雨の音と沈黙
都で噂のイケメン剣士といえば勇者ヴァル・ガーレン様が筆頭だ。
さらに今なら吟遊詩人たちの尾ひれはひれに飾られて、その姿はリベルボーダの王子よりも見目麗しくかたられ、その強さはすでに伝説へ……
どんな小さな街や村、はたまた他国の街角、世界の津々浦々。
ヴァル・ガーレンの勇姿は、その仲間たちと共に燦然と輝く希望の象徴として掲げまくられている。
街ゆく乙女たちは語るだろう。
『あーん、ヴァル様すてきぃー』
『あの銀の瞳で見つめられたら私ぃわたしぃ~』
『あれ? あれ! あそこにいるのヴァル様じゃない?』
『きゃーうそうそーどこどこ?』
はっはーそいつは偽物だ!
なぜなら、ヴァル・ガーレンなら俺の目の前で寝てるぜぇ☆
……てな。
って、お前はなんでここで、うちの店のカウンターでうたた寝してんじゃーーー!!!
大いに乗りツッコミ状態だった私は、とりあえず村人V(←ヴァルのVね)のご所望された雨合羽をとりに保存庫に行き、台所から塩壺を持って帰ってきたら、だよ……奴はすやすやとカウンターに突っ付して腕を枕に寝ていた。
とっさに塩壺から塩とりだし投げつけてやろうと構える。
これがほんとの塩対応!!
私の殺気でさすがに近づけば起きるだろと思った。
工房からカウンターへそろりそろりと近づく。
しかし、起きない。
とりあえず、無意味な塩は給湯場に置いた。
お清めされなければいけないのは、私の思考回路の方だ……
とりあえず目の前まで来てみた。これで起きるだろう?──が、すやすやと静かな寝息が聞こえるだけだった。
その顔はさすがに疲労でか、少しやつれていた。
私はふと思いついて、魔法陣を描く。
ふふ、勇者様ぁ~このままだと、この枯れ魔女にいいようにされちまいますぜぇ~ひひひ。
これはさすがに起きるだろ? だってこんな至近距離で魔法陣が輝けばその光でお目めっぱっちり! って……
……おせーぇー遅いよぉ。
描き上げた魔法陣の真ん中がちょろちょろと光出した程度の輝きでは、木漏れ日程度で逆に心地良いっか!?
いやしかしだぁ!
こんな大量のマナの動きがっ!って……そうです、マナの動きさえゆっくりなんだよね、私の魔法。
渾身の悪役顔は、眠り続ける勇者に不発に終わる。
まじ、起きない……
これは、私の魔法は勇者の感知能力さえ凌駕するほどのモノと前向きにとらえたらいいのか、小物過ぎて起きるほどの危険がないと判断されたと落ち込めばいいのか……
答えは、麗美お宝レアスチル──勇者の寝顔回収に歓喜♪である!!
近づいて更に観察してやるぜぇ~ひひひなどとゲス仕様で覗きこむそこには──無精髭もそのままで、まだすこし濡れている髪も大分伸びてしまっているくたびれた青年が眠っていた。疲れが色濃く彼を覆っている。
だがしかしだ!
それでも、それさえも彼をとても魅力的なイケメンにしていた。
たとえ、どう考えてもタゴレの漁師さんが
『かーちゃんそろそろ新しいのにしていいか?』
と捨てようとしたのをもらってきたと思われる上着と、
『もう、継ぎ宛だらけだから』
と漁師のおかみさんが諦めてため息ついてたのを譲り受けたようなズボンをはいていようともだ!
その無駄にボロい背負い袋さえおしゃれに見える!!
こいつは、まごうことなきイケメンだった!
さらにいえば、大きくくたびれた襟元から覗く鎖骨とか、短めの袖から出ている筋肉質な腕とかっ、ご褒美ですか? サービスショットですか?
待ち受けにダウンロードできますかぁぁああ?!
……観賞用ならヨダレもんだよね。
寝息と雨音が静かに店内を満たしている。
睫毛長いんだなと思ったところで、さっき描いた魔法陣が輝いた。
【睡眠雲】が許可待ちになるほど私は彼を見ていたようだった。
ぐぬぬ。イケメンぱうわーオソロシス!
「うっ……ん?」
さすがに私の邪悪な思考を感じたのか?──否、許可待ちの魔法陣の気配に勇者はうたた寝から覚醒しようとしている。
私はとっさに「お願いします」息だけで許可をだして彼を深く眠らせた。
──え? 眠らしちゃった……
ぐぁがぁぁぁぁ何寝かしとんじゃーわたすぃはー!!!
