第一話 チカラ
オリジナルは初の挑戦ですが、お目汚し失礼します。
その男はただ見ていた。
いや、見る事以外に男にはどうすることもできなかったという方が正しいだろう。
「ぁ・・・?」
言葉にならない声を漏らし、男は目の前の光景を確認する。
人通りの少ない交差点の横断歩道、その真ん中にはよく知る女が転がっていた。
隣にいたはずの女は、男が見たこともないような血溜まりを作り出していた。
覗き込むように自分の右手を見た、さっきまで目の前の女と繋いでいた手だ。
「何なんだよ・・・これ・・・・・・」
転がる女のすぐ横に、人が立っていた。
女性と同じ形状だが、その格好は現代人のそれとは大きく違っていた。
灰色の布を無造作に裸体に巻きつけ、肩辺りまで伸びた青髪は濡れるように輝くき、両手には大小異なる形状のナイフを持ち、片方のナイフの刃は鮮血に塗れていた。
布に隠れているが太ももにはナイフを収めるホルスターのようなものが装着されている。
「ごめんね、運が悪かったのよ」
女は血染めのナイフを回転させながら言った。
ビュ、と一度大きく刃を切り返し張り付いていた血を払う。
「君も、死んで」
小さく笑いながらそう言った。
男に向けてゆっくりと歩き出し、ナイフをくるくると回転させる。
「お前か」
男は静かに呟いた。
何一つ理解できない、だが逃れることの出来ない現実を前にしてなお一つの感情を胸に、女を睨む。
「お前か、彼女にこんな事したのは」
無意識のうちに握り締められた拳は男の中の激しい感情を表すようだった。
彼女の下に駆け寄って、安否を確認したい、抱きしめて泣き叫びたい、手を握って名を叫びたい。
男はそんな叶うはずの悲しい願望を捨てて、今やりたい事の為に。
「そうだよ、だからジャックの名において・・・君も殺す」
「ッ・・・ふざけるなあああああああああ!!」
ただ、最愛の人を傷つけた相手に怒りをぶつける為だけに動く。
相手が刃物を持っている事も、自分が素手である事も一切考えずに走り出した。
数mの間合いを一気に縮め、男は勢いのままに右拳を振り上げた。その狙いは顔面に向けられていた。
「馬鹿だね、君は」
女は右手に持ったナイフで、払うようにして右肘の下辺りをなぞる。
ドッ、という音した。
「っ、は・・・っぅあああああああああ!!!」
男の身体はいつもどおり心臓から腕に血を送り、送られた血は切断された腕の断面から当然のごとく噴き出した。鈍く響いた音は男の肘から下が切り落とされ、地面に落下したものだった
痛みを感じるのと同時に、男は反射的に切断面を押さえようとする。このまま血を流せば死ぬ事を本能的に理解していたからだ。
しかし女の握るもう片方のナイフが、男の動きよりも早くその左手首をなぞった。
先ほどよりも軽い落下音が響く。
「ああああああああああああああああ!」
もはや男の意思で傷をどうこうする事は出来なくなり、ただ叫ぶ事しか出来なかった。両腕からは鮮血が溢れ、先を絞ったホースのようにプシュプシュと流れ出していた。
意思の力だけで、人は困難を超える事は出来ない。
ちくしょう・・・なんで、なんでこんな・・・
なんでこんな奴に、アイツが殺されなくちゃいけねぇんだよ!!!!!!!
