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なんで勇者がこんなところに?!  作者: 糸以聿伽
第一章 魔女の日常
16/42

酔っぱらいは語るもの

 雨の日には【豪蛙(ハードフロッグ)】や【岩蝸牛(ロックスネイル)】の討伐クエストがある。

 どちらも晴れの日は大人しくしてるのに、雨になると大声で鳴いて騒いだり、どこかしこに体当たりをかましてとにかくまっすぐ進むというちょっぴり迷惑な魔物達だ。


 雨のうちに増えるのか、あまりにも放置すると蛙はうるさいし、蝸牛は道がデロデロで歩くのが大変になる。


 ビギノクエストを受ける新人がいなければ、私が狩りにいくのだけど……耳を澄ましても鳴き声も聞こえないし、前の雨の日に蝸牛は新人に狩ってもらったばかりだ。


 サァーーーーーーーと包み込むような雨音と心地よい湿気が相まって小さな私の道具屋店内はまったりとした時間がながれる。


 なんとか午前には起きたものの予定は何もない。

 うーん、在庫も特に切れてる物もないし……なんにもしないで本でも読むかな?

 昨夜のギルマスとの会話を思い出す。


 昨日は結局深夜まで飲むことになった。


 あのクソ親父はクエストの受付を質にして「飲まないならこれは受けられんんん~ぐぁあはははは!」とのたまった。

「じゃーいいです、日を改めますし、どうせこの状態ではビギノクエストとかの緊急性のないものはしばらくお休みでしょ?」

 と言ってやった!

 その時、椅子の上に立ってカウンターにダン! と片足を踏み出した私も相当に酔っぱらいだったはずだ。


「アグリモニィーよぉージグザパパと呼んでくれといってるだろ~じーぐーざパぁパぁだぁ」

 ……号泣だった。

 うっとうしい!!

 今世の実家には父も母も健在なんで間に合ってますだ!


 あ、ちなみにギルマスはジグザ・メドヴェーチェさんです。

 フォーサイシアお婆ちゃんより、お婆ちゃんの旦那さん似なんだろーなと思う。


 私は旦那さんを知らないけどギルマスが熊のような人なので、聖騎士だった旦那さんもきっと聖なる熊さんだったのだろう。


「うちは娘がいないから、お前はうちの娘みたいなもんだといってるんだぁ、娘の幸せを願わない親なんていないんだぁ」

 なんの話じゃい!


 勇者の進捗から、前代の勇者フォーサイシアお婆ちゃんの話しになる。フォーサイシアお婆ちゃん好きの私たちは熱く語り合う。息子バカと弟子バカはそれはそれは楽しく酒を飲んだ。

 フォーサイシアカルトクイズあったら息子にだって私は負けない!


 そのあと、旦那バカが出始めて、ひたすらギルマスの奥さんがいい! とのノロケを聞かされる流れになったので帰ろうとしたらこれだった……ありがとうと言って背を向けようとすると


