まったりお茶会?!
なぜだ?! 解せぬぞ!
ヴァル・ガーレンは今──そうかつてルアーブとしてやって来て座ったカウンターの椅子に腰かけている。そして、まったり私の淹れた茶をすすっている。
ちなみに、彼の今回の名前は、
「ギルドから魔法便で連絡させてもらったと思うのですが、超級ポーション20本おねがいします。あ! 申し遅れましたポポラホ・ルファンです」
だそうだ。
オイ……ちょっとまて。
みなさーん!ポポラホさんは、実在します。
偽名ではなく、成り済ましして来ましたよ、勇者が!!
実は私、ポポラホさん見たことあります。
ギルドでギルマスと交渉してる大柄ででっぷりとしたお腹を揺らし笑ってるルファン商会の御曹司ポポラホさんを目撃していた。
向こうは私の事は知らないと思うけどね。
私はその人の容姿を忘れられない……いや、だってまんまんステテコダンスして毎回マップの変わる不思議な遺跡に潜りそうな商人だったんだもん。
お髭とか! 体型とか!! 聞くでしょ名前。
ギルマスにさっきの人、もしかして、名前にトがつきませんか? とワクワクして聞いたのはつい最近だ。
とまー彼はトのつく人より若い20代だった。奥さんも子供もいるそうですが、ダンスは苦手だそうだ……ドウデモヨー
と、いう『前世の大好物RPGゲームになんでもなぞらえてしまうあるある』をやってしまうほど、ポポラホと名乗る人とのお茶会はまっーーーーーたりしている。
20本の超級ポーションをきちんと箱詰めして渡すと、重さ無効の商人鞄に丁寧に入れるポポラホなヴァル・ガーレン。
一応規則なので、紹介状に不正防止の魔法陣をのせ許可待ちまでの時間、いつも新人に出すように茶を出した。
……
ずずずずずー
二人分の茶をすする音。
そしたら、このざまである。
鬼遅憎し!くそー早く早く光れよーと無駄にもっさいりと進んでいく光の様子を睨む。が、無駄なのは私が一番よく知っている……
沈黙に耐えられず会話を切り出す。
「ルファン商会は、今回の勇者遠征に同行してるんですね?」
自己紹介と同時に紹介状を差し出されて、あわてて中をみると、それは本物だった。
ギルドから在庫を聞かれたうえで、勇者パーティーへ供給する超級ポーションが在庫不足だから魔王討伐完了までなるべく作って貰いたいと連絡がきたのは、昨日だったか。
進捗が王都には入ってきてるようで、快進撃で黒い霧やそれによって活性化した海の魔物も難なく蹴散らしているという。
超級ポーションなんてバカバカ使うことなんてコストからしたらあり得ないけど、勇者パーティーなら納得だ。
「いえ、呼び出しがくるんですよ」
ポポラホぜんとして答えるポポラホさん……
ポーションなどの消耗品は勇者たちには無償で提供され、装備品のメンテナンスや移動手段に日々の食事に至るまでしっかりとサポートが入っている。
そのサポートをルファン商会が仕切っていて、その若い御曹司が勇者とのやり取りをしているのもなんら不思議はない。
「そーなんですか、でもここへのお使いなら見習いでも大丈夫ですよ? お忙しいでしょ?」
などと、おめーこんな事してていいのかよー的な意味を込めてみる。きっと、ほんとはこの紹介状をもってくるのは別人だったと思うんだよ。君その人から仕事うばってんでないの?
いや、もしかしたらポポラホさんもグルなのかもしれない?
「いえ、超級ともなると高価なので私が直接勇者に持っていきますよ」
あー……ゴモットモです、はい。
私のイヤミは届かないが、ポーションはもう届いてるのにね、直接。
……
ずずずずずー
そして、こいつは今完全にポポラホである。
いやいや、今ね? わかる? 二人きりだよ?
『なんて、じゃーん! 俺ほんとはヴァル・ガーレン! どう? 驚いた? 俺っち、お前好き!』
と告白するにはすっげーチャンスなんでないか?
そしたら、私だって
『ごめん! 私好きじゃないわ、でもサンキュー! 魔王討伐ファイト!!』
と笑顔で送り出してあげられるぞ。
──チラッ
と私は彼を盗み見る。
剣士として最強のヴァル・ガーレンの手。
カップの持ち手には薬指と小指をかけて、あとの三本はカップの淵を支えて持つ。手がでかいからカップが小さく見えてしまう。
長い指と綺麗な爪をしているけど、ゴツゴツしていてきちんと正しく鍛練したのが解る手だった。
……すこし、ジーンとした。
ちゃんと鍛練を怠らなかったんだね。
生きて勇者にまでなったんだね、あの少年が──と思うと感慨深い。
ん? 袖からチラリと見えた見覚えのある腕輪……
この前ルアーブとして持ってった、〔良い子はもれなくもらえる腕輪〕じゃん!? まだ着けてんのか?!
「あれ? その腕輪?」
すると、はっとして一瞬それを隠そうと袖を引っ張るヴァル・ガーレン──が、持っていたカップが揺れてお茶がとびたした。
お!! ここに来て初めての動揺?
おし! くるか?
俺っちヴァル・ガーレンするか?
「……いやぁ、ははは」
……ずずずずずー
……え?
笑ってごまかしたーーーーーー!?
ツッコミどころかな? よし、つついて蛇を出してやろう。
「それって、うちのですか?」
そういうと彼はやっと観念したのかカップを置いて私をみた。
銀の瞳が私をまっすぐ見つめた。
それがとても真剣で
──ときんっ──
っておいおい私の心臓!
