サービスタイム
「それで早めにここに来たわけですか」
午後は勇者パーティーと合流するからという理由には、いろいろツッコミがいがあるなとは思いながら、なんとか心の中だけに留めた。
私はもしゃもしゃと、サンドイッチから飛び出した葉野菜を食べる。
「お食事中とは知らず、さらにご馳走にまでなってしまって……」
と恐縮しながらも手は止まらない。
「この卵のやつ美味しいですね」
はぐっとかぶりつくと、さっきまで直角三角形だったサンドイッチは半分になっていた。もぐもぐと二回ぐらい咀嚼すると続けて残りをぱくりと跡形もなく平らげる。
あー、男のひと口って違うなー。
と思いながら、3個目のサンドイッチに手をかけるポポラホさんを名乗るヴァル・ガーレンって、呼び方なげーよ!
もーヴァルラホでいいか?
ポポラホ(中身はヴァル・ガーレン)とか、ポポラホ風のガーレンソテー・ヴァルを添えてとか、ポポラホッティーノヴァルレーゼとか面倒だわー。
へ? なんでヴァルラホがうちの店のカウンターで私の飯を横取り……いえ、作り過ぎて小腹が空いた時にでも食べりゃいいかと品質保存箱に入れてたサンドイッチを泣く泣く出す……商人装った勇者様へお食事を提供させて頂いてるのかというと?
どう言い回しを変えても棘が抜けないのは、午後に来ると連絡のあったルファン商会の訪問が、それに備えて早めに食べてた私の昼食を『突撃! 魔女の昼ご飯』になったからだ!
おまえは、ヨがつく人か?! 隣でも晩御飯でもないだろ!?
つか、午後って連絡きたのに今、完全に午前だし。
そもそもだよ?
ほんとは今日は午前中はギルドに行って、ビギノクエストの更新とか足りない素材の買い出しとかする予定だったのだ。
日数から今日、ヴァルラホが来る可能性を察してたし、本日はビギノクエスト定休日だからお昼は王都で行きつけの食堂に行って定食食べるのだー♪とね。
それがだよ!?
ギルマスのやつ、ギルドが立て込んでてバタバタだから、クエスト更新でギルドに来るのは明日にしてくれと早朝に連絡をよこしやがりました。
どうも勇者側になにか大きな動きがあるらしい。
詳しくは教えてはくれないが、端々にそれを匂わせる文だったので、仕方ないかぁと諦めた。
じゃ、じゃ、じゃじゃじゃぁー今日は本物のポポラホ代理商人がくるんかなー等と予想した。
それなら時間は有効活用だと、在庫補充の為にポーション作りしながらサンドイッチ片手に工房で作業してたのさ。
したらば、早く来てしまってすみませんとヴァルラホが扉をノックした。
もう、なんでってツッコミがテンプレートですわ。
茶を出して、超級ポーションの在庫を持って帰ってくると工房に置いてあったサンドイッチを見つめたヴァルラホの腹が小さく鳴った。
ええ、最初は無視したさ。
だってヴァルラホがはっとしてサンドイッチから目を逸らしたので、ごまかしたいのかなって思ってさ。
優しさデスヨ、ベツニ、サンドイッチガ オシカッタ ワケデハナイ ノダヨォー シオタイオウ シオタイオウ
でも、もう一度はっきりとグゥーとか聞こえたら普通は聞くよね?
「残りものですが、食べます?」
つか、お腹なって頬赤らめるとか、お前は少女マンガのヒロインかよっ!?
キラキラパーっと満面の笑みとかキュンポイントを加点してくるあたり、女子力たけーなー。
でも、遠慮して「いえ、そんな悪いです」とか言うし。
はにかむなー!
なんかいじめたくなりますよね?
「そうですか、では依頼状が返せるまでお待ちください」
と魔法陣を描くと、がっかり感がにじみ出る。
やーめーれー、捨てられた子犬のような悲しい瞳やめれ!!
