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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第一章 魔女の日常
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月夜の行き倒れ

 この世界の月は欠けない。

 いや、正確に言えば欠けているのだけど、月自体が青く光っているので、新月の時は青くそして徐々に満月の時の黄色に近い白色へと光を変えていく。


 月の大地が魔素を大量に含みそれを地核にマナとして蓄積してるからだとか、月は神が創造した最古の魔道具だとか諸説あるけどよくわかっていない。


 見上げた穴の空いた月はまだ端に少しだけ青を感じさせるが、夜道に影を落とすくらいに黄白色に輝いていた。


 ビギノクエストがお休みなので、私自身で星屑草を採取してきた。そしてマナポーションを作る。これを上級マナポーションにする為の素材は裏庭で栽培している【月影(つきかげ)ニンジン】だ。


【月影ニンジン】は、形はニンジンだけど色は白いので小ぶりの大根とか蕪の細長いのって感じだ。味という味は無い。そのままで食べてもマナは回復するけど、お腹を壊すことも希にあるのであまり食べる人はいない。


 鍋を火にかけて星屑草を入れ、煮立つのを待ってる間にニンジン取りにいかなきゃなーって思いながら、窓から外を見た。


 ──ゆらり

 それは最初、木々が風で揺れた影だと思った。

 風が出てきたのかな? と思って庭の草花に目をやる。

 が、夜の空気を吸って眠ってしまったみたいに草花は微動だにしてなかった。


 あれ? と思ってもう一度、影がゆれた方を見る。

 そこは、街道からうちへ向かう小道。

 ゆらり、ゆらりとゆっくりこちらに近づいてくるそれが、人影だったことに気がついて、ピリリと緊張がはしる。


 こんな時間になんの連絡もなくやってくる奴にロクなのはいない。初心者相手の魔女だとタカを(くく)って押し入ってくる奴は過去に数人いた。


 もちろん、迷ってしまったとか困って助けを求めるという事もあるけど、警戒するに越したことはない。


 まず、扉の近くの床に仕込んである麻痺陣──特別製魔道具──にマナを通してきちんと発動できるか確認する。

 私のマナに反応して魔法陣が瞬時に輝いた。


 麻痺系の魔道具は、手書きに比べて燃費が悪い。これも普通に描く何倍ものマナを消費するが、私にはおあつらえ向きだ。


 あとは、カウンター下に常備している籠手と靴を迅速に装備する。これは勇者時代のお婆ちゃんが遺跡で見つけた付加能力(エンチャント)付き装備品で、速度超過の靴と防御&攻撃強化の籠手だ──レア物だぜ☆

 身体強化ほどの威力はないけど、それこそ10歳の私を襲った上魔闘猪(マギバトルボア)を一撃でぶっ飛ばすぐらいなら今の私なら可能だ。


 ローブを羽織り、フードを目深に被る。

 窓からこっそりと外を伺う。


 そんなに時間はかけてないけど、扉の近くには来ているだろうかと、臨戦態勢で覗く──が、いない?!


 目線を小道へと移すと、庭の入り口よりだいぶ前で黒い人影はヨロヨロと膝を付いた。


 ──急病人だったかっ!

 それでも、警戒は解かない。そんなフリをするのもいるからだ。


 しかし、迅速に行動する。

 扉から走り出て庭を抜けたところで人影はついに倒れた。

 私はギリギリ相手の間合いから離脱可能なところまで駆け寄る。


「大丈夫かい?!」

 その声は思ったより周りに響いた。

 人影は、影で黒く見えていたのではなく黒い服を着ていた。

 肩が激しく動いて息が荒いのがわかる。

 フード越しで変化魔法がかかっていないのはわかる。変装もなし。


 こりゃ本物かもしれないと、助け起こそうと近づいた時。

 その病人がなんとか体を起こして、顔をこちらに向けた。


 ぎゃぁぁぁああああああ!!!!

 もしくは、

 ずがががぁぁぁぁああん!!!!

