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夜の七時を廻ったところで、ぱたんとパソコンを閉じ、自分のデスクの上を片付けはじめた俊之に、まだキーボードをカタカタと叩いていた同僚の岸が、きょとんとした顔を向けてきた。
「あれ、今日は早いな。もう帰るのか? 本田」
「うん」
手短に返事をしてから、一応自分のスマホに目を落とし、今のところなんの連絡も入っていないことを確認する。問題の人物が、いきなりメールやらラインやらを使いこなせるようになるはずもないが、警察やアパートの管理会社からも電話がないということは、とりあえず目立った騒ぎは起きていないということだろう。多分だが。
いつもは、自分の仕事が終わると、いかに同僚が仕事の山に埋もれていようとも、「お疲れ」とだけ言ってさっさと帰ってしまう俊之が、ちらっとでもスマホの画面を確認する、という珍しい行動をとったことで、岸のセンサーがピピッと反応したらしい。
ニヤリ、とからかうような笑いを顔に貼り付けた。
「この後、用事があるのか」
「うん、まあ」
「なんだよ、ひょっとしてデートか?」
「デート……ではないな」
デートというのは通常、外で相手と会って時間を過ごすことを前提にして言うもののはず。だから違う、と否定をしたのに、俊之のその返事は、どうやら余計に岸の好奇心を煽ることになってしまったようだ。
キーボードを叩いていた手を止めて、ぐっと身を乗り出してこられた。
「なんだなんだ、その言い方は。デートじゃなくても、誰かと会うってことか」
「会う、っていうか」
家に帰ると待ってる、っていうか。
「女だな。女と約束があるんだろ」
岸がズバリと言い当てた。「なるべく早く帰るから大人しくしてて」という言葉は、聞きようによっては約束ということになるかもしれないので、俊之も反論はしない。
「よくわかるな」
「男と飲み会だったら、デートではない、なんて返事にはならないからな! 察するにその女は、友達以上恋人未満、というくらいの関係の女だろう!」
「当たってる」
「そうだろそうだろ!」
はっはは、と笑ってふんぞり返る岸は自慢げだ。その鋭さを、もうちょっと仕事方面で発揮させればいいのに、と思わなくもない。そもそも、俊之よりも仕事の量が少ないこの男が毎日遅くまで残業してるのは、就業時間中こういうお喋りにばかり熱を入れているからじゃないだろうか。
とはいえ、そんなことを指摘するのも余計なお世話かと思うので、俊之は黙って彼のデスクの下に落ちていたFAX用紙を拾って戻してやることにした。岸がそれを見て、目を剥いて悲鳴を上げる。
「ああっ、なんだよコレ! 今はじめて見たんだけど! つーか至急って書いてあるじゃん! バカヤロウ本田、お前、今から仕事を増やすんじゃねえよ!」
人の親切を罵倒で返すとは恩知らずな。昼過ぎからずっと床に落ちていたその紙の存在に、いつ気づくのかな、と温かく見守っていただけではないか。
「じゃあ、お先に」
「この鬼! そんなやつはさっさとフラれちまえー!」
「フラれるもなにも」
俊之は軽く肩を竦めた。
「頼むから子作りに協力してくれ、って言われてるんだ」
「え」
岸がぽかっと口を開けた。
「押しかけ女房が待ってるから帰るよ。じゃ」
「え……えええええ~~~?!」
茫然自失する同僚に背を向け、俊之は今度こそ歩き出す。
足を動かしながら、短く息を吐いた。
──鬼と魔王か。
言葉だけなら、けっこういい組み合わせかもしれない。
***
「帰ったか、俊之。今日も勤めご苦労であった」
アパートの自分の部屋のドアを開けると、その魔王さまが椅子に悠然と腰かけて、すらりとした足を組んで出迎えてくれた。
「…………」