と、人情へのダイレクトクリティカルアタックに耐えられない私は自分、チョロいっすなぁーと落ち込みながら、台所から皿にサンドイッチを盛ってきてカウンターに置く。
「余ってますし、美味しくはないですから気が向いたらどうぞ」
そして遠慮するヴァルラホの前でサンドイッチを食べる私。
もぐもぐと見せつける。
ヨダレ垂れそうにサンドイッチを注視するのやめません?
ほれと事務的に皿をヴァルラホへおす。
そして、今に至ると……
餌付けしたい訳じゃないんだけど、美味しいと言われて嬉しくないことはないこともない。
「午後だって聞いてたので」とイヤミの一つもとびたしたのは、照れ隠しなはずは、ない、こともないこともない。
ふと、彼の鍛え上げた腕になんとも不釣り合いな件の初心者用腕輪が目に入った。
あれ?【座標石】が割れてる。
滅多なことでレコードストーンは壊れないはずだ。
腕輪自体に攻撃が当たれば、それは腕輪ごと粉微塵だ。だって初心者用ですよ? 防御+1に勇者対応の戦闘が何を期待する?
だけど、腕輪は壊れてる感じはない、つかピカピカしてる?
磨いてんのか? というほど大事に扱われているのが解った
……ありがとうございます……でも、さすがに不思議で聞いた。
「あれ、それ壊れたんですか? 石が割れてますけど」
もぐもぐと皿にあった野菜ハムサンドを口に運びながら、
「あ、黒い霧にあたるとレコードストーンは使えなくなってしまうんです」
はい、ヴァルラホ! アウト!!!
その情報! 非公開!
タイキックかますぞ!?
まずだ、黒い霧に関してはそれなりの情報が入ってきてはいるが、【座標石】が使えなくなるとか、不安要素満載な事は伏せられてるぞ!
私、知らんかったし、たぶん一般人が知ったらアカン事だ。
まータゴレの王族がこちらに避難したという情報がないので、なんかあるだろとは思ってたけど転移不可になってたとは。つーことは魔法便も止まってるのか。
つまり霧が晴れないと転移できないから、浄化作業しながらじゃないと進めないって訳だ。
いや、それだけじゃないぞ!
君は今、商人だ! いくら昔、冒険者だったからと言って勇者対応の黒い霧が残る戦闘フィールドに呼び出されるって……
どこからともなくしょうにんぐんだんがあらわれた!
とかそんな特殊スキルこの世界にないわー。
つか勇者と同等の攻撃かます商人って、それ勇者だから最初からいろよなぁっ!!! て遊んでる時には思わなかったけどね!
ないない……ないよ。ヴァルラホくん。
そんな重要な機密事項をポロリしちゃアカン。
黒い霧が座標石壊すとか、まるで最前線にいるかのような話するとか。
信用されているのだと思う。
おばあちゃんの事も私の事も、彼は解っているのだから。
しかしだ! なんか、わざとか?!
身バレギリギリラインでないの? それ?
私になにかツッコミさせたいのか? おまえはー!
