼って振り回されてだんだん色を無くしてく夢。
あると思ってたのに気がついたら影も形もなくなってた愛。
──わかりやすく強くなりたかった。
でも、最強にならなくても私は今、充実していた。
男に頼らず生きる為に、"最強"は必須ではない。
↑
イマココ。
師匠の後をついで、小さいけれど自分の道具屋が持てたのよ。王都からは徒歩で四時間ぐらいの程よい距離にあって、生活できるだけの収入がある。
私には、ちょうどいい環境といえる。
さてと、そろそろ出かけられるかな?
朝起きてから描いた王都への転移魔法陣の進捗を確認すると、あと少しで許可待ちになりそうな感じだった。
回復ポーションを陳列棚に補充して、残りは割れないようケースに入れる。肩から斜め掛けにする収納鞄にいれた。重量を無効にする魔道具の鞄だ。
もちろん、この魔道具は流通して一般的ですよ。時間はかかるけど魔法陣を組んでマントの下でも違和感なくかけられる鞄を自作しました。
前世でやってたRPGゲームやネトゲで便利に使ってた魔法は、大概すでに魔法陣として存在している。そしてその魔法陣は錬魔技師に公開され自由に製作、販売できる。
秘匿されているものもあるらしいが、生活において不便を感じた事は今のところない。
食文化とかも、10歳まで純粋にこちらで育ったので特にまずいとも思わない。
医療とかは神聖魔法の領域で、マナとはまた違う概念で使うらしいのでよくわからない。
そもそも、錬魔器官という謎の臓器? がある時点で……いや、考えてみたら私が医療関係素人だしね。
ただ、この世界は、ポーションでだいたい治る。
治らない時は神頼み。
もちろん、慈善事業ではないので相応のお金はかかるけど、これでまず治らないものはない。
……ね。
ははは、世界は私の知識なんぞお呼びで無いらしいよ。
──そうなのよ。
この世界、すっごく生きやすい!
魔法というものが隅々まで行き届いてとても快適な世界です。少なくとも、私にこの世界へのダメ出しはない。
あ、もう少し、ほんのちょっとでいいの! 私の魔法陣の発動時間が早くならないかな? とは思わなくはない(笑)
闇夜の様に真っ黒な踝まであるローブを着込み、フードをすっぽりと被る。灰色に近い銀髪を無造作に垂らせば、怪しさ満点の魔女コスチューム完成だ。
二代目が若い女となると舐めてくる奴もいるので、一見老婆に見えるようにしている。
ちなみに、このフードの目に重なる部分に魔法陣が仕込んであって、被ってる間は真実の姿をみせてくれる魔法が常に発動している魔道具なんだよ。
お婆ちゃんがいる頃、私が一人で留守番してたらね、変装で初心者の振りしてポーション盗もうと企んだ奴とかいてさぁ……。私なのかお婆ちゃんか解らなくするために考えだした格好だ。魔道具にしておけば、鬼遅い魔法陣に頼らなくていいしね。
ちなみに、このローブ、マナを鬼使う(笑)
変化の魔法感知するとその変化前の姿を見るってい魔法【解除】の変則魔法陣自体はそこまでではないのだけど、【変装看破】がかなり面倒で、まず……って語りだすと長いので置いておこう。
とにかく、修行万歳! マナ蓄積野が無駄に広いとか言わせない!
むだなんてないんだよ(遠い目)
このローブ、相手からは私の目鼻はフードで隠れて見えない。がしかし、こっちはあの国民的RPGの〈ら行の鏡〉みたいに真実の姿から顔の表情の細部までばっちり観察可能な訳ですわ。くひひひひ。
そんなこんなで、練れば練るほどマナ蓄積野がふえてく二代目【初めの魔女】アグリモニーのスタイルは魔女魔女しい魔女なんですわ。
なんとか発動許可にこぎ着けた魔法陣の上に乗る。
「お願いします」
転移先は王都の冒険者ギルド。
私はギルド直通の魔法陣に許可を出した。
世界の説明ばかりですみません。
ご意見ご感想誤字脱字なんでも受け付けます。
よろしくお願いします。