選択肢
村人V襲来から2日後。
ルファン商会から超級ポーションの追加注文がきた。
タゴレ王国全域浄化の儀式が明日実行されるそうだ。
【神おわす聖なる国 フェスティエラ】の教会が全面協力して最速で儀式の準備を整えた。王も修道女レイナの癒しと、準備期間の数日で回復したという。
浄化が終われば次は海底遺跡から黒い霧を出させないために、遺跡自体に封鎖結界を張る。それを維持する為に多人数の魔術師が【魔術学園都市 マギノダヴィニア】から派遣される。
テオール・アイヒホルンからの封鎖結界維持魔法の譲渡作業に数日。その間に修道女レイナの休息だ。
黒い霧が晴れた海域の魔物の掃討は上級冒険者が緊急クエストとして請け負っている。そこに、休息は十分と言って、手も空いている男性陣の勇者が参加するとこになった。それで超級ポーションを補充したいとの事だ。
上級冒険者達の手配や勇者のサポートで忙しいとの事で、ビギノクエストはギルドが落ち着くまでお休みとなっていた。
ギルマスには休みだから、実家でゆっくりしていればいいと言ってくれたけど、私は魔王が討伐されるまでは休んだ気がしないと各級のポーション作成などを中心に請け負う事にしている。
──それに、この場所が息抜きになるなら、確保しておかなきゃっならないでしょ? と、次は誰になってくるか解らない茶飲み友達の事も考慮に入れていた。
素材を集めたり、足りないものは王都で調達して過ごす。
そして、その超級ポーション追加の魔法便が来た時『ほらね、来た来た』と思ったんだ。
私は、いつもの様に20本の超級ポーションとお茶うけのクッキーを用意してお湯を沸かして待っていた。
でも……現れたのはルファン商会の商人だった。
もう一度言う、ルファン商会の商人が来たのだ。
そう、その人は本物の商人。
フードを被っていくら目を凝らしても、そこにいたのは裸眼で見るのと同じ、なんの認識阻害もかかってない正真正銘の商人だった。
当たり障りのない会話をして、茶に少し口をつけはしたが、お茶うけにはまったく手を触れない。特級ポーションと不正防止の魔法のかかった紹介状をもって帰っていった。
なんでだろう……こんなに、味気ないものかな?
いや、これが普通だったんだよね。
私はお皿に盛られたクッキーを口に運ぶ。
──さくっ。
軽い音をたてて口の中でほろほろと崩れる甘い塊。
美味しくできたと思ってたけど、そーでもなかった……かな。
あれ? なんかテンション上がらないなぁ……って、こらーーー!
なんで、あいつが来るのが当たり前、みたいになっとんじゃい!
なんで、私がしょんぼりしてんだよー……まてまてまてーーー!
例えだ! 妄想だ! そう!
これじゃ、手作りお菓子を下駄箱に入れたのにその日に限って彼が風邪でやすんじゃって泣く泣く回収してる女子中学生じゃないか?!
そんな、時代があったなぁ~前世の私~good-byeするーざなーいと……
だめだ、のらない……
ほんと、クッキー作って何ワクワクしてんだか。
……アホだな、自分。
つかさ、もともと勇者がこんな所にいるのがイレギュラーな訳で。さらに言えば、もし私が彼の変化や認識阻害に気が付かなければ、勇者がここに来ていたという事実はない訳で……
私は魔王討伐に出た勇者に感謝しながら、日常を送ってたはずなんだ。
はぁ……とため息をついたら、可笑しくなってきた。
──ハハハ
自嘲の笑い声はパサパサしていた。
これじゃ、片思いしてるのは私みたいじゃないか……
……片思いかぁ。
思い出すのは、胸を締め付けるような切ない気持ち。
顔をみるだけでドキドキして、どんな事でもその人に結びつけて顔が綻ぶ。かと思えば、自分の嫌な部分や自信のない弱い所をあげては、釣り合わないといって落ち込む。
会えたら嬉しい。
会えなければ切ない。
さて、それが今、自分の中にあるのだろうか?
ふわふわした居心地の良さはあるけど、なんだか違う気がしてならない。
多分、あの告白を聞かなくて、ずっと気が付かなければ答えは決まっていた。でも、今は違っているのは解っている。
だからといって、彼から答えを求められている訳でもないし、自分の気持ちもこんな感じで、なんとも言えない。
結論を出した方がスッキリする時もあるけど、出した答えに雁字搦めになったりしたら、後悔するのは自分なんだ。
こんな時は選択肢を増やしておく。
今世でお婆ちゃんから教わった事のひとつだ。
なんでも、考えすぎてヤケになったり勝手に不幸になったりする私に、思考停止や逃避ではなく、選ぶのは時が来てからでいいから【選択肢】を考えておきなさいって。
忘れてたよ。
ギルマスが忠告してくれてたのにね。
ほんと、だいぶ振り回されていたんだな、あの勇者様に。
そして、久しぶりのその振り回される感覚がちょっぴり楽しかった。
これからも増えるかもしれないけど、私はひとつ選択肢を増やすことにした。
☆断る
☆忘れる
そして、
☆受け入れる……かもしれない。
よしよし。
このふんわり感が今の自分にぴったりしていた。
これで、スッキリした。
今の私には、きっとこれぐらいが妥当だ。
もう一度カウンターのクッキーを食べた。
なーんだ、美味しく出来てたよ。
と、その日は余裕をぶちかましていたんだけどさ。
そこは、なんつーかさすが勇者……
初めてやって来た時の扉以上に、私の余裕をぶっ壊してくれた。
そう、それは正真正銘の商人がポーションを持ち帰って、新たな選択肢を加えた3日後。
彼は、彼のまま──ありのままの勇者ヴァル・ガーレンで私の前に現れたのだ。
そして。
扉にたどり着く前──というか前庭にさえたどり着けず、街道からうちへの脇道をふらふらと歩いてきて、いきなりぶっ倒れたのである。
逆に叫ぶわ!
「なんで、勇者が、こんなところで行き倒れとんじゃーーーーーーーーー!!!!」