男は意識も飛びそうな激痛の中、心で叫ぶ。
その、直後だった。
「っはぁっ!!!」
男は限界まで溜めていた空気を吐き出すように息を吐く。
「はぁ・・・なんだ、ここ・・・」
周りの変化を理解するまでに数秒が過ぎた。
まず痛みが消えている事に、腕がある事に、そして数秒前とは全然違う場所にいる事に気付いた。
見渡す限りの地平線、平らで白い地面が永遠のように続いていた。
その中で異質なものがいくつか、男の視線の先にあった。
大画面テレビ、緑色のふかふかのソファ、その上で仰向けで寝そべる少女。
少女はコントローラを握り、テレビ画面を逆さに見ながらゲームをしていた。
カーテンのような布をお化けのようにかぶり、それ以外に着衣物はない。流れるような銀髪はソファの上で無造作に広がっていた。
男に気付いていないのか、コントローラの操作は止めず、画面からも目を離していない。
「な、なぁ、聞きたいこt」
言葉を言い終えるより先に、目の前の少女はビクンと体を震わせソファから転げ落ちた。だがすぐさま起き上がり、テレビの画面を凝視した。
「あー!! し、死んだ!」
画面に映し出されるゲームオーバーの文字。
故意ではないにしても、男の心には何だかとてつもない罪悪感が生まれた。
一度目を閉じて罪悪感を抑え、男はもう一度口を開いた。
「悪い、わざとじゃなかったんだ、俺にも聞きたいこt」
「死んだんだよ、君は」
今度は言い終えるよりも先に、答えが返ってきた。
少女はコントローラをソファの隅に放り、男に向かい合うように座り足を組む。
「君は殺されてここにいるのだよ、もっともここは天国とか地獄みたいなメルヘンチックな場所ではないんだけれど」
呆気にとられた男は、少女の言葉を言葉通りの意味で受け取ることが出来なかった。
「何言ってんだよ、俺、今生きてんじゃんか」
「覚えていないのかい? 君は彼女を殺されて怒りのままにジャックに突撃、文字通り玉砕、いや切断されて死んだんだよ」
少女の言葉に、男の記憶が甦った。
あやふやだった全ての出来事を、男は鮮明に思い出した。
「そうだ、俺、アイツに向かっていったまま・・・」
「そうそう、刃物に素手ってだけでも無謀なものだけど、反英雄に生身で突撃するなんて愚か者の極みだね」
少女は愉快に笑うように、男の行動を批判した。
対する男も、負けじと食って掛かる。
「俺はあいつが許せなかった・・・死んでも敵を取ろうと思ったんだ!」
「本当に死んでりゃ世話無いけどねw」
「大体・・・アンタ誰なんだ? 俺とあの訳の分からない女の事も知ってるみたいだし、それにジャックだの反英雄だの、一体何を知ってるんだ!?」
小馬鹿にするような少女の態度に、男は声を荒げた。
そして、問いかけたすべての答えが、少女の口から告げられた。
「僕は君たちがよく口にする、神様のようなものさ、まぁ僕自身神様だと名乗ったことも無いし、そもそも名前が違うんだけどね」
髪を翻し、若干聞いてほしそうに喋る少女に、男は言う。
「・・・なんて名前なんだ?」
「よく聞いてくれた、僕の名前はマキア。 今は新しいゲームの参加者を募っているところで、さっきのは暇つぶしのテレビゲームさ、200回くらいクリアしてるけどね」
人差指でテレビ画面を指さしながら、楽しそうに話す。
それを見た男は何か言いそうになったが、先にマキアの口が開く。
「えっと・・・そうだ、君とジャックの事を何で知ってるかだっけ。 うん、さっきまで普通にこの画面で見てたからね」
「これ、そんなのまで映るのか?」
「割と何でも映るよ、バラエティからニュース・特撮・アニメにドラマ、あざといアクションが嫌いだから洋画はあんまり見ないけどね」
うんざりしたように手を横に開き、マキアはソファに全身を預けた。
「あとはジャックの事か・・・君、切り裂きジャックは知っているかい?」
「名前くらいなら・・・確かイギリスの殺人鬼だったっけか」
「よく知ってるじゃないか、感心だね。 君を殺した訳の分からない女、彼女がその切り裂きジャック本人さ」
自分の話題から外れたとたんマキアのテンションは一気に降下し、名乗った時よりも静かなトーンで話した。
「あいつが本人って・・・よくは知らないけど、切り裂きジャックが大昔に死んだ人間だって事くらいは俺にも分かるぞ」
男は自分の中の常識を当たり前のように言葉に表し、マキアにぶつける。
「それはそうさ、切り裂きジャックは1888年辺りに活躍した人物だからね、君の知識に間違いはないよ」
「・・・じゃあマキアの言う事とは矛盾してるんじゃないのか?」
「してないさ、さっきも言ったろう? 今は新しいゲームの参加者を募っている、とね」
マキアはむくっとソファから起き上がり、少しよろよろとしながら立ち上がった。明らかに声のトーンが上がり、そのテンションを上げる。
「彼女はそのゲームの参加者の一人さ、正確には僕がゲームへの参加を許した一人の人間の、従者として召喚された反英雄なんだけどね」
マキアの言葉に、男は口を開く。
「そこだよ、ゲームとか参加者とか、どういう意味なんだ。 俺が殺された事とかも、何か関係してるのか?