いろいろと言いたい言葉を呑み込んで、俊之はとりあえず、「ただいま」と言いながら靴を脱いで部屋に上がった。
一人暮らしに慣れた身に、おかえりなさーい、と可愛い女の子に笑顔で迎えられるのは、ことのほか嬉しくて癒されるものだと聞いていたが、実際に経験してみると、わりとそうでもないな、と思う。
魔王さまは確かに笑っているけど、なんだか暗黒のオーラが湧いているような禍々しい笑い方だし。台詞も口調も、完全に配下の者に向かって言うそれだし。全体的に、「今日も人間どもを捻り潰してやったか」みたいな感じだし。
それに、大体。
「この椅子、どうしたの?」
「じいに持ってこさせた。なにしろこの部屋は何も揃っておらぬのでな。玉座とは言わなくとも、わらわが座れるところくらいは確保せねば」
「どこから持ってきたって?」
「近くに、こういうものがたくさん並べられてある屋敷があったそうな。それだけあるのだから、ひとつくらい拝借しても構わぬだろうかと屋敷の者に訊ねたら、快く了承を得た由」
アパートから少し歩いたところに、手頃な金額・豊富な品数が売り物の、家具量販店がある。全身を黒マントで覆った得体の知れない大柄な人物がいきなり現れ、店員たちはきっと、心底震えあがったに違いない。このいかにも売れ残りの安物ワークチェアひとつでお引き取り願えるのなら、ということで差し出したものと想像できた。
まだ椅子にしっかりとついている値札には、赤字で「特売品・3980円」と書かれてある。明日は土曜だし、代金を支払いがてら店に謝りに行くか。強盗事件として警察沙汰になる前に、穏便に済ませたい。
「俊之、こちらの椅子はなかなか快適であるぞ。魔力もかけておらぬのに、勝手に動く」
キャスター付きで移動もラクラク、というやつだからね。
「他にもあれこれ機能がついておる。見よ、ここを引くと、これこの通り」
魔王さまは椅子の脇についているレバーをいじって、リクライニングを倒したり起こしたりしてご機嫌だ。椅子に乗りながら、くるくる回ったり畳の上を漕いで進んでみたりして、きゃっきゃとはしゃいでいる。お楽しみのところを邪魔するのは悪いかなとは思ったが、俊之は椅子の座面をぐっと掴んで止めた。
「その前に、君はすることがあるよね?」
「む、そうであった」
俊之の言葉に、魔王さまも表情を引き締めて、椅子を回転させるのをやめた。何かを思いついた、というその顔を見て、何を思いついたにしろ自分の言いたいこととはまったく違っているであろうことを、俊之は確信した。
「俊之」
きらきらした魔王さまの蠱惑的な黒い瞳が、まっすぐこちらに向けられる。
「風呂にするか? 夕餉にするか? それともわらわと子作りするか?」
うん、やっぱり違った。
「……その台詞は誰に教わったのかな」
「じいが、俊之が帰ったら、真っ先にこれを言えと教えてくれた。じいはこの世界に来てからというもの、必死でこちらでの繁殖に至る手順と作法を勉強しておってなあ。つくづく真面目なやつよ」
あの獣人は、こちらの世界のどんな教材を使って、なにを勉強したのやら。
「そういえば、そのじいの姿が見えないね」
「魔界に帰った。ひいさま、くれぐれも励まれよ! と力強く言うておった」
「なるほど」
それで、そんな恰好をしてるわけね、と俊之はようやく心から納得した。
魔王さまが、「女王様の衣装」の上に羽織っているのは、黒マントではなく、スケスケのネグリジェである。
間違ってる。なんかもう、いろいろ間違えている。もう一度言うが、あの獣人は一体全体どんな勉強をしたのだろう。どちらか一方だったら刺激的な格好が、両方組み合わせると単なるマヌケにしか見えない。これで勃……その気になる男は、確実に少数派だ。
「とりあえず、その変な格好をやめなさい」
「なんと。この透き通った服は、大概の男を一撃で悩殺する仕様と……」