さらに深く眠ってしまったヴァル・ガーレンの前で私は頭を抱えた。
つか、お前も抵抗しろよーって無理かぁ。
緩みきった寝顔をみながら、私は大きくため息をついた。
ただ、自発的に寝たのじゃないなら多分10分もしないで起きるだろう。
魔法抵抗でいったらそりゃ勇者様だ。いくら、お婆ちゃん仕込みの完全睡眠マックススリープクラウドだとしても、きっと起きていたら効いたかどうかだ。
彼の髪にまだ残る雨の粒が気になって、払うためにそっと触る。
──ふわり
思ったより柔らかな感触。
トクリと心臓が騒いだ。
のがぁぁぁぁぁあ!
これじゃほんとに本気で寝込みを襲っているようじゃないか?!
私はあわてて工房の給湯場にいって湯を沸かす。
そもそも、なんで起こすつもりなのにスリープクラウドの魔法陣にしたのか?
それは、ほんと、ほんのちょっぴり。
その寝顔を近くで見てたいなって思った……からとか……ってだからそれじゃ、「グヘヘ、ヴァル・ガーレンたんかわゆすなー寝顔至高むほーん」じゃんか!?
まーソノトオリ なんだけど……
──しゃんしゃん、しゃんしゃん
お湯のわく暖かい音が工房に響く。
あそこで寝てるのは村人Vさんだ。
多分、王都での昨日のお祭り騒ぎを観光にきたけど、帰りの馬車が一杯で徒歩で帰ろうとした。が、雨が降ってきてたまたま見つけた道具屋で合羽を買って帰路につく為にここに入ってきた設定──入ってきたんだろう。
私は思考を、雑な認識阻害を受け入れた状態だったらどーするか? に持っていく。
村人のしゃべる台詞はこうだ!
『勇者が王島取り返したってんで都は大騒ぎさ』
コマンド←話す←A『勇者様万歳!』
A←『勇者が王島取り返したってんで都は大騒ぎさ』
A←『勇者様万歳!』
A←『以下同文』
NPCの癖に省略とはいい度胸だなぁーぁあ?
また、無駄な妄想をしてしまった……
──ざーーーーーーーーーー。
外から聞こえる雨音が強くなってくる。
──お茶ぐらいは出すだろうね。
お腹はすいてるかな?
──たしか、おやつにしようとパンの耳を揚げて砂糖をまぶしたのならあったなぁ。
パタパタと台所から菓子をもってきたところで、やっと村人がもぞりと動いた。
はっ! と大きく息を飲んでがばりと起き上がった村人Vさんに私はなるべくぶっきらぼうに言う。
「そこに用意しといたよ」
と、カウンターに置いた合羽を指す。
「雨足が強まってるけど急ぐのかい?」
さすがに勇者だ、直ぐに覚醒して姿勢を正し
「いえ、急ぎはしないです。すみません寝てしまって……」
と言った後、予想通りの設定を語る。
「のんびり歩いて帰ろうと思ってたんで」
私は自分の分と雨に閉じ込められた村人の分のカップをもってカウンターにいく。
「甘い菓子しかないがいるかい?」
「頂きます」
今日は素直に食べるらしい。
外は雨が降っている。
暖かい湯気の向こうで、薬指と小指を持ち手にかけてカップの縁をもつ村人が美味しそうに茶を飲んでいる。
私が菓子を口に入れると、彼もひとつ取って口にいれた。
「おおっ、揚げ菓子ですか」
目を細めて口をほころばせて、二個目に手を伸ばす。
その後は、もしゃもしゃと菓子を食べる音と茶をすする二人分の音だけで会話もない。
まったりとしてとても楽チンだった。
……沈黙が嫌じゃなかった。
『伴侶と共に』ふわっとギルマスの言葉がこの空間にぴったりはまった。
どわわわわわわ! やべー! この熊面の奥さん大好き人間めぇ! こんな時に私の思考に出てくんじゃねーよー!
リア充爆発しろ!