 と、脳内で叫びと効果音が鳴り響いた。


「すっ……すみま……せん、遅く、に……アグリモニーさ……ん」

 苦しそうにあえぎながら、汗で乱れた髪もそのままに銀の瞳が私を捕らえる。


 ──ヴァル・ガーレン


 もう、それは反射だった。


「なんでお前が、こんなところで行き倒れとんじゃーーーーーーーーー!!!!」

 その声にびくっとしたヴァル・ガーレンは、ううっと言いながら立ち上がろうとした。


 私は慌てて彼に近づいた。

 ふらついた彼はなんとか自分で立とうとしたが、私が彼の腕を肩にのせ脇から体を支える

 そうだった……今はツッコミよりなにより目の前の急病人だ!

 とりあえず、家へ向かって歩き出す。


 近寄れば、ヴァル・ガーレンの体が熱を帯びているのを感じる。彼の汗は髪を濡らし、首筋からも汗が吹き出す。


 なんだ? 病気か? 魔物の毒なのか?


 いろいろ巡るがとりあえず、死に至るものではないと信じるしかない。

 ──勇者の仲間がいるのに、ここに来たんだ。

 小道から現れたということは、王都からここまではその足で来たのだろう。


 マントや鎧などは外しているけど、その黒い上着やズボンも多分レア物に違いない。なにかしらエンチャントされてる独特の紋様がフード越しでやっと見える。

 そして、そのごっちぃブーツ!!

 国宝だよね? 【武の国 カフスターク】の!

 速度超過とか回避性能上昇とかゴリゴリ付加(エンチャント)されてんですけど!?

 それで、走って来たのだろうか。


 うわ言のように彼は言う。

「あの、庭で……少し休ませて……頂け」

 私はそれを遮り

「こんな状態の人間を庭に転がしておいて、死なれでもしたら寝覚めが悪い!」

 ピシャリと言い、開けたままだった扉から店内へ入ろうとした。


 ところが、彼はずるずるとその場に崩れるようにしながら

「だめだ……なんで、俺は……ここにいるんだ……」

 と、朦朧(もうろう)と独り言のように呟く。


「なんでここに来たか聞きたいのはこっちなんだよ!」

 あっ、ツッコミが口に出た。でももういいや!

「あんたね、自分の状態解ってんの? あからさまに病人みたいな常態異常もちこんで『ほっといて下さい』とか、教室で泣いてるクラスメイトか! 気になるわぁ!!」

 語気が荒くなるのは、早くなんとかしなければと私も完全に余裕を無くしてしまっている証拠だ。

 勇者をこんな状態にする事態に焦りが精神をゴリゴリ削っていく。冷静にと思考を回すが完全に空回って残念な方に行ってしまう。


 苦しげにしながら、驚いたのか私の顔を見上げるヴァル・ガーレン

「クラス……メイト……?」

「ツッコまんでよろし!」

 だめだ私! 脳内がもれでとる!!

「身体強化かけて、あんたをお姫様抱っこ──横抱きに抱えて運ぶぞ! それでいい?」

 まぁ、時間はかかるけど抵抗されるなら最悪ありだ。

 でも、朦朧とする意識の中でも彼のプライドに触れたのか立ち上がろうとしてくれた。


 再度ささえ直して店内のソファーに彼をおろす。

 さっきよりはいくぶん息は落ち着いている。

 しかし、汗は相変わらずだし、何かに耐えるような苦しそうな常態は続いている。


「常態異常魔法? 毒?」

 私はとりあえず、デスペルの魔法陣を描く。そして店内の解毒薬をいそいで取りに行きながら問う。


「たぶん、飲み物……に」

 毒か!?

 イライラせずにはいられない。

「誰だよ?! そんなアホな事するやつは!」


 はーはーと荒い息を次ぎながら、ぐぅと頭を抱えるヴァル・ガーレン。

「シャオーネ姫との……会食の時……私ではダメですかと言われ」

 シャオーネっつたらリベルボーダの末の姫じゃんか?