「お袋の意志を継いでくれてありがとうなぁ」


 ──ずるいっ。

 そんな事をぽつりと言われたら正対するしかない。

 酔っぱらいの本音タイムだ。

 私が受け止めないと伝えたい思いが死ぬ。


 まだぬるい椅子にもう一度座る。

 グラスを新たにして注がれる酒は琥珀色の蒸留酒。


親父(オヤジ)が寿命でコロリと行った後、お袋な、仙人みたいになってしまってそのまんま親父の後を追うんじゃないかって心配だったんだよ」


 10は歳が離れてた旦那さんも前代の勇者だった。

 二人はラブラブで魔王を倒した後も世界を股にかけ一緒に冒険者として活躍したという。


初めの魔女(ビギノジャニター)】の小さな道具屋は、元は只の家だった。隠居した二人はここでのんびり余生を謳歌していたのだ。


 でも、寿命は理不尽でもなんでもなく、生きるものの優しい定めだ。


「仙人みたいな魔術師(マギマスター)なら使うわにゃ損だなってんで、いろんな依頼をお袋に投げまくったんだよ」

 職権乱用じゃんか。

 まーその中の1つが今世の私の実家の村の結界点検だった。お陰で私は生きている。


「【初めの魔女(ビギノジャニター)】やるって言い出した時、いやいや新人相手にするほどあんた弱くねーし、老いぼれてねーよって言ったんだが……」


『あたしゃあの人がいないと淋しくて泣くほど弱いさ』と笑った顔はもう仙人みたいな霞み食ってそうな顔じゃなくなってたそうだ。


「お袋が久しぶりに俺の名を呼んでなぁ、いろいろ行って思い出したありがとうって」


 自分たちが守った日常が続いてた。だからこれをこれからも守って行くために、必ず現れる魔王の脅威に対抗する一助になりたいと。


 これはお婆ちゃん本人からも聞いた。

 ある程度の力がつけば、勇者育成のシステムは出来上がっているが新人時代に正しく一歩を導く場所がない。弱いから、愚かだから死んで当たり前にしたくない。

 守った日常とは、弱くても愚かでも生きていける世界なんだよ。冒険者から勇者になれなくても生きて人生を全うする。


 それがお婆ちゃんの守ったもの。

 人が人生を生きる世界。


 私はそんなお婆ちゃんの守った世界を存続させたいと思った。

 どこか前世の世界と似て、守られているなんて思いもしないで自由に生きていたあの頃。

 死なんて身内の寿命ぐらいしか体験したことがなく、友人の友人が事故とか遠縁の親戚が病気とか、まさか自分が車に引かれるなんて思いもよらなかった。


 今、思うと私は幸せなだった。


 ここは、魔物がいるせいで死が近い。

 でも、冒険者がいる。

 勇者がいて魔王が現れても守ってもらえる。

 今生きている場所で寿命まで生きていける。


 この世界も幸せに生きていける。

 お婆ちゃんが亡くなっても私はその意志を残したいって思った。


「そっからは早かったな。新人育成(ビギノ)職をあっちゅう間に組織して」

 新人育成職とは、【初めの魔女(ビギノジャニター)】と同じような新人にお使い(クエスト)をお願いする人達で、武器屋や防具屋、宿屋など新人に頼みたい雑用をギルドへ依頼している。


「そんでそれが定着したら、お前さんが来たんだよ。なんかお袋は待ってたみたいに全部整えてから要職を降りて、手のかかる弟子に専念すると言ったんだ」


 チビチビとギルマスの想いと私の思い出を肴に飲んでたのが、矛先が自分へと向かうのが解って、グラスを置いてギルマスを見る。


「まー手はかかったよね。魔法陣の発動が前代未聞に遅いんだもんね」

「いやいや、それが解る前に言ってたんだから、お前さんの思いに全力で答える為に専念するって事だったんだろーな」


 嬉しそうに喋りながら、ギルマスは指一本分、私のグラスに酒を足した。自分のは二本分。

 この優しい声のトーンが、フォーサイシアお婆ちゃんと親子だなって思わせる。


「只なぁ、縛ってしまったんじゃないかと心配してるんだ」

 きたきた、それなー……お婆ちゃんにも言われた事ある。


 だから、素直に本心を言う。

「いや、私が選択して選んだんだよ。お婆ちゃんにも言ったんだけどね。私は魔術師(マギマスター)にはなれないけどお婆ちゃんの後を継ぎたい。【初めの魔女(ビギノジャニター)】に成りたいってね」


 このやろーよしよーしとかいいながら、私の頭をわしわしとなでる手。


「いや、それはありがたいと思ってるんだ。じゃなくてお前さん処女だ───」


 ──ガッツン!!!!

 拳をおみまいだぁ! なんだセクハラかぁ?!

 私はしこたま熊面したギルマスの頭を拳で撃ち抜いた。

 その流でなんでそーなる?!


「ろ? 弟子として15んときからもう9年だ」

 えーー? まったくノーダメなの?

 台詞続けてるし、一応これでも乙女ですよ?

 そりゃ枯れてますけど……


「まったく男の話をきかない。パパはそりゃ変な虫がつくよりは安心だが、そろそろ処女もそつ──」


 くそ! まだ言うか? しかもパパって調子にのるなよ!

 かくなるうえは、と空き瓶になっているヴガジィーオ酒のボトルで殴りかかると──パシッと受け止められ回収された。


「男はこりごりなんです! 別に男に頼らんでも充実してるし」


 プンと拗ねるように横を向いた。

 真面目に話してるかと思ってたのに、なんでそーなる?