すーぐそうやってイケメンにときめいちゃってさーぁ。番宣でイケメン俳優がカメラ目線で格好いいこと言ったら、はふーんってなっちゃっうアレでしょ? はいはい、100万人がみんな、はっふーん♪だからね。
「覚えてないと思うんですが、お……私はビギナーの時、ここでお世話になったんですよ」
ぐはっ、それは忘れた事になってるので知らんぷりせな。
「そうなんですかぁ? じゃー弟子になったばかりのころかな?師匠の対応してた頃かぁ~うーん、すみません覚えてなくて」
ポポラホさんというなら年齢的にフォーサイシアお婆ちゃん時代のビギナーだし、この受け答えは間違ってない……はず。
彼はほんのすこし淋しそうに笑って「いえいえ……」と言った。
つーか、ほれ正体ばらして言うてこい。
「これは、冒険者としてやっと一歩踏み出せた記念なんですよ」
と彼はぽつりと腕輪を見ながら言い、続けた
「初心を忘れないようにいつも身につけているんです。私にとってはやっと手に入れた大切な大切な記念品なんです」
真っ赤な夕日の下で、屈辱に喘ぐ鈍色の瞳を思い出す。
そんな初心者用のアクセサリーなんて──そう否定しかけて、彼が腕輪を抱き込むように握ったのを見た。
……そうなのかも知れない。
彼はあれから鍛練に励んで更に才能をのばし、相手をしっかりと観察し、情報を得るために手を尽くし、頼れる仲間の協力でここに戻って来たのだろう。
あの時、折った心。
彼は勇者となってくれた。
今の彼からあの時の傲慢さも嫌な感じもない。
お婆ちゃんが守った日常を、守ってくれる人が育ってくれた。
『強くなったよ』って報告だったら大歓迎なのになぁ……
あの時もらえなかった腕輪を取りにきましたってんなら、私はきっと嬉しくて泣いちゃうのになぁ。
──大切な記念品……
勇者となった彼の言葉が素直に嬉しく思った。
ふわっと目の前に置いていた紹介状が許可待ちになって輝いた。
私ははっとして「お願いします」と唱える。
彼も思い出したようにカップに残ったお茶を飲み干し「ごちそうさま」と言う。
「どうぞ」
と紹介状を渡す。
彼が鞄にそれをしまうのを見ながら、その横にある日色林檎の香りをふっと感じた。
「あ! ポーション」
ポーション作んなきゃいけなかった。
工房で煙をはく鍋を振り返る。とりあえず、これと更に工房にもある日色林檎が木箱に一箱、蜂蜜を一樽分を入れなきゃと思い出した。
そしていつもの様に、重い物を鍋に入れる時にかける身体強化の魔法陣を描く。すると彼が懐かしそうに言う
「身体強化ですか?」
これが、何の魔法陣か彼はもう一目見て解るんだね。
私も懐かしくて頬が緩む。
「そう、蜂蜜の樽が重いからね」
そう答えると彼は立ち上がって
「手伝いますよ、お茶のお礼です。初めてきた時もフォーサイシアさんを手伝ったんですよ」
そういってカウンターのこちらへさっさとやって来て、工房の鍋の前にある樽を、ひょいっと軽々持ち上げた。
えーあんなボロボロ──まー身体はポーションでなおるけど心はポッキリだったろう──だったのにお婆ちゃん手伝わせたんだ。
きっと指導のうちだったのかな?
そう思うとなんか素直におまかせしていいと思った。
「あ、ちょっと待て」
身体強化の魔法陣をキャンセルして彼を止める。
彼は樽を持ったままで止まる。それが、なんか"待て"してる大きなワンコみたいで笑いそうになった。
私はいそいそとカウンターにある林檎の籠で口元を隠しそのまま工房へいく。籠から木箱にゴロゴロと日色林檎を移し、レードルでノロシの魔道具を引き上げる。
「あーそうなってたのかぁ」
彼は一つ謎が解けたという風に笑う。私もイタズラを見つかったみたいに笑った。
「はは、こうなってました。ではお願いします」
そういって、蜂蜜を入れてもらうよう促した。
「発動許可了承」
そういって彼は、樽を傾けてとろーりとゆっくり蜂蜜を入れる。楽な魔法だな。許可まで早いしマナが0(笑)
私が身体強化をかけなきゃ動かせもしない樽を、まるでお茶のカップと変わらないぐらい軽々と扱う。
くー羨ましいなぁ……ちくしょー筋肉羨ましい!!
きぃーーーー!!
蜂蜜を入れ終わると、林檎の木箱をこれまたマッチ箱ですか? という風に持ち上げて傾け、鍋にとぽとぽとぽと、と慎重に入れていく。
そして、空になった木箱を置いて空き樽を片手でもった。
「では、これで失礼します。樽は扉の前に出しておきますね」
と、空いた樽を庭で私が洗うのを見越しての行動だった。
……
そして、椅子に置いていた商人鞄を持って出ていく。
扉を開けて出ていこうとして、
──振り返った……
私は工房から彼の口から発せられる言葉に身構えた。
「また、来ます。では」
パタンと扉がしまる。
カタンと扉の向こうで樽をおく音がする。
ざっざっと去っていく足音……は、遠退いていき
聞こえなくなった。
私は、ふっと止めてた息を小さくはいて大きく吸った。
「告白せんのんかぁぁぁぁぁぁぁあああい!!!」
ってか、
「またくるんかぁぁぁぁあああいいい!!」
もう、こんでいいよぉ……。
私は思考を放棄して超級ポーションの魔法陣を描きはじめた。