第16話 「バージニア城」
「キャアアアアッ!」
例のごとく指輪で瞬間移動したフレアは、バージニア城の南の畑に立っていた。
「ふううっ……よかった、無事に到着できたわ! さっそく、薬草を植えておきましょう」
フレアは妖精王にもらった薬草を畑に植えた。それは見る間に大きくなり、畑中に広がっていった。フレアはいくつか束にして手に持った。
「これからどうしよう……そうだわ! 1度、部屋に戻ろう!」
フレアは自分の後宮へ帰ることにした。指輪を天に翳して行き先を唱えた。たちまち、つむじ風がわき起こった。
「はああ……瞬間移動にもどうにか慣れてきたわ……」
フレアは後宮の部屋に佇んでいた。
「……今日は疲れたから、休ませてもらおう……」
フレアはバスルームでシャワーを浴びると、寝台に横になり眠りについた。
――チュン、チュンチュン、チュンッ!
翌朝。
フレアが起きると、サイドテーブルの上にカードが置いてあった。
「まあ! これは……」
それはネリーからのお茶会の招待状だった。
「どうしよう……お菓子を持参するようにとあるわ……そうだ! ゼペットおじいさんの奥さんのクロエのところへ相談に行ってみよう!」
フレアはドレスを着込むと指輪を使い、クロエのいる城の地下にある裁縫部屋へと移動した。
――ボンッ!
「まあっ! これは姫さま! どうなされたのですか? しかも……朝なのに金髪のままではないですか! それにそのドレス……なんて美しい空色なのかしら……そうだ、姫さま! あなたは舞踏会の会場から何者かに攫われて行方不明になっていたのでは……」
「まあ! そんなことになっていたの? わたしはこの通り、無事よ! そうだ、クロエさん! カヌレの作り方を教えてちょうだい! 今日の午後のお茶会に持って行きたいの!」
「カヌレ……でしょうか? でも、わたくしのカヌレでは王族の方のお口には合わないかと……」
「いいえ! とてもおいしかったわ! 元々カヌレは修道院で作られていたものです。クロエさんの作るカヌレの素朴な味がとても新鮮でおいしかったわ! ぜひ、わたくしに教えてちょうだい!」
「わかりました……では、厨房の隅を借りて作りましょう!」
「ありがとう!」
フレアはクロエと共に城の厨房へ行った。そこにはかつてローズウォーターと引き換えにに食べ物を分けてくれたメイドたちがいた。
フレアは彼女たちのために薬草を煎じて飲ませてあげた。メイドたちは喜び、フレアのためにクッキーや小型のパイを焼いてくれた。
フレアはクロエのカヌレとメイドたちの焼いたパイやクッキーを籠いっぱいに盛り、意気揚々と厨房をあとにした。
「もうすぐお茶会の時間だわ……あ、あれは!」
フレアの行く手に、ネリーたち一行がいた! ネリーは縮れた赤毛が少し乱れ、やつれた様子だった。シャルルも一緒だ。
「シャルルー!」
フレアはシャルルに走り寄った!