「いいから、脱いで。いや全部じゃなくて、上に羽織っているものだけを脱いで」
正確に言い直すと、一瞬目を輝かせた魔王さまは、途端にむうっと面白くなさそうに頬を膨らませてむくれた。
「それから、ブーツも脱いで。部屋の中は土足厳禁だと言ったはずでしょ?」
「ちゃんと綺麗に拭いたぞ」
「そういう問題じゃない。そんな先の尖ったヒールで部屋中を闊歩されたら、畳が穴だらけになる」
「俊之は存外、口うるさいな」
「ここは僕の部屋だから、僕のルールに従うのが当たり前。それがイヤなら一緒に暮らすという話はなかったことに」
「わかったわかった」
魔王さまはぶつぶつ言いながらネグリジェを脱ぎ、ブーツを脱いだ。その彼女の頭に被せるように、俊之は自分の箪笥から取り出したTシャツを放った。
「で、上からこれ着てね」
「これを? なぜだ」
「落ち着いて話が出来ないから」
「話などせずとも、さっさと事に及べばよいではないか」
「こっちではそういうやり方はしない。いや、する人もいるかもしれないけど、僕はしない。いいから着て」
「俊之はじいより細かい……」
またもぶつぶつ言いながら、魔王さまは黒いボンテージ衣装の上に、俊之のTシャツを着た。自分の姿を見下ろして、「こんなものを着ては、せっかくのわらわのボディが披露できぬではないか」と魔王さまはいたく不満げだが、男物のだぶっとしたTシャツから、魅力的な褐色のナマ脚がすらりと伸びている様は、非常に艶めかしいことには気づいていないらしい。幸いである。明日は下に着るボトムスもいくつか見繕って買ってこよう、と俊之は決心した。
「じゃあ、ここに座って」
その場に腰を下ろして胡坐をかき、自分のすぐ前の畳を人差し指でとんとんと叩いて示す。魔王さまはお気に入りの椅子に座れないのが心残りのようだったが、それでも素直に俊之の前にぺたんと座った。
「……昨夜は結局ろくな話も出来なかったけど、君と一緒に暮らすにあたり、いくつか決めていかなきゃいけないことがある」
そう、俊之は、これからこの魔王さまと、しばらく一緒に暮らすのだ。
魔王ラーラの夫になって欲しい、と頼まれて、俊之が返したのが、「まずはお試し期間ということで、ここで同居してみませんか」という言葉だった。
そう言わないと、獣人が絶対に諦めそうもなかった、という理由もある。自分には関係ない、ととことん突っぱねることも出来たのだが、それはそれで面倒だ、というのもあった。俊之は、面倒なことがあまり好きではない。
せっかくはるばる他の世界から夫を求めてやって来た一人と一匹に同情した、というのも少しはある。あの方法では、おそらく百一人目から先を探しても、これまでの九十九人と同じように、みんな逃げていくだろうことは容易に予想が出来た。その結果、ここではない世界が魔界や人間界を巻き込んでの大戦争になったりしたら、やっぱり寝覚めが悪い。
かといって、異世界の魔王さまの夫になってみませんか、という誘いにそうそう簡単に肯えるはずもないので、とりあえず折衷案として、ここでの同居を提案してみたのだ。よほど困っていたのか、獣人は、それでいいからお願いする、と畳に頭を擦りつけんばかりにして話に乗った。
「──まず、君には、こちらの世界での生活、というものを覚えてもらわなきゃならない」
と、魔王さまと向かい合い、俊之はきっぱりと言い渡した。
どうやら獣人は、あの手この手で魔王さまに俊之を誘惑させて、早いうちに子種を仕込んでもらおう、子供が出来たらこっちのもの、という目論みを持っているらしいが、ここで暮らすと決めた以上は、ある程度こちらに馴染んでもらう必要がある、と俊之は考えている。
魔王さまや獣人が好き勝手な振る舞いをして、警察や政府が介入してくるような騒ぎにでもなったら、おちおち子作りのための行為にだって没頭できないではないか。