 たしかヴァル・ガーレンに婚約を打診してたんだったよね。 つか相手は15になったばかりの小娘じゃねーか! 

 となると、毒じゃない可能性が高い。でも私はとりあえず、解毒薬をもって彼の前にいく。

「解毒できくかな?」

 と、小瓶を差し出したが私の声が耳に入っていないのか彼は虚ろでうなされるように言う。

「断った……わかったって言った……で、乾杯して」

「何を盛られたかわかる?!」

 大声できつく問いただす。

 やっと、私の声が聞こえたようで「ううっ」と唸り、彼はやっとという感じで言葉をはく。

「導淫……薬……だと」

「……はぁ?」

 どんなえげつないものの名前が出てくるかと思ったのに、拍子抜けな薬の名前に緊張からの弛緩で、だいぶ間抜けな音がでた。

 ううっ、すみませんと反射で謝るヴァル・ガーレン。


 ……導淫薬って、それ、うちでも作ってますがなぁ。

 緊急性が皆無になってすっと気が抜けた。


 導淫薬っつたらカウンターにおいてある紫色のトカゲでつくる【夜がちょっぴり元気になっちゃう♪薬】の正式名称である。

 効果としてはほんと、興奮しやすくなったり、ちょっぴり敏感になったり、ほんのり色々とオープンになる程度の大人なお薬で、飲み過ぎたとしても鼻血がでるぐらいのもんだ。


 まぁ、最大に効いても、ツンデレ比率7:3な彼女が4:6になって『ふん、いつまで待たせるつもり?』と、まだまだ口はツンツンしてるがほっぺは真っ赤な、そんな可愛いデレを見せてくれるって程度だ!


 いや、そりゃもっとえげつないそっち系の薬は存在しているが、素材が特殊なので作れる人もそうそういない。

 もしかしたら王家ならあるかもしれないけど、たしかに年端もいかない姫が手にできるものじゃない。


 つか! 

 おまえは中学生かぁーーーーーーー!!!

 なんで、そんなどーってことない薬で、重症になってんじゃあ!そんなに溜め込んでたのかぁ?!


 そりゃ、魔王討伐でいろいろ溜め込んで……ツイキュウハ ヨソウ。


「直後は……大したこと……なくて、ほんと……少しだけ……休めば、たぶん」


 うーん、疲労やらなんやらで抵抗にファンブル振って、そこに迫られて混乱してここまで走って、運動でさらに効果を全身に回しちゃったってところかぁ?


 もう……なんなの、すっげー心配したじゃんか!

 ぜってー死なないし、ほんと今からでも庭に転がしておこうかなぁ~。


 はぁ……毒じゃないなら中和薬だ。

 こんな可愛い薬で、お姫様は既成事実を盾にしようとしたのかな?……お子様にも程があるけど、まさか逃亡されるとは思ってなかったろーなー。


 相手のいない独り身の色男だもんな。

 勇者だし、ダメかもだけどもしかしたらって賭けに出たのかなぁ。

 実際はクリティカルしてしまってるんだけどさぁ……


 オキノドク


 私はデスペルを解除して

「中和薬取ってくるから、抵抗してなさい!」

 私は安心して気が抜けた状態だったけど、でもそれなりには急いで保存庫にいく。

 とりあえず、命に別状はないのが確定してほっとしたけど、あの常態では、まぁ、いろいろと苦しくはあるだろう。


 つか、乗っちゃえば楽だろうに……もしそうなってたら、真面目なあいつは責任とって……

 ──ちくり

 そんな事を考えて私の胸が傷む。


 はぁーなんでそこで傷むかねぇ。

 

 今はそんなんどーでもいい!

 仕事だ仕事!


 保存庫にある中和薬はいくつかある。効果があるけど副作用がツヨークてニガーイのから、副作用はないし、何にでも効くけど効果がほどほどなのとか。


 緊急でもないから症状に応じて選べばいいやって思って保管してた箱ごともってヴァル・ガーレンの元に向かう。

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