「質問が多いねまったく・・・そろそろ読者も飽きて飛ばし始める頃だろうし、有資格者の君には説明してあげようか。
僕は退屈が一番嫌いなんだ、何もすることの無い時間、それはそれで素晴らしい時間だとは思っているけどそれに耐えられなくなった時、それは退屈と言う名の地獄に変化する。
だから僕は考えたのさ、退屈の反対は何かってね。
答えに辿り着くのにそう時間はかからなかった。
望みのために、生きるために動かなければならない事、それこそが退屈とは真逆に位置する最高の答え。
だからゲームを思いついたんだよ、死んでなお願いを残す者、朽ちてなお夢を諦めぬ者、生きてすでに意味を悟った者、育つ内に目的を見失った者・・・
それらに当てはまる者に、僕の退屈を埋める代わりにチャンスを与えようとね」
マキアは楽しそうに、無邪気な笑顔と共に語った。
「それって、つまり・・・」
「そう!」
男の言葉の先を知るかのごとく、マキアはゲームの先を言う。
「生き残った最後の一人に、願いを叶える権利を与える。
参加者は何人にしようか迷ってたけど、今決めた。人間には108の煩悩と7つの大罪というのがあるそうじゃないか、それなら108から7を引いて101、でも多すぎる参加はマンネリやくだらない協力プレイの元だからね・・・・・・
11人、その人数で決まりだ!」
今までで一番のテンションで言い切ったマキアの笑顔に、男は少しだけ狂気を感じた。
「生き残った一人って・・・要するに集めた11人に、願いを叶えるってエサで釣って殺し合わせるって事だろ! 神様がそんなことしていいのかよ?!」
「何が悪いのさ?」
マキアは幸せそうな笑顔を崩さず、男に優しく言った。
「悪いだろ! 人の命をなんだt」
「命なんて小さいものだよ」
男の心の善意から出てきたであろう言葉を、マキアの言葉は簡単に潰した。
「君は命の何を知っているんだ? おおかた小学校か中学校の道徳の授業で教わったようなくだらない内容でしか知らないのだろう?
君は世界に一人だ、命を大切に、かけがえのない自分、一度きりの人生・・・
人間だけだよ、そんな風に自分たちの生き様を美化して言い放つ生き物は。
自然の生命を間近で見続けた事はあるかい?
