プロローグ
小説家になろう初投稿作品。
朝からあんなに両親からしつこく言われたのに……なぜ頭からその事がすっかり抜けてしまったのだろう。
綺麗な白い光の粉をまいて飛ぶ幻想的な蝶。
それに誘われた10歳の私は、結界をあっさりと出てしまった。あからさまに可視化され、一目見ればそれが境目だと解るのに。
『あの魔法陣から出ているキラキラした壁の向こうには、恐ろしい魔物がいて食べられちゃうんだからね。』
絶対に出てはいけないよと真顔の母にしっかり怖がらせられ、実際に怖くて何度も頷いたのにだ。
村の子供は10歳になると、結界で守られた採取場で薬草取りをして親の手伝いをする。15歳になるまでにそれぞれの生き方を決め、16歳で成人し一人前といわれるそんな私の村の、子供の通過儀礼として最初のお手伝いが薬草取りである。
村の周辺は基本的には強い魔物はいなくて安全である。しかし、村から少し離れると魔物の数が増えて遭遇率もあがる──あがるといっても、何年かに一度あるかないかであるが。
魔物に襲われたという不幸な事故は、その傷痕とともに語り継がれ、尾ひれはヒレを着けて子供のしつけに使われる。そして、それを倒しにやってくる冒険者という名の英雄に憧れるのは村の子供なら一度は通る道だ。
強くない魔物は大人には対処できても子供には到底無理である。だからといって、何年かに一度あるかないかの魔物との遭遇に、働き手を薬草取りの監視にとられるほど村は裕福ではない。
だから、薬草等が群生する採取場には結界が張られている。魔物退治を依頼したり薬草を卸している冒険者組合が張ってくれた結界だ。
魔物の恐怖はあるが結界の中に入れば安全というのも村の子供には当たり前のことで、採取場に連れていってもらえるという歓びがある。
薬草採集の手伝いは村の子供にとって大人の仲間入りの第一歩なのだ。そしてなにより、お手伝いすることでお小遣いをもらえ、好きなものが手に入れられるという心踊る出来事が待っている。
恐怖に頷きながら、薬草を沢山採って村の唯一の雑貨屋、ナルダナ商店で駄菓子をありったけ買おうか、何回か分を貯めてガラス玉がまるで宝石のように輝く首飾りを買おうかそんな事で胸を弾ませていた。
狩人のおじさんに同年代の4、5人の子供が連れられて採取場に着く。おじさんの注意を空で暗記出来るほど毎回聞かされてから薬草を採り始める。
慣れた子供は効率のよい場所へ散っていく。それを横目に初めてくる者同士が固まってチマチマびくびくと採取する。が、数回通えばだんだん慣れてくる。
固まるより散った方が沢山採取できて貰えるお小遣いが増える。採りすぎないように篭に一杯が上限だから、さっさっと一杯にしてお迎えがくるまで遊ぶためにも、みんな最終的に個人作業になっていった。
──だからといって、まさか自分がなにもかも忘れて結界からでるなんて考えてもいなかった。
白いチョウチョが舞うと頭がぼーっとして、とにかくそれを触りたいという気持ちでワクワクした。
採取場の結界の外は森だった。
木の根や草が人手をいれることなく生い茂る。そこを私はふわふわとチョウチョと同じ様に覚束ない足取りで歩いていく。
目の前の幻想的なチョウチョに気をとられ、石に躓いた。
その頭の上を何かが通りすぎたのを感じて見上げる。
──ぬらり
魔物の牙が怪しくひかるのを見た。
ひくっと喉がつまり上手く息が吸えない。
恐怖
生命の危機
死ぬのだと肌で感じた。
そして、やっと思い出した。
──『結界の外には魔物がいて食べられちゃうよ』
その母の言葉をきっかけに、まるで時が遡るように頭の中に今までの思い出が甦る。
すべて思い出した私の心は、恐怖に麻痺してしまって呑気にこんな事を思った。
(この猪みたいな魔物、あの時、横断歩道に突っ込んできたミニバンよりデカイじゃん!)
え? 横断歩道?? ミニバン???
あれ? 私、10歳だけど、なんか三十代で車にひかれた記憶がある。
あれ? この世に魔法はあれど車ってないよ??
もしかして、これって前世の記憶なの?
っていうか、私……
「思い出しすぎじゃなぁーーーーーーーーい?!!」
叫んだ私の目の前には、ミニバン級の猪が再度私に襲いかかろうと口をあける。無数の尖った牙が喉の奥までびっしりと生えていてヌメヌメと唾液が滴っていた。
──終わった。
と、今世の生も諦めた……その時、
──バゴッ
という音が目の前で成る!
猪が左手に吹き飛んでいった。
メキメキと森の木々を倒しながら小さくなっていく。
──え?
もう意味が分からない……
脳が現状把握するための処理を拒否するものだから、心もさっぱりついていかない。
思考停止した私を現実に戻してくれたのは、目の前に展開する蒼い魔法陣からふわりと現れたお婆さんの優しい声だった。
「許可する」
その声で、私の回りで魔法陣が光を帯びる。
蒼のそれを白い光が星のように瞬きながらなぞると──チリリッと背筋がやけどしたように傷んだ。
そのすぐ後、ふわりと空気が緩む。
「ん?」
お婆さんが怪訝な声をあげたが、私は大きく息を吸う。
そして、今まで息が出来てなかったんだって分かった。
吸った息が自然と吐き出されると、お婆さんが深い柔らかな声で私に語りかける。
「上魔闘猪の幻惑に抵抗するとは、中々の精神力じゃて。ゆうても体は幼子。この婆が村まで連れていってあげるから今はお休み」
優しく額から瞼へ撫でられる。
お婆さんのすこしひんやりとした手が心地よかった。
そうだ、脳を休めないと……
あ! 私! 異世界転生したんじゃないか!?
と気付いたとたんに意識は暗転した。
ご感想誤字脱字なんでも受け付けます。
忌憚のないご意見お待ちしております。