「フレア! 彼の名を気安く呼ばないで! なに? あなた、どうやって……!」
「おあいにくさま! コーネリアス! あなたの呪いは解いたわ!」
「なんですってー!」
「コーネリアス……? フレア、どうしたんだい? 彼女はネリーだよ?」
「え? ほんとうに? ……ということは、少し設定が変わってきているのね? そういえば……ネリーは金髪から元の赤毛に戻ってる! 瞳の色もそうだわ! ブルーからグレーに戻ってる!」
「君たちは従姉妹だろう? 仲良くしなよ」
「いやよ! こんな子! それにしても……そのドレスはどうしたの? そんな服、見たことないわ!」
ネリーはフレアが着ている、襟と袖口に白いレースがふんだんに付いているふんわりとした水色のドレスを凝視していた。美しい青い靴を履き、頭に付けているティアラはガラス製だ。サファイアのネックレスとルビーの指輪を身につけている。フワフワのロングヘアに碧い瞳と白い肌、真っ赤な唇。完璧な美少女の姿がそこにあった。小さな背丈以外は立派なレディだ。
反対にネリーは、赤の美しいドレスを身に纏ってはいるが、そばかすだらけの肌はカサカサで全体的にぼんやりとして覇気がなかった。
「ネリー……伯父さまと伯母さまはどこ? 南へ静養に出かけたはずだけど?」
「静養? 何を言っているのかしら? お父さまとお母さまなら、お城に居るわよ? 当たり前でしょ? ここはわたしたち一家の城なんだから! あんたは居候なのよ! フレア!」
「な、なんですって! いつの間にそんなことに……!」
「フレア……何か混乱してる? まずはお茶にしよう。ローズガーデンの奥で開かれるんだ。行こう!」
「シャルル……はい!」
「ちょっと、フレア! シャルルになれなれしくしないでよ! あんたは側室なのよ! 後宮で大人しくしてなさい!」
「…………」
フレアはくやしさに歯をくいしばりながら、うしろへと1歩引き下がった。シャルルが心配そうにフレアを見ている。彼を困らせるわけにはいかない。
フレアは無理矢理えがおを作り菓子の籠を持ったまま、彼らの列の最後尾に加わった。
皆で歩いてローズガーデンへ到着した。穏やかな午後の光が薔薇園の花々を照らし出していた。花たちがくったりとしている。フレアはいそいで、汲み置きしてあった水を薔薇たちに与えはじめた。
「フレア! そんな……下々の者がやるようなことをするのはおやめなさい!」
「ネリー……いいじゃないか。薔薇がくったりとしていてかわいそうだよ。フレアはやさしいね」
「シャルル……」
「きーっ! くやしいわ! 早くお茶にしましょう! 何よ! この田舎っぽいお菓子は! フレア! あんたこんな物しか持って来れなかったの?」
「ネリー……いいじゃないか。ぼくはこちらをいただくよ? ほら、このカヌレなんかしっかりと焼かれていて、香ばしい良い匂いがするじゃないか? フレア、君が焼いたのかい?」
「シャルル……ええ。メイドさんたちに手伝ってもらいながら、心を込めて作ったの。食べてみてちょうだい」
「それはうれしいな! 心がこもっているのが1番だよ。いただきます」
「いま、お茶をいれるわね!」
フレアはシャルルのために、彼の好きなレモンを多めに足しながら紅茶をいれた。
彼とお茶会なんて久しぶりだ。
「ちょっと、フレア! 女主人はわたしよ! わたしがお茶会を仕切るんだから、あんたは隅っこで見てなさい!」
「……はい……」
フレアは大人しく隅の席に引っ込んだ。シャルルが気の毒そうにこちらを見ている。
お茶会は滞りなく進んだ。大臣なども出席して、ネリーとシャルルの結婚式の招待客について細かく話し合われていた。
その話の中に、フレアの気を引く内容があった。なんと城の地下に、開かずの間があるそうなのだ。それは後宮に続く回廊の途中にあるのだが、最近、何者かに荒らされていたというのだ。フレアはすぐにピンときた。たぶん、その部屋でネリーは黒魔術を修得したのだろう。
「大臣……その地下室はどこにあるのですか?」
「これはフレアさま……功名に隠されているので、いくらフレアさまでもお教えできません。昔、後宮の側室がそこで亡くなりました。それ以来、不吉だといって封印されているのです。ですが二カ月ほど前に点検にいった者が、そこの封印が解かれていたと報告してきたのです。再び封印したとのことですが……」
「そうですか……」
フレアはそれ以上、訊くことが出来なかった。
お茶会はそこで解散となった。
シャルルはネリーと一緒に城へ帰っていった。
フレアは1人ローズガーデンに残り、思案していた。
「どうやってその開かずの間を見つけたらいいの……あれ?」
フレアはあまりに真剣に考え込んでいたため、日が暮れたことに気が付かなかった。門の鍵を閉められてしまった。
「指輪があるから大丈夫なのよね! 楽勝、楽勝!」
――久しぶりね! フレア!