だったら、君の守秘義務を無視して情報引き出してやるぞ。
「冒険者ギルドのマスターから黒い霧の情報はある程度個人的に聞いてるんですけど、霧に触れても大丈夫なんですか?」
もう彼はフォーサイシアお婆ちゃんが元勇者でその息子がギルマスって事は知ってるだろうから、私が聞いても大丈夫って思ってくれたらと、どうとでもとれる風に切り出した。
「あーえっと」
と言葉を選びながらの説明が始まった。
黒い霧は【座標石】や方位磁石を壊す。
霧に覆われた場所からの脱出を阻害して不安を煽る。
船で生活するタゴレの人々には致命的だったろう。
不安は不信や猜疑心を呼び人心を狂わしていく。それにより魔王は力を貯めてさらに黒い霧を濃くしていく。そして、動けなくなった人々は黒い霧で強化された魔物の餌食だ。
結界を張ってその中を浄化すれば心の平穏は保たれるが、回りが黒い霧に沈んだ状態では、外への転移はできない。
閉じ籠るも結界の外を魔物が埋めつくし、不安がまた頭をもたける。じわじわと犯されていく心に人は動けなくなっていく。
修道女レイナの広域浄化は強力だ。かなりの範囲の黒い霧を一気に散らす事ができる。晴れた霧の海路にはびこる魔物をひたすら打ち倒し進んでいるのだ。
でも強力だからこそ彼女は浄化中を含め数時間動けなくなる。
その海路は、浄化されてなお回復役を欠いて進めるほど優しくない。それでも、3日進める範囲の浄化をして、たかが数時間で動けるようになるなんて規格外の実力だ。さすが勇者だ。
「今夜には王島に着けると思います。そうすれば転移門が開いて沢山の聖職者と魔術師を呼び込めます」
今は速度重視で勇者パーティーが力押しで王島までの海路をゴリゴリと進んでいるのだろう。
霧が晴れたからと言って魔物はさっきまで受けてた恩恵で強いままだ。
冒険者ギルドでは上級冒険者達を浄化された場所へ派遣している。そんな緊急クエストがあるみたいな事はビギナー達が話してた。それも、【座標石】が壊れているとなると船での移動が主流になるだろう。
それが、王島の浄化と転移門の復旧で行き来が可能性になる。
「王族の力を借りて多人数での儀式ができるので、霧に覆われた部分を全て、聖職者達とレイナで浄化したあと、さらに元凶の魔王のいる遺跡をやはり多人数の魔術師とテオールの術式で結界内に封じます」
──王島奪還。
それが出来れば戦況は劇的に有利になる。
不安を糧にして強くなる魔王達。
人々の心が希望に溢れれば魔王討伐に王手がかかる。
でも、きっとそれは魔王だって解ってるだろう。
今夜の戦いは苛烈を極めるはずだ。
「それから、勇者たちは遺跡に?」
「ええ」
想像すれば不安が募る。
でも、それが一番彼らの為にならないと私は知っていから。
だから、私は日常の中からあっけらかんと、一切の思いやりを排除して言うのだ。
「まー勇者はやってくれるでしょ」
なーんも心配してないよ、あんた達が勝つに決まってる。
信じてる。
「そうですね、しかるべき時に最大限の力を出せるよう、今準備してるところです。守りたい日常を確認できたので負ける気はしないです!」
そう宣言して、
「と、彼らは言ってたので……」
あたふたと誤魔化した。
しかるべき時に最大限の力を──はお婆ちゃんの口癖だった。
守りたい日常──受け継がれた意志。
誤魔化されてやろうじゃないか。
「そっか、じゃその鞄に入ってる超級ちゃんと届けてね」
といって許可済みの依頼状を渡す。
「はい! また──」
依頼状を受け取り言葉を次ぐ彼を遮り、私はさりげなくさらっと自然に聞こえるように言った。
「──また、来なよ。超級在庫あるから」
銀の瞳がキラキラしてこちらを見るのがわかったから、私は彼に背を向けて工房へいく。鍋に向かう私はフードを目深にかぶり、必要ないけど鍋をレードルでかき混ぜた。
「はい……はい! 必ず来ます!」
私は答えない。
でも彼は上機嫌で「サンドイッチとお茶ご馳走さまでした!」ときちんとお礼をして嬉しそうに出て言った。
アグリモニーさん?
──はい、なんですか?
あんた、ほだされてませんか?
──いいえ、サービスです。
ほほーサービス?
──……
さー
うーーーーるーーーーさーーーーーい!
脳内会議を強制終了させる。
もう、あいつはたぶん告白とかする気ないんじゃないかって事でいいんじゃないか?
だって、あそこでご馳走さまって出ていく?
ドッキドキしたわ!
返せ! ドキドキ返せぇー!
次来た時には、塩投げてやる!!
だから──ちゃんとこいよな。