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第4話 「厨房」

「この辺りのはずなんだけど……」


 フレアはローズガーデンから真っ直ぐに中庭を突っ切りお城の裏手に来ていた。

 厨房はこのあたりにあるはずなのだが。

 キョロキョロしてみたが、相変わらず誰の人影も見えない。

 不安になったフレアは城全体を見上げてみた。

 右手の煙突から煙が上がっている!

 

「あそこだわ!」


 フレアは城の壁づたいに東側へ移動した。

 だんだんと人の気配がしてきた。

 井戸から水を汲みガチャガチャと食器を洗う音がする。

 メイドたちが笑いながらおしゃべりをしているようだ。


「あのう……」


 フレアは城の曲がり角から顔を出して話しかけた。

 メイドが5人いて、一斉にこちらを振り向いた。

 どれも知らない顔だ。

 井戸の水を汲む者、食器を洗う者、拭く者、洗濯を洗う者、そして佇んで彼女たちを監視する者。

 さまざまな仕事をするメイドが全員、手を止めてこちらを見た。


「あ、あの……お仕事中に申し訳ありません! その……食べ物を……分けていただきたいのですが……」

「あなたは……側室候補の方でしょう? 申し訳ありませんが、姫さまから食事を与えないようにと言われているのですが……」


 メイドたちを監視していたふくよかな身体の年配の女が答えた。

 どうやらメイド頭らしい。

 もうしわけなさそうに謝ってきた。


「あの……ただでとは言いません! この……ローズウォーターの替わりに……」


 フレアはドレスからローズウォーターを詰めた小瓶を取り出した。


「わあっ! それってローズガーデンの薔薇の?」

「ちょっと貸して うわあっ! いい匂い!」

「バスタブに入れると良い香りが体に染み込むのよね……薬として飲むことも出来るし重宝よ!」

「わたしも欲しい! メイド長、少しぐらい良いじゃないの? 食べ物を分けてあげましょうよ」


 メイドたちがフレアの作ったローズウォーターの匂いを嗅いで口々に褒め称えた。


「そうだね……わたしもリネンに香り付けするローズウォーターが欲しいと思っていたところなんだよ……化粧水になるし髪に付けてもいいやね? シャルルさまの御婚約祝いの舞踏会のときに使いたいところだね」


「なんですって! シャルルの婚約祝い? 彼はまだ……結婚しているわけではないのですか?」

「シャルルさまがですか? そうですよ。側室さまなのに何もご存知ないのですか?」

「……ええ……そうなの」

「お后になられるコーネリアス姫がまだ16歳になられていないのです。あと3ヶ月あります。お2人は1週間前に婚約されたばかりなのですよ」

「1週間前……(お城が軍隊に取り囲まれたときだわ。シャルルの隣にいた女性はあと3ヶ月で16歳になるのね? わたしと同じだわ。あの女性は髪も目の色もわたしに似ていた。ということは、彼女はわたしのフリをしているのね……。)あなたたちはいつからこちらに?」

「昔からこちらに居りますよ」

「そう……(よくわからないけど、シャルルとわたし以外は知らない人ばかりだわ。使用人たちはいったいどこに行ってしまったのかしら……。)メイド長さん! わたしはどこから来たの? そのコーネリアスという姫君も……」

「あなたとコーネリアスさまですか? お2人ともオコしいれのために、東の国から一緒にいらしたじゃないですか? 1週間前に!」

「ええっ! わたしとあの女の人が? (……そういう筋書きなのね。野ばらさんが言うように魔女の呪いかもしれない。だとしたら……わたしのフリをしているあの女性こそが魔女にちがいないわ。でも……どうしてわたしだけ地下牢に?)」

「あなたは側室として一緒に来られたのですが、お越しになってすぐに行方不明になってしまいました。いったい今までどちらにいらしのたですか?」

「……そうだったの……わたしは行方不明になっていたのね……」


 フレアはしばらくショックで口がきけなかった。


「……わたしとコーネリアスは……いったいどういう知り合いなの?」

「従姉妹でございますよ。そんなこともお忘れになったのでございますか?」

「従姉妹? 従姉妹ですって!」


 フレアはびっくり仰天した。


 そういえばあの女性は、髪や目の色は違うが同い年の従姉妹のネリーにそっくりだ。

 避暑に出かけた後見人の伯父夫婦の1人娘だが素行が悪いため、1年前から東の国へ行儀見習いに出されていた。


 この城の中はすべて、ネリーの作り出した世界に変えられてしまったのだろうか?

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