私はニヤリと笑う熊面を脳内で樽に入れてそれに剣をさして、ぴよーーーーんと飛ばす。
ふぅ、危ない危ない。
とりあえず沈黙を破る為に話しかける
「急がないなら、もうすこし王都にいればよかったねぇ。雨もやむだろ?」
村人は耳の上あたりをコリコリかきながらちょっと困り顔で、それがと切り出した
「宿にとあてがわれた場所が、その少々騒がしくて……いろいろ人と会ったり、話したり、そのいろいろお願いされたりして」
ん? たしか今ヴァル・ガーレンは王城にいるはずだ。
ギルマスが勝手に帰った私に、クエストを受け付けた事とただ予想通りしばらくはビギノクエストを休止する事が魔法便で送られてきていた。
その手紙に勇者達の近況とヴァル・ガーレンの所在が書いてあった。
いらん情報じゃ! と返信には業務連絡以外触れずにおいたけどね。
タゴレ王島奪還の後。タゴレ王の持つ力と修道女レイナを筆頭とした教会から転移した上級聖職者たちが儀式を行って、タゴレ国内の完全浄化を成すために今準備しているという。
その後、海底遺跡自体を結界で封鎖するため、魔術師テオール・アイヒホルンは島で待機しながら休息をとっている。
レイナを守る聖騎士フォスター・オルロフは王島に残るとして、多分、幼なじみでテオールといい感じの精霊使いルート・ロロキも残るだろう。島の精霊は弱っているだろうから、彼がいてくれるのは島民たちにとって感謝しかない。
となると、今回の作戦の報告は必然的にボッチ──いえ、自由に動けるヴァル・ガーレンだ。
『ヴァル・ガーレンは今、王城にいるぜ』
それを伝えて、あの熊面はどうしたいのか? 意味が判らない。私に彼を意識させたいのだろう。
意識もなにも……ここにおるがなぁ……
つか、ここにいるより王城ならこれでもかとちやほやされて、ゆっくりできるだろうし、戦闘での疲れも至れり尽くせりで癒されまくりなはずだ。
可愛い姫もいて……願ったり叶ったりだな……
回復力だって勇者様だから昨日1日休めば目に見える戦闘の後はなくなるだろう。
それからは、やれお着替えですとメイドたちに囲まれ。王への謁見ですと報告をもとめられ。晩餐会ですぞ! と要人に紹介され。さて姫との婚約の件ですがと切り出される。
──うん、ウザイぞ!
まだ魔王討伐したわけじゃないのに……
あくまでも想像だけど、当たらずとも遠からずだったのかな。
だから、静かなここへやってきたのかもしれない。
私だってそんな所にいたら、うへーってなって逃亡したくなるわ。
ははは……と力なく笑ってショボンとする村人。
「友人の所にいったら忙しいからと放り出されて……ここ……このまま帰ろうと思いまして」
ルート・ロロキを頼って一回王島まで転移扉で行ったのかな?
まー王島にいたら連れ戻されるわな。
だから、適当な認識阻害かけられて、ここにでも行ってろって言われたわけか。
なるほどね。
──しとしとしと
ふと、雨音が弱まっているのを感じて窓をみる。
村人Vも外を見た。
「ここですこし休ませてもらったので、元気でました。戻りますねっと、帰路に」
そう、爽やかに笑って合羽の代金をカウンターに置いて立ち上がった。
テオールが王島にいるなら、彼はほんとに歩いて王都まで帰るんだろう。そのボロい背負い袋の中には勇者服があるのかな?
きっといろいろとグルっぽいギルマスの所へいってデスペルしてもらえば、認識阻害も外れて勇者様の息抜き終了となるわけだ。
「気をつけて」
彼の束の間の休息に貢献できたなら……何よりです。
私のぶっきらぼうな言葉に彼はくしゃりと笑う。
「お茶とお菓子美味しかったです。ありがとうございました」
背負い袋を背負い、合羽をきて足音軽く雨の中へと出ていった。
なんかさぁ、もしかしてあの水晶越しの告白ってさ。
もしかして、私が見た夢だったりする?
いつもの妄想爆発でなんか私、勘違いしてた?
私はこのまま彼が茶飲み友達になってくれるってんなら、なんら支障ないって思い始めてた。
勇者としてでなく、一人の人間としてまったりくつろげる場所を提供することにはなんの支障も感じない。
ヴァル・ガーレンとしては、扉を蹴破って入ってきたあの時以降あってない。
でも、彼じゃない彼との邂逅からは約半月たった。
私の中でヴァル・ガーレンは、あの時のクソガキから『勇者』として立派に育った男性として認識されている。
認識されてしまっていた。
お読み頂きありがとうございます。