「うむ」
変なところで真面目な性格でもある魔王さまは、俊之の顔を見て、こっくりと頷いた。
「君は、魔王さまだってことを、ここでは隠さないといけない。じいも同じだ。君たちの正体がバレると、信じる信じないに関わらず、厄介なことになりかねないからね」
「うむ、そうか」
「そのためにも、まずは外側の恰好だけでもこちらに合わせること」
「ええー……」
魔王さまは、あからさまにイヤそうな顔をした。
「こちらの衣服は動きにくそうで好かぬ」
「好む好まざるは関係ない。なるべく動きやすい形のを選べばよろしい」
正直に言えば、こちらの世界にも魔王さまが好みそうな意匠の洋服はいくらでもあるし、需要と供給もちゃんとあるのだが、その点については口を噤んでおいた。普通に街を歩けるようなもの、というのが俊之の最低限満たしてほしい条件である。
「それから、魔王さまというからには、魔力があるんでしょ?」
「うむ、あるぞ」
俄然張り切って、魔王さまが元気よく右手を挙げた。
「わらわの得意は火術だ。この建物など、一瞬で消し炭にしてみせようぞ」
「してみせなくてもいいから」
今にも火を噴き出しそうだった右手を掴み、べちんと手の平を畳に叩きつけるように下ろさせる。まったく油断も隙もない。今日俊之が帰るまでにこのアパートが無事だったのは、僥倖以外の何物でもなかったらしい。
「こちらの世界では、魔力を使うのも禁止」
「なんと。それではわらわは、何をすればいいのだ」
魔王さまの表情が、途方に暮れたようなものになった。
「せっかくこっちに来たんだから、いくらでも勉強するなり、楽しむなりすればいい。君は魔界の王なんでしょ、こちらの世界のことを知るのも、決して無駄にはならないと思うよ」
獣人のように誤った知識ばかりを頭に入れなければね、と内心で付け加えておく。
「こちらの人間のような恰好をして、魔力は使わずに、この世界のことを学ぶのか」
考えただけでげんなりしたのか、魔王さまは大きなため息をついた。そんなに難しいことを要求しているつもりはないのだが。
「それから、しばらくは子供を作るようなこともしないから」
「なんと?!」
俊之の言葉に、今度こそ驚愕したように大きく目を見開く。
「なぜ?! それではわらわがここにいる意味がないではないか!」
「今も言ったように、意味はある。君はまず、この世界のことをいろいろと知らなきゃいけない。僕のこともだ。じいにとっては、君に子供が出来さえすれは、その父親はどこのどんな男でもいいということなのかもしれないけれど、君は自分を抱く男が、男でありさえすればどんなのでもいいと考えているわけではないだろう?」
「…………」
魔王さまはちょっと眉を下げた。
「しかし……しかし、わらわが子を孕まねば、魔界に混乱が生じると、じいが……」
下を向いて、畳を指でがりがり引っ掻きながらぼそぼそと言う。近いうちに、畳の上に敷くマットか何かを買ったほうがよさそうだ。
「それはそれ、これはこれ。行為をするのも子供を孕むのも君の身体なんだから、他の連中の思惑に任せてしまうことはない。君がイヤなら、別にしなくてもいいんだし」
「──俊之は」
わずかな沈黙の後、魔王さまがちらっと上目遣いになって、言いにくそうにもごりと口を動かした。
「わらわに魅力を感じないから、そのようなことを言うのではないか? じいが、どんな手段を使ってもいいから俊之を籠絡するようにとうるさく言うておったが、正直、わらわにはどんな手段を使えばいいのかよくわからぬ。わらわは今まで、男に逃げられてばかりいたからな」
目の周りが薄っすらと赤くなっているのは、「男に逃げられてばかり」だった自分を恥じているためらしい。それは彼女のせいではないのだが、不遜な魔王さまは意外と傷つきやすく、繊細だ。
まあ、しょうがないか。