「まあっ! 野ばらさん!」
――金髪に戻ったのね? よかったわね!
「どうもありがとう! あっ! ねえ! 野ばらさん! お城の地下にある開かずの間をご存知かしら?」
――ええ、知ってるわよ? でも……あそこには恐い魔物がいるって……。
「ええっ! そうなの? でも……どうしても行きたいの! 行き方を教えて!」
――いいけど……そうだわ! 薔薇の花を持って行きなさいよ! 魔物は花の芳香に弱いと言うから。ほら、そこに庭師の落としていった薔薇が1本、落ちているわ。それを拾って! トゲに気をつけてね!
「わかったわ。では、もらっていくわね」
――行き方はこうよ。後宮と城のちょうど真ん中。北西の角に龍の置物があるわ。それを左に2回、右に3回まわすの。地下への通路が開くはずよ。
「ほんとに? どうもありがとう! わたし、ここで生まれ育ったのに、そんな地下室があるなんて全然、知らなかったわ!」
――そりゃそうよ! あなたは子供だから、そんなおどろおどろしい部屋の存在は知らされているはずないわよ!
「それもそうね……本来ならわたしが踏み込んではいけない場所みたいだけど……そんなことも言ってられない! 早速、行ってみるわ!」
――フレア姫は短期間で随分とたくましくなったわねえ……がんばって!
「野ばらさん! どうもありがとう!」
フレアは指輪を翳すと、後宮へ瞬間移動した!
――ボンッ!
後宮の部屋の前だった。
「回廊の北西の角ね!」
フレアは城に向かって歩きはじめた。手にはしっかりと美しい真紅の薔薇の花を持ちながら。
――スタスタスタスタ。
――ヒタヒタ、ヒタヒタ。
――スタスタスタスタ。
――ヒタヒタ、ヒタヒタ。
「誰かつけてくる……」
フレアの額に段々と脂汗が滲みはじめた。
「こんな時間に、いったい誰だろう……?」
フレアは勇気を振り絞って暗い廊下を振り返ってみたが、誰もいなかった。
いまさら後宮に戻ることも出来ず、フレアは進むしかなかった。
しばらく行くと北西の角に出た。
足音は聞こえなくなった。気のせいだったのかもしれない。
フレアは石膏で作られた龍の置物を確認した。
高い位置にあるそれを、背伸びをしながら両手で一生懸命まわした。
――ガラガラガラガラッ!
床に突然、階段があらわれた!
「ここね……」
フレアはサファイアのペンダントを翳した。それは明るく光輝き、たいまつの代わりをしてくれた。
――コツーン、コツーン、コツーン、コツーン。
恐る恐る階段を下りはじめた。
下へ行くに従い、暗くて寒くなっていく。
正面に扉があった。細長い紙がいくつも貼ってあった。
「どうしよう……でも、この部屋に呪いを解く鍵があるはずだわ!」
フレアは勇気を振り絞り、思い切って扉の紙を引きちぎった!
――バリンッ!
一瞬、黒いモヤのようなモノが扉の隙間から沸き上がったような気がした。
不吉に思いながらも、意を決してフレアがドアを開けた!
――キキイイイイーッ。
鍵は掛かっていなかった。中は真っ暗闇だ。
フレアはサファイアのペンダントを部屋の中へ翳した。
「特に変わった様子はないわね……」
中はソファやテーブルが置いてある、普通の部屋だった。
正面に暖炉がある。フレアは近づいていった。
――すると突然! 暖炉に火がついた!
「…………!」
フレアはびっくりして部屋から逃げ出そうとした!
扉の前に誰かいる!
「あなたは……!」