 つーか、甘えていい人にそこを付かれると、こんだけ心が動揺するんだなと思った。


「アグリモニー、俺は【初めの魔女(ビギノジャニター)】を継ぐというのを理由に、選択肢を絞るなといいたいんだよ」

 うっと私は詰まった。


「仕事も恋も自由だ」

 この酔っぱらいの親父はしこたま酔っぱらってる。すでに眠そうに目が細く細くなっているってのに、語る事がしごくまっとうで腹立つ。

「ビギノ職はお前さんだけじゃないんだから、自分の為に休みをとって旅行したり、出会いを求めて夜遊びしてもいいんだ。出掛けるのが嫌なら、なんもしないで1日中好きな本を読んでもいい」


 たしかに、私は……変わってないかも……

 貢ぐ相手がいないだけで、【初めの魔女(ビギノジャニター)】としてちゃんとお婆ちゃんの意志を継ぐと言って、そこを見ないようにしている。


「男に頼るとかじゃなくて、伴侶と共に生きていくって選択肢があるってのを忘れないでほしいとパパは思うのだぁ」

 グラスは空だ。いつの間に空けたやら。

 ふっとい毛むくじゃらの腕をカウンターの上で組んで、そこへ顎をのせる。


 何よ、可愛いしぐさして! くそ! こういうのに弱いんだな私。


 はっ! いかん!!──のだぁーってお前は、ハラマキ、ハチマチの41歳の春をむかえた、美人の奥さんがいる、2子持ちの人かぁ? 

 それでいいのだぁーとかいうのかー!


「……出会いがあれば……考えるわよ」

 グラスを手にして口をつける。


初めの魔女(ビギノジャニター)】の仕事で出会う男性といえば、16、17の成人したばかりの──私にとっては、昔は精神的に、今は実年齢でも──子供達が多い。常連さんやお得意さんもこの九年のうちに家庭をもつか、もともと既婚者か伴侶に先立たれたおじいちゃんだ。


 普通に考えて出会いがないでしょ? 今の時点ではもう無理なんですよ? と暗に伝えた。のにだ


「ヴァル・ガーレンなんてどーだい?」


 ここで?!!!!?!!

 ──ぶふぉふ!

 と盛大に口につけてた蒸留酒を吹いた。


「ちょっ、なんで突然」

「あいつはいい男になった」

 ん?! さてはお前もぐるかぁ!!!!

 腕に乗った頭をがしっと持ってグラグラ震る

「ぱーぱー、あーなーたーもーぐーるーでーすーかー?」

 耳元で大声で言ってるのに

「一途だしなぁ……慎重だしなぁ…………まー……へたれ……いやいや……ぐー」

 ノーダメかよーーーー!

 つか寝たーーーーーーー!!


 イビキをかきだしたギルマスをカウンターへドガッと投げ捨てる。


 男云々やヴァル・ガーレンがどうとか、とりあえずそれは置いといてだ。


 ため息をついて、私はタクトで我が家への転移魔法陣描く。

 蒸留酒の瓶に残ったわずかな酒をグラスに注ぎきって許可待ちの間にそれをなめる。


 自分の為の時間かぁと思った。

 日常日常と言いながら、そんな当たり前の時間を忘れてたんだなと反省した。


 そんで、帰ってきて風呂に入ったらもう日付は変わっていた。

 夢も見ないでぐっすり眠った。


 そんで、雨音で目が覚めた。

 ちょっぴり強ばってた何かが緩んでる感じがした。


 だからかな。


 ──コンコン

 というノックにフードも被らず「開いてるよ」と答えたのは。


 そして、入ってきた"村人A"が

「雨足が強まってしまって、あの雨避けの外套はありますか?」

 と濡れた黒髪で隠れ気味の銀の瞳で問うのに

「保存庫にあったと思うから座ってな」

 と、汗ふき用の布をだしてしまったのだ。


 背を向けて工房の奥の扉に向かうところで、やっとはっとした!


 村人Aってなんて雑な認識阻害だよー!!!

 つか、お前こそ休んでろやヴァル・ガーレン!!!!


 と心の中で盛大に突っ込むのだった。


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