魔王といっても、二十歳の女の子のわけだし。
俊之は、目の前の魔王さまの顔を覗き込んで訊ねた。
「これまで、恋人とかもいなかった?」
「ヒト型の男がおらぬのに、恋人など出来るはずなかろう」
「獣型の魔族とは恋愛感情は芽生えないの?」
「俊之は、じいの女版の魔族と愛を語り合えるか?」
「無理だね」
そこはきっぱり断言させていただこう。そうかなるほど、同じ魔族といっても、型が違うと、美醜の基準も異なってしまうということか。姿がまったく違うのだから、ある意味当然なのかもしれない。
ヒト型の若い男がいない魔界では、魔王さまの、きらきらした光を放つぱっちりと大きな瞳も、ぽってりと形の良い唇も、艶々した髪の毛も、むっちりした官能的な肢体も、ちっとも価値を持たないわけだ。もったいない話である。
「昨夜も言ったと思うけど、君はとても魅力的だよ。もっと自信を持っていい。まあ、こっちに慣れれば、それもいずれわかるんじゃないかな」
外見だけで言うのなら、魔王さまはそのままトップモデルにもなれるくらいの美しさと可愛さを備えている。こちらの世界の人間のフリをしていれば、土下座してでもお相手をさせて欲しいと懇願してくる男には事欠かないだろう。それも含めて、俊之は「お試し期間」というのを設けることを提案したのだ。魔王さま本人が好いた男と結婚するなり子作りしたりできれば、それに越したことはない。
「そうかあ~?」
九十九人の男に逃げられてすっかり自信喪失してしまったらしい魔王さまには、俊之の言葉はあまり響かないようだった。ふてくされたようにTシャツの裾を摘んで引っ張っている。
そこからは程よく肉付きのよい腿が曝け出されているから、彼女がシャツをいじるたび、足の間の奥のほうがちらちらと覗く。俊之は苦笑を洩らした。
一夜限りの相手でいい、ってことなら、今すぐにでも押し倒すんだけどなあ。
「とにかく、夕飯にしようか」
俊之が頭と視線を切り替えるためにそう言うと、魔王さまも今になって気づいたように、大きく頷いて同意した。
「うむ、そういえば空腹だ。早く何か作れ、俊之」
「僕が帰った時、風呂にするか、夕飯にするか、って言わなかったっけ?」
「お前は言葉の綾というものを知らんのか。魔王であるわらわに、料理など出来るわけなかろう」
「だったら、それも少しずつ勉強するんだね。食事は生活の基本だよ。じゃ、どうするかな……飯は冷凍のがあるから……」
献立を考えながら、ワイシャツのポケットから煙草を取り出す。部屋に入って真っ先に目に入ったスケスケ衣装につい気を取られて忘れていたが、支度を始める前にまずは一服だ。
「……あれ」
火を点けようとしてライターを擦ったが、着火しない。俊之のライターは使い捨ての安物なので、わりとよくこういうことになる。
別のライターを使おうと思って立ち上がりかけたら、「待て、俊之」と止められた。
「わらわが点けてやる」
そう言って、魔王さまが自分の手を俊之が咥えている煙草に近づけ、親指と中指を軽くパチンと鳴らした。
ぽっ、と煙草の先が赤く燃える。
「へえ、便利だな」
「なんのこれしき」
指で挟み、白い煙の流れる先端をまじまじと見つめたら、魔王さまが、えへん、というように胸を反らした。百円ライターの代わりをして威張る魔王。まあいいけど。
「魔力は禁止とさっき言ったはずだよね?」
「俊之は小うるさいな!」
「でも、ありがとう」
煙草を手に持ったまま、魔王さまの顔に自分のそれを寄せて、チュッと音を立てて唇を合わせると、一拍の間の後で、褐色の肌が真っ赤に染まった。
ぷっと小さく噴き出す。
ほんの昨日まで、誰かと一緒に暮らすなんて思ってもいなかったが、これはこれで、ちょっと楽しいかもしれない。
……しかし、キスくらいで赤くなる純情な魔王さまは、ホントに子作りなんて出来るのかね。