第9話 「舞踏会」
「いよいよだわ!」
鐘楼の鐘の音が5つ鳴った。
フレアは意を決し後宮から踏み出した。
舞踏会の行われる大広間はすぐそこだ。
ドレスの裾を持ち、しゃなりしゃなりと進んでいった。
「こら! おまえ! お付きもいないとは! 誰だ!」
いきなり大広間の入り口に立つ衛兵に槍で止められてしまった。
「なっ! コホン……わたしは側室……候補のフレアです。ここに招待状が……」
フレアは招待状の入った白い封筒を衛兵に差し出した。
「こっ、これは……! フレアさま! たいへん失礼をば致しました! 奥へお進みください!」
「はい」
フレアはハンスの教えを通りニッコリ微笑むと広間の奥へと進んでいった。
――ズンチャッチャー、ズンチャッチャー。
優雅な音楽に合わせて着飾った大勢の男女がダンスをしていた。
フレアが得意とするダンスの曲が流れていた。
踊りたくて身体がムズムズしてきた。
フレアは気持ちを抑え、1番奥の台座で談笑しているシャルルとネリーの元へ向かっていった。
ネリーはかつてフレアがお気に入りだったサテンで出来たレースたっぷりのピンクのドレスとガラスの靴を履いていた。
そういえば、ネリーはいつもフレアのことをうらやましがっていた。
「シャルルさま、ネリーさま、ご機嫌麗しゅう……」
フレアはにっこりと微笑み、シャルルとネリーの前であいさつのために膝を折った。
「フレアッ!」
「これは驚いたわ……! どうやってここまでやってこれたの? あの、泣き虫で弱虫だった軟弱フレアがっ!」
シャルルもネリーも驚いて目を丸くしている。
「シャルルさま、いかがですか? わたくしのドレスは……!」
「とても素敵だ! 1曲、踊りましょう。お手をどうぞ、フレア!」
「まあ! シャルルさま、光栄です!」
シャルルが玉座から降りてきてフレアの手を取った。
王子のお出ましとあり、招待客たちが広間の真ん中を空けた。
シャルルとフレアは広間の中央に進み出た。
2人に合わせて楽団がさきほどのワルツを最初から奏ではじめた。
以前フレアとシャルルの婚約祝が開かれたときも、この曲を2人で踊った。
「シャルルさま……」
「フレア……赤い髪に映えるグリーンのドレスがとても美しい。芳しい匂いが鼻をくすぐる……薔薇だね?」
「はい。わたくしが摘んだ薔薇の香りです。シャルルさまによろこんでもらえてたいへん光栄です」
フレアは一生懸命に微笑み、シャルルにダンスを楽しんでもらおうとがんばった。
赤い靴が軽やかにステップを踏む。
皆が2人の素晴らしいダンスの腕前に茫然として見蕩れている。
静かな時間が流れていた。
曲と共にダンスが終了した。
招待客たちから割れんばかりの拍手が起こった。
フレアは幸せに頬を染める。
そんなフレアを見て、目を細めるシャルル。
「そうだ! これを……」
シャルルがポケットから指輪を取り出し、フレアの左手の薬指に嵌めた。
光り輝くそれは、真っ赤な大きいルビーの指輪だった。
「これは……」
「我が家の側室が代々嵌める指輪だ。これがあれば、1度でも行ったことのある場所へは瞬時に行かれるようになるんだよ」
「そんなすごい指輪をわたくしに……シャルルさま、どうもありがとうございます!」
フレアは喜びに目を輝かせた。
――シャルルに抱きついてお礼を言おうとしたそのとき。
「シャルルさま! フレアに指輪を与えるなんてっ! おのれええええっ!」
指輪を見たネリーが目を吊り上げて怒りはじめた!
そのとき鐘楼の鐘が6時を打った。
黄昏時が近づき、あたりが暗くなってきた。
同時にフレアの髪色と瞳の色が変化しはじめた。
「フレア? 君は……」
シャルルがフレアの変化に驚いている。
「きゃああああっ!」
「なんだっ? うわああああっ!」
突然、舞踏会の客たちが騒ぎはじめた。
フレアは皆が指差す方向を振り返った。
――玉座の前には。
真っ赤な髪を炎のように逆立て、真っ赤に裂けた口、真っ赤に充血した真っ赤な瞳の魔女が立っていた!
体中からメラメラと恐ろしい炎が燃え立っている!
いつの間にか衣装も真っ赤な胸の開いたドレスになっていた。
真っ赤な靴で玉座から降りてくる。
「おのれええええっ! 指輪を渡してしまうとは! ゆるさああああっんんんんーっ!」
真っ赤な魔女に変化したネリーが両手を大きく掲げた!
「きゃああああっ!」
「化け物だああっ!」
「にげろおおおおっ!」
人々が逃げ惑うなか、ネリーがシャルル目がけて手の先から光線を発した!
――グワガァァァァアアアアーッ!
「わああああっ!」
「シャルルッ! あぶなあーいっ!」
フレアは思わず、シャルルの前に飛び出た!
――グッワァァァァアアアアーッンンンン!
「きゃああああっ!」
「フレア! フレアーッ!」
――フレアは遥か彼方へと吹き飛ばされてしまった!