食うか食われるか、生きるか死ぬか、弱肉強食。
そこには慈愛や犠牲はあっても、気遣いや配慮なんてものはない。
自分と我が子くらいのものさ、本気で守ろうとするのは。
ましてや僕は曲りなりにも神様なんだ・・・」
マキアの笑顔は、そこで少し形を変えた。
狂気を含んだ、眩しい笑顔に。
「たったの11人、それも人間と言う種族だけの話だ。
神様の僕がどう使おうと、それは僕の自由さ」
そう言い放ったマキアの言葉に、男は反論を思いつく事すら出来なかった。
目の前で一瞬で殺された彼女、数秒で殺されかけた自分の命。
それを思い出し、マキアの言葉を頭の中で巡らせた結果として、男にはそれに対抗できるだけの言葉を生み出す事が出来なかった。
「一つ、聞いていいか?」
男はそれでも残った一つの疑問の為に、口を開いた。
「なんだい? 君は愚かすぎて可愛いから、何でも答えてあげるよ」
「その、ジャックが召喚された従者ってのは、どういう意味なんだ?」
「ははっ、僕としたことが一番大事な説明が抜けていたね」
マキアは笑顔を崩さず、どこからかホワイトボードを持ち出してきた。
そしてノリノリで説明を開始する。
「じゃあ説明しようか。
このゲームは君の言うように11人の愚か者を願い事というエサで釣って殺し合わせるというものなんだけど、それはあくまで基本ルール。
このゲームの肝は、歴史上の英雄の力を借りる事が出来るという点なんだ」
「英雄の力?」
「そうさ。
それも二通りの方法で、英雄の力を行使出来るようにしてあってね。
一つは英雄の能力値を自分自身に憑依させて、自分自身が力を振るって戦うという方法。
もう一つがジャックの例、英雄と直接契約を結び二人一組で戦っていくという方法。
前者は英雄の能力をフルに使うことが出来る反面、情報戦や所在隠蔽と言う点においてデメリットがあり、後者は従者を使う事で本人は正体を隠しながら戦局を進められる、こっちのデメリットは直接相手の実力を見ることが出来ない事かな」
もはや眩しすぎて男には直視がつらいほどの笑顔だ。
「なるほど・・・意外によく考えてるんだな」
「神様だからね」
「その呼び方でいいの?」
「マキアの方がいいかな」
そんな下りを終え、マキアの口が男の運命の先を口にした。
「それで君はジャックに対する憎しみと、彼女を失った悲しみによって有資格者として招いたわけだけど、どうしたい?
未練がないというのならこのまま成仏させてあげるけど」
男は数秒ほど言葉を詰まらせ、やがて決意を固めた。
時間を経てなお、風化しなかった感情と共に。
「参加する、俺は奈月を生き返らせるために、お前のゲームに参加する!」
待ってましたと言わんばかりに、マキアは一度男を抱きしめた。
「認めるよ、成瀬 一真。
今から君は僕のゲームの九人目の参加者だ」
マキアは一真を放すと、くじ引きの箱のようなものを取り出した。
「さて、じゃあ君がお世話になる英雄を決めようか」
「思ったよりすげぇ雑なんだな」
「いいから引きなよ、ぶっちゃけこれで勝敗決まるしね」
差し出された箱に、一真はゆっくりと手を入れた。
中には似たような形のくじがたくさん入っているが、一真にはどれが当たりなのか全くわからない。
そもそも当たりが分からない以前に、どんな英雄が当たりと言えるのかすら分からなかった。
「早く引きなよ、どのタイミングでも変わらないさ、君の運命は参加を決めた瞬間に決まったようなものなんだから」
マキアの急かすような言葉に押され、一真は一枚のくじをサッと引いた。
何の変哲もない、普通のくじだ。
「はい、じゃあ見ますか」
一真の手から一瞬でくじを奪ったマキアは、びりびりとくじを破り本人より先に結果を見た。
「へぇ・・・」
「お、おい誰なんだよ」
「それは今は言えないかな、引き直しとかされたら困っちゃうしね。
それより、君はどっちを選ぶんだい?
自分が力を得るのか、力を行使する側になりたいのか・・・・」
マキアの言葉にかなり不満げに思った一真だったが、やがて選んだ答えを口にした。
「俺が選ぶのは、二つ目だ」
「従者を選び、自分に仕えさせると?」
「そんなに大したことは思ってないよ、でも、俺は俺の力で奈月を元に戻したい。 だから、本当に危ない時に少しだけ力を貸してもらえれば、それでいい」
一真の答えに、マキアは噴き出した。
「ぷっはは、君は本物の愚か者だね! それでこそ呼んだ甲斐があるってものだけど」
言い終えると同時に、マキアはコントローラを手に取りボタンを一つ押した。
直後、一真の足元から地面が消え去り、落ちて行った。
「どういう仕組みだああああぁぁぁぁ!!!」
堕ちていく一真を見ながら、マキアはやっぱり笑顔で言い放った。
「あと二人、すぐ始めるから待っててね。
僕の考えたリアルゲーム、エイジオブグリードを」
ここまで読んでいただいた方に、お礼申します。
まだまだ続けますので、よろしくお願いいたします。